2026年3月16日月曜日

させていただきましたはいただけません

ずいぶん前から気になっていましたが、最近特に耳にする変な敬語の使い方があります。たとえばテレビで歌手が「歌わせていただきます」といった言い方をよくします。しかしこれは一体誰に対して敬語を使っているのでしょうか。聴いている視聴者に対してか、番組製作者なのか、あるいは番組スポンサー、それともそのすべてに対してなのでしょうか。ここはただ「歌います」と言えばいいのではと思うのですが、どうでしょうか。

高校野球で甲子園に出場するためには予選を勝ち抜く必要があります。これは選手達の力によって成し遂げることですが、監督や選手達は「出場させていただきました」と言うことが多いです。これは僕にも経験があって、その都度学生に指摘してきたことですが、「発表させていただきます」も気になります。僕に対する敬語なら、そんなものは必要ないと思ったからでした。「発表します」あるいは「発表いたします」で十分なのですから。同様のことはたとえば店が「明日は休業させていただきます」にも言えるでしょう。客に対する敬語なのでしょうが、ここは「休業いたします」で十分だろうと思います。

ネットで調べると、文化庁がこの使い方について、「 基本的にはア)相手側又は第三者の許可を受けて行い,イ)そのことで恩恵を受けるという事実や気持ちのある場合に使われる」としています。なるほどと思いますが、許可してもらったとしても、「させていただく」はやっぱり不必要なへりくだりに思えてしまいます。

ネットにはもっと笑えるような使い方も散見されました。結婚式でのあいさつで「新郎とは~大学で一緒に勉強させていただきました」という言い方が当たり前になっているようです。あるいは「~高校を卒業させていただきました」などは、本当は落第だったのに、便宜を図ってもらったのかと疑いたくなるような言い方です。店で食べた料理が格別おいしかった時に「食べさせていただきました」と言うのは作った人に対する敬意の現れとしてわかる気もしますが、ちゃんとお金を払うわけですから、「おいしかったです」とか「ごちそうさま」で十分な気がします。

ところで、このような丁寧な言い方が当たり前になり、乱発されるようになったのはなぜなのでしょうか。上から目線にならないようにとか、不要な摩擦を避けるようにとか、相手との関係を無難に保とうとする意図があるようです。人とのつきあい方、コミュニケーションの仕方が難しくなった証拠なのかもしれません。相手との距離、上下の関係をどうしたらいいか。そんなことがまず気になるということでしょう。

ぼくは戦後の民主化教育の中で育ちました。そこで地位や年齢の上下関係を気にせずにつきあうのが当たり前といった感覚を養いましたから、教える側に立ってからも権威主義的に振る舞うことを極力避けてきました。それで、学生の発言はもちろん、僕の話の中に疑問や間違いを見つけたら、遠慮なく指摘したり批判して欲しいと思ったからでした。ゼミが活発な議論の応酬でにぎやかになれば、後は学生に任して放っておいてもうまくいったのです。ところがだんだんそんな雰囲気を作るのが難しくなりました。

先の選挙で自民党が圧勝した理由の中に、野党は批判をするだけという意見がありました。国会の場で政権の批判をするのは当たり前ですが、そこに違和感も持つ人が増えているのでしょうか。ところがネット上では、ちょっとした発言が炎上して、誹謗中傷が蔓延しています。面と向かっては距離を持って無難に対応すべきだが、匿名なら過激な発言も構わない。「させていただきます」には、人間関係におけるそんな両極端な距離を感じざるを得ない気がします。

 PS.準々決勝で負けた選手に戦犯扱いして誹謗中傷する輩が多いようです。とんでもない話でしょう。一生懸命やった結果にご苦労様と言えない己の貧しさを自覚しろと言いたいです! 

