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・ドジャースは今年も西地区で首位にいて、プレイオフに出るのは間違いないだろう。相変わらず強いと言えば強いのだが、今年は面白くない試合が多い。その一番は残塁の多さだ。チャンスを作るのに点が入らない。そんなシーンを何度も見ている。原因は、何も策を講じずに選手に任せる監督だ。ランナーが出たら盗塁やバント、あるいはヒット&ランを試みて点を取ろうとする。相手チームがこうして点を取るシーンは何度も見るが、ロバーツ監督は何もしない。だから、ホームランでも出なければ点が入らないのである。スター選手ぞろいだからと言えばそれまでだが、打てない時にもそうだから、無策だと言わざるを得ない。 ・逆に投手交代では忙しい。ピンチでもないのに回の途中で交代させるのは、左には左、右には右をと考えるからだが、良く失敗をする。投手の気持ちがわからないのではと思うことが少なくない。リリーフに出たらイニングの終わりまでしっかり投げたい。そんな気持ちが無視されるし、途中で代わった投手だって、できれば回の最初から投げたいと思うだろう。もちろん、ピンチに出て火消しのできる投手もいる。頼りになるが、誰もができるわけではない。とりわけ若い投手には酷である。 ・ロバーツ監督は今年で11年目で、ワールドシリーズを3回制している。今年も勝てば4回目だが、一度も最優秀監督賞を手にしていない。今年も候補にすらなっていないようで、彼自身は大いに不満のようだ。しかし、大金を使ってこれだけ選手を集めれば、誰が監督になったって優勝できる。そんな評価なのかもしれないが、試合を仕切る監督の手腕も決して優れているとは言えない。もっとも、スター選手とうまくコミュニケーションを取ってチームを一つにまとめていることは評価すべきだと思う。 ・とは言え、高額で獲得したスター選手があまり活躍しないのも毎年のことである。今年は特に外野手のタッカーの不振と、絶対的な守護神と期待されたディアスの乱調である。サイヤングを2度も取ったスネルは、故障で去年も今年も終盤戦以降にしか投げることができなかったし、三年目のグラスナウは一年目は終盤、二年目と今年は中盤に故障をしている。そして、この四人に払う報酬は総額で6億ドルを超えている。ちなみに大谷選手一人で7億ドル、山本選手は3億ドル超である。 ・ドジャースには優れた若手選手がたくさんいる。しかし、外からスター選手を取ってくるから、なかなかメジャーに上がれない。上がっても成績が上がらなければすぐにマイナーに落とされてしまう。メジャーで経験を積ませてレギュラーにするという他のチームなら当たり前の発想が弱いのである。だから若い選手は結果を残そうとがんばって空回りをしてしまう。 ・これは野手についてだが、投手は対照的に、スター選手の故障を充分に補ってきた。今年のローテーションを守っているのは山本一人だが、佐々木やロブレスキーもがんばった。他にも去年のメイや一昨年のストーンなどもいた。彼らはメジャーの最低年俸で働いたから80万ドルの収入である。今年外野手として例外的に頭角を現したパヘスももちろん、この額しかもらっていない。 ・対照的なのは、村上選手が入ってプレイオフに出るほど強くなったホワイトソックスだ。このチームは、去年まで三年間続けて100敗以上していて、今年もほとんど評価されなかった。しかし、村上が点火剤になり、我慢して使って育てた若い選手が実力を発揮しはじめたのである。だから、20代の中頃の選手が中心で勢いがあって面白い。エラーやちょんぼもあるが、意外な活躍も少なくない。それに比べるとドジャースはおじさん集団のチームだから、活き活きしたところがない。特に今年は大谷選手の活躍が目立たないから、いっそう目立ってしまっている。果たしてプレイオフになったらおじさん達も目を覚ますのだろうか。 |
珈琲をもう一杯
森の暇人のブログ
2026年9月7日月曜日
ドジャースの試合が面白くない
目次 2026
9月
8月
31日さよならアウトバック!
