1997年12月31日水曜日

目次 1997年

12月

30日:目次

25日:山崎

8日:テレビ批評はいかにしたら可能か?

2日:やっと見つけた!!

11月

24日:Patti Smith "peace and noise"

17日: 中野不二男『メモの技術 パソコンで知的生産』(新潮選書)

11日:永沢光雄『風俗の人たち』筑摩書房,『AV女優』ビレッジセンター

11日:京都の秋

10日:ホームページ公開1年

3日:B.バーグマン、R.ホーン『実験的ポップミュージックの軌跡』勁草書房

10月

26日:A.リード『大航海時代の東南アジアI』

20日:『デッド・マン・ウォーキング』

12日:"Kerouac kicks joy darkness"

1日:ジョン・フィスク『テレビジョン・カルチャー』(梓出版社)

9月

15日:『NIXON』オリヴァー・ストーン(監) アンソニー・ホプキンス(主)

8日:Brian Eno "The Drop"

3日:高校野球について

8月

26日:ぼくの夏休み 白川郷、五箇山

17日:ミッシェル・シオン『映画にとって音とは何か』(勁草書房)

5日:The Wall Flowers "Bringing Down The Horse"

3日:トレイン・スポッティング』

7月

22日:富田・岡田・高広他『ポケベル・ケータイ主義!!』(ジャスト・システム)

15日:大学生とメール

8日:Neil Young "Broken Arrow""Dead Man"

5日:リービング・ラスベガス』マイク・フィッギス(監)ニコラス・ケイジ(主)

1日:ガンバレ野茂!!

6月

23日:『ブルー・イン・ザ・フェイス』 ポール・オースター、ウェイン・ウォン

16日: 津野海太郎『本はどのように消えてゆくのか』(晶文社),中西秀彦『印刷はどこへ行くのか』(晶文社)

10日:学生の論文が読みたい!!

7日:『恋人までの距離』Before Sunrise、『Picture Bride』

5月

31日:Van Morrison "The Healing Game"

27日: ジョゼフ・ランザ『エレベーター・ミュージック』(白水社)

25日:「矢谷さんと中嶋さん」

20日:『デカローグ1-10』クシシュトフ・キェシロフスキ

7日:連休中に見た映画

4月

30日:Tom Waits "Big Time""Bone Machine""Nighthawks at the Dinner"

25日:村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(岩波書店)『アンダーグラウンド』(講談社)

3月

30日:Bruce Springsteen "the ghost of tom joad",U2 "Pop"

30日:「容さんを偲ぶ会」(東京吉祥寺クークーにて)

15日:『ファイル・アンダーポピュラー』クリス・トラー(水声社)ほか

10日:Beck "One Foot in the Grave",The Smashing Pumpkins "Mellon Collie and the Infinite Sadness"

10日:ミネソタから舞い込んだメール

8日:容さんが死んだ

4日:知人の病気

1日:『女優ミア・ファロー スキャンダラス・ライフ』

2月

26日:Marianne Faithfull(バナナ・ホール、97/2/25)

25日:加藤典洋『言語表現法講義』(岩波書店)

20日:Bob Dylan(大阪フェスティバル・ホール、97/2/17)

日:

1月

31日:室謙二『インターネット生活術』(晶文社)クリフォード・ストール『インターネットはからっぽの洞窟』(草思社)

15日:Patti Smith(大阪厚生年金ホール、97/1/14)

1997年12月25日木曜日

山崎

 

  •  大山崎山荘美術館とその周辺
       大山崎は京都と大阪の境目にあります。淀川をはさんで東に男山(石清水八幡宮)、西に天王山。その狭い空間を東海道線、新幹線、阪急電車、京阪電車、名神高速道路、国道171号線などが通り抜けます。交通の要所で、有名な天下分け目の決戦があったところでもあります。最近ではサントリーのCMで「山崎の里」として知られているかもしれません。何もなかったところですが、数年前に「大山崎山荘」(アサヒビール所有)が美術館として公開されはじめました。ふだんは静かなところですが、休日は人びとでにぎわうようになりました。
       館内には、陶器(河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチ、ルーシー・リー)、絵画(モネ)、そのほか彫刻などが展示されています。ぼくはここのベランダで珈琲を飲むのを楽しみに、ときどき出かけます。この日は町民には無料で入館できる日でした。なお隣には快楽の神様「聖天さん」があって、おもしろい幟がはためいていました。


  • 1997年12月8日月曜日

    テレビ批評はいかにしたら可能か?

