2026年7月27日月曜日

傍若無人のとんでも国会

こんなひどい国会ははじめてだろう。高市首相は国論を二分するような案件を成立させると豪語したが、その法案はどれもひどいものだった。「個人情報保護法改正案」「皇室典範改正案」「国家情報局(国家情報会議)設置法案」「国旗損壊罪」そして「副首都構想法案」などである。どれもが充分な審議を必要とする法案だが、極めて少ない時間で強行採決された。衆議院では極めて少数になった野党にはなす術が無かったのだろうか。

「国旗損壊罪」とは一体何なのだろうか。ここには国旗は国民の誰もが尊重し敬愛すべきものという前提がある。しかし、国家の行いへの批判として、国旗を燃やしたり汚したりするするのは、一つの政治的な表現の一つだろう。そんな憲法に認められた表現の自由に違反する法案だとも言える。国旗の損壊を犯罪とするのは人々を不快にさせたことが根拠になるというのだが、不快に思うかどうかは極めて主観的だから、好き勝手に判断されてしまう恐れがある。僕はこの法案を知った時にすぐに刑法の「わいせつ罪」を思い出してしまった。

「皇室典範改正案」は醜悪としか言えないものだろう。ここには皇室の世継ぎが将来的に途絶える危険性があるので、女性皇族の身分を保持することと、旧皇族の男子を現皇族の養子として縁組みすることの二本の柱がある。そして養子縁組みした男子の息子が天皇になることを拒まないが、女性皇族が天皇になることは認めないとなっている。憲法では天皇という地位は国民の総意に基づくとあって、世論調査では女性天皇や女系天皇について7割もの賛意が示されている。それを国会の総意に置き換えて強行採決したから、この成立直後の世論調査では高市政権の支持率が激減して、不支持が上回った調査もあった。

「個人情報保護法改正案」には、それに対する過剰な反応を避けるという名目で保護を緩めるという特徴がある。たとえば医療のデータなどを利用するために、個人の了解を得なくてもいいといった点である。グローバルなデータ規制に合わせるといった視点もあって、国会ではもっと充分な時間をかけて検討する必要があったはずである。

「国家情報局(国家情報会議)設置法案」はスパイ防止が目的だと言われている。日本はスパイ天国だとも言われているが、この法案が目的とするのは外国のスパイではなく、政権に批判的な人々や集団に対する見張りの正当化にあるとも言われている。日本の主要な政治家がアメリカの情報局によって、その電話まで盗聴されていたといったこともあったのに、ろくに非難もしなかった政権が、今さら何をやろうとするのかと言いたくなった。

最後に「副首都構想法案」である。副首都は東京が天災などで機能不全に陥った時に、機能を代行する都市を決めておこうとするものである。しかし、副首都には名古屋や福岡などが手を上げているが、実際には維新の会が強行に主張する大阪のための法案だと言われている。高市政権が成立するために維新が持ち出した案件だからである。

ほとんど審議されずにこのような法案が可決されて法として成立した理由には、他にも高市首相個人の醜聞と、それに対する首相の態度にあった。総裁選の対立候補に対して誹謗中傷動画をネットで拡散させ、同じことを、衆議院選挙で野党の有力政治家にもやったという疑惑である。あるいは「サナエトークン」という仮想通貨を作り高騰させておいて、自分とは関係ないといって暴落させたという問題である。どちらも信じられないほどの暴挙で、実際にビデオやトークンの作成に関わった人が、文春などで、そのいきさつを暴露している。

今人々が本当に困っているのは円安による物価の高騰だし、世界情勢に対して日本はどういう立場に立って発言するかといったことだろう。しかしこの国会では、そんなことは議題にもならなかった。国会前を初めとして、デモを続ける人たちが徐々に増えているが、メディアがほとんど取り上げない。野党の腰抜けと合わせて、日本が取り返しのつかない道に進むことを止めるのは無理だな、と思ってしまった。

目次 2026

7月

27日傍若無人のとんでも国会

20日少年野球とMLB

13日雨でクルマも野菜もひどい目に

6日テレビのスポーツ中継と広告

6月

29日 ヴォルフガング・シベルブシュ『鉄道旅行の歴史』(法政大学出版局)

22日次はやっぱりローリングストーンズ

15日ナフサ不足とプラゴミ

8日ブラウザーの翻訳機能に驚き!

1日春の雑事、珍事等々

5月

25日仕方なくケーブルテレビにした

18日ノーム・ チョムスキー『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』(集英社)

11日今さらですがビートルズを

4日教養はもっと大事!

