2026年3月23日月曜日

世界が壊れはじめている

トランプが米大統領に就任して以降、彼は世界がこれまで築いてきた制度や慣行を無視し続けている。それは気候変動についてのパリ協定や、世界保健機構(WHO)からの脱退であり、アメリカへの輸入品に対して一方的に関税をかけることだった。それで世界中が振り回されたのだが、次には強大な武力を行使して、ヴェネズエラの大統領を拘束し、イランの最高指導者を殺したのである。独立国家に対して宣戦布告なしに攻撃を加えるのは国際法違反だが、トランプは全く意に介さない態度である。そもそもアメリカでは軍隊を動かすためには議会の承認が必要なのだが、それもしていないし、議会も反対もしていない。

ロシア大統領のプーチンがウクライナを侵略してから4年が過ぎた。戦況は膠着状態で和平の兆しは全く見えていない。イスラエルによって徹底的に行われたガザの破壊も放置されたままである。米軍によるイラン攻撃にはイスラエルが加わっていて、強く勧めたのはネタニヤフ首相の方だったと言われている。イスラエルにとってはイランの体制を崩壊させて核兵器の開発を止めさせることが理由だが、汚職で告発されているネタニヤフが、その罪を免れるために戦争をしかけているといった憶測もある。同様のことはトランプにも言えて、エプスタイン問題が明るみに出れば、トランプも大統領ではいられなくなると見る向きもある。

一国の首長が個人的な問題をなしにするために戦争をしかけて多くの人を殺戮する。そんな暴挙が繰り返されているのに、世界中のどこの国からも強い反対や批判が起こらない。何とも不条理な世界になってしまったものだと思う。多くの人が死に、街が破壊されるのを目の当たりにするのは堪え難いことだが、それによって引き起こされるのは、これまで長い期間をかけて築かれてきた国際間の取り決めの崩壊である。世界一の超大国に傍若無人の大統領が現れれば、世界は簡単に壊れてしまう。そんなSF映画のような物語が、今、現実化しているのである。

それで思いだすのは、ジョージ・オーウェルの『1984年』に登場する全体主義体制が掲げるスローガンである。その「戦争は平和、自由は奴隷、無知は力」は逆説的なプロパガンダで、オーウェルがこの小説を書いた当時のソ連の体制を批判したものだと言われている。しかし、今の状況はまさにこの標語が現実化していると思わされてしまう。そしてそんな空気は、もちろん、日本にも蔓延してきている。高市人気と衆議院選挙における自民党の圧勝は、何よりその証拠だと言えるだろう。平和のための防衛力強化(戦争は平和)、リベラル批判(自由は奴隷)、知性の軽視と知らぬが仏(無知は力)なのである。

その高市がアメリカに行ってトランプと会談をした。とんで火に入る夏の虫で、風邪を理由に中止したらどうだという意見も多かったが、彼女は強行した。自衛隊の派遣が難しいことは何とか納得させたようだが、日米の関係の強さを再認識させることが強調された。彼女の口からは、世界に平和をもたらすのはトランプだけだといったおかしな発言もでた。トランプの息子がハンサムだといったおべんちゃらもあったし、アメリカへの投資をさらに増額するといったお土産もあった。物価高で、とりわけ石油の値段が高騰しているのに、日本のどこにそんな金があるのか。「戦争は平和、自由は奴隷、無知は力」。そのスローガンがさらに現実化した気がした。

目次 2026

 

3月

23日 世界が壊れはじめている

16日 させていただきましたはいただけません

9日 薪割り、ゴミ穴、そして大掃除

2日 選挙報道とオリンピック中継

2月

23日 パティ・スミス『ジャスト・キッズ』河出書房新社

16日 Bob Dylan "Shadow Kingdom" Patti Smith "Horses"

9日 ドジャースの戦力補強に違和感

2日 厳寒のお粗末選挙にうんざりだ!

