2017年9月25日月曜日

卑劣な解散に怒りを

 

・安倍首相は臨時国会開催日の冒頭に解散を宣言するようだ。森友・加計問題の追求を逃れ、臨時国会の開催要求を無視し続けてきた末の解散である。年金の使い道を公約にするようだが、野党と対立するわけでもないから、争点にはなるはずもない。野党は理念や政策の違いなどにこだわらずに、統一候補を立てるべきだと思う、もうこれ以上安倍政権が続いたのでは、日本の将来がめちゃくちゃになりかねないと思うからである。

・安倍政権になって国政選挙は4回目である。いずれも選挙の公約になかったことをやってきた。13年の参院選は「アベノミクス解散」と言われたが、その後にやったのは「特定秘密保護法」だった。14年の衆院選では「消費増税延期」を掲げて「安保法制〔戦争法案)」を強行採決し、昨年の参院選では「消費増税再延期」と言いながら「共謀罪」を無理矢理可決させた。今度の衆院選では「消費税の使途変更」が主な公約だが、森友・加計問題をうやむやにして、憲法改正に突き進むのは自明のことだろう。

・北朝鮮のミサイルの連発や核実験に過剰に反応して、早朝から何度もJアラートが鳴ったようだ。安倍首相は国連で対話は無駄で強い圧力を加えるしかないと熱弁した。聞く人があまりいないさみしい会場だったが、日本ではテレビのニュースで大きく取りあげられた。トランプ〔虎〕の衣を借りた安部〔狐)の強がりは、北朝鮮には日本を敵視する好都合な材料にしかならないだろう。

・韓国の大統領は強硬な発言をしながら、他方で冬季オリンピックへの参加を呼びかけたり、9億円の人道支援の用意があると発言した。硬軟取り混ぜて対応するというのは外交関係にとってはイロハのテクニックだが、安部にはそんな余裕が全く感じられない。そんな彼の言動を見聞きしていると、この人はつくづく臆病なのだと思う。どんな公約を掲げようと、今度の解散が、彼に向けられた疑惑から逃れるためであることは間違いない。彼にとっては、国会で追及されて窮地に追い込まれることが何より怖いのだ。選挙に勝って疑惑を解消させようとしているのだが、思い通りにさせたのでは、こんな政権が東京オリンピックまで続きかねないのである。

・国会の閉会中審査では、マスコミも森友・加計問題を大きく取りあげたが、最近ではほとんど話題にもならない。テレビは安部の扇動に呼応して北朝鮮の恐怖に大騒ぎするばかりだ。ミサイルの落下地点は襟裳岬沖ではなく北太平洋が正確だが、なぜマスコミは揃って襟裳岬沖と言うのだろうか。あるいは日本上空800キロというのは人工衛星が飛ぶ宇宙空間で、日本の領空をはるかに超えているのに、そんな疑問を呈することもしないのだろうか。そもそもJアラートに連動して番組を中断し、ほとんど役に立たないミサイル情報などを流し続けるのは、どうしてなのだろうか。

・あるいはタレントや政治家の不倫問題への関心も、どうかと思うほどである。解散の決断には、山尾議員の不倫問題と党籍離脱が引き金になったと言われている。民進党にとっては期待の星のスキャンダルで踏んだり蹴ったりの状態のようだ。しかし、不倫はあくまで個人の問題であって、それを社会悪のように追求するテレビの姿勢は醜悪だ。政治家を批判するなら、献金疑惑や政治資金の不正利用をした者にこそ向けるべきだと思うが、甘利も下村も知らん顔である。そもそも、安倍首相に対する疑惑をなぜ続けないのだろうか。

・今回の解散は安部の疑惑隠しでしかないが、これを機に彼の政治生命を絶つチャンスでもある。マスコミはそのことを強く主張しないだろうと思うが、信用できないやつにこれ以上政権を委ねたりしてはいけない。そう考える人たちが選挙行動に影響を及ぼすことを期待したいものである。国連で「これ以上楯突くなら北朝鮮をぶっ壊してやる」といったトランプが2日後には対話路線に変更したようだ。硬軟取り混ぜて対応するのは政治力学の常道だが、安部は、一体何というのだろうか。

2017年9月18日月曜日

中川五郎『どうぞ裸になってください』

 

goro1.jpg・中川五郎は僕と歳が同じだ。フォークソングを歌い始めて50年になるが、今でも精力的に全国各地を歌い歩いている。その彼が67歳の誕生日に下北沢のラ・カーニャでライブを行った。『どうぞ裸になってください』はその時の模様を記録したもので、CD2枚組で14曲が収められている。

・中川五郎が歌い始めたのは高校生の時だった。ボブ・ディラン、ウッディ・ガスリー、ピート・シーガーなどの歌を訳して歌い、あるいはメロディを借りて替え歌を作ったりした。その中の「受験生ブルース」が高石友也の歌でヒットして、一躍話題になった。僕も同じ頃にフォークソングに夢中になったが、歌うのは数年でやめてしまった。しかし彼は、その後もずっと続けて、50年を超えるまでになった。

