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・ネット上の翻訳機能の優秀さに気づいたのは5年前でした。訳したい文章を翻訳ソフトにコピペするだけで瞬時に翻訳してくれる。その優秀さに驚いて以降、頻繁に使うことになりました。AIによる翻訳機能の進化はすさまじくて、アメリカから友人が訪ねてきた時には、iPhoneの音声入力による翻訳機能がずいぶん役に立ちました。
YouTubeにも翻訳機能がありますから、字幕を見ていれば内容が分かるようにもなりました。翻訳機能はもちろん、メールでも使えます。届いた英文のメールが自動で日本語に翻訳されているのに驚いたのはつい最近のことですが、これもかなり役に立っています。 ・僕のホームページは開設して30年になりました。もちろん日本語だけですが、表紙だけは英語のページもつけています。同内容のブログを作ったのは5年前で、翻訳機能の充実と重なっていましたから、英語のページも同時に作りたいなと思いました。しかし、bloggerには日本語と英語のページを併記させる機能はありませんから、新たにもう一つ英語のブログを作る必要がありました。それで諦めていたのですが、それにしては海外からのアクセスが結構あるなと感じていました。 ・bloggerには統計情報を見る機能があって、どこの国からアクセスがあるかがわかります。もちろん日本が一番多いですが、たとえば、直近の一週間の数値は次のようになっています。日本97、アメリカ合衆国47、シンガポール22、フランス19、イギリス19、ベトナム17、スペイン17、ドイツ9、ブラジル8、その他85で、総数は340。ぼくはおそらく、海外にいる日本人や日本語の分かる人がアクセスしているのだろうと思いました。日本語をわざわざ翻訳ソフトにコピペして母語に訳して読む人などいないだろうと思ったからでした。 ・ところがつい最近、ブラウザーの右上にあるアプリケーション・メニューに「翻訳」があることに気づきました。試しにやってみるとbloggerはもちろん、ホームページでも瞬時に英語に翻訳してくれました。できは次のようになかなかです。 驚いたことはもう一つ。雑草が伸びてきたので草刈りをしていると、川に面したところに生えているモミの木に爪痕を見つけた。最近のものではないから、2年半ほど前に工房の外にでかい糞を残していった熊だろうと思った。・AIによる翻訳がここまで来ると、1冊の本を短時間に丸ごと訳すことも可能です。翻訳家にとっては仕事を奪われることになるのかもしれません。僕は何冊か翻訳しましたが、夜なべ仕事で日に数頁で数ヶ月といったなかなか大変な仕事でした。あるいは論文を書く時には、必ず英語の文献にあたり、大事な部分をノートにしてといった作業から始めました。原文を辞書引きながら読まなくてもいいし、わざわざ訳書を買う必要もないということになると、これからの論文を書くスタイルはずいぶん変わるのだろうと思います。 ・と言うよりは、レポートや論文を書く作業自体をAIに任せてしまうこともできるようになったと言われています。見事なレポートを書いた学生に、その内容についての質問をするとちんぷんかんぷんだった、という教員の声も耳にします。小説だってAIに書かせたものが賞を取るほどのできになったといったことも話題になっています。翻訳を瞬時にしてくれる便利さに感心していますが、これは人間の知性にとっての危機になるのではといった不安も感じてしまいました。 |
珈琲をもう一杯
森の暇人のブログ
2026年6月8日月曜日
ブラウザーの翻訳機能に驚き!