1月

26日 ケヤキと格闘中です

19日 久米宏とテレビの終わり

12日 黒川創・滝口夕美編『加藤典洋とは何者だったか?』SURE

5日 ニール・ヤングの反トランプ宣言

1日 今年もよろしくです

2026年3月16日月曜日

させていただきましたはいただけません

ずいぶん前から気になっていましたが、最近特に耳にする変な敬語の使い方があります。たとえばテレビで歌手が「歌わせていただきます」といった言い方をよくします。しかしこれは一体誰に対して敬語を使っているのでしょうか。聴いている視聴者に対してか、番組製作者なのか、あるいは番組スポンサー、それともそのすべてに対してなのでしょうか。ここはただ「歌います」と言えばいいのではと思うのですが、どうでしょうか。

高校野球で甲子園に出場するためには予選を勝ち抜く必要があります。これは選手達の力によって成し遂げることですが、監督や選手達は「出場させていただきました」と言うことが多いです。これは僕にも経験があって、その都度学生に指摘してきたことですが、「発表させていただきます」も気になります。僕に対する敬語なら、そんなものは必要ないと思ったからでした。「発表します」あるいは「発表いたします」で十分なのですから。同様のことはたとえば店が「明日は休業させていただきます」にも言えるでしょう。客に対する敬語なのでしょうが、ここは「休業いたします」で十分だろうと思います。

ネットで調べると、文化庁がこの使い方について、「 基本的にはア)相手側又は第三者の許可を受けて行い,イ)そのことで恩恵を受けるという事実や気持ちのある場合に使われる」としています。なるほどと思いますが、許可してもらったとしても、「させていただく」はやっぱり不必要なへりくだりに思えてしまいます。

ネットにはもっと笑えるような使い方も散見されました。結婚式でのあいさつで「新郎とは~大学で一緒に勉強させていただきました」という言い方が当たり前になっているようです。あるいは「~高校を卒業させていただきました」などは、本当は落第だったのに、便宜を図ってもらったのかと疑いたくなるような言い方です。店で食べた料理が格別おいしかった時に「食べさせていただきました」と言うのは作った人に対する敬意の現れとしてわかる気もしますが、ちゃんとお金を払うわけですから、「おいしかったです」とか「ごちそうさま」で十分な気がします。

ところで、このような丁寧な言い方が当たり前になり、乱発されるようになったのはなぜなのでしょうか。上から目線にならないようにとか、不要な摩擦を避けるようにとか、相手との関係を無難に保とうとする意図があるようです。人とのつきあい方、コミュニケーションの仕方が難しくなった証拠なのかもしれません。相手との距離、上下の関係をどうしたらいいか。そんなことがまず気になるということでしょう。

ぼくは戦後の民主化教育の中で育ちました。そこで地位や年齢の上下関係を気にせずにつきあうのが当たり前といった感覚を養いましたから、教える側に立ってからも権威主義的に振る舞うことを極力避けてきました。それで、学生の発言はもちろん、僕の話の中に疑問や間違いを見つけたら、遠慮なく指摘したり批判して欲しいと思ったからでした。ゼミが活発な議論の応酬でにぎやかになれば、後は学生に任して放っておいてもうまくいったのです。ところがだんだんそんな雰囲気を作るのが難しくなりました。

先の選挙で自民党が圧勝した理由の中に、野党は批判をするだけという意見がありました。国会の場で政権の批判をするのは当たり前ですが、そこに違和感も持つ人が増えているのでしょうか。ところがネット上では、ちょっとした発言が炎上して、誹謗中傷が蔓延しています。面と向かっては距離を持って無難に対応すべきだが、匿名なら過激な発言も構わない。「させていただきます」には、人間関係におけるそんな両極端な距離を感じざるを得ない気がします。

 PS.準々決勝で負けた選手に戦犯扱いして誹謗中傷する輩が多いようです。とんでもない話でしょう。一生懸命やった結果にご苦労様と言えない己の貧しさを自覚しろと言いたいです! 