目次 2026

 

3月

16日 させていただきましたはいただけません

9日 薪割り、ゴミ穴、そして大掃除

2日 選挙報道とオリンピック中継

2月

23日 パティ・スミス『ジャスト・キッズ』河出書房新社

16日 Bob Dylan "Shadow Kingdom" Patti Smith "Horses"

9日 ドジャースの戦力補強に違和感

2日 厳寒のお粗末選挙にうんざりだ!

1月

26日 ケヤキと格闘中です

19日 久米宏とテレビの終わり

12日 黒川創・滝口夕美編『加藤典洋とは何者だったか?』SURE

5日 ニール・ヤングの反トランプ宣言

1日 今年もよろしくです

2026年3月9日月曜日

薪割り、ゴミ穴、そして大掃除

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forest216-2.jpg ケヤキの大木と格闘して2ヶ月超、やっと終わった。固くて斧では割れないからチェーンソーで切るしかなかったものが多かった。いつもなら4L のガソリン缶が二つもあればよかったのに、今度は5缶も6缶も使った。エンジンをスタートさせる紐が切れたのは初めてだったが、1ヶ月も経たないうちにまた切れてしまった。そんなわけで、アルプス積みしたまわりにはおがくずが分厚く覆っている。それがアンモニア臭いから、庭に出るたびに顔をしかめてしまう。

3年前に掘ったゴミ穴が一杯になってきたので、新しい穴を掘った。1mほどの深さで幅は1x1.5mぐらいだが、これも3、4年ほどで満杯になるだろう。蓋は一部が腐った階段だ。我が家では生ゴミやストーブの灰はここに捨てている。だからゴミ出しは月に一度ほどで済んでいる。引っ越して25年になるから、掘った穴はもう6ヶ所か7ヶ所にもなるだろう。以前に掘ったところも何年も経てば土に還っているから、同じところに穴を掘るといったこともしている。生ゴミと灰だから土はかなり肥えているのかもしれない。

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もう少しするとアメリカから知人がやってきて、しばらく我が家に滞在する。そんなわけで時期外れだが大掃除を始めている。たとえば白いレースのカーテンは毎年薪ストーブが済んでから洗っているのだが、今年は早くすることになった。はずしたカーテンを浴槽で踏んづけて洗った後に洗濯機で脱水して、そのまま元に戻すと、ストーブがついているからすぐに乾いてくれるのである。全部で長短合わせて12枚、これもなかなかの手間だった。その外側の分厚いカーテンはもう何年も洗っていないが、汚れが目立たないからそのままにしている。

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forest216-7.jpgストーブを燃やすせいか丸太にはゴミが溜まっている。よく見るとクモの巣も張っていて、これも春になったら掃除をするのだが、今年は早めにやることにした。ところが吹き抜けの上の方にはなかなか届かない。そこでペンキ塗りに使った長い竿にタオルを巻きつけて拭くことにした。それでも届かない所ははしごを使ってということになった。歳とってバランス感覚が衰えているから、こわごわ注意してということになった。
それにしても良く働くとつくづく思う。とは言え、暖かくなれば庭でやることは少ないから、もっぱら自転車ということになる。そう言えばもう4ヶ月ほど乗っていない。乗り方を忘れてしまっているのでは、と心配するほどだが、乗るのは混雑を避けた早朝だから、暖かくなる4月になってからだと思う。

2026年3月2日月曜日

選挙報道とオリンピック中継

2週間のオリンピック期間中のテレビはひどかった。早朝から夜中まで、ということは一日中オリンピック競技のライブ中継や録画の放送をしていたからだ。だから見るものがほとんどない。わずかな救いはイタリア各地を紹介する番組があったことだった。これほどのオリンピック偏重はこれまでで一番だったのではないかと思う。そう言えばパリ五輪の時にも、この欄で同じようなことを書いたから、この後もますますひどくなるのかもしれない。

