2018年10月29日月曜日

見田宗介『現代社会はどこに向かうか』(岩波新書)

 

mita.jpg・見田宗介はぼくにとって、学生時代から重要な人だった。真木悠介という名前で書いたものも含めて、ほとんどのものを読んできた。当然、ぼくがこれまでに考えたことや書いたものの中に、大きく影響したと思う。ところが、すでに80歳を超えているのに、『現代社会はどこに向かうか』というタイトルの新刊本が出た。退職と同時に研究者も「やめた!」と宣言したぼくとは違って、彼は生涯研究者であり続けている。まったく頭が下がる思いでこの本を読んだ。

・現代社会は一体、どこに向かおうとしているのか。最近の世界や日本の情勢からして、ぼくには悲観的なイメージしか浮かばない。しかし本書は違っている。この本によれば、現代は古代ギリシャから始まった巨大な曲がり角に変わる、第二の曲がり角にさしかかった時代である。第一の曲がり角以降二千数百年に渡って展開されてきたのは「貨幣経済」と「都市の原理」である。

貨幣経済と都市の原理と、合理化され普遍化された精神の力をもって、人間は地の果てまでも自然を征服し、増殖と繁栄の限りを尽くしこの惑星の環境容量と資源容量の限界にまで到達する。人間はどこかで方向を転換しなければ、環境という側面からも資源という側面からも、破滅が待っているだけである。(pp.ii-iii)

・社会学では「近代」を挟んで、それ以前を「前近代」、現代社会を「脱近代」として捉えるのが一般的だった。それが本書でははるかに長いレンジで捉えられている。それだけ、人類にとって現代が、大きな変化に遭遇した時代だという認識なのだと思う。その二千数百年ぶりに訪れた曲がり角の違いは、一言で言えば、世界の「無限」から「有限」への変化である。

・「世界」が有限であることがわかった人類は、未来をどう描いて実践していくべきなのだろうか。高度に産業化した社会はもうこれ以上の成長が望めないし、また望む必要もなくなっている。すでに高原に辿り着いた人間は、それを停滞として捉えるのではなく、競争ではなく交響、自然の開発ではなく交感を軸にした新しい社会を創造しなければならない。なるほど、そうだなと思った。有限な資源を使い尽くす前に、循環・再生型に変換しなければならないことは自明の理だし、環境問題についても、温暖化を食い止めることは喫緊の課題になっている。しかし政府は相変わらず経済成長の必要性を主張するし、利益や富を巡る争いはグローバルな規模で熾烈だ。

・競争ではなく交響、自然の開発ではなく交感。この可能性を著者は日本とヨーロッパ、そしてアメリカの青年達に特徴的な意識変化の中に見ている。さまざまな統計資料をもとにしながら注目するのは、「幸福度の増進」と「脱物質主義」、「寛容と他者の尊重」、そして「共存としての仕事」である。確かにこのような傾向は、最近の若者に見られるものである。しかしそれが、世界の政治や経済を動かす大きな力になるには、一体どれほどの時間がかかるのかと思うし、大きなうねりを起こす主役になるはずの若者はどこもおとなしい。

・他方で、グローバリズムの反動や、ヨーロッパやアメリカに押し寄せる移民などに対する内向きの動きなどが、国家主義的思想を強め、独裁的な指導者を支持する傾向にある。LGBTや障害者について改善されてきた人権意識にも、それを逆方向に戻そうとする動きもある。社会が大きく分断されて、互いの諍いが激しさを増してもいる。トランプ、習、プーチン、エルドアン、そして安部といったリーダーは、このような傾向を煽るだけである。

・もっとも「第二の曲がり角」は始まったばかりである。おそらくその流れが見えてくるのに数十年、数百年かかるのだろうし、実現するのは千年先かも知れない。その前に人類が絶滅してしまうことにリアリティを感じてしまうが、あるべき姿はこうだという「理想」は、捨ててはいけないと思う。

2018年10月22日月曜日

戸隠・鏡池

 

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・毎年10月中旬にはパートナーの誕生日を記念して一泊旅行に出かけることにしている。去年は宇奈月温泉に泊まって黒部峡谷に行ったし、一昨年は栂池から白馬を眺めてきた。で、今年は戸隠に行った。紅葉は河口湖ではまだ早いが、海抜1000mを超える場所なら始まっているかもと出かけたが、6、7分といったところだった。鏡池から眺めた戸隠山は所々雲に隠れていたが、切り立った崖の下に広がる紅葉は鮮やかだった。池にはさざ波が立っていたから逆さ戸隠ははっきりしなかったが、なかなかの風景だと思った。池を30分ほどで一回りした。

