2017年12月31日日曜日

目次 2017年

12月

25日:寒い暮れ

18日:U2 とStereophonics

11日:新しい車

04日:伊藤守『情動の社会学』

11月

27日:『オン・ザ・ミルキー・ロード』

20日:不倫とセクハラ

13日:やっぱり、紅葉と薪割り

06日:Jackson Browne とVan Morrison

10月

30日:立憲民主党に

23日:黒部峡谷と飛騨

16日:河合雅司『未来の年表』他

09日:「バリバラ」知ってますか?

02日:ドタバタの季節?

9月

25日:卑劣な解散に怒りを

18日:中川五郎『どうぞ裸になってください』

11日:再び、青木宣親選手に

04日:光岡寿郎『変貌するミュージアム・コミュニケーション』

8月

28日:NHKの抵抗?

21日:空梅雨明けから雨ばかり

14日:愚かすぎる東京オリンピック

07日:鳥海山、月山、そして蔵王

7月

31日:李下に冠?

26日:サウンドトラックから知ったミュージシャ

19日:ロバート・D.パットナム『われらの子ども』

12日:ホビット

05日:周辺をプチ山歩き

6月

26日:表現と印象

19日:青木宣親選手に

12日:最近買ったCD

05日:ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史(上下)』

5月

29日:NHKは大罪

22日:大工仕事と自転車、カヤック、山歩き

15日:安部デンデンに

08日:忖度と印象操作

01日:木こり、大工、ペンキ屋仕事

4月

24日:『海は燃えている』

17日:Bob Dylan "Triplicate"

10日:村上春樹とポール・オースター

03日:遅い春

3月

27日:京都散歩

20日:最後の教授会

13日:K's工房個展案内

06日:『沈黙』

2月

27日:Roll Columbia

20日:リチャード・セネット『クラフツマン

13日:久しぶりのぎっくり腰

06日:最後のゼミ

1月

30日:2017年の「真理省」

23日:トランプ就任と「世界の片隅」

16日:祝!!50周年 NGDB

09日:今年の卒論

01日:ボブ・ディラン『はじまりの日』他

2017年12月25日月曜日

寒い暮れ

 

forest146-1.jpg

forest146-2.jpg・今年の冬は最初から寒い。早朝の気温は12月に入ってずっと零下が続いていて、-7度なんて日もあった。さすがに昼間には4、5度まで上がるが、とても自転車に乗る気にはなれない。実際、11月は湖畔のもみじ祭に人が集まって控えていたし、たまに出かけてパンクをしたりして、ほとんど出かけなくなった。こうなると、再開するのは来年の三月末ということになるだろうと思う。

・代わりに午後の1、2時間、ほぼ毎日、薪割りをしている。原木を買っているストーブ屋さんに在庫がなくて、太い木ばかりがやってきた。最大では直径が70cmもあって、チェーンソーで玉切りするのも一苦労だった。それでも毎年買う8㎣の玉切りは済んで、薪割りも6割ほどまでやった。仕事始めは寒くてジャンパーを着ていても、次第に汗をかくほどになる。一枚一枚と脱いで最後はTシャツ一枚になるのだが、休憩時にはまた着込まないとすぐに寒くなる。

・大学は週一回だが、12月の前半はゼミの卒論集作りで忙しかった。パソコンをにらんでの作業だから、肩は凝るし目もしょぼしょぼする。その意味では、薪割りはリフレッシュにはちょうどいい。卒論集もいよいよ最後で、30年近く続けてきた仕事もこれでおしまいだ。さて最終号の中身はどうか。来年早々には出来上がるから、またここで紹介する予定だ。

・もう一つ、学部の紀要で僕の退職記念号が来年の3月に出る。型どおりではなく、僕の著書の書評集にした。お世話になった人や院の卒業生に書いてもらったが、この編集も自分でやった。この記念号についても、出版されたら、ここで紹介しようと思う。こうして、一つひとつ、けじめをつけていくと、少しずつ、仕事の終わりに近づいていることを実感する。「やれやれ」とは思うが、さみしさはない。本当にさみしくなるのは、大学に行かなくなったり、家での作業がなくなったりしてからなのかもしれない。

forest146-3.jpg・新しい車は、機能がいろいろあって、それらを試して面白がっている。32ギガのSDカード一杯に音楽を入れたし、iPhoneも接続できる。高速道路ではステアリングが勝手にレーンを維持しようとして動くから、力を込めてそれに逆らってみたりもする。キーをもって近づくと、LEDのライトが点灯するから、まるで「お待ちしてました」と言われたような気にもなる。2月には長期間のドライブ旅行を計画しているから、その時までには、必要なものは使いこなせるようにしておこうと思っている。

・その車で、浜名湖の北にある月という村に行った。天竜川沿いで、源氏の落人が祖先らしい。秋野不矩美術館により、往復は新東名で110kmの制限速度を経験した。トラックは80kmで追い越し車線は110kmどころではない車が走っているから、車線変更に忙しかった。
・先日は八ヶ岳の清泉寮まで行ってカレーを食べた。間近の八ヶ岳は富士山同様に雪がほとんどない。ずっと晴天で、日本海の雪もここまでは届かないようだ。

2017年12月18日月曜日

U2とStereophonics

 

U2 "Songs of Experience
Stereophonics "Scream above The Sounds"

u2-1.jpg・U2のニュー・アルバムは3年ぶりである。タイトルは"Songs of Experience"。前作が"Songs of Innocence"で、対になるアルバムのようだ。U2のオフィシャル・サイトによれば、イギリスの詩人「ウィリアム・ブレイクによる詩集『無垢と経験の歌(原題:The Songs of Innocence and of Experience)』からインスピレーションを受けている。」ということだ。ブレイクは18世紀から19世紀にかけた生きた人だが、現代の詩人や作家、そしてロックミュージシャンに与えた影響がかなり強いといわれている。

・『無垢の歌』から3年経って、やっと連作になる『経験の歌』の発表ということになる。ジャケットはボノとジャッジの子ども達のようだ。前作について僕は、それ以前の作品に比べて印象が薄いと書いた。それは今度のアルバムでも一緒だ。悪くはないが、後に強烈に残るものがない。バンドを結成して40年もたてば、若いときのようなエネルギーはなくなる。そんなところかもしれない。もっとも、ブレイクの詩は「自分が死んだかのように書いたもの」と言われている。だから、収められた歌には、家族や友人、ファン、そして自分自身に宛てた手紙に形を取ったものが多いようだ。

・とは言え、このアルバムでU2が引退するわけではない。すでに新作を機に世界中を回るツアーが企画されている。ボノはパラダイス文書に名前が載って、「脱税」の疑いがかけられている。アフリカの貧困問題に積極的にかかわっているが、他方で巨万の富を手にし、ホテルを経営したり、投資活動もしている。そういったことに対して偽善者呼ばわりする批判も多い。しかし、U2とは長年のつきあいだから、僕はすべてを受け入れて、これからも注目し続けようと思っている。

stereophonics6.jpg・ステレオフォニックスの"Scream above The Sounds"は10作目のアルバムだ。デビューしてから、ほぼ2年に一枚新作を出し続けていることになる。南ウェールズの小さな村クムアナン出身の4人組で、メンバーはすでに40歳代になっている。その前作のアルバム・タイトルは"Keep the Village Alive"だった。特にその村についての歌は見当たらないから、初心を忘れないといった気持ちの表明だったのかもしれない。ヘビーなロックだが、どのアルバムもどことなくもの悲しげで、歌にはストーリーがある。それはこのアルバムでも同じだった。