目次 2026
6月
5月
18日ノーム・ チョムスキー『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』(集英社)
11日今さらですがビートルズを
4月
27日キョウヨウが大事です
3月
30日 ボブ・マーリーについて
23日 世界が壊れはじめている
2月
16日 Bob Dylan "Shadow Kingdom" Patti Smith "Horses"
1月
26日 ケヤキと格闘中です
19日 久米宏とテレビの終わり
12日 黒川創・滝口夕美編『加藤典洋とは何者だったか?』SURE
1日 今年もよろしくです
2026年6月1日月曜日
春の雑事、珍事等々
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・湖畔で倒れた木がそのまま道端に放置されていて、ずっと気になっていた。楢の木だからもったいないと思って朝早くチェーンソーを持って取りに行った。根っこの部分を残してほぼ玉切りして、クルマに積んで3往復。斧で割って欅の上に積み上げたが、欅と違って素直に割れて、暑かったけどすぐに済んだ。固くて臭い欅はもうこりごり。改めてそんなふうに思った。・連休をはさんで、ホームセンターで野菜の苗を買った。トマト、ナス、ピーマン、シシトウ、インゲン、キュウリ、カボチャ、サツマイモなどだが、去年作った畑の他にもう一ヶ所増やして、新しいところにはジャガイモとカボチャ、それにサツマイモを植えた。今のところどれも順調に育っている。ジャガイモだけは芽が出たところを埋めたのだが、ちゃんと葉が出てきた。
・先週も書いたが強風でカラマツが折れて2mほどが残った。洗濯干しに使っていて、そのロープの部分は残っているので、これからも使えるが、腐っているからどのくらい持つかわからない。先日は大量の羽アリが中からわいて出た。倒れた10mほどの部分は玉切りにして、そのうち割って積もうと思っている。気温がかなり上がって薪割り仕事にはつらいが、枝を細かく切って積む仕事も残っている。それにしても倒木が母屋と工房の間で、どちらにも当たらなかったのは奇跡に近いと思った。
・風だけでなく強い雨も何度か降った。クルマのドアを開けると水がぼとぼと落ちて、運転席側のピラーが濡れていた。雨漏りかと思ってディーラーに行くと、サンルーフが開いてませんかと言われ、その通りだった。それで引き上げたのだが数日後にまた雨が降って、やっぱり雨漏りがした。ネットで調べるとサンルーフには溜まった水を流すホースがついていて、それが詰まることがあるとあった。我が家は森の中にあって、落ち葉や花粉や実が落ちてクルマを汚している。時々掃除や洗車をしているのだがサンルーフの中までは気がつかなかった。ディーラーに行ってホースの詰まりをきれいにしてもらって流れるようになったのだが、とんだ騒ぎだった。
・驚いたことはもう一つ。雑草が伸びてきたので草刈りをしていると、川に面したところに生えているモミの木に爪痕を見つけた。最近のものではないから、2年半ほど前に工房にでかい糞を残していった熊だろうと思った。しかし、いつ出てきてもおかしくないから気をつけねばと改めて思った。そう言えば鹿には何度も出くわしていて、野菜の苗を食われないように、最初だけ網を掛けたりもしたのである。以前は猿の群れがよくやって来たのだが、最近はほとんど見かけない。おそらく駆除をしたのだろうと思う。けれども、鹿は間違いなく増えているし、熊情報だって時々ある。庭にいる時はよくまわりに注意してと戒めている。 |
2026年5月25日月曜日
仕方なくケーブルテレビにした
・我が家は難視聴地域にあって、テレビの映りは極めて悪かった。それでも悪いなりにアナログの時代には東京局のすべてが見えたり見えなかったりした。風が吹いたり雨が降ったりすれば当然、ほとんど見えなくなる。我が家は難視聴地域というだけでなく、松や欅の大木に囲まれているのである。2011年にテレビがアナログからデジタルに変わったことによって、山梨県ではNHK2局と民放2局の4つのチャンネルだけになった。ケーブルテレビに加入すれば、東京局のすべてが見られるのだが、テレビを見る時間はそれほど多くなかったし、そもそもバラエティばっかりの民放などはほとんど見る気にならなかった。