     

  • インターネットでビデオ・リサーチのホーム・ページにアクセスして、視聴率の資料を入手した。これは便利なページで近いところでは先々週のデータから始まって去年一年間のベスト50、あるいは調査が始まって以来のベスト100なんてのもある。ホームページは資料やデータの集め方を劇的に変える。こんなページがあると、そんなことばが誇張ではなく感じられる。
  • さっそく講義で資料として学生に渡して使ってみた。「先々週、あなた達はどんなテレビを見たか?」結構見ている人(4時間/日)も全然見ていない人もいたが、平均すると2時間強といったところ。ぼくもたぶんそのくらいは見ている。学生からの回答は予想通り、「音楽」「ドラマ」それに「バラエティ」に偏っていて、高視聴率のものをよく見ていた。ぼくはというと「音楽」「ドラマ」「バラエティ」はまったく見ていないし、見たものでジャンルごとのベスト10に入ったものもなかった。
  • 当然、なぜこんなに違うのかな、という疑問が生じる。だから「どこがおもしろい?」と聞いたのだが、はっきりした答えは返ってこなかった。「ただ何となく」「友だちとの会話についていけなくなるから」。朝から一日中よく見続けるという学生がいて、あまりのくだらなさに腹が立つんだけど、決してスイッチを切ろうとはしない、そんな自分にも腹を立てながら、毎日見ている、というのがあった。ぼくにもそんな生活をした時期があって、わからないではないのだが、教師としてはついつい「もっと自覚的にテレビを見ようよ!」などといってしまう。
  • それでは、ぼくは先々週、一体何を見たんだろう。と考えたけど、ほとんど思い出さない。食事時にニュースを見て、その後は大体、TV大阪の食べ物や温泉を紹介する番組を見ている。この局は毎日必ずこんな番組をやっているから徹底している。たぶん低予算で視聴率をある程度稼げるためだ。そのほかに見るのは映画とスポーツ、それにドキュメントだろう。ただ、この種の番組を見ていると、CMに邪魔されるのが気になってくる。だからリモコンを手から離さず、あちこち変えまくるザッピングが習い性になってしまった。
  • J.フィスクは『テレビジョン・カルチャー』(梓出版社)のなかでCMで中断するテクストと視聴者が手にしたリモコンがテレビを日常そのものにしたこと、完成されたテクストを作り出すのはむずかしいが、送り手側に操られてしまう危険性も少ないメディアになったことを指摘している。確かにそうだと思うが、「豊かさ=浪費」の象徴のようにも思えてしまう。
  • テレビは惰性で見る。ぼくも基本的にはそんな風にしてテレビとつきあってきた。ただ最近チャンネル数が増えて、積極的に見ようとする番組も見つけやすくなってきたようだ。しかも、最近増えたチャンネルはほとんどがコマーシャルのない番組で構成されている。NHKはあまり好きではないが、BSにはいい番組が少なくない。こまめにチェックをしていくとかなりおもしろい内容に出会えるし、資料として残しておく価値のあるものも多い。
  • 最近テレビの見方が変わったことを実感しはじめている。仕事がらかもしれないが、それ以上に選択できるチャンネル数の増加が原因のような気がする。来年には、見られるチャンネル数は数百にもなるそうだ。もちろん淘汰されるとは思うが、自分の関心や好みに合うチャンネルや番組が増えたらいいな、と思う。そうなってはじめて、テレビにも、フィスクの言うような、視聴者がその見方によって独自に再構成する世界が作り出される可能性が生まれる。それはまた、テレビ批評が可能になるときであるのかもしれない。
  • 1997年12月2日火曜日

    やっと見つけた!!