・で、新作もなかなかいい。2015年の「パリ同時多発事件」の直後に作られた歌、グループを脱退し、まもなく死んだ仲間のことを歌った曲など、リーダーのケリー・ジョーンズが作る歌は、素直でわかりやすい。


俺たちの名前が知られる前
俺たちは燃えていた
俺たちの名前が知られる前
俺たちには欲望があった
俺たちの名前が知られる前
俺はおまえを失った (Before Anyone Knew Our Name)

2017年12月11日月曜日

新しい車

 

outback2.jpg・今月の1日に新しい車が来ました。スバル・レガシーとしては四台目で、前車と同じアウトバックです。色は赤、緑がよかったのですが、現在のラインアップにはありませんでした。赤とは言ってもワインカラーで、最初に乗ったレガシー・ワゴンと似た色です。乗り換えるつもりはなかったのですが、車検を通すのに60万円ほどかかると言われて、仕方なしに決めました。仕事も辞めましたから、今までのように月に2500kmも走ることはありません。走行距離は17.4万kmで20万kmまでは乗るつもりでした。

outback3.jpg・3台目は中古でした。すでに4万kmほど走っていましたから、僕が乗ったのは13万kmほどでした。購入時にアウトバックはすでに大きなモデルチェンジをしていて、僕はそれが気に入りませんでした。だから旧型で緑色の車を探して購入したのでした。それだけに、この車には愛着がありました。特に大きな故障もなく軽快に走っていたのですが、いくつもの部品の劣化が指摘されました。一番大きかったのはライトの明るさが基準以下に落ちていて、系統すべてを取り替える必要があることでした。乗っていて不都合に感じたことはないのに、改めて、日本の車検の厳しさを感じました。

・ただし、車を手放してから新車が来るまで2ヶ月ほどかかりました。ちょうどマイーナー・チェンジをしたばかりだったことや、スバルが新車の検査で不正をしていたことが発覚して、すぐに納車というわけにはいかなかったのです。スバルは実直で技術重視の会社だと言われていますから、評判をずいぶん落としたかもしれません。検査は資格のある人が行うことになっています。スバルは見習いにさせていたようですが、日産とは違って、資格者が立ち会ってやらせていたようです。それがダメだというのですが、僕は、その制度そのものが、すでに意味のないものになっているのではないかと思いました。

outback1.jpg・車が一台しかなかった2ヶ月間、特に不便は感じませんでした。ですから、二台はいらないのではないかと思うようになりました。しかしもう一台のXVは、デザインとオレンジ色はパートナーのお気に入りですが、長時間乗っていると腰が痛くなります。ロードノイズを拾って車内がうるさいですし、オーディオも貧弱です。加えて、カーナビの地図をネットで更新しようとして、なかなかうまくいかず、結局SDカードを壊してしまいました。そんなこともあって、不便ではないけど、新しい車が待ち遠しいという気にもなっていました。

・新車はかなり大きくなりましたから、車幅を気にして乗り始めています。しかし、オーディオはこれまでにないほどいい音がしていますし、追突防止やレーンキープ、あるいはアクセルとブレーキの踏み間違い防止など、ずいぶん賢くなっています。ボタンが多くて、まだまだ使いこなせていませんが、年寄りには安心感を与えてくれる装置がついています。僕はもちろん、パートナーが乗り慣れたら、XVは手放して、一台で済ますようになるかもしれません。さてこの車で何歳まで運転するか。あるいはまた、乗り換えるかもしれませんが、その時にはもう電気自動車が当たり前になっているでしょう。

2017年12月4日月曜日

伊藤守『情動の社会学』(青土社)

 

ito1.jpg・「情動(affect)」は日常使われることばではない。一般的には「感情」や「情緒」が普通だろう。英語では「エモーション」。そんなつもりで読み始めたら、なかなか難しい。この本で使われている「情動」は、自分で意識して表出される「感情」とは違って、その元になる意識以前の身体的なものである。それをさぐるために検討するのは、ウィリアム・ジェームズの「純粋経験(pure experience)」やホワイトヘッドの「原初的感受(primary feeling)」といった概念で、どちらかといえば、「感情」よりは「知覚」と関連するものだ。なぜ、意識できる「感情」ではなく、その元にある「情動」に注目する必要があるのか。著者はその理由を次のように書いている。


・現在のデジタルメディアの特性がいかなるものであり、それがどのような社会的機構を構築しているのか、そしてその機械機構のなかで知性と感性と欲望、そして情動がいかに算出されているのか。本書が試みているのは、このことを解明すること、あるいは解明するために諸概念を手繰り寄せ、実際の分析に手さぐりながらも活かしていること、そのことにかぎられている。(pp.17-18)

・デジタルメディアで飛び交う情報は、人間の歴史上かつてないほど膨大で多様なものになっている。しかし、その機械機構を支えているのはAppleやGoogle、FacebookやTwitterといったごく限られたもので、それらが感覚知覚を管理し制御するテクノロジーとして進化してしまっている。デジタルメディアを利用する人たちは自由気ままに利用していると思う一方で、感覚機能までコントロールされてしまっている状態が現実化しているというのである。それは「コミュニケーション資本主義」と呼べる社会の実現である。

・たとえば、形あるものの本質が設計図であり、生き物の本質がDNAであるように、情報の本質は、表に現れた部分ではなく、その奥に隠されたところ、つまり「情動」にある。著者が訴えたいのは、何よりこの点にある。そして、このような理論的整理をした上で分析するのは、3.11の大地震と福島原発事故と、その後に現れた石原慎太郎と尖閣諸島の購入、そして安倍首相のオリンピック招致での演説である。


・石原発言は、多くの人々の政治意識を、原発問題から領土問題へ、放射能汚染というリアルな脅威から日中の緊張関係が及ぼす脅威へ、とシフトさせる転換点を創り出したのである。言い換えれば、情動の集合的な編成が、リアルな脅威への不安から、自ら作り上げた偽装の脅威へとシフトしたことを意味している(pp.146)

・尖閣といい、オリンピックといい、正しい言動ではないとわかっていながら、それを黙認し、さらに好意的に受け止めようとする。著者はその理由を「不安のなかにあるからこそ、閉塞のなかにあるからこそ、その状況を一変させ不安を払拭させたいとする欲望」に火をつけたのだと言う。萎縮と自粛に囚われたマスメディアの追随と、SNSによる憎悪や嫌悪、あるいは賛同やナショナリズムのことばの拡散が、現実の厳しさを隠蔽し、国威発揚や希望の未来に共振する現象を作りだしている。

・このような主張には、もちろん、異論はない。しかし、「情動」がいわば人間が自覚し発散するあらゆる「感情」や「知覚」の元になるものであるとすれば、喜怒哀楽や優劣(競争)の意識、そして欲望や嫉妬、あるいは「認識」や「知覚」と「情動」の関係は、もっと多様な側面に向かう必要がある。それは途方もない作業を必要とするはずである。

・著者はまた、現在が、近代化が勃興し始めた19世紀と酷似していると言う。新聞や雑誌が生まれ、都市に溢れた人々の集まりを、「群衆」や「公衆」と名づけて注目したタルドに依拠しながら、デジタルメディアが日常的に使われるようになった今日的状況を、「ベクトルが反転したかのように、近代の諸制度から弾き出され、かつ同時に諸制度を食い破るような、その意味で(群衆と公衆という)両義性を体現する集合的な主体の生成」という事態だとみている。