・しかし、地デジを見るためには新しくアンテナを付け替えなければならない。腹が立つから役場から始まって総務省まで引っ張り回されて電話で文句を言って、やっと半年間だけBS経由での視聴が許可された。ただし見えたのはやっぱり4局だけで、その半年が過ぎると何の知らせもなしに、映らなくなった。仕方がないからアマゾンで見つけた高感度の大きなアンテナを買って、自分で2階の屋根につけることにした。意地でもケーブルと契約などするかという気持ちだったのである。それで映るようになったのは、間にブースターを二つかませてからだったが、日によって映りが良かったり悪かったりするのはアナログ時代と変わらなかった。
・映りが悪いのはBSも一緒で、夏は茂った木の葉が邪魔をしたし、冬は雪が降るとアンテナを凍りつかせた。インターネットを光にして、BSも見えるようになったが、地デジは強い風が吹くと枝がアンテナに当たって見えにくくなった。その度に屋根に上って位置を調整して見えるようにしたのだが、最近は歳とって屋根には上らないことにしていた。テレビを見る時間はそんなに多くないので、まあいいかと思っていたのだが、先日の強風でアンテナが大きく動いて、ほとんど見えなくなってしまった。何しろ枯れはじめたカラマツが2メートルの高さからぼっきり折れてしまうほどの風だったのである。・こうなると見えるようにする手段はケーブルテレビしかない。というわけで、ここに住んで四半世紀を過ぎたところでケーブルテレビに加入することにした。我が家は道路から引っ込んでいるからケーブルはNTTが埋設した導管を使うことにした。ところがどうしても途中でつかえて進まない。諦めて空中で繋ぐことにしたが、間には大小何本も木があって枝が重なり合っている。風が吹いたら切れてしまう危険性もあるが、一応繋いで、無事見ることができるようになった。 ・ケーブルテレビは東京局のすべてが見えるし、神奈川のUHFやケーブル独自のチャンネルもある。いっぺんにチャンネルが3倍にも増えたのだが、さて、テレビを見る時間は増えるのだろうか。いずれにしてもきれいに見えるようになったのだからNHKの受信料は払うことにしようと思っている。 |
2026年5月18日月曜日
ノーム・ チョムスキー『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』(集英社)
・ノーム・チョムスキーは著名な言語学者だが、アメリカに対して強烈な批判をする論者であることも知られている。1928年生まれだから、もうすぐ100歳になる年齢である。トランプ大統領の最近の愚行に対する彼の批判はさすがに聞かないが、ロシアのウクライナ侵略については、その直後に「戦争犯罪」だと批判をしている。
・そのチョムスキーの本をアメリカがイラクを侵略した直後に読んで、紹介したことがある。『すばらしきアメリカ帝国』(集英社)で印象に残ったのは、アメリカのイラク侵略を「国際法に根拠のかけらさえもない予防戦争」だと言い、次のような批判を書いていたことである。
つまり、軍事力によって世界を支配しようとするアメリカに挑戦しようとするものがあらわれた場合__それがさし迫っていなくても、あるいは捏造や空想であっても__それが脅威に発展する前に消滅させる権利がアメリカにはあるというのです。・それに気づいて、同年の2008年に出版されて積読だった『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』を読み直してみようと思った。トランプのイラン襲撃はブッシュのイラク侵略と酷似していて、もっと横暴だと思ったからである。
・この本は「無法国家のやりたい放題!」「『違法だが正当』というごまかし」「海外における民主化促進」「中東が証明するもの」「アメリカ国内における民主化促進」といったタイトルの章で構成されている。無法国家とはもちろんアメリカのことだが、それはアメリカの国内法はもちろん、国際法や国連の手続きも誤魔化したり無視することを指している。そして法を無視することが正当であることを主張する傲慢さが常套句であることが指摘されている。・たとえばユーゴスラビアが崩壊して内戦が深刻化した時に、当時のクリントン米大統領は、セルビアによるアルバニア人の虐殺を防ぐことを理由にサラエボの空爆を実行した。「違法だが正当」を主張したものだったが、実際には虐殺はむしろ空爆後に増加したのである。あるいは「海外における民主化促進」には、そのような理由とは正反対に、ナショナリズムに基づく民主化を実現させようとした国の政権を倒すことを実行している。チリのアジェンデ政権の転覆と軍政の支持や、パナマ侵攻によるノリエガ体制の崩壊である。