日本選手は24個というこれまでで最高の成績で、すごいすごいと持ち上げる報道ばかりが目立っている。しかし、競技種目がどんどん増えているのだから、増えるのは当たり前だし、金5個のうちスケボーだけが4個なのだから、他の種目はどうなんだと言いたくなってしまう。主たる競技のアルペンでは下位に沈む選手ばかりだったし、スピードスケートも高木選手一人の活躍だった。唯一の例外はフィギアーで、りくりゅうの活躍に大騒ぎでうんざりするほどだった。

そんな日本選手のメダル数に乗じて、また札幌五輪をなどと元オリンピックオタクの国会議員が言い始めている。東京オリンピックの失敗でも懲りないのだから、もういい加減にしろと言いたい。そもそも東京オリンピックにどれほどのお金がかかったのか、いまだに明らかにされていないのである。日本がいまだに経済大国だと勘違いして、お金はいくらでも使えると思っているのだろうか。

ところで、その前にあった衆議院選挙期間中の報道では、テレビはほとんど沈黙状態だった。事前には高市首相の唐突な解散宣言や、それに対応した中道改革連合の成立など、それなりの報道もあったのにである。で選挙当日の開票速報ではまた大盛り上がりで、自民圧勝の結果を無批判に取り上げるばかりだった。いろいろ問題山積みなのに、その点を強く指摘する報道はほとんどなかったのである。アイドルのファン気質に使われていた「推し活」なることばが、高市人気の理由に挙げられて、日本の深刻な現状などはそっちのけになってしまった。

中国が真綿で首を締めるように、輸出品の規制を強めている。レアアースは日本の産業にとって命取りになるかもしれないし、抗生物質などほぼ100%中国に依存しているものもあるのに、高市は知らん顔である。突っ張る姿勢を評価するなどは論外なのである。逆にトランプにはしっぽを振ってなつくだけである。関税が最高裁で憲法違反の判決が出て、新たな関税を設けているが、これについて批判することなど考えてもいないだろう。こういったことについて、正面から疑問を投げかけ批判をするメディアはテレビはもちろん新聞にもない。

批判が消えたのは統一教会や裏金と関係した議員に対しても同様だ。今度の選挙でほとんどが当選したから、みそぎは済んだとまた大きな顔をするのだと思う。野党が激減した国会でも、様々な問題を指摘して紛糾などということは起こらないに違いない。高市政権の政策は安部の焼き直しだから、失われた30年が40年になるだけだろう。それでも高市の発言は、掛け声だけは勇ましいから、何か良い方向に変えてくれると期待しているのかもしれない。しかしそれは淡い期待に過ぎないし、それどころか、とんでもない悪夢の現実化の危険性を孕んでいるのである。

ひょっとすると高市支持の中には、日本の崩壊を望む声もあるのかもしれない。とことんダメになったところから出直したらいい。それはそれで一つの展望なのかと思わないでもない。しかしそうなった時の混乱や困窮をどこまで自覚しているのだろうか。

2026年2月23日月曜日

パティ・スミス『ジャスト・キッズ』河出書房新社

paty8.jpg この本は2012年に発売されている。もう12年も経っているが、ずっと本棚で眠っていた。次に書評する本がなくて何となく手にして読みはじめたら、面白くて夢中になった。で、読み終わったところでパティ・スミスのデビュー・アルバムが50周年記念で再発売されたことを知った。奇遇だが、そんなわけで、2週続けてのパティ・スミスである。

『ジャスト・キッズ』は子ども時代からデビュー時までの彼女自身の回想録である。ニューヨーク・パンクの女王などと言われたが、ここに登場するのは、どちらかと言えばシャイで目立ちたがりやではなく、それほど突っ張っているわけでもない素顔の彼女である。モダンジャズ好きの父親に敬意を払い、優しい母親に甘える一面もある。子どもの時には妹や弟と遊んだが、その関係は大きくなっても続いている。本を読むのが好きで良く詩も書いていた。そんな彼女が家を出てニューヨークに住むきっかけになったのは、思いがけない妊娠と出産だった。