・このような指摘もまた、興味深いものだと思う。しかし、19世紀に続く20世紀もまた、けっして安定した社会だったわけではない。その間に登場した写真や映画、電話やラジオ、そしてテレビといった多様なメディアもまた、それぞれに「情動」に訴えかける特徴を持っていたはずである。そのような側面を含めて、これからの仕事をどう展開するのか。ちょっと無謀に思えるほどに、野心に溢れた内容だと感じた。


2017年11月27日月曜日

『オン・ザ・ミルキー・ロード』

 

journal3-169-1.jpg・去年の9月に久しぶりに映画を見に行って以来、たびたび出かけるようになった。ただし、映画館はその時々で甲府、三島、新宿と、まったく違っている。シネコンがあちこちにできたとは言え、マイナーな映画は、どこでもやるわけではない。だからその時によって、東に北に南と車で出かけることになる。今回は三島の「サントムーン」で上映期間が短かったから、日時が限られていた。日曜日でショッピングセンターは一杯の人だったが、見た映画の観客はわずか13名だった。しかも同世代の人ばかりで、若い人はいなかった。スクリーンをいくつも持つシネコンがあちこちに作られていればこそだと思う。

・「オン・ザ・ミルキー・ロード」は、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身のエミール・クストリッツァが監督する、戦時下の農村を舞台にした喜劇映画である。特に場所は明らかにしていないが、ユーゴスラビア分裂後の紛争地であることは間違いない。戦争中で銃撃戦があり、大砲の音が鳴り、ヘリが上空を旋回するなかで、村人たちは何ごともないかのように働いている。泣き叫ぶ豚を屠殺場に引っ張り込み、殺処分した後の血をバスタブに流し込むと、アヒルたちが次々飛び込んで、羽根を真っ赤にする。すると虫がたかってきて、アヒルたちはそれを次々食べ始める。卵をひたすら割る人たちがいて、空襲警報が鳴ると卵を抱えて家に避難する。そんななかで、主人公の男がロバにまたがり日傘を差して牛乳を調達に出かけるのである。

・映画は最初から、えーっと驚くようなシーンが続く。出くわした熊にミカンを食べさせたり、こぼれたミルクを飲みに来た蛇に絡まれたり、なついいているハヤブサが時に彼の右肩に、時に頭の上を旋回したりする。村の男たちも女たちも豪放磊落で、飲み食い、大騒ぎをし、歌を歌い踊るが、そこは同時に戦争中の場所で、突然空爆や銃撃戦が始まるのである。物語はイタリアから逃げてきた美しい女と恋に落ちた主人公が、その女を追いかける兵士たちから逃れて、女と一緒にさまよう展開になる。主人公を演じたのは監督自身で、共演の女優はモニカ・ベルッチだ。

・ユーゴスラビアは第二次大戦後に、チトー大統領によって独自の社会主義を基本にして、東にも西にも距離を取る立場を取る国になった。しかし、その死後、以前からあった民族や地域的な対立が起こり、ソ連が崩壊し、東欧諸国が非共産化すると、ユーゴスラビアからスロベニアとクロアチアが独立を宣言し、内戦状態になった。隣人同士が殺し合うその様子は長期化とともに悲惨さを極めたが、6つの共和国になって終結したのは2006年のことで、戦争は15年も続いたのだった。

・クストリッツァは、これまでにも第二次世界大戦からユーゴスラビアの分裂と内戦にいたる壮大な物語を描いた『アンダーグラウンド』(1995)で、カンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得している。もっともこれは2回目の受賞で、最初はまだ20代だった85年の『パパは出張中!』である。他にも『黒猫・白猫』でヴェネツィア国際映画祭で監督賞、初の長編作の『ドリー・ベルを覚えている?』ではヴェネツィアで新人賞を得ている。ジム・ジャームッシュやジョニー・デップが敬愛し尊敬する監督のようだ。僕はこの監督のことをこれまで何も知らなかった。

・クロアチアやスロベニアは最近では、日本人旅行者の訪れる観光地として人気になっている。自然はもちろん、その歴史や人々の気質など、日本とはずいぶん違うようだ。この映画を見て、そんな違いも実際にこの目で見て確かめたいと思うようになった。そのためにもこの監督の映画をもっと見ることにしよう。

2017年11月20日月曜日

不倫とセクハラ

 

・テレビや週刊誌は、もっぱら不倫とセクハラの報道で賑わっている。視聴者や読者が喜ぶからなのかもしれないが、もういい加減にしろと言いたくなる。と言って、そんなものにつきあって、見たり読んだりしているわけではない。週刊誌の見出しやテレビの番組欄を見ているだけで、反吐が出てきそうになるのだ。もっと報道すべき大事なことがたくさんあるじゃないかと思うし、性倫理を盾に弱い者いじめをする心理がおぞましい。そして何より、権力にとって邪魔な者を執拗に追いかけるくせに、権力の側についた者については、知らん顔をする。そんな姿勢があまりに露骨過ぎるのである。

・伊藤詩織さんが元TBSワシントン支局長の山口敬之にレイプされたと訴えている事件は、新聞やテレビではほとんど取りあげられていない。ジャーナリスト志望の彼女に近づいて、酒や睡眠薬を飲ませてレイプした事件は、警察の捜査で逮捕直前までいきながら、警視庁本部の刑事部長(中村格)の指示で中止されて不起訴になり、再審請求でも「不起訴相当」という判決が出た。山口は安倍首相お気に入りの記者だから、上からの力が働いたのだろうと言われている。しかし、彼女が本(『ブラック・ボックス』文藝春秋)を出しても、外国特派員協会で発言をしても、メディアはほとんど取りあげない。タレントの不倫どころではない、れっきとした犯罪なのにである。

・他方で、不倫ごときで執拗に取りあげられる人もいる。衆議院議員の山尾志桜里に対する週刊誌の取材は現在でもしつこく行われているようだし、議員が不倫などとんでもない、といった論調が相変わらずよく聞かれる。しかし、不倫は犯罪ではない。道徳心や倫理観を盾にすればもっともらしく聞こえるが、性に対する意識は人それぞれでいいし、議員としての能力に関係するわけでもない。そもそも、本人はずっと否定し続けているのである。そして何より、ここにも政権にとってやっかいな奴は叩いてしまえといった意図を感じざるを得ない。

・アメリカでは有名な映画プロデューサー(ハービー・ワインスティーン)が長年にわたって大勢の女優にレイプや性暴力を含むセクハラをくり返してきたことが明るみに出て、あらたに被害を名乗り出る女優が続出している。さらにそれを機に、有名なスターの性的スキャンダルが次々に話題にされるようになっている。力のある者がその地位を利用して行うセクハラはアメリカでも、明るみに出にくいことだった。そんなことを改めて実感した。

・こんなニュースが飛び込んできたら、テレビや週刊誌は、日本ではどうかと騒ぎはじめても良さそうなものだが、やっぱり力ある者には弱いのか、そんな話題はとんと聞かない。かつての映画スターたちの武勇伝の中に、セクハラと言うべき行いが数限りなくあったのではないか。あるいは現在の芸能界で、自らの地位を利用してセクハラ行為を強制する者がかなりいるのではないか。そんなことは容易に推測できるが、おそらく、踏みこんで取材をしようなどという人はいないのだろう。