  • ホームページを毎週更新していると、たいていの人にはあきれられる。「まー好きなんです。」とか「自己満足の気がありますから」とか応えるようにしているが、本当は読んでくれる人、見てくれる人を捜している。ベル友やメール友がほしいわけではない。差し障りのないおしゃべりをして時間をつぶすのは大嫌いだ。けれども、何か共有できる人との出会いを求めている。
  • で、ホームページを介して、そんな出会いが時折ある。最近来た二人のメールを紹介してみよう。一人は東京の大学の夜間部に在学のNさん。彼女のメールは次のように始まっている。
      「ホームページを拝見しました。やっと見つけた!というのが正直な感想です。12月に卒業論文提出を控えていますが、いまひとつCultural Backgroundに欠けていると悩んでいます。私のテーマは「The Image and Lyrics of Black Sabbath」です。Image、Lyricsとはいっても1970年代前半のロックカルチャーとコマーシャリズムの中でBlack Sabbathのイメージがどのように作り上げられたのかが、私の論文の核にしたいところなのです。」
  • 「やっと見つけた!」の一言に参ってしまった。それに、勤労学生だと言うから、これは、親身になって助けてあげなければいけない。さっそく文献をあげて、いくつかアドバイスもした。すると11月の末に「大体できました」というメールが舞い込んできた。よかった、よかった。翻訳会社で昼間働いていると書いてあったから、卒業後もつづけるのかとゼミの教師のような質問もしたりした。こんな風にホームページを公開してから、他大学の学生からの卒論の相談が時折舞い込んでくるが、ゼミの学生とつきあうのと一緒で不思議と違和感がない。インターネットは「〜大学」などという狭い垣根を簡単に飛び越えてしまう。そんな思いがきわめて自然に実感できる。N さんの卒論ができあがったらぜひ読んで、返事を出したいと思う。

  • もう一つのメールのはじまりは、もっと感激的だ。岐阜のある研究所でプラズマの研究をしているというYさん。
      「先日ふとしたことから渡辺さんのホームページにたどり着き、万感の思いで拝見いたしました。実は、私は中学生の頃から中山ラビさんのファンでした。」
  • このホームページに気をとめさせたのは題名の「珈琲をもう一杯」だった。これはボブ・ディランの曲名"One more cup of coffee"を使ってつけたのだが、ディラン好きにはこれだけで十分なようだ。で、僕のページを読んでいくと「中山容さんを偲ぶ会の報告」に出会ったというわけである。
      「私もラビさんの影響か、ボブ・ディランのファンでもあります。ラビさんが深夜放送でかけてくれた『One More Cup of Coffee』を今でも忘れることはありません。最初に買ったディランのアルバムはDesireでした。10年前ディランが来日した時はコンサートへも行きました。学生時代、いつもこの『コーヒーをもう一杯』や『風に吹かれて』を口ずさみながら、日本中を旅した時のことも思い出されます。私、この20年の間、ずっと、ラビさんにもろもろの感謝の意をお伝えしたく、一度でよいからファンレターを出すことを、諦めながら、それでも、探しておりました。」
  • こんなメールをもらったら、さっそくファン・レターの仲介役をしなければいけない。しかし、それにしても、歌の影響力はすごい、と、今さらながらに感心してしまった。ホームページにはもちろん、こんな歌が人に与えるような影響力はない。できる関係も距離があるようなないような、きわめて曖昧なものである。けれども、ほんのちょっとした手がかりから、経験や思い、あるいは考え方が共有できる人たちがつながりをもつことができる。しかもそれは一度できたら持続させなければいけない、といったものでもない。「一瞬の共感」。そんなおもしろさが、ホームページには確かにあるようだ。