・もっとも彼も、歌よりは音楽評論や翻訳、あるいは小説の執筆などを中心にした時期があった。その『渋谷公園通り』と『ロメオ塾』については以前にこの欄で紹介したことがある。その時には中川五郎は作家を目指しているのでは、と書いたが、以後はチャールズ・ブコウスキーを中心にした翻訳と、ライブ活動にその時間とエネルギーの多くを費やしてきたようだ。彼の訳したブコウスキーは何冊も読んでいるし、何より彼の音楽評論で教えてもらったミュージシャンはたくさんいる。僕にとっては、大事な情報源になっている。

・『どうぞ裸になってください』は全曲がメッセージに溢れている。「運命運命運命」は玄侑宗久『お坊さんだって悩んでる』から、「言葉」は寮美千子『奈良少年刑務所詩集』から、そしてアルバム・タイトルの「どうぞ裸になってください」は、村山槐多の詩をもとにしている。そのほかにも「真新しい名刺」は金素雲、「消印のない手紙」は長峰利造、あるいは「1923年福田村の虐殺」は森達也『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』からヒントを得ている。彼が、これらを歌にして伝えようとしているのは、社会から排除されたり、差別を受けた人たちの生の声であったり、関東大震災におけるデマと虐殺といった事実の伝承である。

・もちろん、自作の歌もあって、それもまた社会のおかしさに対する批判に満ちあふれている。「Sports for tomorrow」は東京オリンピックとアンダーコントロールがテーマだし、「二倍遠く離れたら」は東日本大震災と福島の原発事故の被害者の視点に立っている。あるいは「一台のリヤカーが立ち向かう」には横須賀基地や上関の原発に反対する運動と、公民権運動のきっかけになったバス事件やガザで石を戦車に投げる子ども、あるいはギターを持って抗議したガスリーやビクトル・ハラを歌っている。

・中川五郎の出発点は歌を訳して歌うことだったが、このアルバムにはジョン・レノンの「イマジン」とボブ・ディランの「風に吹かれて」が収められている。他にも金子光晴の「「愛情60」や高野文子の絵本「しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん」などもあって、彼が歌に込めた主張や思いの集大成といった感がある。「音楽に政治を持ち込むな」などというガラパゴス的発想のミュージシャンやファンが多い日本の現状の中で、そもそもフォークやロックをはじめ、ポピュラー音楽の原点になっているあらゆる音楽が、メッセージから出発していることを、改めて教えてくれる希有なアルバムだと思う。

2017年9月11日月曜日

再び、青木宣親選手に

 

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・青木宣親選手については、3ヶ月前のこのコラムで触れたばかりです。所属チームのヒューストン・アストロズは快進撃を続けていましたが、青木選手は準レギュラーで、思うように活躍できない状態でした。彼がMLBに行ってからずっと注目してきましたが、ここ数年は満足のいくシーズンを過ごせませんでした、で、応援のメッセージを書いたのですが、彼は7月末に、下位に低迷するトロント・ブルージェイズにトレードされてしまいました。

・準レギュラーとは言え、それなりの活躍はしていていましたから、ポスト・シーズンは間違いなしだったのです。それが、よりによってなぜトロントなのか。ニュースを聞いてがっかりしましたが、それは青木選手自身の方が何十倍も大きかったはずです。トロントは彼が移籍してすぐに、ヒューストンでアストロズと対戦しました。そこで青木選手はホームランを打って恩返し、というよりはざまーみろ!といった活躍をしたのです。

aoki3.jpg・その後風邪で休んだりもしましたが、なかなか出させてもらえない状態が続きました。三振ばかりで打てない選手を引っ込めて青木選手を使えよと腹が立ちました。とは言え、テレビでの中継はほとんどありませんから、もっぱらネットで追いかけていました。彼は今年も0.270前後の打率を残していて、それはトロントに行ってからも変わりませんでした。ホームランも出るようになって、レギュラーに定着してもおかしくない成績だったのです。

・ところが、8月末にまた、トロントは青木選手を自由契約にしました。プレイオフ進出の望みがなくなって、9月は若手の育成期間に切り替えるというのが理由でした。そのニュースがあった日の試合で、彼は4打数3安打で、ホームランを1本打っていたのです。監督は、プレイオフに出るチームと契約できるチャンスでもあると言いましたが、その期限である8月31日までに、青木選手と契約するチームは現れませんでした。

aoki4.jpg・9月に入って、ニューヨーク・メッツが青木選手と契約を結びました。メジャー・リーグは契約すればすぐ出場となるのですが、対戦相手はなんとまた、アストロズでした。ヒューストンはハリケーンによる水害で大変なことになっています。アストロズはそのために3試合ほどフロリダで球場を借りてゲームをしました。まだ町に水が溢れている中での試合でしたが、青木選手はトップバッターとして1安打しましたし、翌日には2番バッターで4打数3安打の大活躍でした。チームが決まるまでの数日間、彼は公園で、少年たちが野球をする脇で、キャッチボールなどをして、身体がなまらないようにしていたと言ってました。