・伊藤詩織と山尾志桜里。奇しくも同名の二人だが、僕はどちらも頑張って欲しいと思う。地位や権力を笠に着たセクハラに、泣き寝入りせず訴える姿勢が当たり前になるべきだし、有能な女の政治家として現政権を揺るがす力を持っていると期待できるからである。

・それにしても、日馬富士の暴行容疑に対する新聞やテレビの報道ぶりはあきれかえる。

2017年11月13日月曜日

やっぱり、紅葉と薪割り

 

forest145-1.jpg

forest145-2.jpg・この秋の富士山は初雪が遅い。そう思っていたら、10月の末に雪化粧をした。ところがその後の台風で、綺麗さっぱり消えてしまった。その後もうっすら白くなるが、またすぐに消えてしまっている。他方で、今年の紅葉は鮮やかで長持ちしている。10月初めに急に寒くなって色づきはじめた後、暖かい日が続いたせいかもしれない。湖畔を車や自転車で走るのは気持ちがいいが、見物客が年々増えて、人や車で溢れるようになってきた。だから、自転車に乗ることが少なくなった。暖かいとは言え、朝は10度以下になる。寒いところで汗をかくと手足に湿疹が出たりするから、ついつい控えがちになってしまう。

forest145-3.jpg・我が家の欅や紅葉も色づいて綺麗だったが、落ち葉が屋根に積もり、台風で枝もたくさん落ちた。そこで久しぶりに屋根に登って、掃除をしなければならなくなった。はしごに乗り、急な屋根をつたって上までいく。屋根の端にある雨樋にたまった落ち葉を掻き出した。慣れた作業ではあるが、歳を取るとできたことができなくなる。いつまでできるのか。それにしても、台風で落ちた枝の量ははすごかった。雨もよく降ったが、おかげで渇水状態だった河口湖の水量がずいぶん回復した。それでもまだ、マイナス1mのようだ。

forest145-4.jpg ・薪ストーブを焚き始めたら、来年の薪を作らなければならない。例年の恒例行事だが、原木をまず4㎣運んでもらって、それをチェーンソーで40cm前後に玉切りし、斧で割って、積み上げて乾かしていく。今度来た原木は大木ばかりで、切るのも割るのも大仕事になっている。細いのがなかったというから仕方がないのだが、この作業もやっぱり、いつまでできるか心配になる。できることは自分でやる。そんなふうにして暮らしてきたが、それができなくなったら、どうするか。退職をして悠々自適な生活ができるようになったとは言え、老いは避けられない。そんなことを思いながら、あれこれと仕事をしている。

2017年11月6日月曜日

ジャクソン・ブラウンとヴァン・モリソン

 

Jackson Browne "The Road to East - Live in Japan"
Van Morrison "Roll With The Punches"

browne2.jpg・ジャクソン・ブラウンの新譜"Tha Road to East-Live in Japan"は2015年の3月に来日して行ったツアーのライブ盤である。僕はこのツアーの初日に行われた渋谷のオーチャードホールのライブに出かけた。脳梗塞のリハビリで入院中だったパートナーを連れ、車椅子で道玄坂を押して辿り着いて、彼の歌を聴いた。その時の様子は、この欄でも書いている(→)。ちょうど「3.11」から4年目の日だったこととあわせて、いろんな意味で印象に残るコンサートだったし、ジャクソン・ブラウンが以前にも増して好きになった。

・このアルバムは2年半ぶりの日本ツアーにあわせて発売されたもので、僕はコンサートに行く代わりにこのアルバムを買った。前回には、その直前に"Standing in the Breach"が出されていて、それについてもこの欄で紹介した。6年ぶりの新譜だったから、2年半でまた新譜というわけにはいかなかったのだろう。しかし、前回一緒に行った知人が、感動的なコンサートだったとフェイスブックで書いていたから、よかったのだろうと思う。

・このライブ盤がどこでのものなのかは明記されていない。あちこちのものから選曲したのかもしれないが、なかでOsakaと話す部分がある。集められた曲は、古いものから新しいものまである。聴いていると、ライブの様子が蘇って、懐かしくなった。政治や社会のことを率直に歌にして歌う姿勢と音楽性の高さを兼ね備えてミュージシャンは、今、彼が随一だろうと改めて思った。

morrison2.jpg ・ヴァン・モリソンは相変わらず新譜を出し続けている。日本に一度も来たことがないから、僕が好きなミュージシャンの中で、ライブで聴いたことがない最後の人になっている。飛行機嫌いだと言うが、アメリカには何度も行っているから、日本には関心がないのかもしれない、あるいは、日本には彼の歌を好むファンなどいないと思っているのだろうか。僕はもう70年代の初めから、ずっと聴き続けている。たぶん、ジャクソン・ブラウンと同じぐらいの年月になるはずだ。

・"Roll With The Punches"は37作目で前作の"Keep Me Singing"から1年しか経っていない。批評の中に「原点回帰」といった言葉が多いように、ブルースをテーマにしたものだ。オリジナルもあるが、ボ・ディドリー、Tボーン・ウォーカー、サム・クック、そしてジョン・リー・フッカーといった人たちでおなじみのブルースの古典といった曲をカバーして、年齢を感じさせないほどに力強く歌っている。タイトル曲は「パンチで揺れる」といった意味だろうか。ロックンロールする歌と演奏は、ジャケット写真のように、まるでボクシングやプロレスを戦っているようである。

・ジャクソンブラウンもヴァン・モリソンも「歌うために生まれてきた人」だ。そして「いつまでも歌い続け」ようとする人だ。ここにはもちろんもう一人、ボブ・ディランがいる。彼らとはこれからもずっと、死ぬまでのつきあいだ思っている。

2017年10月30日月曜日

立憲民主党に

 

・森友・加計問題の追及を隠すための解散が自公の現状維持という結果で終わりました。「希望の党」が「民進党」を飲み込み、そこから排除された人たちが「立憲民主党」を立ち上げるという慌ただしい流れの中で、終わってみれば、自公の数はほぼ変わらずでした。安倍首相は疑惑は晴れて、憲法発議に向けて進むと公言しています。投票日は折から強い台風が列島を襲い、期日前投票が大幅に増えたにもかかわらず、投票率は前回より微増の戦後二番目の低さでした。天気がよければ、結果はもう少し違ったものになったかもしれませんから、安倍首相の悪運の強さには、改めてうんざりしました。

・自公の勝利に反応して株価も上がっています。上昇の仕方は戦後最長で、経済成長期を超えているとも報道されています。しかし、この現象が日銀や年金機構の介入によるものであることは、大きく報道されてはいません。アメリカの好景気に影響されているという側面もありますが、アメリカではブラック・マンデーの時によく似ていると警鐘を鳴らす人もいます。東芝に日産、そして神戸製鋼と、日本の経済を支える企業が、次々とおかしなことになっているのに、なぜそれが株価に繁栄されないのでしょうか。

・安倍政権は選挙で信任をされたと言っています。しかし、得票率を見ると、「自民党」が得た議席が国民の判断を反映していないことがよくわかります。小選挙区で「自民党」が得た票は2669万票で得票率は48%にすぎないのですが、75%の218議席を占めています。他方で「希望の党」は1144万票で18議席、立憲民主党は486万票で18議席でした。小選挙区制の弊害が顕著に出たと言っていいでしょう。ちなみに比例区では「自民党」は1852万票(33%)で66議席、「立憲民主党」は1107万票(20%)で37議席、「希望の党」は966万票(17%)で32議席でした。投票数自体で見れば、安倍政権が信任されたとはとても言えない結果だったと言っていいでしょう。

