2017年10月30日月曜日

立憲民主党に

 

・森友・加計問題の追及を隠すための解散が自公の現状維持という結果で終わりました。「希望の党」が「民進党」を飲み込み、そこから排除された人たちが「立憲民主党」を立ち上げるという慌ただしい流れの中で、終わってみれば、自公の数はほぼ変わらずでした。安倍首相は疑惑は晴れて、憲法発議に向けて進むと公言しています。投票日は折から強い台風が列島を襲い、期日前投票が大幅に増えたにもかかわらず、投票率は前回より微増の戦後二番目の低さでした。天気がよければ、結果はもう少し違ったものになったかもしれませんから、安倍首相の悪運の強さには、改めてうんざりしました。

・自公の勝利に反応して株価も上がっています。上昇の仕方は戦後最長で、経済成長期を超えているとも報道されています。しかし、この現象が日銀や年金機構の介入によるものであることは、大きく報道されてはいません。アメリカの好景気に影響されているという側面もありますが、アメリカではブラック・マンデーの時によく似ていると警鐘を鳴らす人もいます。東芝に日産、そして神戸製鋼と、日本の経済を支える企業が、次々とおかしなことになっているのに、なぜそれが株価に繁栄されないのでしょうか。

・安倍政権は選挙で信任をされたと言っています。しかし、得票率を見ると、「自民党」が得た議席が国民の判断を反映していないことがよくわかります。小選挙区で「自民党」が得た票は2669万票で得票率は48%にすぎないのですが、75%の218議席を占めています。他方で「希望の党」は1144万票で18議席、立憲民主党は486万票で18議席でした。小選挙区制の弊害が顕著に出たと言っていいでしょう。ちなみに比例区では「自民党」は1852万票(33%)で66議席、「立憲民主党」は1107万票(20%)で37議席、「希望の党」は966万票(17%)で32議席でした。投票数自体で見れば、安倍政権が信任されたとはとても言えない結果だったと言っていいでしょう。

・うんざりする選挙の中で「立憲民主党」の頑張りは、一筋の光明だったと言えるかもしれません。「枝野立て!」という声に推されて立ち上げた新党は、ツイッターなどのSNSを駆使した選挙運動を展開しました。ツイッターのフォロワーは数日で10万近くになり、最終的には19万を超えました。また選挙活動を支えるカンパも8000万円を超える額が集まったようです。枝野代表が登場した街頭での演説には、どこでも大勢の人が集まり、「エダノン!」というかけ声がわき起こりました。最終日の新宿には8000人が集まりましたが、秋葉原の自民党には日の丸が乱立して、その対照が、浮き彫りにされました。しかしこの違いがマスメディアで報じられることはなかったようです。

・「立憲民主党」は野党の統一候補を求めて活動していた市民グループの要望を受けとめて「生活の現場から暮らしを立て直します」「1日も早く原発ゼロへ」「個人の権利を尊重し、ともに支え合う社会を実現します」「徹底して行政の情報を公開します」「立憲主義を回復させます」の五つの政策を掲げました。そして枝野代表が選挙活動でくり返し訴えた党の理念は、「上からではなく下からの政治」「保守とリベラルの対立ではなく、リベラルであり、かつ保守である立ち位置」でした。

・この理念と政策はきわめて当たり前で穏健なものだと思います。しかし新鮮に見えるのは、安倍政権が保守反動的な政策を実現してしまっているせいではないでしょうか。非正規が増えたのに失業率が減ったと吹聴し、とっくに破綻しているアベノミクスをまだ道半ばだとごまかし、戦争法案に共謀罪といっためちゃくちゃな法案を強硬に成立させました。森友加計問題隠しの露骨さは言うまでもありません。そんな状況に対する批判票は希望の党もあわせれば多数派になるのですが、結果は正反対になっています。

・さてこれからどんなことが起こるのか。北朝鮮の脅威をあれだけ煽った安倍総理はトランプ大統領来日時に、松山選手を伴って一緒にゴルフをやるようです。それが終われば憲法改悪に邁進することでしょう。得票数の中にある批判票の多さは無視して、国会内の議席数だけを理由にする傲慢さは、これまで以上に強くなるはずです。国会での質疑時間をこれまでの野党に多い時間から、議席数にあわせたものにするなどと言い始めています。それだけに、小さいとは言え野党第一党になったのですから、「立憲民主党」には頑張ってほしいものだと思います。国民に呼びかけて、一緒に活動をする。そんな動きが’起こるかもしれません。