4月

27日キョウヨウが大事です

20日半月滞在の客人と過ごした日々

13日デモはネットでしか伝えない

6日スタッズ・ターケル『仕事!』(上下)河出文庫

3月

30日 ボブ・マーリーについて

23日 世界が壊れはじめている

16日 させていただきましたはいただけません

9日 薪割り、ゴミ穴、そして大掃除

2日 選挙報道とオリンピック中継

2月

23日 パティ・スミス『ジャスト・キッズ』河出書房新社

16日 Bob Dylan "Shadow Kingdom" Patti Smith "Horses"

9日 ドジャースの戦力補強に違和感

2日 厳寒のお粗末選挙にうんざりだ!

1月

26日 ケヤキと格闘中です

19日 久米宏とテレビの終わり

12日 黒川創・滝口夕美編『加藤典洋とは何者だったか?』SURE

5日 ニール・ヤングの反トランプ宣言

1日 今年もよろしくです

2026年7月20日月曜日

少年野球とMLB

今年のMLBのオールスター・ゲームはフィラデルフィアで開催されました。膝の怪我で大谷選手は出られませんでしたが、故障あけの村上選手がホームラン・ダービーに出場しました。試合は盛り上がりに欠けたものでしたが、途中のイベントはにぎやかでした。その中で、少年たちが自転車に乗って野球場をめざし、グランドに入ってきて、オールスターの選手達と一緒に練習をするというイベントがありました。少年野球をテーマにした映画の再現だったようです。どんな子どもでも、野球を始めた頃は、いつかメジャーの選手になってオールスターに選ばれたい。そんな希望を持つものだと言いたい企画でした。僕はこのシーンを見て、数日前に応援に行った少年野球のことを重ね合わせたくなりました。

僕の孫は小学校1年生の時に野球を始めました。父親、つまり僕の息子は中学・高校と野球部でしたから、男の子には野球をさせると考えていたのでしょう。僕はまだ小さいのに野球なんかできるのかと思いましたが、何度か試合を見に出かけました。チームは1年生から3年生までで、4年生になると上級生のチームに行くということでした。さあ、いつまで続くことやら、と思っていましたが、今年は5年生になって、チームの主力としてがんばっていました。

野球場は東京湾の夢の島にありました。ここには以前にも行ったことがありましたが、少し離れた、前とは違う野球場でした。家から出発して高速に乗れば、首都高速の新木場までは一本道のようでしたが、降りてからがわかりにくかったです。清掃工場の駐車場に止めたのでずいぶん歩かされて、クルマの移動もしなければなりませんでした。折から梅雨が明けたかのような好天で気温は30度超えの暑さです。普段涼しいところに住んでいる者にはかなりきつい観戦でしたが、チームは強敵を破り、孫も大活躍でした。

fkei1.jpg 思い出せば、最初に応援に行った時、孫は三振するたびにべそをかきました。チームメートに慰められるのを見て、泣き虫だなと呆れましたが、悔しくて泣くのは悪くないと弁護する人もいました。チームには当然、親達のサポートが必要です。ほぼ毎週末のように試合をやり、練習もするので、子どもたちの特徴は誰もがよくわかっているのでした。子どもたちも大変だけど、親はもっと大変だな。応援に行くたびにそんな感想を持ちました。

最初の頃の試合は、とても野球と言えるものではありませんでした。ストライクが入らないからフォアボールばかり、塁に出るとすぐに盗塁して(されて}、暴投やエラーがあって点になる。いつまで経ってもチェンジにならない感じでした。それが少しずつうまくなって、野球らしくなったのです。この点についても、親達の辛抱強さには感心しました。僕にはとてもできないと 思いました。思い出せば僕は子どもたちとこんなつき合い方はしませんでした。一緒に旅行に行くことは頻繁にやりましたが、グループ活動などは皆無だったのです。

孫はこの試合を最後に辞めるようでした。後は中学受験の準備のようです。この点でも、全く放りっぱなしだったぼくとはえらい違いです。野球の方は今年1年生になった次男坊が始めるようで、またしばらくは応援に出かけなければなりません。東京までのクルマの往復がいつまで続けられるか。孫が成長する分、自分はいろいろ不安に感じられる歳になったなと、つくづく思いました。