・うんざりする選挙の中で「立憲民主党」の頑張りは、一筋の光明だったと言えるかもしれません。「枝野立て!」という声に推されて立ち上げた新党は、ツイッターなどのSNSを駆使した選挙運動を展開しました。ツイッターのフォロワーは数日で10万近くになり、最終的には19万を超えました。また選挙活動を支えるカンパも8000万円を超える額が集まったようです。枝野代表が登場した街頭での演説には、どこでも大勢の人が集まり、「エダノン!」というかけ声がわき起こりました。最終日の新宿には8000人が集まりましたが、秋葉原の自民党には日の丸が乱立して、その対照が、浮き彫りにされました。しかしこの違いがマスメディアで報じられることはなかったようです。

・「立憲民主党」は野党の統一候補を求めて活動していた市民グループの要望を受けとめて「生活の現場から暮らしを立て直します」「1日も早く原発ゼロへ」「個人の権利を尊重し、ともに支え合う社会を実現します」「徹底して行政の情報を公開します」「立憲主義を回復させます」の五つの政策を掲げました。そして枝野代表が選挙活動でくり返し訴えた党の理念は、「上からではなく下からの政治」「保守とリベラルの対立ではなく、リベラルであり、かつ保守である立ち位置」でした。

・この理念と政策はきわめて当たり前で穏健なものだと思います。しかし新鮮に見えるのは、安倍政権が保守反動的な政策を実現してしまっているせいではないでしょうか。非正規が増えたのに失業率が減ったと吹聴し、とっくに破綻しているアベノミクスをまだ道半ばだとごまかし、戦争法案に共謀罪といっためちゃくちゃな法案を強硬に成立させました。森友加計問題隠しの露骨さは言うまでもありません。そんな状況に対する批判票は希望の党もあわせれば多数派になるのですが、結果は正反対になっています。

・さてこれからどんなことが起こるのか。北朝鮮の脅威をあれだけ煽った安倍総理はトランプ大統領来日時に、松山選手を伴って一緒にゴルフをやるようです。それが終われば憲法改悪に邁進することでしょう。得票数の中にある批判票の多さは無視して、国会内の議席数だけを理由にする傲慢さは、これまで以上に強くなるはずです。国会での質疑時間をこれまでの野党に多い時間から、議席数にあわせたものにするなどと言い始めています。それだけに、小さいとは言え野党第一党になったのですから、「立憲民主党」には頑張ってほしいものだと思います。国民に呼びかけて、一緒に活動をする。そんな動きが’起こるかもしれません。

2017年10月23日月曜日

黒部峡谷と飛騨

 

photo79-1.jpg

・ここ数年、10月にはパートナーの誕生日をどこかに出かけて過ごすことにしている。今年は宇奈月温泉に泊まって欅平までトロッコ電車に乗ることにした。去年は栂池高原に泊まって自然園から白馬を眺めたし、一昨年は伊豆に出かけた。噴火前の御岳に出かけたのは何年前だったろうか。
・秋の長雨が続いて、当日の予報は雨。朝5時過ぎに雨の中を出発したが、松本を過ぎたあたりから雨はやみ、やがて薄日もさしてきた。僕たち二人はそろって晴れ男、晴れ女で、どこかに出かけて雨にふられたことがほとんどない。だから今度も、と思ったのだが、道中雨にふられることはなく、帰り道の高速で山梨県に入った頃から雨になった。ジンクスは今回も破られなかったが、帰った後は台風で豪雨になった。

photo79-2.jpgphoto79-3.jpg

・宇奈月温泉には10時過ぎに着き、さっそくトロッコ電車に乗った。金曜日なのに30分おきに出る電車はほぼ満員で、アジアからやってきた人たちが目立った。日本の観光ブームはこんなところにまで及び始めている。そんな様子に驚いた。
・トロッコ電車は平均速度16kmほどで1時間20分かけて欅平まで走った。黒部峡谷は日本最大の深さを持ち、それを利用してダムと発電所がいくつも作られた。鉄道はそのために敷かれたのだが、ものすごい工事だったことは、乗っていてもよくわかった。もっとも黒四ダムの建設では長野県側の扇沢からトンネルを掘るという別工事になった。僕はそのルートで2007年に立山に行った。

photo79-4.jpgphoto79-5.jpg

photo79-6.jpg・雨は降らなかったが山には雲がかかって、北アルプスを眺めることはできなかった。帰りはルートを変えて、富山経由で飛騨から松本に出た。今年の紅葉は遅いなと思ったが、飛騨から上高地にかけての道路沿いでは、山は黄色に染まり始めていた。
・それにしても一泊二日で600km以上を一人で運転するのはきつかった。一泊ではなく二泊にすればよかったと思ったが、一日ずれていれば、台風でキャンセルしていたかもしれない。台風直撃の投票日。低投票率で安部の悪運の強さにうんざりしてしまう。

2017年10月16日月曜日

失望の現在、絶望の未来

 

河合雅司『未来の年表』〔講談社現代新書〕
和田秀樹『この国の息苦しさの正体』(朝日新書)
『「高齢者差別」この愚かな社会』(詩想社新書)

・ただいま選挙期間中である。森友・加計問題での追求を逃れるための身勝手な解散で、世論は非難囂々になってもいいはずなのに、世論調査は自公が大勝といった予測を出している。政権支持が下落して不支持が増えているのになぜ、自民は議席を減らさないのか。この予測が実現したら、「希望」というの名の「失望党」の犯した罪は計り知れないくらい大きい。日本の将来はもう「絶望」と言うほかはない。「小池にはまってさあ大変」どころではないのである。

mirai1.jpg ・安倍首相が選挙の大義に掲げたのは「少子化」である。しかし、少子化の問題はすでに何十年も前から指摘されていたことであり、歴代政権が本腰を入れずにお茶を濁してきたために、もう手遅れでなすすべがなくなってしまっているのに、何を今更とといったものである。河合雅司の『未来の年表』は、高齢化と人口減少が日本をどういう国にするかという未来図を、現在から20年先までのカレンダーとして章立てしている。それは右の表紙のような内容だ。
・これらはもちろん、脅しなどではなく、政府やその他が実施し、予測しているデータを元にしたものである。しかも、人口減は日本の経済力はもちろん、地方だけでなく都市をも衰退化させ、毎日の生活が成り立たなくなったり、国家の機能そのものが不全になることを意味している。未来の予測を現在からカレンダーにした章立てはわかりやすいし面白い。ではどうするかがこの本の後半の内容で、そこに入ると途端にリアリティを感じにくくなる。これから起こることは、それだけ、解決が難しいのだとも言える。選挙目当ての口から出任せばかり言う政治家が乱立している現状からは、近未来に訪れる待ったなしの地獄絵図にリアルさを感じるばかりである。

wada1.jpg ・もっとも、現政権に対して強い批判を加えない多数の人たちにも、現状や未来に対する不安は強く存在する。和田秀樹の『この国の息苦しさの正体』は、その不安感にその理由を求めている。「不安」だからこそ、場の「空気」ばかりを読むようになる。目上の人の顔色をうかがって「忖度」に集中する。しかし、攻撃できる相手が見つかれば、タレントであれ、政治家であれ、そしてもちろん周囲の人であれバッシングをする。そんな風潮がネットはもちろん、テレビにも溢れている。

