2017年7月31日月曜日

李下に冠?

 

・森友・加計学園問題を巡る国会閉会中の委員会の中継を2度テレビで視聴しました。1回目は前川参考人の独演会のようでしたが、2回目は安倍首相が出席をしました。「一点の曇りもない」「李下に冠を正さず」「丁寧に説明をする」といったことばを羅列しましたが、これがすべて嘘に思えるほどのひどい答弁でした。

・加計学園は獣医学部を今治市に来年4月に開校することを目指しています。文科省の正式な承認は8月末ですが、校地の整理や校舎などの建設はすでに行われています。土地は今治市からの無償提供(34億円)ですし、国からも補助金が64億円支払われるようです。国家戦略特区として異例の新設ですが、首相と学園理事長の関係が疑われての委員会開催になりました。

・安倍首相の答弁の中で特におかしかったのは、加計学園が獣医学部の申請を出していることを知ったのは、それが正式に決まった今年の1月20日だったという発言でした。国会の答弁ではそれ以前から承知していたという答弁がありましたが、これを追求されると、以前の答弁が間違っていたと苦しい弁解をしました。

・これが嘘であるのは明確ですが、そう言わざるを得ない証拠が他に明らかにされているからです。新聞の首相動静によるだけでも、彼は加計理事長と政権に返り咲いて以降14回、食事やゴルフを共にしています。特に獣医学部の申請手続きが本格化した昨年後半には6回になっています。首相はもちろん、友だちとして会っていたのであって、学部の話は全くしていないと答弁しました。

・しかし、そんな嘘を誰が信じるでしょうか。まさに「李下に冠を正し」て、二人でスモモを食べたと疑えるからです。と言うより、冠を直すふりなどせず、平気でむしゃむしゃとやってしまっているのです。おそらく、そんなことしたって支持率は下がらないと高をくくっていたのでしょう。ところが最近の急落で、一転しおらしくして、知らなかったと弁解したのだと思います。

・こんな首相をかばうように、官僚たちは文書記録を廃棄処分したと言い、記憶がないとくり返しました。今治市の職員が獣医学部新設の件で2015年4月2日に官邸を訪問しています。市はそのことを開示していましたが、問題になったとたんに非開示にしました。非開示になったのは「特区担当の市職員が首相官邸を訪問した出張記録や、開学時期の方針が公表される3カ月前の昨年8月4日に市が作成した「18年4月開学」とするスケジュール表など9件」です。

・その際に対応した官僚名は黒塗りされていましたが、対応したと思われる首相秘書官は「記憶にない」を連発して、委員会が騒然となりました。さらに、官邸の記録も残っていないとしらを切る始末でした。「記憶にない」「記録がない」というのは、事実が露呈するのはまずいからにほかなりません。証拠がなければ罪には問えないだろうという態度ですが、「印象」という点では、一点の曇りもないどころか、全面真っ黒だと思われても仕方がない対応だったと言えるでしょう。

・政権の支持率はすでに「秋の日のつるべ落とし」のように下がっています。この政権は「印象操作」を駆使して高い支持を維持してきましたが、墓穴を掘ったのも「負の印象操作」ということになります。それにしてもこんな時になぜ、民進党までがたがたになるのでしょうか。安部の延命に手を貸す力が働いたのだとしたら、解党して出直すしかないのかもしれません。

2017年7月24日月曜日

サウンドトラックから知ったミュージシャン

 

"me before you"
Ed Sheeran "Divide" "X"

・昼食後の午後のひととき、うつらうつらしながらテレビを見る。面白いものがなければアマゾンのプライムビデオをさがしたりもする。退職後の悠々自適の生活。で、『ホビット』の次に目にとまったのは『世界一キライなあなたに』だった。
・富豪の家に生まれ、自らも実業家として活躍していたハンサムでスポーツ万能の青年が、交通事故に遭って下半身不随になる。その世話をする仕事に就いたのは労働者階級の貧しい家庭に育った女性。人生に絶望している彼は彼女を無視し、冷たくあしらうが、彼女は意地悪されながらも、明るくけなげに世話をする。やがて二人は心を通わせあうようになるのだが、彼は安楽死を選択することになる。

me.jpg・安楽死と自殺幇助といった問題をテーマにした映画だが、それだけに映画のタイトルの陳腐さが気になった。原題は“me before you" で世界中でベストセラーになった原作の邦訳には『ミー・ビフォア・ユーきみと選んだ明日』というすなおな題がついている。よくできた映画だと思ったが、挿入されている歌に気になるものがいくつかあって、原作ではなくサウンドトラックのCDを買うことにした。