24日どこにも行かない夏
17日広告に腹が立つ
10日ジェニファー・ラウシュ『スロー・メディア』(世界思想社)
7月
27日傍若無人のとんでも国会
20日少年野球とMLB
6月
29日
ヴォルフガング・シベルブシュ『鉄道旅行の歴史』(法政大学出版局)
15日ナフサ不足とプラゴミ
5月
18日ノーム・ チョムスキー『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』(集英社)
11日今さらですがビートルズを
4月
27日キョウヨウが大事です
3月
30日 ボブ・マーリーについて
23日 世界が壊れはじめている
2月
16日 Bob Dylan "Shadow Kingdom" Patti Smith "Horses"
1月
26日 ケヤキと格闘中です
19日 久米宏とテレビの終わり
12日 黒川創・滝口夕美編『加藤典洋とは何者だったか?』SURE
1日 今年もよろしくです
2026年8月31日月曜日
さよならアウトバック!
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・10年近く乗ったアウトバックとさよならしました。仕事を辞めた後に乗り換えたのでまだ9万キロほどですが、サンルーフからの水漏れや、その他の故障が続いて諦めることにしました。何しろ2台目のランカスターは27万キロ、3台目のアウトバックは17万キロも走っていたのです。もっともその大半は東京までの往復200kmの通勤で、ほとんど高速道路でしたから、走行距離だけで比較はできないのかもしれません。 |
2026年8月24日月曜日
どこにも行かない夏
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・雨ばかりの梅雨が明けて30度超えの日が数日続いたが、天候は不順で、夕立のような雨がよく降った。おかげで、雨漏りのするクルマには毎日、空の様子を見てタープをかけねばならなかった。サンルーフに最初つけていたガムテープがみっともないというので、はがして透明のテープに張り替えた。これで雨漏りはしないと思うが、用心にとやっぱりタープを張り続けている。だから、孫の野球の応援に東京に行ってからは、どこにも遠出はしていない。
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2026年8月17日月曜日
広告に腹が立つ
・テレビをケーブルで見るようになって3ヶ月ほどになる。東京の民放がすべて見られるようになったのだが、面白いと思うような番組はほとんどない。というより、どこのチャンネルにあわせてもCMの洪水で、面白そうと思うほど見ていないのである。たまに何か番組を見ていても、CMになった瞬間に音無しにする。そんなことをしていたのだが、すぐに、ケーブルテレビのチャンネルに合わせることが習慣になった。河口湖のケーブルテレビは一日中、富士山の周囲に設置したカメラを流し続けている。山中湖や河口湖、西湖に精進湖、そして本栖湖の富士五湖はもちろん、朝霧高原や勘助坂から新東名、富士山の南斜面から駿河湾、御殿場、あるいは葉山から海の鳥居越しの富士山を巡回している。
・梅雨が長く、明けても天候不順の日が多かったから、雲ばかりで何も見えないことが多かったのだが、時には富士山や富士五湖がくっきり見える日もあって、それはなかなかの風景だった。それに出かける時によく通るいくつかの交差点や河口湖駅前などもあって、今日の人出は、交通量はなどとチェックすることもできるようになった。だから見たい番組がない時には、ケーブルテレビにずっと合わせておくことも少なくない。ちょうど景色が変わる一つの窓が増えた感じなのである。・少なくとも我が家では、増えた民放よりは、ケーブルのチャンネルにあわせていることが多い。面白そうな番組がなにもないし、あまりにCMが多すぎるのである。CMの間に中身がある。そんな印象を持つのだが、実際には番組全体の18%と設定されているようである。しかし見たくもないものに突然番組が妨げられるのだから、その時間は実際の何倍に感じてもおかしくないだろう。人々はこんなCMをよく我慢してテレビを見ているなーと今さらながらに感心してしまう。