2017年10月23日月曜日

黒部峡谷と飛騨

 

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・ここ数年、10月にはパートナーの誕生日をどこかに出かけて過ごすことにしている。今年は宇奈月温泉に泊まって欅平までトロッコ電車に乗ることにした。去年は栂池高原に泊まって自然園から白馬を眺めたし、一昨年は伊豆に出かけた。噴火前の御岳に出かけたのは何年前だったろうか。
・秋の長雨が続いて、当日の予報は雨。朝5時過ぎに雨の中を出発したが、松本を過ぎたあたりから雨はやみ、やがて薄日もさしてきた。僕たち二人はそろって晴れ男、晴れ女で、どこかに出かけて雨にふられたことがほとんどない。だから今度も、と思ったのだが、道中雨にふられることはなく、帰り道の高速で山梨県に入った頃から雨になった。ジンクスは今回も破られなかったが、帰った後は台風で豪雨になった。

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・宇奈月温泉には10時過ぎに着き、さっそくトロッコ電車に乗った。金曜日なのに30分おきに出る電車はほぼ満員で、アジアからやってきた人たちが目立った。日本の観光ブームはこんなところにまで及び始めている。そんな様子に驚いた。
・トロッコ電車は平均速度16kmほどで1時間20分かけて欅平まで走った。黒部峡谷は日本最大の深さを持ち、それを利用してダムと発電所がいくつも作られた。鉄道はそのために敷かれたのだが、ものすごい工事だったことは、乗っていてもよくわかった。もっとも黒四ダムの建設では長野県側の扇沢からトンネルを掘るという別工事になった。僕はそのルートで2007年に立山に行った。

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photo79-6.jpg・雨は降らなかったが山には雲がかかって、北アルプスを眺めることはできなかった。帰りはルートを変えて、富山経由で飛騨から松本に出た。今年の紅葉は遅いなと思ったが、飛騨から上高地にかけての道路沿いでは、山は黄色に染まり始めていた。
・それにしても一泊二日で600km以上を一人で運転するのはきつかった。一泊ではなく二泊にすればよかったと思ったが、一日ずれていれば、台風でキャンセルしていたかもしれない。台風直撃の投票日。低投票率で安部の悪運の強さにうんざりしてしまう。

2017年10月16日月曜日

失望の現在、絶望の未来

 

河合雅司『未来の年表』〔講談社現代新書〕
和田秀樹『この国の息苦しさの正体』(朝日新書)
『「高齢者差別」この愚かな社会』(詩想社新書)

・ただいま選挙期間中である。森友・加計問題での追求を逃れるための身勝手な解散で、世論は非難囂々になってもいいはずなのに、世論調査は自公が大勝といった予測を出している。政権支持が下落して不支持が増えているのになぜ、自民は議席を減らさないのか。この予測が実現したら、「希望」というの名の「失望党」の犯した罪は計り知れないくらい大きい。日本の将来はもう「絶望」と言うほかはない。「小池にはまってさあ大変」どころではないのである。

mirai1.jpg ・安倍首相が選挙の大義に掲げたのは「少子化」である。しかし、少子化の問題はすでに何十年も前から指摘されていたことであり、歴代政権が本腰を入れずにお茶を濁してきたために、もう手遅れでなすすべがなくなってしまっているのに、何を今更とといったものである。河合雅司の『未来の年表』は、高齢化と人口減少が日本をどういう国にするかという未来図を、現在から20年先までのカレンダーとして章立てしている。それは右の表紙のような内容だ。
・これらはもちろん、脅しなどではなく、政府やその他が実施し、予測しているデータを元にしたものである。しかも、人口減は日本の経済力はもちろん、地方だけでなく都市をも衰退化させ、毎日の生活が成り立たなくなったり、国家の機能そのものが不全になることを意味している。未来の予測を現在からカレンダーにした章立てはわかりやすいし面白い。ではどうするかがこの本の後半の内容で、そこに入ると途端にリアリティを感じにくくなる。これから起こることは、それだけ、解決が難しいのだとも言える。選挙目当ての口から出任せばかり言う政治家が乱立している現状からは、近未来に訪れる待ったなしの地獄絵図にリアルさを感じるばかりである。

wada1.jpg ・もっとも、現政権に対して強い批判を加えない多数の人たちにも、現状や未来に対する不安は強く存在する。和田秀樹の『この国の息苦しさの正体』は、その不安感にその理由を求めている。「不安」だからこそ、場の「空気」ばかりを読むようになる。目上の人の顔色をうかがって「忖度」に集中する。しかし、攻撃できる相手が見つかれば、タレントであれ、政治家であれ、そしてもちろん周囲の人であれバッシングをする。そんな風潮がネットはもちろん、テレビにも溢れている。