・「不安」は一方では、自分に危害が及ばないように身を潜め、意に反する同調を促すが、他方で感情を容易に爆発させたりもする。そして、第一章のタイトルになっているように「今だけ、金だけ、自分だけ」といった考えが誰の心にも根付いている。このような意識はもちろん個人だけではない。政権を担う政治家や、大企業の経営者にまで及んで、今この国を覆っている。感情に囚われれば冷静な判断はできないし、未来を予測することなどはほとんど不可能だ。そして「不安」は何より、自分より幸運や才能に恵まれた者に「嫉妬」し、劣った者や攻撃対象になった者を差別したり、罵倒することになる。

wada2.jpg ・「忖度」や「同調」は、もともと日本人の意識に深く根づいたものだが、それが過剰な状態になって息苦しさを蔓延させ、人々の不安感を増幅させている。その原因として攻撃対象になりがちなのが高齢者である。何しろどんどん数が増えて、しかも年金や医療で国の財政を危機に陥れる原因になっていると言われているからだ。
・同じ著者の『「高齢者差別」この愚かな社会』は、高齢者に向けられた批判に逐一反論し、国の財政赤字や膨大な借金が、現在の高齢社会ではなく、これまでの政治が作り出してきたものだと批判している。あるいはアクセルとブレーキを踏み違えて事故を起こすニュースが話題になり、免許を取りあげることが必要だとする世論が作り上げられたことに対しては、実際には、事故の増加は老人の数が増えたせいであるし、割合から言えば、若年層の事故の方がはるかに多いという反論をしている。また、認知症になったり、寝たきりになった人に向ける視線の中に、生きていてもしょうがないのではといった声があることなどを指摘している。

・日本が今抱えている問題は複雑で多様なものだから、政策一つで解決がつくわけはない。ましてや「希望」だの「一億総活躍」などといった標語でどうなるものではない。そのことがわかっていながら、政治家を筆頭にして、真剣に向き合おうとしないのは、まさに「今だけ、金だけ、自分だけ」が蔓延して、それ以上のことについては思考停止になっているからに他ならない。票読みだけに明け暮れる選挙情報を見ていると、つくづく、この国はもうダメだと思ってしまう。

2017年10月9日月曜日

「バリバラ」知ってますか?

 

・衆議院選挙を巡ってはドタバタが続いている。政策そっちのけの数あわせにばかり注目するテレビなど見る気もない。しかし、多くの人たちの情報源がテレビであることを思うと、そのはしゃぎようには腹が立つばかりである。「森友・加計」などなかったかのように選挙動向を報じたのでは、選挙はイメージ作りと人気取りに終始してしまう。ワイドショーやバラエティ番組は論外として、ニュース番組だって、変わらない。だから夕飯時に見るテレビでNHKのニュースにチャンネルを合わせることはほとんどなかった。

baribara.jpg・「バリバラ」はNHK教育テレビで毎週日曜日の午後7時から30分間放送されている。見始めて2年ほどだが、最近では欠かさずに見る番組になっている。さまざまな障害者が登場してバリアフリーをテーマに訴え、議論し、行動するバラエティ番組である。僕が見る唯一のバラエティ番組だと言っていい。

・この番組のコンセプトは「恋愛、仕事から、スポーツ、アートにいたるまで、日常生活のあらゆるジャンルについて、障害者が “本当に必要な情報” を楽しくお届けする番組。モットーは “No Limits(限界無し)”」である。2012年からから放送されているが、大きな話題になったのは、昨年の日本TV「24時間テレビ」の放送時間に「笑いは地球を救う」というテーマをぶつけて、障害者の感動物語を放送する「24時間テレビ」をお涙ちょうだいの「感動ポルノ」だと批判したことだった。

・障害者を感動的に描く姿勢には、得てして健常者からの視点が強調されがちになる。それは障害者にとってはしばしば、意に反する、不快な描き方として受けとられる。「バリバラ」は「24時間テレビ」に対してそのことを訴える番組をぶつけたのである。その姿勢は今年の「24時間テレビ」に対しても行われていて、この番組があくまで障害者の立場から明るいバラエティとして健常者に訴えるものであることを主張している。

・障害者にとってのバリアは、その障害によって多様に存在する。たとえば公共の場にあるトイレの問題。9月24日と10月1日の2回にわたって、主に多目的トイレについて、その使い勝手を検証していた。目が見えない、手が言うことを聞かない、車いすからトイレへの移動が難しいといった問題に、既存の多目的トイレがどの程度配慮しているかを、何人かの人たちが実際に使って報告したのである。現状は使いにくいものが多いというものだった。

・この番組の面白いのは、そういったことを福祉番組にありがちな真面目すぎるトーンで作っていないことだ。検証したのは全盲の「見えんジャー」と脳性麻痺の「揺れんジャー」で、あわせて「オベンジャース」。この二人がトイレで格闘するさまには、思わず笑ってしまったが、同時に、どれだけ大変なことかがよくわかりもした。あるいは男と女に別れたトイレに戸惑いを感じるLGBTの人たちの気持ちなども、言われなければ気づかないことだった。

・バラエティ番組は、政治や社会の問題を軽く扱って、事の本質を見えなくしてしまうことがよくある。その意味で、大事なことから目をそむけたり、無関心になったりする傾向を広げる役割を果たすことが多い。けれども「バリバラ」は、障害を抱える人たちがもつ多様な困難や問題を、バラエティとして面白く、明るく、しかし切実さを持った訴えを説得力のあるものにしている。裏番組の「ザ!鉄腕!DASH!!」とは大違いなのである。

2017年10月2日月曜日

ドタバタの季節?

 

・衆議院が解散ということになってから、情勢がめまぐるしく変わっている。民進党があっという間に消滅して、希望の党が自民党に対抗する勢力になってしまった。解散は、安倍首相の疑惑逃れが一番の理由だが、お粗末なドタバタ劇もいい加減にしてくれと言いたくなる。「この国の将来は絶望的だな」とつくづく感じてしまった。

forest144-1.jpg・ところでドタバタ劇は、最近の我が家でも起きている。愛用してきたスバルのアウトバックを車検に出したら、修理費に60万円以上かかると連絡が来た。17万4千キロを超えてはいるが、乗っていて不調なところは何もない。だから、20万キロが近くなったら買い換えを考えようと思っていた。しかし、悪いところがいくつもあって、何よりエンジンのオーバーホールが必要だという。ライトの光度も不足していているし、いくつもの管やバルブが劣化していて、取り替えなければならないのだ。当面走るのに不都合はないが、車検は通らないというのである。

forest144-2.jpg・で、仕方がないからアウトバックの新車を買うことにした。ただし、ちょうどマイナー・チェンジの時期で、手に入るのは11月の下旬以降だという。しばらくはXV一台でやりくりしなければならない。東京に行くのは週1度だけだから何とかなるだろうが、不便でなければ2台は必要ないのかもと思うかもしれない。