・CDには知っているミュージシャンはいなかったが、その中でエド・シーランが歌う“photograph”という名の曲が一番いいと思った。ネットで調べてみると、つい最近見たばかりの『ホビット』の挿入歌 “I see fire”も歌っている。2012年にイギリスの音楽賞で男性ソロ部門と新人賞を取っていて、2016年にはグラミー賞の年間最優秀楽曲賞も取っている。日本にも「フジロック」などで来ているようだ。今年の秋にコンサートをやるようだが武道館も大阪城ホールもソールドアウトだという。全然知らなかった。

ed1.jpg ・エド・シーランは1991年生まれだからまだ26歳だ。これまで3枚のアルバムを出していて、そのタイトルは"+” “x” “÷”と意味深でシンプルである。経歴を調べると、ストリートやライブハウスでかなりの経験を積んでいるようだ。YouTubeにはたくさんのビデオがある。挿入歌だった“photograph”は、彼が生まれた頃からよちよち歩きの時、そして少年時代や最近までの写真やビデオで作られている。かわいがられて素直に育った様子がよくわかる。ピアノなども早くから習っていたようだ。撮ったのはお母さんだろうか。

・彼の歌は自分の経験を素直に表現したものが多いという。そうだとすると、育った家庭は必ずしも幸福なものではなかったのではないか。“Runaway”の歌詞には、次のような一節がある。
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僕はずっと知っていた
親父が夜9時に起きて酒を飲み
一晩中いなくなることを
彼がどこで倒れていようと知りたくはなかった
僕がしたいのはあなたと逃げることだった

・多芸多才で、ラップもやれば、R&B風の歌も歌う。生ギター一本でも説得力がある。そんなところが受けているのかもしれない。それは、最近この欄で取りあげたライリー・ウォーカーやダミアン・ライスなどにも共通した特徴でもある。幼い頃からいろいろな音楽スタイルに馴染んで、すべてを自分のものにした。今はそんな人が活躍する時代なのかもしれない。

2017年7月17日月曜日

ロバート・D.パットナム『われらの子ども』 (創元社)

 

putnam2.jpg・ロバート・D.パットナムは『孤独なボウリング』の著者として知られている。アメリカは個人主義の国だが、同時にたがいに助け合うことをよしとする「一般的互酬の原則」を大事にしてきた国でもある。しかし、パットナムは「その「互酬のシステム」の衰退に注目し、「孤独なボウリング」を社会関係の希薄化を象徴するものとした。

・その本から10年経って、彼の新作が翻訳された。『われらの子ども 米国における機会格差の拡大』という題名だが、原題の副題は「アメリカンドリームの危機」である。アメリカでは「オキュパイ運動」に代表されるように、富の格差が極端に広がっている。この種の格差はアメリカではこれまで容認されてきたものだが、しかしそこには同時に、チャンスや機会は誰にでも平等に与えられるべきだというルールもあった。だからやる気と能力があって成功した者は、妬みよりは憧れの対象として扱われてきた。

・パットナムが『われらの子ども』で指摘するのは、訳書の副題になっているように「機会格差の拡大」という傾向である。つまり、裕福な家庭に生まれた子どもは人間関係や教育において恵まれた育ち方をして、親以上の社会的移動を達成する可能性を持つが、貧しい家に生まれた子どもは教育や人間関係はもちろん、家庭崩壊や犯罪に直面して、底辺に居つづけざるを得ない場合が多いということである。

・このような格差はもちろん、以前からあったものだ。しかし、それは主に肌の色の違いによるもので、現在では黒人やその他の人種や民族でも、上方への社会移動を達成した者はたくさんいるし、女たちの社会参加も当たり前になっている。だから「機会格差」は人種間や性別間ではなく、それぞれの中に現れているである。

・この本では、公にされたさまざまな調査結果だけでなく、オハイオ州のポートクリントン、オレゴン州ベンド、ジョージア州アトランタ、カリフォルニア州オレンジ郡、そしてペンシルベニア州のフィラデルフィアでの聞き取り調査を通してさまざまな格差の実態を明らかにしている。ポートクリントンはパットナム自身の故郷だが、そこはまた昨年の大統領選挙で話題になった「ラストベルト」に含まれている。