同様のことはハイチやニカラグア、グアテマラなどの中米諸国に及んでいるのである。またその時の理由に麻薬の密輸があったことは、トランプによるベネズエラ侵攻と大統領逮捕に酷似している。ベネズエラの石油を抑えることで次に狙っているのはキューバである。 ・イランのホメイニ体制は1978年の革命で成立した。親米派の王政を倒したのだが、その王政は、石油の国有化を実現させたモサッデク首相をクーデターによって失脚させた後に生まれたものだった。そのクーデターを支えたのはアメリカやイギリスで、最大の理由は石油利権である。「中東が証明するもの」はそんな石油利権とブッシュによるイラク侵攻、イスラエルとパレスチナ、そしてアラブ諸国との関係に触れている。イスラエルがアメリカの後押しによってガザ地区をがれきの山にして膨大な犠牲者を出すまでにはまた、多くの横暴で悲惨な歴史があったのである。 ・民主主義をリードすると思われていたアメリカは、今トランプによってその崩壊の危機にある。しかし新自由主義的な政策による富の格差や、政権よりのメディアの姿勢は20年前から指摘されたことだった。オバマが大統領になって少しはましになったと思われたが、その反動がトランプを誕生させた。アメリカが破綻し世界が壊れていく。この本を読むとそんな危機がいっそう強く感じられる。 |
2026年5月11日月曜日
今さらですがビートルズを
・この欄で何を取り上げるか、もう何年も頭を悩ましている。昔よく聴いていたのにほとんど取り上げていないものはないかと探しているのだが、ビートルズはと気がついた。聴いていたのは1960年代から70年代にかけてで、ジョン・レノンは1980年に殺されている。毎年12月の凶弾に倒れた日からクリスマスまで彼の歌を聴くようにしていたが、最近ではそれも忘れることが多くなった。ジョージ・ハリスンも病で亡くなったし、ポール・マッカートニーには興味がなかったから、取り上げる機会がなかったのである。
・アマゾンで探すと『ジョン・レノン&ポール・マッカートニー ソングブック 1957―1965』という名のビデオがあった。ビートルズはデビュー以来ずっと、自作の大半を「レノン&マッカートニー」として、曲と歌詞をどっちが担当しているのかも明記しなかった。実際、どちらかが作りはじめたものでも、二人で練り合わせて仕上げるのが当たり前だったようだ。著作権とそれに伴うお金などには興味がなく、ただ良いものを作ろうとしていたからだった。もちろん初期の頃から曲想の違いはあったものの、歌詞についてはどっちが作っても大差ないものだった。・このビデオが注目しているのは、主に歌詞に違いが出始めた時期で、1964年に発表された「ハード・デイズ・ナイト」からであることを話題にしている。「ラブ・ミー・ドゥ」でデビューして2年後のことで、同名の映画が同時に公開されている。コンサート・ツアーをドキュメントしたもので、嬌声をあげて追いかける女の子達や、楽屋や移動中の列車やタクシー、あるいはホテルでの騒ぎやいたずらが映されていた。リチャード・レスターが監督し、それまでのミュージシャンを主役にした映画とは違った趣向が凝らされていた。 ・変わりはじめたのはジョン・レノンで、それはボブ・ディランを知ったことがきっかけだった。アメリカの政治や社会に対して強い批判を込めた歌を自作して歌うディランは、1962年にデビュして64年までに4枚のアルバムを出している。ジョン・レノンはそのアルバムに強い影響を受けたというのである。その理由としてあげているのはハーモニカや生ギターの使い方であり、何より自分の正直な気持ちを込めた歌詞である。ジョンはまず、政治や社会に対する批判ではなく、ラブ・ソングの中に月並みではない自分なりのことばを工夫しはじめた。そこにはもちろん、自分の経験が反映されていた。 ・ビートルズは1969年まで続いたが、コンサートは66年までである。1964年以降に出されたアルバムは10枚で、最後の『レット・イット・ビー』は解散後の1970年だった。多くの曲はジョンとポールの共作とされたが、実際にはそれぞれが個別に作ったものを集めてアルバムにしたものになった。作った方がリード・ボーカルもやるのが大半で、その曲想や歌詞の違いは後期になるほどはっきりしたものになった。 ・ビートルズが解散した後、僕はジョン・レノンだけを追いかけた。その理由の一つがボブ・ディランであることを、今さらながら確認した。 |
2026年5月4日月曜日
教養はもっと大事!