・レガシー・ワゴン、ランカスター、アウトバックと乗ってきて、今度で4台目になるが、タイヤはずっとオール・シーズンで通してきた。無茶だとか危ないと言われたが、河口湖に引っ越してから20年近くで、怖い思いをしたことはほとんどない。だから今度もと思ったのだが、現在のアウトバックはノーマルタイヤを装備していて、オールシーズンタイヤにすればノーマルタイヤが無駄になってしまう。ほとんど新品なのに引き取るところはほとんどないし、あっても二束三文のお金しか戻ってこない。ドタバタしたけれども、歳も取ったから冬はスタッドレスにしようかと思い始めている。

forest144-3.jpg・もうすぐ薪ストーブを燃やす季節になる。というわけで、庭を整理するために電動の草刈り機を買った。掃除機と同じマキタ製ならリチウムイオン電池と充電器が共通に使える。そう思ったのだが、草刈り機の電池とはボルトが違い、また形状も違っていた。そこでAmazonに電池と草刈り機を返却した。電池は郵便、草刈り機は佐川急便と別々に連絡をして、無事Amazonから返金の連絡があった。で、改めて確認をして、別の草刈り機と電池を購入した。

・よく確かめないからこんなことになる。そう言われると腹が立つが、その向けどころはもちろん自分自身である。歳を取ったんだから気をつけねば。買い物や車の運転だけではない。そんなことを思い知らされた出来事が続いた。
・寒くなってきたからリビングの大型ファンヒーターに灯油を入れ、点火してみたら、エラーが出てしまった。もう30年動いてきたから、とっくに寿命は過ぎていたのだが、春までは元気だった。さっそくこれも取り替えなければ。

2017年9月25日月曜日

卑劣な解散に怒りを

 

・安倍首相は臨時国会開催日の冒頭に解散を宣言するようだ。森友・加計問題の追求を逃れ、臨時国会の開催要求を無視し続けてきた末の解散である。年金の使い道を公約にするようだが、野党と対立するわけでもないから、争点にはなるはずもない。野党は理念や政策の違いなどにこだわらずに、統一候補を立てるべきだと思う、もうこれ以上安倍政権が続いたのでは、日本の将来がめちゃくちゃになりかねないと思うからである。

・安倍政権になって国政選挙は4回目である。いずれも選挙の公約になかったことをやってきた。13年の参院選は「アベノミクス解散」と言われたが、その後にやったのは「特定秘密保護法」だった。14年の衆院選では「消費増税延期」を掲げて「安保法制〔戦争法案)」を強行採決し、昨年の参院選では「消費増税再延期」と言いながら「共謀罪」を無理矢理可決させた。今度の衆院選では「消費税の使途変更」が主な公約だが、森友・加計問題をうやむやにして、憲法改正に突き進むのは自明のことだろう。

・北朝鮮のミサイルの連発や核実験に過剰に反応して、早朝から何度もJアラートが鳴ったようだ。安倍首相は国連で対話は無駄で強い圧力を加えるしかないと熱弁した。聞く人があまりいないさみしい会場だったが、日本ではテレビのニュースで大きく取りあげられた。トランプ〔虎〕の衣を借りた安部〔狐)の強がりは、北朝鮮には日本を敵視する好都合な材料にしかならないだろう。

・韓国の大統領は強硬な発言をしながら、他方で冬季オリンピックへの参加を呼びかけたり、9億円の人道支援の用意があると発言した。硬軟取り混ぜて対応するというのは外交関係にとってはイロハのテクニックだが、安部にはそんな余裕が全く感じられない。そんな彼の言動を見聞きしていると、この人はつくづく臆病なのだと思う。どんな公約を掲げようと、今度の解散が、彼に向けられた疑惑から逃れるためであることは間違いない。彼にとっては、国会で追及されて窮地に追い込まれることが何より怖いのだ。選挙に勝って疑惑を解消させようとしているのだが、思い通りにさせたのでは、こんな政権が東京オリンピックまで続きかねないのである。

・国会の閉会中審査では、マスコミも森友・加計問題を大きく取りあげたが、最近ではほとんど話題にもならない。テレビは安部の扇動に呼応して北朝鮮の恐怖に大騒ぎするばかりだ。ミサイルの落下地点は襟裳岬沖ではなく北太平洋が正確だが、なぜマスコミは揃って襟裳岬沖と言うのだろうか。あるいは日本上空800キロというのは人工衛星が飛ぶ宇宙空間で、日本の領空をはるかに超えているのに、そんな疑問を呈することもしないのだろうか。そもそもJアラートに連動して番組を中断し、ほとんど役に立たないミサイル情報などを流し続けるのは、どうしてなのだろうか。

・あるいはタレントや政治家の不倫問題への関心も、どうかと思うほどである。解散の決断には、山尾議員の不倫問題と党籍離脱が引き金になったと言われている。民進党にとっては期待の星のスキャンダルで踏んだり蹴ったりの状態のようだ。しかし、不倫はあくまで個人の問題であって、それを社会悪のように追求するテレビの姿勢は醜悪だ。政治家を批判するなら、献金疑惑や政治資金の不正利用をした者にこそ向けるべきだと思うが、甘利も下村も知らん顔である。そもそも、安倍首相に対する疑惑をなぜ続けないのだろうか。

・今回の解散は安部の疑惑隠しでしかないが、これを機に彼の政治生命を絶つチャンスでもある。マスコミはそのことを強く主張しないだろうと思うが、信用できないやつにこれ以上政権を委ねたりしてはいけない。そう考える人たちが選挙行動に影響を及ぼすことを期待したいものである。国連で「これ以上楯突くなら北朝鮮をぶっ壊してやる」といったトランプが2日後には対話路線に変更したようだ。硬軟取り混ぜて対応するのは政治力学の常道だが、安部は、一体何というのだろうか。

2017年9月18日月曜日

中川五郎『どうぞ裸になってください』

 

goro1.jpg・中川五郎は僕と歳が同じだ。フォークソングを歌い始めて50年になるが、今でも精力的に全国各地を歌い歩いている。その彼が67歳の誕生日に下北沢のラ・カーニャでライブを行った。『どうぞ裸になってください』はその時の模様を記録したもので、CD2枚組で14曲が収められている。

・中川五郎が歌い始めたのは高校生の時だった。ボブ・ディラン、ウッディ・ガスリー、ピート・シーガーなどの歌を訳して歌い、あるいはメロディを借りて替え歌を作ったりした。その中の「受験生ブルース」が高石友也の歌でヒットして、一躍話題になった。僕も同じ頃にフォークソングに夢中になったが、歌うのは数年でやめてしまった。しかし彼は、その後もずっと続けて、50年を超えるまでになった。

・もっとも彼も、歌よりは音楽評論や翻訳、あるいは小説の執筆などを中心にした時期があった。その『渋谷公園通り』と『ロメオ塾』については以前にこの欄で紹介したことがある。その時には中川五郎は作家を目指しているのでは、と書いたが、以後はチャールズ・ブコウスキーを中心にした翻訳と、ライブ活動にその時間とエネルギーの多くを費やしてきたようだ。彼の訳したブコウスキーは何冊も読んでいるし、何より彼の音楽評論で教えてもらったミュージシャンはたくさんいる。僕にとっては、大事な情報源になっている。

・『どうぞ裸になってください』は全曲がメッセージに溢れている。「運命運命運命」は玄侑宗久『お坊さんだって悩んでる』から、「言葉」は寮美千子『奈良少年刑務所詩集』から、そしてアルバム・タイトルの「どうぞ裸になってください」は、村山槐多の詩をもとにしている。そのほかにも「真新しい名刺」は金素雲、「消印のない手紙」は長峰利造、あるいは「1923年福田村の虐殺」は森達也『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』からヒントを得ている。彼が、これらを歌にして伝えようとしているのは、社会から排除されたり、差別を受けた人たちの生の声であったり、関東大震災におけるデマと虐殺といった事実の伝承である。