・経済学者マーサ・ベイリーとスーザン・ダイナスキーは1980年頃に大学に入学した者と、20年後のそれを比較している。前者の世代では、所得分布でもっとも裕福な四分の一の出身の子どもの58%が大学に進学したが、対してもっとも貧しい四分の一の子どもは19%だった。世紀の終わりには、これらの数字はそれぞれ80%と29%になっていた。(pp.207-208)

・第二次大戦後のアメリカは白人を中心に、それ以前よりは経済的に豊かな暮らしができるようになった。家庭生活についても、学校教育についても、格差は少なかった。70年代になると、公民権運動やフェミニズムによって肌の色の違いや性による差別や格差も是正された。しかし80年代から以降は経済格差が広がりはじめ、21世紀になると、その傾向が急速に拡大するようになった。

・しかし、この問題が深刻なのは、将来的には状況がさらに悪化するという点にある。つまり現在の子どもたちが大人になり、仕事について家庭を持つ頃には、機会の不平等によって格差がさらに大きくなるからである。それはアメリカ社会を支えてきた「一般的互酬の原則」という柱が壊れてしまうことを意味している。能力があり、やる気があっても、一部の最上位層の家庭に生まれた子どもしか夢を実現できない。それはもはやアメリカではない。

・このような状況を改めるにはどうしたらいいのか。そのためにはこの本が詳細に指摘しているように、経済的格差、家庭環境、人間関係、コミュニティ、学校教育など多岐にわたる改善が不可欠だ。それはとても困難だが、やらなければならないことでもある。しかし、没落した白人たちが選んだトランプ大統領は、この格差をさらに大きなものにする方向に舵を切ろうとしている。もちろん日本だって、同じような傾向に落ち込んでいて、それを改善させようとする動きなどは皆無だ。「機会の格差」の結果が出るのは20〜30年後になるのだが、そんな先のことを考える政治家はアメリカにも日本にもほとんどいない。

2017年7月10日月曜日

ホビット

 

hobbit1.jpg・土曜日の昼、食事の後に寝転がってテレビをつけると『ホビット 思いがけない冒険』をやっていた。昼食の後はうつらうつらするのだが、見ているうちに引き込まれた。
・『ホビット』はJ.R.R.トールキンの作で、『指輪物語』の前作にあたるものだ。映画ではそれが原題のまま『ロード・オブ・ザ・リング』として先に製作され、大ヒットした。『ホビット』は『ロード・オブ・ザ・リング』の前史として、後から作られたものである。

・見終わった後に気になったから、アマゾン・プライムで検索すると、字幕番で続きが見られることがわかった。で『ホビット 竜に奪われた王国』と『ホビット 決戦のゆくえ』を見た。この三部作は2012年から14年にかけて製作され、公開されている。見ながら気づいたのだが、僕はこの二作目をロンドンに行く飛行機の中で見ていた。ただし、ビールやワインを飲みながらだったし、字幕もなかったから、断片的に思い出す程度だった。画面も小さかったから、面白いとは思わなかった。

・テレビで、そしてパソコンの大きな画面で見ると、壮大な風景や、コンピュータ・グラフィックスの技術を駆使したシーンの見事さに驚かされた。奇妙な、あるいはグロテスクな風体の登場人物や生き物たちは、どこまでが実写なのか、メイクなのか、そんなことに感心しながら見た。ただし、あまりにたくさんのキャラクターが登場して、その名前やいわれを覚えることができないので、原作を買って読んでみたくなった。

・『ホビット』についてはずっと前から、名前になじみがあった。1960年代の終わり頃に米軍の岩国基地の前に作られた反戦喫茶の名前だったからだ。基地に配属された米兵にヴェトナム戦争に反対することを呼びかける。マスターの鈴木正穂は息子に穂人〔ホビット〕という名前をつけた。僕は原作そのものを知らなかったから、なぜ反戦喫茶や息子に「ホビット」という名前をつけたのかは、一度も聞いていない。

hobbit2.jpg ・竜に滅ぼされた「ドワーフ族」が、祖国を取り戻すために「はなれ山」に向かうこの物語は、「ホビット族」のビルボの家に集まるところから始まる。招かれざる客に食べ物を食べ尽くされ、怒り心頭のビルボだが、魔法使いのガンダルフに説得されて、この冒険につきあうことにするのである。改めて原作を読むと、その映画との違いばかりが気になった。