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photo82-7.jpg ・池の畔にあるどんぐりハウスで信州づくしの蕎麦ガレットを食べた。信州サーモンに鶏肉、チーズやキノコがはいったガレットはちょっと高かった(2000円)が、おいしかった。蕎麦ガレットはフランスのカンペールで初めて食べたが、以来、家でも時々作るメニューである。蕎麦粉は小麦粉とは違って独特の食感がある。フライパンで薄く焼くとぷつぷつと穴が空く。最近では、天ぷらにも小麦ではなく蕎麦粉を使うようになった。
・平日にもかかわらず多くの人が来ていた。週末はマイカー禁止で、シャトルバスが動くようだ。こんな景色は誰もいないところで見てみたい。そう思うのは誰も一緒だろう。しかし、そういうわけにはいかない。特に紅葉の季節では。

photo82-8.jpg ・宿は長野駅前のホテルだった。もう何年も電車に乗っていないから、駅が珍しい。中を歩き回るとみやげ屋だけでなく、いろいろの店があって、ショッピング・センターのようだった。新幹線が通っていて北陸の金沢まで繋がった。それらしい賑わいだったが、そのために信越線は分断されて、第三セクターのしなの鉄道などになっている。朝の道路は通勤の車で大渋滞だったから、電車で通う人がどのくらいいるのか心配になった。
・夕食はホテルではなく、近くの居酒屋に行った。街中に泊まった時にはこれに限る。そんな思いを改めて確認した。

2018年10月15日月曜日

栗と薪

 

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・台風が次々やってきて雨の日が続いたが、9月の末に珍しく秋晴れの日があった。これは逃してはいけないと、以前から行ってみようと思っていた伊豆の西海岸にある恋人岬や黄金崎に出かけた。黄金崎には奇岩が並び、そこに台風が近いことを感じさせる大波が打ち寄せていた。馬に見えるその名も「馬ロック」の口から、くり返し白い波が吹き出してくる。しばらく眺めていても飽きない光景だった。歩いて暑かったからと食べたわさびのソフトクリームは、舌がひりひりするほど辛かった。

forest153-1.jpg・秋といえば栗。毎年恒例だが、今年は豊作だった。自転車で河口湖から西湖に登る坂道の途中にある秘密の栗の木を、ほとんど独り占めしているのだが、今年はほかにも誰かが取った形跡があった。それでも自転車を漕いで三回、栗拾いに出かけた。取った栗はすぐに皮をむいて、水につけた後に渋皮を取る。全部で数百個もある栗をむくのは大変だが、いつかは終わるといいながら、全部向いて冷蔵庫で冷凍にした。もちろん、栗御飯も何度かやって、秋の味覚を楽しんだ。サンマも二回食べたし、筋子も二度買ってイクラどんぶりにしたから、秋らしい食事を味わうことができた。

forest153-3.jpg・孫が通う保育所で運動会があるというので朝早く出て東京に向かった。孫に会う時にはシュークリームを作ることにしている。今回は、カスタードとは別に、栗のあんこもつめた。というのも、最初のシューが膨らまなくてビスケットになってしまったからだ。おいしそうに大きなシュークリームを食べる孫の顔を見ると、作りがいがある。次会う時は、久しぶりにパンプキン・プディングを作ろうと思っている。
・肝心の運動会だが、2歳児になると、ちゃんと遊戯もするし、かけっこもする。1歳児は突っ立ったままだったり、泣き出してしまったりするが、2歳児は違う。3歳児なると、走るのも本気でたくましい。ひとつ違うとこんなにも成長するのかと、改めて感心した。会場には当然だが、子どもよりは両親や祖父・祖母の方がずっと多かった。

forest153-4.jpg・注文していた原木が届いた。去年と違って今回の木は細身のものが多い。チェーンソウで切るのも斧で割るのも楽だと思う。年内にはすべてを割って、もう一回原木を注文しなければならない。そして、雪がつもる前に全部を割り終えるつもりだ。毎年、いくつまでできるかと思いながら精出しているが、自転車もまだまだ衰えていないから、もうしばらくは続けられると思っている。来年早々70歳になるが、どちらも80歳までは現役でいたいものだ。