2026年7月13日月曜日

雨でクルマも野菜もひどい目に

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forest219-2.jpg 夜、ぼちぼち寝ようかという時に大きな地震があった。山梨県東部富士五湖地方が震源で、河口湖は震度6弱だった。確かに大きな縦揺れで、パソコンが飛び上がるほどだったが、数秒でおさまった。家の中を点検しても特に変わったところはなかったから、電話やメールがいくつかあって、特に被害はないという返答をした。翌朝見てもたいしたことはなく、積んだ薪が一部崩れた程度だった。震源は富士五湖ではなく山梨県東部の丹沢山塊の下で、富士五湖からは30kmほど離れている。しかし東部富士五湖と表現するから、富士山が震源ではと思う人が多かったようだ。なぜそうするのか、僕は以前からおかしいと思っている。

forest219-3.jpg 野菜を植えてしばらくは好天が続いたから、どれも順調に育っているように見えた。しかし、ある朝見に行くとジャガイモの葉や茎が頭からなくなっている。多分鹿に食われたのだろうと、ネットで調べると、ジャガイモの葉や茎は鹿の大好物だとあった。これ以上被害に遭わないようにとさっそくネットを張った。ネットの中にはカボチャとサツマイモもある。実りはじめたら今度はイノシシに荒らされるかもしれない。収穫時にはもっと強固な柵を作らなければならないだろう。

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野菜のご難は何と言っても雨ばかりの天気だった。上のように順調に育ちはじめたキュウリも一本だけで、後は小さいまま消えてしまったし、トマトも青いままで熟す気配がなかった。例外はサヤエンドウで、これはすでに何本も収穫している。しかし、ネギはすでに跡形もなく消えてしまったし、葉っぱが枯れたり、虫に食われたりしたものが多い。ナスも花が咲いたのに結実しないで枯れてしまった。カボチャは元気で花が咲いたが、雄花と雌花が同時に咲くことが少なくて、花粉をつけられないでいる。それでもやっと天気が良くなって、暑くなってきたから、これから挽回してくれることを願うばかりである。

forest219-8.jpg 前回も書いたがクルマのサンルーフから入った雨の被害は、さらにひどくなった。運転席のピラーが濡れることはなくなったのでもう大丈夫と思っていたのだが、「ドアが開いている」という表示が消えなくなった。ディーラーに持っていくと、荷室のスペアタイヤが水で濡れていた。どうしてここに溜まるのかは整備士の人でもよくわからなかったようだが、ネットで調べるとやはりサンルーフが原因のようだった。水は座席の下にも溜まるようになったから、キャンプに使うタープで屋根を覆い、サンルーフのまわりをガムテープでふさいだ。雨ばかりの梅雨には本当に参ってしまった。クルマはまだ9万キロほどだが10年に近いから、乗り換えようか、という気になっている。

2026年7月6日月曜日

テレビのスポーツ中継と広告

サッカーのワールドカップがアメリカとカナダ、それにメキシコで開かれている。日本は予選を勝ち抜いたが、ブラジルに負けて終わった。いいチームだったが、主力の三苫や遠藤、それに久保まで欠いたのでは、仕方がないと思った。もっとも、強いフランスやアルゼンチンなどのように、強力な点取り屋がいなければ勝ち抜けるのは難しいのだろう。勝つためにはサッカーにも大谷翔平が必要だな。そんなことを感じた。

そんな試合とは別に気になったことがあった。スタジアムのフィールドは広告板で囲まれている。コーラなどのおなじみの名前もあったが、聞いたことがないものが多かった。何より日本のメーカーが一つもないことに、ちょっと意外な感じがした。まだ日本が弱い頃は、広告板だけは日本のメーカーで埋め尽くされていたことがあったのでは、と思ったからだった。日本のチームは強くなったが、対照的に日本の経済力は弱くなった。そんなことがあからさまにされた気がした。

uniqlo1.jpg もっとも、毎試合見ているドジャースの試合では、日本の広告ばかりが目立っている。試合の中継はNHKがやっているのだが、バックネットには大谷選手と契約しているメーカーの広告がよく載っている。「おーいお茶」を背景に大谷選手の打撃を見るのは、もうほとんど日常的な風景である。今年からこの球場は「ユニクロ・フィールド・アット・ドジャースタジアム」という名称になった。このパートナーシップは5年で1億2500万ドル(200億円)で看板は外野のフェンスやバックネット、それにスコアボードの上などに設置されている。

samty1.jpg またドジャースのブルペンには今年から毛筆で大きく「不動産を超えてゆけ」と書かれた広告がある。SAMTYという大阪の不動産会社で山本投手と契約しているようだ。バックネットの「おーいお茶」と合わせて、何とも奇妙な感じがする広告である。ちなみにネット裏の広告は1イニングで1000万円以上もするようだ。しかも、実際に球場でも見られるのではなく、TV中継のために合成して貼りつけられているのである。NHKはなぜ許しているのだろうか。考えればおかしな話である。これはドジャースが遠征する球場でも同様である。