2026年3月9日月曜日

薪割り、ゴミ穴、そして大掃除

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forest216-2.jpg ケヤキの大木と格闘して2ヶ月超、やっと終わった。固くて斧では割れないからチェーンソーで切るしかなかったものが多かった。いつもなら4L のガソリン缶が二つもあればよかったのに、今度は5缶も6缶も使った。エンジンをスタートさせる紐が切れたのは初めてだったが、1ヶ月も経たないうちにまた切れてしまった。そんなわけで、アルプス積みしたまわりにはおがくずが分厚く覆っている。それがアンモニア臭いから、庭に出るたびに顔をしかめてしまう。

3年前に掘ったゴミ穴が一杯になってきたので、新しい穴を掘った。1mほどの深さで幅は1x1.5mぐらいだが、これも3、4年ほどで満杯になるだろう。蓋は一部が腐った階段だ。我が家では生ゴミやストーブの灰はここに捨てている。だからゴミ出しは月に一度ほどで済んでいる。引っ越して25年になるから、掘った穴はもう6ヶ所か7ヶ所にもなるだろう。以前に掘ったところも何年も経てば土に還っているから、同じところに穴を掘るといったこともしている。生ゴミと灰だから土はかなり肥えているのかもしれない。

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もう少しするとアメリカから知人がやってきて、しばらく我が家に滞在する。そんなわけで時期外れだが大掃除を始めている。たとえば白いレースのカーテンは毎年薪ストーブが済んでから洗っているのだが、今年は早くすることになった。はずしたカーテンを浴槽で踏んづけて洗った後に洗濯機で脱水して、そのまま元に戻すと、ストーブがついているからすぐに乾いてくれるのである。全部で長短合わせて12枚、これもなかなかの手間だった。その外側の分厚いカーテンはもう何年も洗っていないが、汚れが目立たないからそのままにしている。

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forest216-7.jpgストーブを燃やすせいか丸太にはゴミが溜まっている。よく見るとクモの巣も張っていて、これも春になったら掃除をするのだが、今年は早めにやることにした。ところが吹き抜けの上の方にはなかなか届かない。そこでペンキ塗りに使った長い竿にタオルを巻きつけて拭くことにした。それでも届かない所ははしごを使ってということになった。歳とってバランス感覚が衰えているから、こわごわ注意してということになった。
それにしても良く働くとつくづく思う。とは言え、暖かくなれば庭でやることは少ないから、もっぱら自転車ということになる。そう言えばもう4ヶ月ほど乗っていない。乗り方を忘れてしまっているのでは、と心配するほどだが、乗るのは混雑を避けた早朝だから、暖かくなる4月になってからだと思う。

2026年3月2日月曜日

選挙報道とオリンピック中継

2週間のオリンピック期間中のテレビはひどかった。早朝から夜中まで、ということは一日中オリンピック競技のライブ中継や録画の放送をしていたからだ。だから見るものがほとんどない。わずかな救いはイタリア各地を紹介する番組があったことだった。これほどのオリンピック偏重はこれまでで一番だったのではないかと思う。そう言えばパリ五輪の時にも、この欄で同じようなことを書いたから、この後もますますひどくなるのかもしれない。

日本選手は24個というこれまでで最高の成績で、すごいすごいと持ち上げる報道ばかりが目立っている。しかし、競技種目がどんどん増えているのだから、増えるのは当たり前だし、金5個のうちスケボーだけが4個なのだから、他の種目はどうなんだと言いたくなってしまう。主たる競技のアルペンでは下位に沈む選手ばかりだったし、スピードスケートも高木選手一人の活躍だった。唯一の例外はフィギアーで、りくりゅうの活躍に大騒ぎでうんざりするほどだった。

そんな日本選手のメダル数に乗じて、また札幌五輪をなどと元オリンピックオタクの国会議員が言い始めている。東京オリンピックの失敗でも懲りないのだから、もういい加減にしろと言いたい。そもそも東京オリンピックにどれほどのお金がかかったのか、いまだに明らかにされていないのである。日本がいまだに経済大国だと勘違いして、お金はいくらでも使えると思っているのだろうか。