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・前回、自分の生活の中では「教養」よりは「今日用」が大事ということを書いた。しかし、目を社会や世界に向けた時に思うのは、「教養」のない人たちによって世界が壊されているという現実である。その代表はトランプだが、ブッシュやレーガンが大統領になったように、アメリカには教養人を嫌悪する傾向が以前からあった。アメリカは民主主義をリードする国で、オバマによって黒人初の大統領が実現し、続いて女性の大統領だとなった時に、トランプが現れ、保守的な白人層が強く支持した。その教養のかけらも持ち合わせないトランプが王様気取りで、民主主義そのものを壊しにかかっているのである。 ・政治家がひどいのは日本も同じだろう。戦後生まれだから戦争責任はないと公言する高市の歴史認識は呆れるばかりだし、小泉進次郎も無知をさらけ出した発言が少なくない。自民党の中では教養があると思っている石破前首相が人気がなく、高市が高支持率を維持しているのだから、教養の軽視は日本の中にも強くはびこってしまっていると言えるかもしれない。「維新」や「参政」などは政党自体が無教養の顔をしている。 ・そう言えば、大学で教えていて、教養に対する大学と学生の変化を目の当たりにした経験がある。4年制の大学は教養課程の2年間と、専門課程の2年間に別れていた。それが崩れて、1年生から専門科目を提供するようになったのだが、そこには文科省の方針はもちろん、就職に関係しない科目は勉強したくないといった学生の希望も反映されていた。僕は「文化社会学」といった科目を担当していて、講義では音楽やスポーツと社会や政治の関係を話したりしたのだが、学生が関心を示さなくなったことを肌身で感じた経験がある。直接言われたわけではないが、「この授業は就職に役立つんですか?」といった態度を学生の反応から意識したのである。 ・「教養」とは「単なる知識の蓄積ではなく、学問、芸術、経験を通じて培われる『物事を深く理解し、応用する能力』や『精神的な豊かさ』のこと」である。自らの興味や関心に基づいて熱心に取り組んだこと、夢中になったことが、やがて自分の人格を形作る基になり、社会や世界を見る目を養うことになる。それは何かの役に立つと思ってやることとは本質的に違うものなのである。 ・僕は他に「コミュニケーション」や「メディア」も関心分野にしていた。だから学生同士の関係の持ち方にも興味を持っていて、それが深いところから浅いところに、内面をぶつけ合うことから外見を取り繕うことに変わるのを感じていた。ゼミでも、自分の意見を言わなくなり、誰かの発表を批判することにも消極的になった。だから表面上仲良くすることには熱心でも、結局お互いのことはよくわからない。わからないから余計に、外見ばかりの関係になる。それは「教養」を培うはずの大学教育には、決定的な敗北であることを痛感した。 ・「教養」によって培われる一番のものは「品位」とか「品性」だと思う。英語では「ディーセンシー」(decency)だろう。それが欠けている人たちが政治や経済を牛耳っている。それを放置し、支持さえしている人たちはまた、ネットでの暴走を見過ごし、時に片棒かつぎさえしている。正直な話、もう世も末だなと思うことも少なくない。 |
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・ インターネットが始まった時に、欲しいと思ったのが翻訳ソフトだった。海外のサイトにアクセスして、面白そうな記事に接する楽しさを味わうのに、辞書片手に訳したのではまだるっこしいと感じたからだった。そこで、学科の予算で高額の翻訳ソフトを購入したのだが、ほとんど使い物にならずにが...
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12月 22日 国会議員の定数より歳費の削減を! 15日 鉄道旅に見る中国の変容 8日 紅葉が終わった 1日 工藤保則『野暮は承知の落語家論』青弓社 11月 24日 『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』 17日 仕事を辞めて8年も経った? 10日 ドジャース...
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12月 26日: Sinéad O'Connor "How about I be Me (And You be You)" 19日: 矢崎泰久・和田誠『夢の砦』 12日: いつもながらの冬の始まり 5日: 円安とインバウンド ...