それとも何か無視する方法があるのだろうか。あるいはCMこそがおもしろいと思う人がいるのだろうか。 ・広告に妨げられて腹が立つのはYouTubeなどでも同じである。それがだんだんひどくなってきて、いやならお金を払って広告なしにしろという態度だから、ますます腹が立ってくる。すぐにスキップ・ボタンを押すことにしているが、それができない長いものや、連続するものもあって、邪魔なことこの上ないが、金など払うものかと思っている。 ・で、思うのだが、嫌われるだけの広告に何かプラスの効果があるのだろうかと疑問を感じている。ネットの広告は視聴者の情報に合わせて選択されていると聞くが、少なくとも僕にとっては興味を持つものなどほとんどない。「うるさいな」「邪魔だ」と思われるだけのためにお金を出して広告をして何かメリットがあるのか不思議に思う。そんな広告に限ってまた、何度もくり返しやってくるのである。 ・メディアに氾濫する広告には当然、広告費がかかっていて、それは製品などの価格に含まれている。要するに僕たちは、迷惑な広告の費用を、製品を買うことで払っているのである。もっとも僕が見る限り、邪魔になる広告の製品など、一度も買ったことはない。 |
2026年8月10日月曜日
ジェニファー・ラウシュ『スロー・メディア』(世界思想社)
・翻訳者の伊藤明己さんからこの本をいただいた時の反応は「スロー・メディア」って何だ?というものだった。「ファースト・メディア」なら何となくわかる。スマホやタブレット、それにPCといったものと、それを使って利用するインターネットのことだろう。だとすると、「スロー」は新聞や雑誌、あるいは番組編成で規制されるテレビやラジオのことだろうか。そんなふうに思って読みはじめたのだが、それほど単純な話ではなかった。・内容は「ファースト・メディア」批判の書だと言える。あらゆる情報が洪水のように押し寄せるし、SNSでのやり取りやメールも瞬時のうちにできてしまう。だから一日中スマホやPCから目が離せない。そんな中毒症状に陥って、心身に不安を感じる人が増えている。で、一度スマホやPCを脇において、接触しない時間を作ったらどうだろうか。この本はそんな筆者自身の体験から始まっている。 ・「スロー・メディア」は「スロー・フード」を参考にしてつけられた名前である。「ファースト・フード」ではなく、時間をかけて作った食べ物を、ゆっくりと味わって食べる。そこにはもちろん、大量生産や遠隔地から輸送されるものではない、近隣で取れる無農薬の食材が大事という側面もある。だから当然、そんなことができるのは金持ちや閑人だけだという批判も起こってくる。そんな批判は「スロー・メディア」に対してはどうだろうか。 ・「ファースト・メディア」はペーパーレス時代を招くから、木の伐採による環境破壊を抑制することができる。そんなふうに言われたこともあったが、代わりにとんでもないほどの電力を使うようになった。スマホのメーカーは次々に新しい機能を装備し、スピードをアップさせて、買い替えた方がいいですよと宣伝する。だから廃棄される量もまた膨大なものになっている。レアアースなどの採掘やゴミ処理などがもたらす健康被害や環境の汚染は、紙媒体がもたらしたものとは比較にならないほどになっている。 ・とは言え、「スロー・メディア」は「ファースト・メディア」を捨てて、その代わりに使うものではない。かつて産業革命時に起こった「ラッダイツ{機械打ち壊し}運動」とは違って、スマホやPCの使い方を工夫しましょうというものである。スマホはメーカーが宣伝するほどには買い替える必要のないものである。ニュースだってSNSだって、メールだって自分の心や身体と相談して使えば、いい道具になるはずである。あるいはよく調べ、考察された記事やエッセイを探して読めば、氾濫する情報にまどわされずに済むかもしれない。この本はそんな至極当然の対処の仕方を提案している。 ・要するに「スロー・メディア」は「ファースト・メディア」に批判的に対処するための、一種の運動なのである。それは個人の心身を健康に、正常に保つためにするメディアへの接触の仕方であり、環境破壊や資源の浪費をこれ以上ひどいものにさせないための方策である。それはまた、1960年代に起こった既存のシステムに対する「対抗運動」の再現だとも言える。 ・僕はそういった発想には大いに興味を持ち賛同するが、現実を見た時にこれがどれほどの力を持つのかという心細い気にもなってくる。この本が書かれたのは2018年で、現在の「ファースト・メディア」の力は比較にならないほど強く、大きなものになっている。AIの進化は、僕たちに、もう考えなくていい、調べなくていい、トレーニングや勉強もしなくていいと言わんばかりなのだ。しかしだからこそ、「スロー」な発想に立ち返る必要があるんだよ、と訴え続けなければとも思った。 |