・「不安」は一方では、自分に危害が及ばないように身を潜め、意に反する同調を促すが、他方で感情を容易に爆発させたりもする。そして、第一章のタイトルになっているように「今だけ、金だけ、自分だけ」といった考えが誰の心にも根付いている。このような意識はもちろん個人だけではない。政権を担う政治家や、大企業の経営者にまで及んで、今この国を覆っている。感情に囚われれば冷静な判断はできないし、未来を予測することなどはほとんど不可能だ。そして「不安」は何より、自分より幸運や才能に恵まれた者に「嫉妬」し、劣った者や攻撃対象になった者を差別したり、罵倒することになる。

wada2.jpg ・「忖度」や「同調」は、もともと日本人の意識に深く根づいたものだが、それが過剰な状態になって息苦しさを蔓延させ、人々の不安感を増幅させている。その原因として攻撃対象になりがちなのが高齢者である。何しろどんどん数が増えて、しかも年金や医療で国の財政を危機に陥れる原因になっていると言われているからだ。
・同じ著者の『「高齢者差別」この愚かな社会』は、高齢者に向けられた批判に逐一反論し、国の財政赤字や膨大な借金が、現在の高齢社会ではなく、これまでの政治が作り出してきたものだと批判している。あるいはアクセルとブレーキを踏み違えて事故を起こすニュースが話題になり、免許を取りあげることが必要だとする世論が作り上げられたことに対しては、実際には、事故の増加は老人の数が増えたせいであるし、割合から言えば、若年層の事故の方がはるかに多いという反論をしている。また、認知症になったり、寝たきりになった人に向ける視線の中に、生きていてもしょうがないのではといった声があることなどを指摘している。

・日本が今抱えている問題は複雑で多様なものだから、政策一つで解決がつくわけはない。ましてや「希望」だの「一億総活躍」などといった標語でどうなるものではない。そのことがわかっていながら、政治家を筆頭にして、真剣に向き合おうとしないのは、まさに「今だけ、金だけ、自分だけ」が蔓延して、それ以上のことについては思考停止になっているからに他ならない。票読みだけに明け暮れる選挙情報を見ていると、つくづく、この国はもうダメだと思ってしまう。

2017年10月9日月曜日

「バリバラ」知ってますか?

 

・衆議院選挙を巡ってはドタバタが続いている。政策そっちのけの数あわせにばかり注目するテレビなど見る気もない。しかし、多くの人たちの情報源がテレビであることを思うと、そのはしゃぎようには腹が立つばかりである。「森友・加計」などなかったかのように選挙動向を報じたのでは、選挙はイメージ作りと人気取りに終始してしまう。ワイドショーやバラエティ番組は論外として、ニュース番組だって、変わらない。だから夕飯時に見るテレビでNHKのニュースにチャンネルを合わせることはほとんどなかった。

baribara.jpg・「バリバラ」はNHK教育テレビで毎週日曜日の午後7時から30分間放送されている。見始めて2年ほどだが、最近では欠かさずに見る番組になっている。さまざまな障害者が登場してバリアフリーをテーマに訴え、議論し、行動するバラエティ番組である。僕が見る唯一のバラエティ番組だと言っていい。

・この番組のコンセプトは「恋愛、仕事から、スポーツ、アートにいたるまで、日常生活のあらゆるジャンルについて、障害者が “本当に必要な情報” を楽しくお届けする番組。モットーは “No Limits(限界無し)”」である。2012年からから放送されているが、大きな話題になったのは、昨年の日本TV「24時間テレビ」の放送時間に「笑いは地球を救う」というテーマをぶつけて、障害者の感動物語を放送する「24時間テレビ」をお涙ちょうだいの「感動ポルノ」だと批判したことだった。

・障害者を感動的に描く姿勢には、得てして健常者からの視点が強調されがちになる。それは障害者にとってはしばしば、意に反する、不快な描き方として受けとられる。「バリバラ」は「24時間テレビ」に対してそのことを訴える番組をぶつけたのである。その姿勢は今年の「24時間テレビ」に対しても行われていて、この番組があくまで障害者の立場から明るいバラエティとして健常者に訴えるものであることを主張している。

