2015年10月26日月曜日

南京と広島,加害と被害

 

ジョン・W.ダワー『容赦なき戦争』平凡社ライブラリー

加藤典洋『戦後入門』ちくま新書

・中国がユネスコの「世界記憶遺産」に南京大虐殺の資料を申請して,登録が認められた。安倍政権はさっそく抗議をし、ユネスコに払っている分担金(37億円)を停止すると発言して、国の内外から批判を浴びている。当の事件については30万人説から捏造説まで多様にある。しかし、数はともかく実際にあったことは間違いなかったとされているのにである。

dower.jpg・ジョン・ダワーの『容赦なき戦争』は第二次世界大戦における連合国と枢軸国、とりわけアメリカと日本の間で,実際に行われた戦闘と情報戦争について、「人種差別」を基本にして考察したものである。つまり、第二次世界大戦は「人種戦争」だったというのが,本書の結論である。

・日本のアジア侵略には、欧米によって植民地化されたアジアを解放するという大義名分があった。しかし現実には、日本は植民地の独立ではなく,領土拡張をして新たな宗主国になった。この戦争の過程の中で日本軍が行った捕虜や民間人に対する虐待や虐殺は、南京だけでなく香港やマニラ、シンガポール、そしてタイやビルマでくり返しおこなわれている。

・日本にとって連合国は「鬼畜」として敵視されたが、アメリカにとって日本は、真珠湾を奇襲した卑劣な国、天皇のために死ぬことを厭わない狂信者の国、そして民間人を無差別に殺す国としてイメージされた。そこにはもちろん、白人の黄色人種に対する差別意識があって、日本人は猿同然の劣等人だから、戦争に勝つだけではなく,日本人全体を絶滅させなければならない、といった論調で強化されていくことになった。

・ダワーは、アメリカ軍による日本の多くの都市の空爆や、広島・長崎への原爆の投下を実行した裏には,こんな考え方があったと言う。ドイツに対しては「良いドイツ人」と「悪いナチス」といった区別があったのに、日本に対しては「悪いジャップ」しかなかった。それは日系米人だけを収容所に隔離した政策にも明らかだというのである。

tenyo1.jpg・それではなぜ日本は国として、敗戦後にこのような人種差別を訴え,広島・長崎への原爆投下について、アメリカに抗議をしてこなかったのだろうか。加藤典洋の『戦後入門』には、その理由が詳細に検討されている。
・本書が問題にするのは連合国が日本に降伏を迫った「ポツダム宣言」(1945)と「サンフランシスコ講和条約」(1951)の違い、つまり連合国ではなく、アメリカ単独で結ばれた「日米安保条約」の存在である。「ポツダム宣言」のままであれば、日本は1952年には独立して、占領状態が終わっていたはずなのに、「日米安保条約」によってアメリカ軍の駐留が続き、独立が曖昧なままになった。そして、この状態は60年、70年に改訂されて今日に至っている。

・この曖昧さは、交戦権はもちろん武力の保持も禁じた「日本国憲法」と自衛隊の存在、戦争に対する加害者としての責任と被占領国への謝罪、そしてアメリカ軍による原爆投下と大規模な空襲に対して被害者として行うべき抗議、さらには戦争で命を落とした人への態度の有り様など、あらゆる点に及んでいて、ほどけない糸のように絡まり合い,いくつものねじれを生じさせている。

・加藤は現在の安倍政権を「対米従属の徹底と戦前復帰型の国家主義の矛盾」と捉えていて、その破綻が目に見えている今こそ、それに代わるオプションが必要だと言う。つまり、「戦後の価値に立った自己をはっきりと国際社会に宣明することからはじめて『対米自立』して、『誇りある国づくり』をめざし、平和主義を基調に新たに国際社会に参入する」と言うのである。

・僕はこの提案に諸手を挙げて賛成する。もちろん、これを実現させるのは容易ではない。しかし、沖縄の辺野古基地に反対すること、可決してしまった戦争法案の破棄に向けた動きに賛同すること、南京事件や慰安婦問題に真摯に対応すること、そして「日米地位協定」の見直しをアメリカに提案することなど、やるべきことはいくつでもある。

2015年10月19日月曜日

ラグビーと難民

・ラグビーのワールドカップで,日本が強豪の南アフリカに勝った。番狂わせと大騒ぎになって,日本でもにわかラグビー・ファンが急増したようだ。僕もほとんど注目しなかったのに,試合の再放送を見て久しぶりに興奮した。その後のスコットランド戦、サモア戦、そしてアメリカ戦はライブで見たが、日本の強さに驚くやら,感心するやら,改めてラグビーのおもしろさを堪能した