ドジャー・スタジアムは56000人収容だが、全試合がほぼ満員に近いようだ。しかも一番安い席でも70ドル以上する。いい席では2000ドルにもなるようだ。30万円以上だが、ワールドカップでは、そんな値段が当たり前のようだ。YouTubeには日本を応援するためにダラスやモンタレイに出かけた人のビデオがたくさん載っていた。その多くはリセールされたチケットを数千ドルで買った人が多かった。飛行機代と宿泊代、食事に移動の交通費などを考えると、一つ試合を見るだけでも100万円以上がかかっている。サッカー好きの若者がお金を貯め、場合によっては仕事を辞めて応援に来ている。いやいやご苦労さん。そんなふうに言いたくなった。

いずれにしても、スポーツを見ていて、お金のことを意識することが多くなった。WBCはネットフリックスの独占で、見るためには1ヶ月の料金を払わなければならなかった。ワールドカップはテレビで見ることができたが、前回のカタールから、テレビ局の独占ではなくなった。今回もスポーツ中継をメインにする世界的なインターネットテレビのDAZNが全試合を中継する権利を得たが、独占ではなかった。さて次回はどうか。僕は有料なら多分見ないだろう。

サッカーはイギリスの労働者階級に支えられて盛んになった。しかし世界的な人気が高まると入場料の高騰で、金持ちしか見られないスポーツになった。ワールドカップは世界中の人が楽しんできたイベントだが、チケットの値段を聞くと、やっぱり金持ちしか楽しめなくなっていると言っていいだろう。広告が氾濫するイベントなのに、テレビやネットで見るにもお金を払えというのは強欲さ以外の何ものでもないだろう。やな感じという気持ちがいつもつきまとっている。

2026年6月29日月曜日

ヴォルフガング・シベルブシュ『鉄道旅行の歴史』 (法政大学出版局)

シベルブシュには西欧の近代化をテーマにした三部作がある。取り上げているのは鉄道と明かり、そしてコーヒーやタバコの嗜好品だ。出版されたのは1970年代後半から80年代にかけてで、それほど時間が経たずに翻訳されている。それぞれのタイトルは『鉄道旅行の歴史』『闇を開く光』『楽園・味覚・理性』でいずれも法政大学出版局から出された。僕はこの本を勤めていた大学の同僚に教えてもらったから、読んだのは90年代になってからだったと思う。「鉄道」から読みはじめたら面白くて、三冊を短期間に一気に読んだことを記憶している。だから、もう一度読みたいものはと本棚を探してすぐに目についたのが『鉄道旅行の歴史』だった。なお、表紙は現在のものと違っていて、新装版として2011年に出されたものである。間にもう一冊新装版があったようで、学術書なのにロングセラーであることを改めて確認した。

schivelbusch.jpg 鉄道の発達は蒸気機関の発明から始まる。それが馬車に取って変わる機関車になり、荷物の運搬から人の移動手段として発達するようになる。そうなった時に人々が驚いたのはその早さだった。馬車に比べて三倍ほどの速度だったが、それは空間や距離、そして時間の抹殺として実感された。その早さは乗客の感覚をも狂わせる。窓から見える景色が流れるように変わっていったからである。この本の面白さは、当時の人々の声を丹念に拾っているところにあるが、やがて鉄道網が全国的に普及するようになると、その移動の仕方は当たり前のものになる。

鉄道旅行は目的地までの時間を短縮して、そこまでの空間を窓越しに見る舞台装置に変えた。それは奥行きのないパノラマの風景であり、それを見ることが魅力にもなったが、やがてそれに対する関心は薄れ、読書という新しい時間つぶしが始まることになる。同様の変化は馬車に同席した人たちの間では当たり前だった談笑が消え、やがて沈黙しあう場に変わったところにも見られた。鉄道による移動が日常的なものになり、都市が拡大して見ず知らずの人たちが同乗し、同席するのが普通になって、関わりを持たないことを了解しあう「儀礼的無関心」がマナーになったのである。