・映画は戦うシーンの連続だが、原作にはあまりない。ホビットは身体の小さい種族で、ドワーフは毛深さが特徴だ。他に美形のエルフという種族がいて、人間という種族もいる。この冒険を妨げるのは地下に住む異形のゴブリン族やオーク族だが、映画とは違ってオーク族の存在は、原作では大きくはない。映画にはオオカミに乗ったオーク族との戦いのシーンがある。しかし原作では、オオカミだけが襲ってくるのであり、そのオオカミはことばをしゃべり、その窮状から救ってくれた大鷲もまたことばを話すのである。

・映画にはまた、原作にはない恋物語も登場する。そして、原作の魅力の中心であることばのやりとりや歌が、映画ではかなり省略されている。どれも2時間半を越える長編だが、原作のかなりの部分が省略され、勧善懲悪の物語になっている。映画と原作の違いを改めて、再認識した。

・トールキンは作家ではなく、英語学の研究を本来の仕事にしてきた。古英語や中英語、北欧やケルトの神話にも精通していて、W.モリスの作品を好んだという。この物語の中心である竜退治は、古英語の時代に書かれた「ベオルフ」がモチーフになっているようだ。『指輪物語』よりは研究者として書いたものを読みたくなった。

2017年7月3日月曜日

周辺をプチ山歩き

 

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御坂山塊の黒岳から富士山と河口湖

forest142-2.jpg・家の修理が終わった後、道路から家まで敷かれた踏み石を移動した。2cmほど飛び出していて、歩きにくいから避けて通っていた。自転車に乗って通る時にもぶつからないように気をつけなければならなかった。で、玄関先から複数を並べて置くことにしたが、石は重たくて持ち上げて移動するのに苦労した。もちろん形も大きさもそれぞれ違う。高さを地面と同じにするには石にあわせて穴を掘らなければならない。最初は一列に3個を4列、次に2個ずつ敷いて、最後は大きな石を一つ。全部で37個もあった。平らにしたつもりでも斜めになっているものや飛び出しているものが気になって、何度もやり直した。大汗をかく仕事だったが、何とか無難に収まった。途中にあったモグラの通り道をふさいでしまったから、モグラは困っているかもしれない、

forest142-3.jpg・パートナーのリハビリにと付近の山を歩いている。最初は1kmほどから始まって、2km、3kmと伸ばして、最近では4kmまで歩けるようになった。急坂の少ない尾根歩きやなだらかな斜面のある場所を選んでいるが、時には急なところに出くわしてしまう。右の画像は富士山の吉田口にある馬返しから2合目まで歩いた帰り道だ。本来のルートは深くえぐれていて滑りやすいから、脇道を歩いた。平日なのに森林限界の五合目までのトレッキングをする人が多い。ランニングで登る人もいて、ゆっくり歩いているから、大勢の人に抜かれた。

forest142-4.jpg・これまで歩いたのは、青木ヶ原の竜宮洞穴から紅葉台、芦川村どんべい峠から黒岳の途中、御坂山塊の新道峠から破風山、同じく新道峠から中藤山、芦川村鳥坂峠から春日山の途中などである。どこも近くて、家から車で30分ほどで着く。短い距離だが1kmを40分のペースだから、4kmだと3時間近くになる。で、以前のようにおむすびを持って出かけるようになった。もっとも僕は、彼女の歩く様子をビデオに収めたり、時には速く歩いて途中で待っていたり、少し先まで歩いて帰りに追いついたりと、山歩きと言うにはほど遠い。最初の画像は一人で歩いて黒岳から撮ったものだ。

forest142-5.jpg・少しずつ距離を伸ばしているが、どうしても帰りはスピードが落ちてしまう。筋肉が疲れてくるし、登りよりは下りの方が滑らないようにと慎重になるからだ。そこで、待ちくたびれてしまうからと、左手で僕の首襟をつかむようにして歩くことにした。これだとペースがずいぶん速くなる。まさに介助トレッキングである。
・彼女はリハビリの帰りに河口湖湖畔の羽根子山にも登っている。インドアバイクのトレーニングも欠かさない。それでも足はなかなか強くならない。いろいろ工夫をし、少しずつ距離を伸ばして、いつかは本格的な山登りをというのが、現在の目標だ。