・先週も書いたが強風でカラマツが折れて2mほどが残った。洗濯干しに使っていて、そのロープの部分は残っているので、これからも使えるが、腐っているからどのくらい持つかわからない。先日は大量の羽アリが中からわいて出た。倒れた10mほどの部分は玉切りにして、そのうち割って積もうと思っている。気温がかなり上がって薪割り仕事にはつらいが、枝を細かく切って積む仕事も残っている。それにしても倒木が母屋と工房の間で、どちらにも当たらなかったのは奇跡に近いと思った。
・風だけでなく強い雨も何度か降った。クルマのドアを開けると水がぼとぼと落ちて、運転席側のピラーが濡れていた。雨漏りかと思ってディーラーに行くと、サンルーフが開いてませんかと言われ、その通りだった。それで引き上げたのだが数日後にまた雨が降って、やっぱり雨漏りがした。ネットで調べるとサンルーフには溜まった水を流すホースがついていて、それが詰まることがあるとあった。我が家は森の中にあって、落ち葉や花粉や実が落ちてクルマを汚している。時々掃除や洗車をしているのだがサンルーフの中までは気がつかなかった。ディーラーに行ってホースの詰まりをきれいにしてもらって流れるようになったのだが、とんだ騒ぎだった。
・驚いたことはもう一つ。雑草が伸びてきたので草刈りをしていると、川に面したところに生えているモミの木に爪痕を見つけた。最近のものではないから、2年半ほど前に工房にでかい糞を残していった熊だろうと思った。しかし、いつ出てきてもおかしくないから気をつけねばと改めて思った。そう言えば鹿には何度も出くわしていて、野菜の苗を食われないように、最初だけ網を掛けたりもしたのである。以前は猿の群れがよくやって来たのだが、最近はほとんど見かけない。おそらく駆除をしたのだろうと思う。けれども、鹿は間違いなく増えているし、熊情報だって時々ある。庭にいる時はよくまわりに注意してと戒めている。
・しかし、地デジを見るためには新しくアンテナを付け替えなければならない。腹が立つから役場から始まって総務省まで引っ張り回されて電話で文句を言って、やっと半年間だけBS経由での視聴が許可された。ただし見えたのはやっぱり4局だけで、その半年が過ぎると何の知らせもなしに、映らなくなった。仕方がないからアマゾンで見つけた高感度の大きなアンテナを買って、自分で2階の屋根につけることにした。意地でもケーブルと契約などするかという気持ちだったのである。それで映るようになったのは、間にブースターを二つかませてからだったが、日によって映りが良かったり悪かったりするのはアナログ時代と変わらなかった。
・映りが悪いのはBSも一緒で、夏は茂った木の葉が邪魔をしたし、冬は雪が降るとアンテナを凍りつかせた。インターネットを光にして、BSも見えるようになったが、地デジは強い風が吹くと枝がアンテナに当たって見えにくくなった。その度に屋根に上って位置を調整して見えるようにしたのだが、最近は歳とって屋根には上らないことにしていた。テレビを見る時間はそんなに多くないので、まあいいかと思っていたのだが、先日の強風でアンテナが大きく動いて、ほとんど見えなくなってしまった。何しろ枯れはじめたカラマツが2メートルの高さからぼっきり折れてしまうほどの風だったのである。
・そのチョムスキーの本をアメリカがイラクを侵略した直後に読んで、紹介したことがある。『すばらしきアメリカ帝国』(集英社)で印象に残ったのは、アメリカのイラク侵略を「国際法に根拠のかけらさえもない予防戦争」だと言い、次のような批判を書いていたことである。
・この本は「無法国家のやりたい放題!」「『違法だが正当』というごまかし」「海外における民主化促進」「中東が証明するもの」「アメリカ国内における民主化促進」といったタイトルの章で構成されている。無法国家とはもちろんアメリカのことだが、それはアメリカの国内法はもちろん、国際法や国連の手続きも誤魔化したり無視することを指している。そして法を無視することが正当であることを主張する傲慢さが常套句であることが指摘されている。
・アマゾンで探すと『ジョン・レノン&ポール・マッカートニー ソングブック 1957―1965』という名のビデオがあった。ビートルズはデビュー以来ずっと、自作の大半を「レノン&マッカートニー」として、曲と歌詞をどっちが担当しているのかも明記しなかった。実際、どちらかが作りはじめたものでも、二人で練り合わせて仕上げるのが当たり前だったようだ。著作権とそれに伴うお金などには興味がなく、ただ良いものを作ろうとしていたからだった。もちろん初期の頃から曲想の違いはあったものの、歌詞についてはどっちが作っても大差ないものだった。