ところで、その前にあった衆議院選挙期間中の報道では、テレビはほとんど沈黙状態だった。事前には高市首相の唐突な解散宣言や、それに対応した中道改革連合の成立など、それなりの報道もあったのにである。で選挙当日の開票速報ではまた大盛り上がりで、自民圧勝の結果を無批判に取り上げるばかりだった。いろいろ問題山積みなのに、その点を強く指摘する報道はほとんどなかったのである。アイドルのファン気質に使われていた「推し活」なることばが、高市人気の理由に挙げられて、日本の深刻な現状などはそっちのけになってしまった。

中国が真綿で首を締めるように、輸出品の規制を強めている。レアアースは日本の産業にとって命取りになるかもしれないし、抗生物質などほぼ100%中国に依存しているものもあるのに、高市は知らん顔である。突っ張る姿勢を評価するなどは論外なのである。逆にトランプにはしっぽを振ってなつくだけである。関税が最高裁で憲法違反の判決が出て、新たな関税を設けているが、これについて批判することなど考えてもいないだろう。こういったことについて、正面から疑問を投げかけ批判をするメディアはテレビはもちろん新聞にもない。

批判が消えたのは統一教会や裏金と関係した議員に対しても同様だ。今度の選挙でほとんどが当選したから、みそぎは済んだとまた大きな顔をするのだと思う。野党が激減した国会でも、様々な問題を指摘して紛糾などということは起こらないに違いない。高市政権の政策は安部の焼き直しだから、失われた30年が40年になるだけだろう。それでも高市の発言は、掛け声だけは勇ましいから、何か良い方向に変えてくれると期待しているのかもしれない。しかしそれは淡い期待に過ぎないし、それどころか、とんでもない悪夢の現実化の危険性を孕んでいるのである。

ひょっとすると高市支持の中には、日本の崩壊を望む声もあるのかもしれない。とことんダメになったところから出直したらいい。それはそれで一つの展望なのかと思わないでもない。しかしそうなった時の混乱や困窮をどこまで自覚しているのだろうか。

2026年2月23日月曜日

パティ・スミス『ジャスト・キッズ』河出書房新社

paty8.jpg この本は2012年に発売されている。もう12年も経っているが、ずっと本棚で眠っていた。次に書評する本がなくて何となく手にして読みはじめたら、面白くて夢中になった。で、読み終わったところでパティ・スミスのデビュー・アルバムが50周年記念で再発売されたことを知った。奇遇だが、そんなわけで、2週続けてのパティ・スミスである。

『ジャスト・キッズ』は子ども時代からデビュー時までの彼女自身の回想録である。ニューヨーク・パンクの女王などと言われたが、ここに登場するのは、どちらかと言えばシャイで目立ちたがりやではなく、それほど突っ張っているわけでもない素顔の彼女である。モダンジャズ好きの父親に敬意を払い、優しい母親に甘える一面もある。子どもの時には妹や弟と遊んだが、その関係は大きくなっても続いている。本を読むのが好きで良く詩も書いていた。そんな彼女が家を出てニューヨークに住むきっかけになったのは、思いがけない妊娠と出産だった。

産まれた子どもは養子として託し、カレッジを中退して、アルバイトの仕事をし、大したあてもないのにニューヨークに行くことを決心した。知り合いのところに居候をしたり、時に野宿もして、ウェイトレスの仕事を見つけてもすぐに首になったりした。ロバート・メイプルソープと出会ったのは、本屋の仕事を見つけてしばらく経った頃だった。

ロバートとパティは一緒にドローイングを描き、住んでいる部屋に貼りつけたり、安い小物や拾ったものを使った作品を作った。彼はやがてカメラに興味を持ってアバンギャルドな写真家をめざすが、パティもまた詩を書いて朗読会で発表したりするようになる。チェルシー・ホテルに住むようになると、多くの作家や詩人、あるいはミュージシャンとも親しくなって、二人の存在も認められるようになった。