・乗合馬車、鉄道、市電は、19世紀に作りだされるが、それ以前には人たちは、互いに話しあうことなしに、数分間ないしは数時間、互いに鼻つき合わせて見つめ合うことができる、あるいは見つめ合わねばならぬような状況にはなかった。(G.ジンメル)
もちろん鉄道旅行には民主主義の普及を促進するという役割もあった。一等や二等といった座席の違いはあれ、目的地には同じ時間で到達できたのだし、窓から見える風景にもそれほどの違いはなかったのである。安価に早く移動できれば多少のお金や余暇を持った人たちには、景勝地や繁華街に出かけて観光や娯楽を楽しむ余地が生まれた。

米国の鉄道はヨーロッパと違って未開の地を開拓して、新しい町を作り、農業や工業を発展させるという役割を果たした。その客車が小さな個室に分かれたものでなく、車輌にイスが並ぶ大部屋式で発展したことに、著者はアメリカ的な特徴を見つけ出している。同乗者を気にするのもしないのも自由だし、車内を移動して別の席に移動し、興味を持った人と話をすることもできる。そこに、移民達が作り上げたアメリカという国と新しく生まれた気質を見出すことができるというのである。

20世紀になるとアメリカから始まった自動車による移動が世界を席巻するようになった。そして後半になると飛行機によるもっと遠距離を短時間で跳ぶ移動手段が普及した。それは人間関係の仕方にどんな変化をもたらしたのか。そんなことを改めて考えてみたくなる一冊だったが、そう言えばと、カー・コミュニケーションにつて書いたことがあったのを思いだした。

2026年6月22日月曜日

次はやっぱりローリングストーンズ

rollingstones1.jpg 前回ビートルズを取り上げて、次は誰かと思案していたら、ローリングストーンズが新しいアルバムを出すというニュースが飛び込んできた。それなら次はやっぱりローリングストーズだなと思ったのだが、発売は7月になるという。それでは間に合わないからと、手にする前に取り上げることにした。アルバムのタイトルは"Foreign Tongues"で「外国語」という意味だが、辞書には神がかり的な状態で話すことばである「異言」という意味もあるという。こちらの方がこのグループらしいがどうだろうか。

ローリングストーズは1962年にデビューしているから、今年で結成64年ということになる。5人のメンバーのうち3人はすでに死んでいて残っているのはミック・ジャガーとキース・リチャードの二人だけである。当然二人とも80歳を超えていて、もう一人のロン・ウッドも79歳だから、超高齢のロックバンドということになる。ジャケットの顔はその3人の顔を合成したものなのだろうか。

僕がローリング・ストーンズをよく聴いたのはビートルズ同様60年代の後半から70年代にかけての頃で、持っているアルバムは『サタニック・マジェスティーズ』(1967)、『レット・イット・ブリード』(1969)、『スティッキー・フィンガーズ』(1971)、『山羊の頭のスープ』 (1973)、そして『ストリップド』 (1995)の5枚だけである。解散したビートルズと違ってずっとアルバムを作り続けて来て、その都度話題にもなったはずなのに、なぜ興味を持たなかったのだろうか。自分でも改めて不思議な感じがした。

たった一回だけのビートルズと違って、ローリングストーンズは何回も日本に来て公演をしている。ただし1990年以降で、ほとんどは野球のドームである。最初は1973年に予定されたが、外務省が過去の大麻所持を理由に入国を認めなかったために、直前でキャンセルされている。この頃大麻ぐらいは来日する多くのミュージシャンがやっていたはずで、ローリングストーンズはスケープゴートにされたのではと疑ったことを覚えている。そう言えば来日に合わせて出されたアルバム名も「山羊(ゴート)」だった。ちょうどよく聴いていた時期だったから行きたいと思っただろうが、武道館だけで、わざわざ京都から行くほどではなかったのかもしれない。

前回、ジョン・レノンとボブ・ディランの関係に触れたが、ディランとはロン・ウッドとキス・リチャードが親密で、1985年に開かれた「USAフォー・アフリカ」などいくつかの舞台で共演しているし、レコーディングの製作にも参加している。対照的にミック・ジャガーとの関係はあまり語られていないが、どうだったんだろうか。そもそも名前の「ローリングストーンズ」はディランの「ライク・ア・ローリングストーン」との関係を予測させるが、1965年の発表だから、影響を受けたのはディランの方だったのかもしれない。Googleで調べると、名前の由来はマディ・ウォーターズの「Rollin' Stone」だとあった。

ともあれ、60年以上も解散せずに、アルバムを出し続けているということ。爺さんになっても相変わらずの悪童ぶりのパフォーマンスには敬意を表したいと思った。