2026年8月3日月曜日
アブドゥーラ・イブラヒムについて
・アブドゥーラ・イブラヒムは南アフリカのアパルトヘイトに反対して、ヨーロッパやアメリカに逃れて音楽活動をしていたが、彼が作曲した「マネンバーグ」という曲は「反アパルトヘイト運動」のテーマ曲となり、第二の南アフリカ国歌といわれるほどに、人びとに親しまれ、支持されている。
・イブラヒムは1962年に南アフリカからヨーロッパに移り住んでいる。その2年後に、後に大統領になるネルソン・マンデラが国家反逆罪によって終身刑を言い渡されている。当時の南アフリカ共和国は少数の白人層が大多数の黒人層を支配して、「アパルトヘイト」という名の人種隔離政策を実行していた。黒人達は住む場所や就く仕事、選挙権や教育の機会など様々な面にわたって厳しく制限されていた。マンデラは「反アパルトヘイト運動」のリーダーで、その後1990年に釈放されるまで、27年間投獄され続けた。
・イブラヒムが積極的に音楽活動の中に「反アパルトヘイト」の姿勢を見せたのは1970年代の中頃からである。「マネンバーグ」が初めてアルバムとして発表されたのは1974年で、ケープタウン郊外に作られた非白人達が強制的に移住させられた土地の名を冠したものだった。その後イブラヒムはアフリカをテーマにしたアルバムをいくつも作り、1985年にはマンデラという名の曲も作っている。「アパルトヘイト」に対する国内はもちろん、国際的な批判が強まる中で、マンデラは解放運動の象徴的な存在となっていった。ネルソン・マンデラは1990年に釈放された後、1994年に全人種参加選挙が行われて大統領になっている。
・イブラヒムはその後も積極的に音楽活動をしていくつものアルバムを発表したが、僕が気になって購入したのは「Senzo」と「Mukasi」という日本語のタイトルがついたものだった。そこに修められた曲は日本と直接関係するものではなかったが、そのピアノソロの曲に心が洗われ、落ち着くような印象を持った。それはほぼ即興で作られたもののようで、どこかキース・ジャレットにも通じる音楽だった。ジャズには疎いのだが、この二人は、僕にとって大事なピアニストで、また一人、馴染みのミュージシャンが亡くなってしまったことをとても残念に感じた。
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12月 22日 国会議員の定数より歳費の削減を! 15日 鉄道旅に見る中国の変容 8日 紅葉が終わった 1日 工藤保則『野暮は承知の落語家論』青弓社 11月 24日 『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』 17日 仕事を辞めて8年も経った? 10日 ドジャース...
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・ インターネットが始まった時に、欲しいと思ったのが翻訳ソフトだった。海外のサイトにアクセスして、面白そうな記事に接する楽しさを味わうのに、辞書片手に訳したのではまだるっこしいと感じたからだった。そこで、学科の予算で高額の翻訳ソフトを購入したのだが、ほとんど使い物にならずにが...
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・ 石破首相が自民党総裁の辞任を決めた。総裁選の前倒しが決まったり、それを受けて衆議院の解散に打って出れば、自民党が分断され、国政も混乱するといった菅や小泉の忠告を受け入れたからだと言われている。僕は総裁選の前倒しが賛成多数になるかどうかわからないし、多数になったら衆議院...

