・アブドゥーラ・イブラヒムは南アフリカのアパルトヘイトに反対して、ヨーロッパやアメリカに逃れて音楽活動をしていたが、彼が作曲した「マネンバーグ」という曲は「反アパルトヘイト運動」のテーマ曲となり、第二の南アフリカ国歌といわれるほどに、人びとに親しまれ、支持されている。
・イブラヒムは1962年に南アフリカからヨーロッパに移り住んでいる。その2年後に、後に大統領になるネルソン・マンデラが国家反逆罪によって終身刑を言い渡されている。当時の南アフリカ共和国は少数の白人層が大多数の黒人層を支配して、「アパルトヘイト」という名の人種隔離政策を実行していた。黒人達は住む場所や就く仕事、選挙権や教育の機会など様々な面にわたって厳しく制限されていた。マンデラは「反アパルトヘイト運動」のリーダーで、その後1990年に釈放されるまで、27年間投獄され続けた。
・イブラヒムが積極的に音楽活動の中に「反アパルトヘイト」の姿勢を見せたのは1970年代の中頃からである。「マネンバーグ」が初めてアルバムとして発表されたのは1974年で、ケープタウン郊外に作られた非白人達が強制的に移住させられた土地の名を冠したものだった。その後イブラヒムはアフリカをテーマにしたアルバムをいくつも作り、1985年にはマンデラという名の曲も作っている。「アパルトヘイト」に対する国内はもちろん、国際的な批判が強まる中で、マンデラは解放運動の象徴的な存在となっていった。ネルソン・マンデラは1990年に釈放された後、1994年に全人種参加選挙が行われて大統領になっている。
・イブラヒムはその後も積極的に音楽活動をしていくつものアルバムを発表したが、僕が気になって購入したのは「Senzo」と「Mukasi」という日本語のタイトルがついたものだった。そこに修められた曲は日本と直接関係するものではなかったが、そのピアノソロの曲に心が洗われ、落ち着くような印象を持った。それはほぼ即興で作られたもののようで、どこかキース・ジャレットにも通じる音楽だった。ジャズには疎いのだが、この二人は、僕にとって大事なピアニストで、また一人、馴染みのミュージシャンが亡くなってしまったことをとても残念に感じた。
・思い出せば、最初に応援に行った時、孫は三振するたびにべそをかきました。チームメートに慰められるのを見て、泣き虫だなと呆れましたが、悔しくて泣くのは悪くないと弁護する人もいました。チームには当然、親達のサポートが必要です。ほぼ毎週末のように試合をやり、練習もするので、子どもたちの特徴は誰もがよくわかっているのでした。子どもたちも大変だけど、親はもっと大変だな。応援に行くたびにそんな感想を持ちました。
・野菜を植えてしばらくは好天が続いたから、どれも順調に育っているように見えた。しかし、ある朝見に行くとジャガイモの葉や茎が頭からなくなっている。多分鹿に食われたのだろうと、ネットで調べると、ジャガイモの葉や茎は鹿の大好物だとあった。これ以上被害に遭わないようにとさっそくネットを張った。ネットの中にはカボチャとサツマイモもある。実りはじめたら今度はイノシシに荒らされるかもしれない。収穫時にはもっと強固な柵を作らなければならないだろう。



・前回も書いたがクルマのサンルーフから入った雨の被害は、さらにひどくなった。運転席のピラーが濡れることはなくなったのでもう大丈夫と思っていたのだが、「ドアが開いている」という表示が消えなくなった。ディーラーに持っていくと、荷室のスペアタイヤが水で濡れていた。どうしてここに溜まるのかは整備士の人でもよくわからなかったようだが、ネットで調べるとやはりサンルーフが原因のようだった。水は座席の下にも溜まるようになったから、キャンプに使うタープで屋根を覆い、サンルーフのまわりをガムテープでふさいだ。雨ばかりの梅雨には本当に参ってしまった。クルマはまだ9万キロほどだが10年に近いから、乗り換えようか、という気になっている。
・もっとも、毎試合見ているドジャースの試合では、日本の広告ばかりが目立っている。試合の中継はNHKがやっているのだが、バックネットには大谷選手と契約しているメーカーの広告がよく載っている。「おーいお茶」を背景に大谷選手の打撃を見るのは、もうほとんど日常的な風景である。今年からこの球場は「ユニクロ・フィールド・アット・ドジャースタジアム」という名称になった。このパートナーシップは5年で1億2500万ドル(200億円)で看板は外野のフェンスやバックネット、それにスコアボードの上などに設置されている。
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またドジャースのブルペンには今年から毛筆で大きく「不動産を超えてゆけ」と書かれた広告がある。SAMTYという大阪の不動産会社で山本投手と契約しているようだ。バックネットの「おーいお茶」と合わせて、何とも奇妙な感じがする広告である。ちなみにネット裏の広告は1イニングで1000万円以上もするようだ。しかも、実際に球場でも見られるのではなく、TV中継のために合成して貼りつけられているのである。NHKはなぜ許しているのだろうか。考えればおかしな話である。これはドジャースが遠征する球場でも同様である。
・鉄道の発達は蒸気機関の発明から始まる。それが馬車に取って変わる機関車になり、荷物の運搬から人の移動手段として発達するようになる。そうなった時に人々が驚いたのはその早さだった。馬車に比べて三倍ほどの速度だったが、それは空間や距離、そして時間の抹殺として実感された。その早さは乗客の感覚をも狂わせる。窓から見える景色が流れるように変わっていったからである。この本の面白さは、当時の人々の声を丹念に拾っているところにあるが、やがて鉄道網が全国的に普及するようになると、その移動の仕方は当たり前のものになる。