・障害者にとってのバリアは、その障害によって多様に存在する。たとえば公共の場にあるトイレの問題。9月24日と10月1日の2回にわたって、主に多目的トイレについて、その使い勝手を検証していた。目が見えない、手が言うことを聞かない、車いすからトイレへの移動が難しいといった問題に、既存の多目的トイレがどの程度配慮しているかを、何人かの人たちが実際に使って報告したのである。現状は使いにくいものが多いというものだった。

・この番組の面白いのは、そういったことを福祉番組にありがちな真面目すぎるトーンで作っていないことだ。検証したのは全盲の「見えんジャー」と脳性麻痺の「揺れんジャー」で、あわせて「オベンジャース」。この二人がトイレで格闘するさまには、思わず笑ってしまったが、同時に、どれだけ大変なことかがよくわかりもした。あるいは男と女に別れたトイレに戸惑いを感じるLGBTの人たちの気持ちなども、言われなければ気づかないことだった。

・バラエティ番組は、政治や社会の問題を軽く扱って、事の本質を見えなくしてしまうことがよくある。その意味で、大事なことから目をそむけたり、無関心になったりする傾向を広げる役割を果たすことが多い。けれども「バリバラ」は、障害を抱える人たちがもつ多様な困難や問題を、バラエティとして面白く、明るく、しかし切実さを持った訴えを説得力のあるものにしている。裏番組の「ザ!鉄腕!DASH!!」とは大違いなのである。

2017年10月2日月曜日

ドタバタの季節?

 

・衆議院が解散ということになってから、情勢がめまぐるしく変わっている。民進党があっという間に消滅して、希望の党が自民党に対抗する勢力になってしまった。解散は、安倍首相の疑惑逃れが一番の理由だが、お粗末なドタバタ劇もいい加減にしてくれと言いたくなる。「この国の将来は絶望的だな」とつくづく感じてしまった。

forest144-1.jpg・ところでドタバタ劇は、最近の我が家でも起きている。愛用してきたスバルのアウトバックを車検に出したら、修理費に60万円以上かかると連絡が来た。17万4千キロを超えてはいるが、乗っていて不調なところは何もない。だから、20万キロが近くなったら買い換えを考えようと思っていた。しかし、悪いところがいくつもあって、何よりエンジンのオーバーホールが必要だという。ライトの光度も不足していているし、いくつもの管やバルブが劣化していて、取り替えなければならないのだ。当面走るのに不都合はないが、車検は通らないというのである。

forest144-2.jpg・で、仕方がないからアウトバックの新車を買うことにした。ただし、ちょうどマイナー・チェンジの時期で、手に入るのは11月の下旬以降だという。しばらくはXV一台でやりくりしなければならない。東京に行くのは週1度だけだから何とかなるだろうが、不便でなければ2台は必要ないのかもと思うかもしれない。

・レガシー・ワゴン、ランカスター、アウトバックと乗ってきて、今度で4台目になるが、タイヤはずっとオール・シーズンで通してきた。無茶だとか危ないと言われたが、河口湖に引っ越してから20年近くで、怖い思いをしたことはほとんどない。だから今度もと思ったのだが、現在のアウトバックはノーマルタイヤを装備していて、オールシーズンタイヤにすればノーマルタイヤが無駄になってしまう。ほとんど新品なのに引き取るところはほとんどないし、あっても二束三文のお金しか戻ってこない。ドタバタしたけれども、歳も取ったから冬はスタッドレスにしようかと思い始めている。

forest144-3.jpg・もうすぐ薪ストーブを燃やす季節になる。というわけで、庭を整理するために電動の草刈り機を買った。掃除機と同じマキタ製ならリチウムイオン電池と充電器が共通に使える。そう思ったのだが、草刈り機の電池とはボルトが違い、また形状も違っていた。そこでAmazonに電池と草刈り機を返却した。電池は郵便、草刈り機は佐川急便と別々に連絡をして、無事Amazonから返金の連絡があった。で、改めて確認をして、別の草刈り機と電池を購入した。

・よく確かめないからこんなことになる。そう言われると腹が立つが、その向けどころはもちろん自分自身である。歳を取ったんだから気をつけねば。買い物や車の運転だけではない。そんなことを思い知らされた出来事が続いた。
・寒くなってきたからリビングの大型ファンヒーターに灯油を入れ、点火してみたら、エラーが出てしまった。もう30年動いてきたから、とっくに寿命は過ぎていたのだが、春までは元気だった。さっそくこれも取り替えなければ。