二人の仲に変化が現れたのはロバートがホモセクシャルな関係に目覚めたことが原因だった。しかし、恋人関係ではなくなっても、一緒に制作をしたり、互いの作品を認めあったりする関係は続いた。ロバートの才能を誰よりも信じて評価をしていたパティは、彼が脚光を浴びることを願ったが、注目を集めるようになったのは彼女自身の方が先だった。詩の朗読にギターやピアノのバックをつけたところから、やがて歌うようになり、ドラムを加えてロックバンドになる。29歳のデビューだから、ニューヨークに来てから8年ほどの時間が経っていた。

デビュー・アルバムのジャケットはまるで少年のような風貌のパティだが、それを撮ったのはロバートである。その後のアルバムにも彼の撮った写真が使われているが、彼はエイズで長期間苦しみ1989年に亡くなった。パティもまた結婚を機に活動を休止していたが、夫のフレッドと共作した 『ドリーム・オブ・ライフ』で88年に復活した。その間彼女はデトロイトに住み、時折ニューヨークのロバートを訪ねて彼を励ましている。そんな意味で、この本は彼女自身ではなくロバートとの二人の物語として読めるものだった。

2026年2月16日月曜日

Bob Dylan "Shadow Kingdom" Patti Smith "Horses"

dylan15.jpg 本当に久しぶりにCDを買った。ボブ・ディランの"Shadow Kingdom"は2021年に発売されたもので今まで気づかなかった。コロナ禍でコンサートができなくなった代わりにネットでライブ映像として配信されたもののようだ。曲目は初期の作品が多く、映画の『名もなき者』に似ているが、歌い方はずいぶん違っている。激しくではなく、穏やかで軽やかだ。シナトラやシャンソンを歌った時のような感じで、自分の持ち歌をアレンジし直している。

ディランは85歳になるが、今年ももちろん「ネバー・エンディング・ツアー」を続けている。さすがに新しい歌を集めたアルバムは5年ほど出ていないが、コンサートは死ぬまで続けるつもりなのかもしれない。古い歌でも新しいアレンジで歌い演奏する。その創造力には感心するばかりだ。

ところで肝心のライブ映像だが、YouTubeでは’Forever Young'しか見ることができない。DVDも手に入りにくいようだ。照明が暗く、タバコの煙が立ちこめる小さなクラブでのパフォーマンスだが、音と映像が合っていなかったりする。場所も曲によって違うようで、コンサートそのものではなく、ライブに見立てた作品といった趣向のようだ。

patti7.jpg パティ・スミスの "Horses" はデビュー・アルバムだが、その50周年を記念して再発売したものだ。僕はレコードでしか持っていなかったから買ったが、いくつか曲が追加されている。ニューヨーク・パンクの新星として登場してから半世紀も経ったのだが、このアルバムを最初に聞いた時の新鮮な印象は今でも覚えている。思えばこの時期にはパンクやレゲーといった新しい波が次々にやって来て、ルー・リードやスティング、あるいはジャクソン・ブラウン、やジェームス・テイラーといった若いミュージシャンがたくさん登場してきていた。

パティのデビューは29歳で遅咲きだが、それ以前にはむしろ詩人として知られていた。自作の詩を朗読する際にギターやピアノをバックにつけることから始まって、やがて歌うようになり、ドラムも加えた激しいパフォーマンスになった。そんな過程もまた独特で面白いと思った。だから、彼女の歌には歌うよりも語る、あるいは叫ぶといった場面が多い。

アルバム・ジャケットのパティは当然、29歳のものだが、最近の画像を見ると長い白髪姿の魔法使いのおばあさんのようだ。しかし、デビュー・アルバムの歌を最近でも歌っていて、その様子は50年前と変わらないほど溌剌としている。50周年に合わせて回顧録も発売されたようだが、彼女のデビューまでについてはすでに『ジャスト・キッズ』という回想録がある。実は偶然ちょっと前に読んでいて、次回ではその紹介をするつもりだった。