産まれた子どもは養子として託し、カレッジを中退して、アルバイトの仕事をし、大したあてもないのにニューヨークに行くことを決心した。知り合いのところに居候をしたり、時に野宿もして、ウェイトレスの仕事を見つけてもすぐに首になったりした。ロバート・メイプルソープと出会ったのは、本屋の仕事を見つけてしばらく経った頃だった。

ロバートとパティは一緒にドローイングを描き、住んでいる部屋に貼りつけたり、安い小物や拾ったものを使った作品を作った。彼はやがてカメラに興味を持ってアバンギャルドな写真家をめざすが、パティもまた詩を書いて朗読会で発表したりするようになる。チェルシー・ホテルに住むようになると、多くの作家や詩人、あるいはミュージシャンとも親しくなって、二人の存在も認められるようになった。

二人の仲に変化が現れたのはロバートがホモセクシャルな関係に目覚めたことが原因だった。しかし、恋人関係ではなくなっても、一緒に制作をしたり、互いの作品を認めあったりする関係は続いた。ロバートの才能を誰よりも信じて評価をしていたパティは、彼が脚光を浴びることを願ったが、注目を集めるようになったのは彼女自身の方が先だった。詩の朗読にギターやピアノのバックをつけたところから、やがて歌うようになり、ドラムを加えてロックバンドになる。29歳のデビューだから、ニューヨークに来てから8年ほどの時間が経っていた。

デビュー・アルバムのジャケットはまるで少年のような風貌のパティだが、それを撮ったのはロバートである。その後のアルバムにも彼の撮った写真が使われているが、彼はエイズで長期間苦しみ1989年に亡くなった。パティもまた結婚を機に活動を休止していたが、夫のフレッドと共作した 『ドリーム・オブ・ライフ』で88年に復活した。その間彼女はデトロイトに住み、時折ニューヨークのロバートを訪ねて彼を励ましている。そんな意味で、この本は彼女自身ではなくロバートとの二人の物語として読めるものだった。

2026年2月16日月曜日

Bob Dylan "Shadow Kingdom" Patti Smith "Horses"

dylan15.jpg 本当に久しぶりにCDを買った。ボブ・ディランの"Shadow Kingdom"は2021年に発売されたもので今まで気づかなかった。コロナ禍でコンサートができなくなった代わりにネットでライブ映像として配信されたもののようだ。曲目は初期の作品が多く、映画の『名もなき者』に似ているが、歌い方はずいぶん違っている。激しくではなく、穏やかで軽やかだ。シナトラやシャンソンを歌った時のような感じで、自分の持ち歌をアレンジし直している。

ディランは85歳になるが、今年ももちろん「ネバー・エンディング・ツアー」を続けている。さすがに新しい歌を集めたアルバムは5年ほど出ていないが、コンサートは死ぬまで続けるつもりなのかもしれない。古い歌でも新しいアレンジで歌い演奏する。その創造力には感心するばかりだ。

ところで肝心のライブ映像だが、YouTubeでは’Forever Young'しか見ることができない。DVDも手に入りにくいようだ。照明が暗く、タバコの煙が立ちこめる小さなクラブでのパフォーマンスだが、音と映像が合っていなかったりする。場所も曲によって違うようで、コンサートそのものではなく、ライブに見立てた作品といった趣向のようだ。

patti7.jpg パティ・スミスの "Horses" はデビュー・アルバムだが、その50周年を記念して再発売したものだ。僕はレコードでしか持っていなかったから買ったが、いくつか曲が追加されている。ニューヨーク・パンクの新星として登場してから半世紀も経ったのだが、このアルバムを最初に聞いた時の新鮮な印象は今でも覚えている。思えばこの時期にはパンクやレゲーといった新しい波が次々にやって来て、ルー・リードやスティング、あるいはジャクソン・ブラウン、やジェームス・テイラーといった若いミュージシャンがたくさん登場してきていた。