・僕がラグビーを見なくなってずいぶんになる。見はじめたのは高校生の頃で、大学選手権は暮れから正月にかけてテレビで見る人気番組だったし、その後の社会人との日本選手権まで、冬のスポーツはラグビー一色だったように記憶している。明治大学、新日鉄釜石の黄金時代を築いた松尾雄治や、同志社大学と神戸製鋼を強豪にした平尾や大八木が活躍したのは、70年代から80年代にかけての頃だった。

・そのラグビーの人気が衰えたのはサッカーのJリーグの発足が原因だと言われている。平尾や大八木に続くスター・プレイヤーが生まれなかったし、早稲田や明治、あるいは同志社といった大学の力が落ちて,大東文化大学や関東学院大学、そして帝京大学などが台頭したこともあげられるだろう。サッカーのJリーグが軌道に乗り,ワールドカップにも出場したのに比べ、ラグビーは徐々にマイナー・スポーツになり,ワールドカップ自体ももほとんど注目されなかった。

・ラグビーのワールドカップは1987年から始まっている。日本は第1回から連続して出場しているが、前回大会まではわずかに一勝で、ほとんどニュースにもならなかった。そんな成績だったから,次回の東京大会もあまり話題にならなかったのだが、今回の活躍で、急に期待感が出てきたようだ。それはそれで結構だが,ひとつ気になることがある。それは日本チームに外国人が多く含まれていることに対して,違和感をもつ意見が多く聞かれた点である。

・ラグビーの代表チームは国籍で制限されていない。条件としては出生地が日本であること、両親、祖父母のうち一人が日本人、日本で3年以上継続して居住していることの三つである。国籍に囚われないことには,ラグビーの発展の歴史が関係している。ここでは省略するが、たとえばアイルランドは北アイルランドとの混成チームだから,ふたつの国が一緒になっている。紛争が続いた国がひとつになっているのである。

・日本チームに所属している外国人選手のほとんどは社会人リーグのチームに所属している。大学から,あるいは高校から日本に居続けている人もいるし,日本人の女性と結婚している人もいて,日本国籍を取得した人もいる。野球やサッカーにいる助っ人とは違う人たちであるのは、詳しく見ればすぐにわかることである。

・もっとも、国を代表する選手が、必ずしもその国固有の民族や人種に限らないことは,アメリカはもちろん、EUの国でも当たり前のことである。それはロンドンやパリの町を歩いた時に出会う人たちの肌の色や衣服が多様であることからすれば,当然のことのように思われる。旧植民地からの移住、移民、そして難民など、多様な人たちがひとつの国を構成する。その当たり前の傾向が,日本ではまだ不自然なこととして思われている。

・安倍首相が国連での記者会見で,シリアの難民問題に答えて、「難民」と「移民」を混同するような発言をした。信じられない、的外れで陳腐な発言として受け止められたようだ。しかしその発想はまた,多くの日本人に共通するもののようにも思われる。外人、異人はどこまで行っても,どんなになっても日本人ではない。だから弱い者には排除や差別の意識が向けられるし、強い者はお別火(同じ釜の飯を食わせない)扱いする。

・シリアを初めとして世界の各所で生じている難民問題に知らぬふりを決めこむかぎり、そんなガラパゴス的風土はいつまでたっても改まらない。その意味で,ラグビーのチーム編成が、難民を受け入れるきっかけになれば,と思ったのだが、そんな意見はほとんど聞こえてこない。

2015年10月12日月曜日

自転車、自転車

 

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・秋になっても,もっぱら自転車に乗っている。夏より涼しいから,かく汗も少なくなって、走りやすくなった。もう少ししたら,今度は寒くなるから、今が一番いい季節だと思う。コースはほぼ決まっていて、20kmから30kmを走っている。もう少し遠乗りもと思っているのだが、今年は無理をしないことにした。膝に痛みを感じるようになったし、大学も始まって,無理をすると仕事に差し支える心配があるからだ。それにしても秋晴れの日の西湖は気持ちがいい。平日でも釣り船は多いが、道路を走る車は少ない。十二ヶ岳や王岳がそびえる。