・メッツの監督は以前にオリックスで指揮を執った経験のあるコリンズです。青木選手のことを知っているし、日本人選手の特徴もわかっている人です。今までと違って上位でレギュラーとして出場させるつもりのようです。青木選手は例年9月には大活躍をしてきました。あと一ヶ月頑張って、来年度のいい契約を勝ち得て欲しいと思います。どんな状況におかれても、腐らないし諦めない。そんな彼の精神的な強さに、改めて敬意を表したくなりました。

2017年9月4日月曜日

光岡寿郎『変貌するミュージアム・コミュニケーション』 (せりか書房)

 

・「ミュージアム」は日本では「美術館」と「博物館」に二分されていて、最近では「ミュージアム」自体も使われている。絵画と彫刻が中心の美術館はともかく、「博物館」にはさまざまな種類がある。さらに「ミュージアム」となると、一体何が展示されているのか。百花繚乱のように見えるし、玉石混淆にも思える。研究の場、学習、あるいは娯楽の空間?。「美術館」にしても「博物館」にしても、「ミュージアム」はずいぶん様変わりした。本書はそんな「ミュージアム」をテーマにした、本格的な研究書である。

museum1.jpg・美術館や博物館には今でも、堅苦しさやまじめさといったイメージがつきまとっている。そこは何より教育や教養の場であって、ミュージアムが指示したとおりに鑑賞し、学習しなければならないことを暗黙のうちに強要されがちだからである。しかし本書によれば、「ミュージアム」には、そのあるべき形態を巡っていくつもの論争があり、また時代の変化に伴った変容の模索も行われてきたようだ。著者はその歴史的・理論的推移を主に「コミュニケーション」をキーワードにして分析している。

・「ミュージアム」という空間は、そこに展示されたものと、それを鑑賞し、また展示物についての説明を見聞きする来館者の間にコミュニケーションを生成させることを目的にしている。そこに堅苦しさやまじめさといったイメージを持つのは、「ミュージアム」が基本的には教育の場であり、来館者は学習するためにやってくる(べきだ)と考えられてきたからだ。そして、来館者を受動的な存在ではなく、より積極的で自主的な人と見なすべきだとする主張やそのための変革がなされてきた。

・もっとも本書は主に、英米の「ミュージアム研究」を使って考察されていて、日本のミュージアムやその研究についてはほとんど触れられていない。僕の経験からすれば、日本のミュージアムは今でも、来館者を受動的な存在として見る姿勢が強いのではという印象が強い。順路に従え、私語をするな、飲食物を持ち込むな、触るなと、禁止事項がやたら多い気がする。それに比べれば、欧米で訪ねた「ミュージアム」には、確かに、もっと自由に鑑賞できる雰囲気があった。館内のカフェでランチをして、一日ゆっくり過ごせる場所がいくつもあったのである。

・「ミュージアム・コミュニケーション」の変容にはもう一つ、20世紀に登場したさまざまな新しいメディアをどう取り込んで活用するかといった問題もあった。本書ではその点についても、ラジオ、テレビ、インターネット、そしてミュージアムが提供する携帯型端末や来館者が所有するスマホについても詳細に言及している。それはもちろん、「ミュージアム」という空間における、その管理者や展示物と来館者の間に生起するコミュニケーションを主題にするが、また同時に、インターネットや携帯端末の発達が、ヴァーチャルな「ミュージアム」を作りだして、現実の場や実物を相対化してしまうのではといった指摘もある。確かに、混雑した会場で、立ち止まるなと言われて人混み越しに垣間見るよりは、インターネットでじっくり見た方がずっといいと思うことも少なくない。

・僕はこの本を読みながら、「ミュージアム」から離れてしまう自分をくり返し自覚した。最近の動物園や植物園の変容は「ミュージアム」をはるかに超えているし、「ミュージアム」と名のつく娯楽施設の乱立をどう捉えたらいいのだろうか。本物とそのコピーの主客転倒は、映画やアニメといったフィクションと、その舞台を聖地化して訪れる巡礼に典型だし、そもそも「ミュージアム」に展示されているものの多くは、それらがもとあった場所から移動させて集めたものである。それはすでに何かが死んでしまった遺物〔シミュラークル)だと言ったのはボードリヤールで、「ホンモノ」というなら、もとあったところに戻すべだと言いたくなってしまう。

・とは言え、本物の展示物に出会い、それをつぶさに経験することには、やっぱり大きな価値があるとも思う。その経験の場や空間としてミュージアムはどうあるべきか。本書はそのことを真摯に、詳細に分析した好著だから、誰より日本の「美術館」や「博物館」あるいは「ミュージアム」で働く学芸員に読んで欲しいと思った。