2018年10月8日月曜日

沖縄と原発

 

・沖縄知事選でデニー玉城氏が勝った。久しぶりの朗報で、8万票という大差がついたのは驚きだった。それにしても自公の選挙の仕方は猛烈で、しかもえげつないほど汚いものだった。建設などの業界を締めつけて投票を強制させる。根拠のないデマを流す。最大の争点である辺野古は隠しておいて、知事には権限のない携帯料金の値下げを訴える。官房長官や人気者の小泉進次郎をはじめとして、自公の国会議員を大勢送り込む等々………。にもかかわらずの大差の負けだから、政権や与党のショックはさぞかし大きかっただろうと思う。

・前回の知事選も含めて沖縄県民は二度続いて辺野古基地の建設に「ノー」を突きつけた。その意思表示はきわめて重いものだと思う。安部首相は「残念だ」とか「真摯に受け止める」とは言ったけれども、辺野古については何も話さなかった。民意を無視する不遜な態度だが、ニューヨーク・タイムズは、民意に応えて沖縄の米軍基地を縮小すべきだと主張した。日本の新聞には、これほど明確に意見を出したところはなかったようだ。

・安部が三期目の首相になった。あと3年続くのかと思うと暗澹たる思いだが、沖縄での敗北や、自民党総裁選挙での党員票の少なさなどから、終わりの始まりだという声も聞こえてきた。改造内閣も全員が日本会議の会員で、主要ポストは変えずに、大臣待機組を抜擢というお粗末なものだった。女は片山さつき一人で、甘利や下村といった汚職問題で逃げ回っていた連中が党の要職に就いた。世論なんか気にしないといった態度があからさまで、その驕りようは救いがないほどである。改造内閣の支持率が下がるのも当たり前のことである。

・四国の伊方原発の再稼働について、広島高裁が去年の12月に出した仮処分決定を取り消して、再稼働を認めた。仮処分の理由だった阿蘇カルデラの破局的噴火は社会通念上想定する必要がないという理由だった。いつ起こるかわからない噴火などは気にする必要はないとする判断で、地震や噴火がいつでも、いつどこで起こるかわからないものであることを無視したひどい判決だった。熊本の地震も、今年あった大阪や北海道の地震も、予知情報では、ほとんど起こらないはずのものだったのにである。

・その北海道では、地震によって全道が一時停電した。電源の中心を担っていた巨大な発電所が地震によって壊れたためだったが、原発が稼働していれば全電源喪失にはならなかっただろうという意見が多く出た。しかし、動いていなかったからこそ、原発に支障が出なかったと言えるわけだし、もし震源が原発にもっと近い所だったら福島の再現になりかねなかったかもしれないのである。太陽光や風力を使った分散型の電源システムに舵を切っていれば、という反省にしなければならない事故だったはずである。

・山梨県では来年1月に知事選挙が行われる。現職の後藤知事は前回自公と民主の推薦を受けて当選したが、次の選挙では自公は推薦しない方向で動いている。何をやったのか、やらなかったのかわからない地味な知事だから、違う人が出てもいいとは思うのだが、現知事は続けたいようだし、自民はもっと自民色の強い候補を立てたいと考えているようだ。ただし、山梨県連は長いこと分裂状態が続いていて、今回もまたもめている。

・ただその中で、選挙公約として富士山にケーブルカーを作ることを目玉にして立候補を狙っている人がいる。この計画はずい分昔から出されているもので、目新しくはないが、反対運動も強くて実現してこなかったものだ。そもそも活火山である富士山にケーブルカーを作るなどという発想は3.11や御嶽山の噴火、そして最近の地震や東南海地震の危険性が叫ばれる状況の中で、その事を無視したひどいものである。

・富士山周辺は世界遺産になってから観光客が激増している。富士登山客もすでに限界に達するほどになっている。その上ケーブルカーができれば、富士山にはもっと多くの観光客がやってくることになる。自然環境の破壊はもちろん、もし噴火が起これば、その観光客をどうやって避難させるか。そんなことをまったく考えない、利益や選挙ばかりを考えた計画だと思う。何しろ東南海地震が起こる確率は30年以内に70%だというのである。地震が起これば富士山も噴火するというのは、江戸時代に起きた宝永噴火が証明済みである。