・四台目のアウトバックは退職後ということもあって、四国遍路や九州一周をやり、北海道まで出かけました。どれも2週間の長旅でした。その他にも東北旅行を4年続けてやり、信州や北陸にも何度も出かけました。モデルチェンジの度に大きくなって、狭い道や林道などは走りたくなかったのですが、静かで安定した走りは長距離ドライブにはもってこいでした。ただしここ数年は夏が暑すぎることやインバウンドの影響で、長旅は控えるようになりました。もちろん、年齢による運転疲れということもあります。
・アウトバックはレガシーと名がつく最後のクルマです。僕が最初に乗ったレガシーは初代で1993年でした。キャンプに出かけるためというのが一番の理由だったと思います。子どもたちもまだ小学生でテントや寝袋を積んでよく出かけました。二台目のランカスターは車高が高くなってSUVと言われる車種の走りになりました。ちょうど2000年の河口湖への引っ越しと重なりましたから、雪道に強い4駆をというのが選択理由でした。こうなるともう典型的なスバリストです。クルマも2台いるということで、パートナーもやっぱりスバルのインプレッサになりました。
・前述した通り二台目は27万キロ走り、3台目のアウトバックも17万キロ走って、通勤の足として働きました。パートナーも2台目のXVに乗り換えて、4台目のアウトバックまでスバルばかり6台乗り続けたのです。で、今度もやっぱりスバルということになりました。他社のクルマに乗っていませんから比較はできませんが、スタイルや走り、そして乗り心地には満足してきました。ただし燃費を考えて電気自動車にするのも選択肢の一つだと思いました。スバルは二種類のEVを出しています。しかしトヨタが開発したものをスバル風にアレンジしたもので、アウトバック以上に大きいですから食指は動きませんでした。
・選んだのは7月に発売されたばかりのハイブリッドのレヴォーグ・レイバックです。レヴォーグはレガシーの大型化に伴って、国内販売に特化したレガシーの後継車でした。レイバックはその車高を上げたSUVですが、購入したのは少しだけ車高が低くなっています。アウトバックと同じ赤と思いましたが派手だったので青色にしました。手放したアウトバックはもちろん、今でもしっかり走ります。もったいないことこの上ないですが、どこか外国に行って走り続けるのではと思います。乗り換える時にはいつもそうですが、ありがとうの感謝と、元気でいてと願ってのさよならでした。

・野菜も長雨でほとんどダメになった。ただミニトマトとサヤインゲンはよく取れている。後は小さなナスとピーマンがちょっとだけで、カボチャは枯れたし、ジャガイモも元気がない。ミョウガも去年ほどには取れていないから、すっかりやる気を無くしている。要するに放りっぱなしなのである。ただし来年はもっと日当たりのいいところに新しい畑を作ろうと、いろいろ策は練っている。
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庭仕事をしないから、早朝の自転車はがんばっている。ただし最近では20kmほどの湖畔一周コースを50分切るのもしんどくなった。かなりがんばったと思っても49分ぎりぎりで脚力が落ちたなとつくづく思う。何しろベスト・タイムは42分台だったのである。もちろん歳のせいだが、山歩きをしなくなったせいもあるだろう。動かなければどんどん衰える。そんなことを実感しているが、暑くて日中は何もする気にならない。
・梅雨が長く、明けても天候不順の日が多かったから、雲ばかりで何も見えないことが多かったのだが、時には富士山や富士五湖がくっきり見える日もあって、それはなかなかの風景だった。それに出かける時によく通るいくつかの交差点や河口湖駅前などもあって、今日の人出は、交通量はなどとチェックすることもできるようになった。だから見たい番組がない時には、ケーブルテレビにずっと合わせておくことも少なくない。ちょうど景色が変わる一つの窓が増えた感じなのである。
・翻訳者の伊藤明己さんからこの本をいただいた時の反応は「スロー・メディア」って何だ?というものだった。「ファースト・メディア」なら何となくわかる。スマホやタブレット、それにPCといったものと、それを使って利用するインターネットのことだろう。だとすると、「スロー」は新聞や雑誌、あるいは番組編成で規制されるテレビやラジオのことだろうか。そんなふうに思って読みはじめたのだが、それほど単純な話ではなかった。