パティのデビューは29歳で遅咲きだが、それ以前にはむしろ詩人として知られていた。自作の詩を朗読する際にギターやピアノをバックにつけることから始まって、やがて歌うようになり、ドラムも加えた激しいパフォーマンスになった。そんな過程もまた独特で面白いと思った。だから、彼女の歌には歌うよりも語る、あるいは叫ぶといった場面が多い。

アルバム・ジャケットのパティは当然、29歳のものだが、最近の画像を見ると長い白髪姿の魔法使いのおばあさんのようだ。しかし、デビュー・アルバムの歌を最近でも歌っていて、その様子は50年前と変わらないほど溌剌としている。50周年に合わせて回顧録も発売されたようだが、彼女のデビューまでについてはすでに『ジャスト・キッズ』という回想録がある。実は偶然ちょっと前に読んでいて、次回ではその紹介をするつもりだった。

2026年2月9日月曜日

ドジャースの戦力補強に違和感

2月になって、もうすぐキャンプが始まります。今年はWBCですから、もうすぐにぎやかになるでしょう。WBCを見るためにNetFlixに加入するかどうかはまだ決めていません。月額890円ですから直前になって判断しようと思っています。当然、日本は連覇を狙っていますが、アメリカもドミニカも本気で戦力を整えてきています。さてどうなるでしょうか。

今年のドジャースですが、当然地区優勝は堅く、リーグ優勝も本命です。うまくいけばワールド・シリーズ3連覇も可能で楽しみだと言いたいところですが、オフの戦力補強には首をかしげることが多かったです。2連覇して最強の軍団なのに、外野とリリーフが穴だと言われ、あいつをとれ、こいつがいいといった記事が連日取りざたされました。しかしさっぱり動かないので、僕は現有勢力で来シーズンも行くのだろうと思いました。期待外れだった選手が復活するかもしれませんし、マイナーにいる若手の成長も期待できるのです。

ドジャースには有望な若手がたくさんいます。しかし、トレードやFAで補強を繰り返しているので、なかなかメジャーに上がってこられません。そんな選手が他球団にトレードされて、それなりに活躍しているのを見ると、出さずにチームの戦力にした方がいいのでは、と何度も思いました。何しろドジャースの一番の欠点はチームの高齢化で、20代のレギュラー選手は外野のパヘスしかいないのです。すぐに結果が出なくても我慢して使い続けることをしなければ若手は成長できません。パヘスは例外的に我慢して使って実力を出しはじめた選手なのです。

ドジャースはすでに選手に支払う年俸がメジャートップで莫大な贅沢税を払っています。今シーズンの終了後には選手会とオーナーが結んでいる労使協定が失効して改訂をしなければなりません。年俸のチーム上限を定めるサラリーキャップ制の導入をオーナー達が主張すれば、選手会と対立してストとロックアウトでシーズンが始まらないのではと心配されています。25年度の贅沢税を払ったのは9チームで全体の3割でした。財政豊かな球団はそんなことお構いなしにこのオフも戦力補強に多額のお金を費やしました。

ドジャースは結局、クローザーのエドウィン・ディアスと外野手のカイル・タッカーを取りました。ディアスは3年で6900万ドル、タッカーは4年で2億400万ドルの超高額契約でした。これで弱点と言われたリリーフと外野を補強したわけで、まさに悪の帝国といわれても仕方がないのだと思います。大谷との契約以降、ドジャースの収入は爆上がりしていますから、財政的には何の問題もないのでしょう。しかしリーグでの不均衡なチーム力は大きくなるばかりですから、他球団にとっては戦う前からギブアップということにもなりかねません。

選手は生身の身体ですから故障やスランプで期待外れといったこともおこるでしょう。実際去年も一昨年も、ドジャースはそんな選手たちに悩まされました。だからこその補強なのですが、毎年あまりに露骨にやっているので、もうドジャースを応援するのはやめようかと思うようになりました。大谷や山本や佐々木の応援はするけれども、ドジャースの応援はしたくない。そんなことができるのかどうか、何とも悩ましいかぎりです。