bike3.jpg・クロスバイクに乗っている頃はほとんど関心がなかったが,ロードバイクを買ってから、着るものや履く靴など、気になるようになってきた。暑い夏に走れば,いっぱい汗をかく。綿のTシャツではべっとりしてしまう。距離を伸ばせば尻も痛くなる。で、サイクリング用のウエアを一式買い求めた。派手なものは恥ずかしいから,黒にして、走る前には着がえるようになった。終わったら必ず水洗いして乾す。面倒だが、これで次の日も気持ちよく使えることになる。

bike4.jpg・もう一つ買おうかどうか思案したのはペダルだ。自転車は今までずっと,上から下に漕ぐものだと思っていた。しかしそうではなく、引き足が大事で円を描くように漕ぐのだということを知った。実際にそのように意識すると、楽になって,しかもスピードも出るようになった。ただし、引く時に靴が滑ることもある。で、ペダルに靴を固定するビンディングというものがあることを見つけた。そのためには当然、ペダルも靴も購入する必要がある。ペダルと靴を固定するとしても,止まる時には外さなければならない。外れなければ,そのままこけてしまうことになる。ちょっと心配で,買おうかどうか迷ったが、思い切って買うことにした。

・そんなふうにして、ロードバイク乗りらしくなってきたのだが、残念ながら早く走れるようにはなったわけではないし,漕ぐのが楽になったとも思えない。調子に乗ってもすぐに息切れしてペースが落ちてしまうからだ。ただし、家を出てから戻るまで、コースにほとんど信号はないから,水の補給をする以外は、固定した足を外すことはない。だから、外しにくくて困ったことも,今のところない。むしろ、最初に固定するのに足を動かして探るのが面倒だ。
・さて、だんだん寒くなってきて、いつまで漕ぐかと考え始めている。ストーブを焚く時期ももうすぐやってくる。そうすると薪割りのシーズンになるわけで、後一ヶ月ぐらいで一休み、ということになるのだろうか。もっとも冬でも湖畔を走っている人はいるから、つられて走りたくなるのかもしれない。

2015年10月5日月曜日

マイナンバーはいりません!

・マイナンバーがもうすぐやってきます。国民総背番号制度以来半世紀にわたって、強い反対があって法制化されなかったのに、今回はさしたる議論もなく,「戦争法案」に隠れて成立してしまいました。住基ネットのようにほとんど役に立たないものになってしまえばいいのですが、そうはいかないようにも思います。

・私たちにはすでにいくつもの番号が付与されています。年金、健康保険、パスポート、運転免許証、住民票、雇用保険等々で、その他にもETCや預金通帳、クレジットカード、あるいはポイント・カードなど、管理するのが大変なほど、番号に溢れています。マイナンバーは,これらの多くを一括できる番号のようで,便利という側面もありますが、逆に個人情報の多くが国に管理されてしまうという危険性もあります。

・とりあえずは勤務先にマイナンバーを届け出る必要があるようです。これで収入がチェックされるわけですし、預貯金の口座や健康診断にも適用されれば、国民すべてのお金と身体の状態が国に筒抜けになってしまいます。それによって公平な税負担や社会保障の適格な提供が可能になるといったメリットが流布されていますが、データがどのように利用されるかと考えると、不安は募るばかりです。

・そもそも年金情報の流出など、データの管理についての不信感が払拭できません。国を始め自治体や企業など、情報管理の体制はお粗末なのが現状だからです。システム導入には2700億円かかり、毎年300億円のメンテナンスコストが必要だと言われています。これによって既存の年金や健康保険、パスポート、運転免許証といったシステムは廃止となるのでしょうか。相変わらず並列するとしたら、税金の無駄遣いをして煩雑さを作り出すだけとも言えるでしょう。日本は巨額の借金を抱えていますが、無駄遣いを改める気はまるでないようです。

・マイナンバーの付与にともなって,国はカードの取得を呼びかけています。これは任意ですが、普及させるために、消費税の増額にともなう軽減措置として、買い物をする時にカードを提示すれば,年4000円を限度にして払い戻すといった案を出しました。批判が強くて撤回されるようですが、NHKが受信料の徴収に活用するといった話も聞こえてきました。偏向報道を理由に不払い運動が起きてもいいように思うのですが、国営放送であるかのような態度を取っています。

・反対しても法制化されてしまったのだから,拒否することは難しいでしょう。しかし、できるだけ使わないし利用されないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。とりあえずは甘言に釣られてカードを作ったりしないことかもしれません。クレジットカードとしても使える機能なども検討しているようですが、とんでもないことだと思います。便利さよりは監視されることを意識する。何より今は,国を信用してはいけない時代なのですから。