・目先のこと、自分のことばかり考えて、将来のこと、社会のことには目をつぶる。都合の悪いことは隠したり、嘘でごまかしたりする。何から何まで、こんな傾向で溢れている。その元凶が現政権であることは言うまでもない。早くつぶれて欲しいとつくづく思う。

2018年10月1日月曜日

大谷君で久しぶりのMLB三昧

 

・NHKが中継した今年のメジャー・リーグは、ほとんどが大谷翔平だった。特に期待をしていたわけではなかったが、開幕早々の活躍にすっかり魅了されて、その後現在まで、中継した試合のほとんどを見てきた。投げて打って走る。そのどれもが一流だから、アメリカでも大きな話題になった。野茂にはじまり、イチローや松井が活躍してきたが、今までメジャー・リーグでプレイした日本人選手のなかで、投げても打っても走っても、最高のプレイヤーであることは間違いないと思った。

・もっとも、6月には右肘の靱帯を損傷して、1ヶ月試合に出られなかったし、3ヶ月ぶりに登板した試合で再度靱帯を損傷するという事態になった。もうすぐトミー・ジョン手術をするそうだから、ピッチャーとしては来シーズンも投げられないから二刀流はしばらくお預けになってしまう。まだ24歳で、これから10年以上プレイすることを考えれば、焦らずにしっかり直して欲しいと思う。何しろこんなに才能のある選手は、日本のプロ野球の歴史で初めてで、もう出ないかも知れないからだ。

・彼の今年の成績は投手としては10試合に先発して51イニングを投げ、4勝2敗、防御率3.31で三振を63取っている。また打者としては、104試合に出場して、打率.285でホームランを22本打ち、61の打点をあげた。盗塁も10個で、俊足を飛ばして2塁打にしたことも何度もあった。日本人離れした体格とは言え、キン肉マンのような選手たちから見ると彼はスリムである。しかし、その打球速度はトップ・クラスで、センター方向に打つホームランが、大きな魅力のひとつになった。

・大谷が所属するエンジェルスは、彼の活躍に牽引されて、アメリカン・リーグの首位争いをしていたが、怪我で欠場してからは失速して、早々とプレイオフ出場の見込みがなくなった。そこには故障した選手が大谷以外に何人もいたという理由もあった。7月末には正捕手や二塁手を放出し、不振の選手を解雇して、若手中心のチームになったから、勝てない試合を見ることが多かった。何よりリリーフ陣はお粗末で、勝っている試合を逆転されることが何度もあった。

・だから見ていてうんざりすることが多かったが、マイナーから抜擢された選手が徐々に力をつけていく様子も目の当たりにした。中には28歳でやっとメジャーに上がれたキャッチャーなどもいて、マイナーに落とされないよう必死にプレイする様子は、これまであまり気にとめることがない光景だった。何しろ後半戦はレギュラーの半数が新人で占められるほどだったのである。

・そんなふうに、久しぶりにメジャー・リーグの試合につきあったが、熾烈な争いをするチームの試合はそっちのけで、エンジェルスばかり中継するNHKの姿勢はどうかとも思った。故障したダルビッシュは別にして、田中投手が投げるヤンキースの試合を中継することはあっても、前田が投げるドジャースの試合はほとんど無視された。日本人選手が出なくても、見たい試合、選手はいくらでもいるのにである。MLBを中継してもう20年以上になるのに、日本人選手ばかり追いかける姿勢は相も変わらずである。

・去年のメジャー・リーグでは青木宣親選手が気になった。ヒューストン・アストロズに所属して.280前後の打率を残していたのに、トロント・ブルージェイズにトレードされ、すぐにまた解雇されて、最後はニューヨーク・メッツに拾われた。彼の出る試合の中継はほとんどなかったから、ぼくはもっぱらネットで彼の出る試合を追いかけた。今年彼はヤクルト・スワローズに復帰して、.330に近い打率を残している。.280と.330。これがメジャーと日本の差なのかと改めて認識した。

・とは言えメジャー・リーグはフライ・ボール全盛で、ヒットよりはホームランを打つ選手がもてはやされていて、三割打者は減っている。イチローの出現によってスモール・ベースボールが見直された時期があったが、ボンズやマクガイヤーやソーサが打ちまくった時代に逆戻りしたようだ。ぼくはもちろん、そんな傾向は大味な気がして好きではない。