・父と母が介護付き老人ホームに入居した。4月のはじめに母が脳出血で入院してから2ヶ月弱、すでに要介護1の認定を受けている父と、新たに要介護2になった母のこれからの生活の仕方については、ずいぶん考えさせられることが多かった。結論的に言えば、自立した生活ができなくなり、子供が同居して一緒に暮らすことが無理な状況では、介護付きの老人ホームに入居するのはベターな選択だったと思っている。ただし、そのことを納得してもらうのは、特に母については大変だった。
・母は庭に畑を作り、何種類もの野菜を栽培していたし、梅やレモンやゆずの実もなって、それらを保存食にすることもやっていた。そんなことが突然できなくなったとは言え、庭への愛着はそんなに簡単に捨てきれるものではない。あるいは、至れり尽くせりの介護付きとは言っても、今まで生活していた家の広さに比べれば、ホームの部屋はあまりにも狭すぎる。だから、月に一度ぐらいは迎えに行って数日家に帰って暮らすことぐらいはしてあげなければと考えた。
・ところが、脳出血の影響で、やることや考えること、そして何より記憶することに障害が出て、母は介護してもらわなければ生活に支障があることをつくづく感じ取ったようだった。特に、引っ越し作業を始めてからは、整理するつもりでかえってごちゃごちゃにしてしまったりして、もうここから逃げ出したいとまで言うようになった。
・倒れてからすでに2年近くなる父には、母が倒れた原因の多くが自分にあることがわかっている。口に出しては言わないが、子どもたちにも、これ以上の負担はかけさせたくないと思ったのかもしれない。引っ越したらすぐに、家は処分してもいいと言って、さっさと不動産やに連絡をしてしまった。そうなると、もう戻ってくることもなくなるわけで、それでもいいのか念を押したのだが、二人とも、いともあっさりと「いい」と答えた。
・もちろん、ホームに持って行けるものはごく限られていて、今まで使っていたものはほとんど処分しなければならない。その量の多さには改めて驚かされるが、ついこの間までは、どれも必要なものだったのはまちがいない。使っていた食器や衣類はもちろん、冷蔵庫には食べ物が残されている。庭の梅の木には実がいくつもなっていて、畑には茗荷ができている。
・二人にとってこの家は、終の棲家になるはずだった。しかし、そうはならず、老人ホームに入り、家は処分することになった。僕がこの家に住んだのは10年ほどで、すでに建て直されているから、ほとんど愛着はない。あるいは、両親と違って何度も引っ越しをして来ているから、住む場所が変わることにも、それほどの感慨を持たずに来た。しかし、二人にとって、本当のところはどうなのだろうか。そんなことを考えると、きれいに片づけて、売れる前にもう一度帰れるようにしておこうか、などという気にもなってくる。