・もちろん、自作の歌もあって、それもまた社会のおかしさに対する批判に満ちあふれている。「Sports for tomorrow」は東京オリンピックとアンダーコントロールがテーマだし、「二倍遠く離れたら」は東日本大震災と福島の原発事故の被害者の視点に立っている。あるいは「一台のリヤカーが立ち向かう」には横須賀基地や上関の原発に反対する運動と、公民権運動のきっかけになったバス事件やガザで石を戦車に投げる子ども、あるいはギターを持って抗議したガスリーやビクトル・ハラを歌っている。

・中川五郎の出発点は歌を訳して歌うことだったが、このアルバムにはジョン・レノンの「イマジン」とボブ・ディランの「風に吹かれて」が収められている。他にも金子光晴の「「愛情60」や高野文子の絵本「しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん」などもあって、彼が歌に込めた主張や思いの集大成といった感がある。「音楽に政治を持ち込むな」などというガラパゴス的発想のミュージシャンやファンが多い日本の現状の中で、そもそもフォークやロックをはじめ、ポピュラー音楽の原点になっているあらゆる音楽が、メッセージから出発していることを、改めて教えてくれる希有なアルバムだと思う。

2017年9月11日月曜日

再び、青木宣親選手に

 

aoki2.jpg
・青木宣親選手については、3ヶ月前のこのコラムで触れたばかりです。所属チームのヒューストン・アストロズは快進撃を続けていましたが、青木選手は準レギュラーで、思うように活躍できない状態でした。彼がMLBに行ってからずっと注目してきましたが、ここ数年は満足のいくシーズンを過ごせませんでした、で、応援のメッセージを書いたのですが、彼は7月末に、下位に低迷するトロント・ブルージェイズにトレードされてしまいました。

・準レギュラーとは言え、それなりの活躍はしていていましたから、ポスト・シーズンは間違いなしだったのです。それが、よりによってなぜトロントなのか。ニュースを聞いてがっかりしましたが、それは青木選手自身の方が何十倍も大きかったはずです。トロントは彼が移籍してすぐに、ヒューストンでアストロズと対戦しました。そこで青木選手はホームランを打って恩返し、というよりはざまーみろ!といった活躍をしたのです。

aoki3.jpg・その後風邪で休んだりもしましたが、なかなか出させてもらえない状態が続きました。三振ばかりで打てない選手を引っ込めて青木選手を使えよと腹が立ちました。とは言え、テレビでの中継はほとんどありませんから、もっぱらネットで追いかけていました。彼は今年も0.270前後の打率を残していて、それはトロントに行ってからも変わりませんでした。ホームランも出るようになって、レギュラーに定着してもおかしくない成績だったのです。

・ところが、8月末にまた、トロントは青木選手を自由契約にしました。プレイオフ進出の望みがなくなって、9月は若手の育成期間に切り替えるというのが理由でした。そのニュースがあった日の試合で、彼は4打数3安打で、ホームランを1本打っていたのです。監督は、プレイオフに出るチームと契約できるチャンスでもあると言いましたが、その期限である8月31日までに、青木選手と契約するチームは現れませんでした。

aoki4.jpg・9月に入って、ニューヨーク・メッツが青木選手と契約を結びました。メジャー・リーグは契約すればすぐ出場となるのですが、対戦相手はなんとまた、アストロズでした。ヒューストンはハリケーンによる水害で大変なことになっています。アストロズはそのために3試合ほどフロリダで球場を借りてゲームをしました。まだ町に水が溢れている中での試合でしたが、青木選手はトップバッターとして1安打しましたし、翌日には2番バッターで4打数3安打の大活躍でした。チームが決まるまでの数日間、彼は公園で、少年たちが野球をする脇で、キャッチボールなどをして、身体がなまらないようにしていたと言ってました。

・メッツの監督は以前にオリックスで指揮を執った経験のあるコリンズです。青木選手のことを知っているし、日本人選手の特徴もわかっている人です。今までと違って上位でレギュラーとして出場させるつもりのようです。青木選手は例年9月には大活躍をしてきました。あと一ヶ月頑張って、来年度のいい契約を勝ち得て欲しいと思います。どんな状況におかれても、腐らないし諦めない。そんな彼の精神的な強さに、改めて敬意を表したくなりました。

2017年9月4日月曜日

光岡寿郎『変貌するミュージアム・コミュニケーション』 (せりか書房)

 

・「ミュージアム」は日本では「美術館」と「博物館」に二分されていて、最近では「ミュージアム」自体も使われている。絵画と彫刻が中心の美術館はともかく、「博物館」にはさまざまな種類がある。さらに「ミュージアム」となると、一体何が展示されているのか。百花繚乱のように見えるし、玉石混淆にも思える。研究の場、学習、あるいは娯楽の空間?。「美術館」にしても「博物館」にしても、「ミュージアム」はずいぶん様変わりした。本書はそんな「ミュージアム」をテーマにした、本格的な研究書である。

museum1.jpg・美術館や博物館には今でも、堅苦しさやまじめさといったイメージがつきまとっている。そこは何より教育や教養の場であって、ミュージアムが指示したとおりに鑑賞し、学習しなければならないことを暗黙のうちに強要されがちだからである。しかし本書によれば、「ミュージアム」には、そのあるべき形態を巡っていくつもの論争があり、また時代の変化に伴った変容の模索も行われてきたようだ。著者はその歴史的・理論的推移を主に「コミュニケーション」をキーワードにして分析している。

・「ミュージアム」という空間は、そこに展示されたものと、それを鑑賞し、また展示物についての説明を見聞きする来館者の間にコミュニケーションを生成させることを目的にしている。そこに堅苦しさやまじめさといったイメージを持つのは、「ミュージアム」が基本的には教育の場であり、来館者は学習するためにやってくる(べきだ)と考えられてきたからだ。そして、来館者を受動的な存在ではなく、より積極的で自主的な人と見なすべきだとする主張やそのための変革がなされてきた。

・もっとも本書は主に、英米の「ミュージアム研究」を使って考察されていて、日本のミュージアムやその研究についてはほとんど触れられていない。僕の経験からすれば、日本のミュージアムは今でも、来館者を受動的な存在として見る姿勢が強いのではという印象が強い。順路に従え、私語をするな、飲食物を持ち込むな、触るなと、禁止事項がやたら多い気がする。それに比べれば、欧米で訪ねた「ミュージアム」には、確かに、もっと自由に鑑賞できる雰囲気があった。館内のカフェでランチをして、一日ゆっくり過ごせる場所がいくつもあったのである。

・「ミュージアム・コミュニケーション」の変容にはもう一つ、20世紀に登場したさまざまな新しいメディアをどう取り込んで活用するかといった問題もあった。本書ではその点についても、ラジオ、テレビ、インターネット、そしてミュージアムが提供する携帯型端末や来館者が所有するスマホについても詳細に言及している。それはもちろん、「ミュージアム」という空間における、その管理者や展示物と来館者の間に生起するコミュニケーションを主題にするが、また同時に、インターネットや携帯端末の発達が、ヴァーチャルな「ミュージアム」を作りだして、現実の場や実物を相対化してしまうのではといった指摘もある。確かに、混雑した会場で、立ち止まるなと言われて人混み越しに垣間見るよりは、インターネットでじっくり見た方がずっといいと思うことも少なくない。

・僕はこの本を読みながら、「ミュージアム」から離れてしまう自分をくり返し自覚した。最近の動物園や植物園の変容は「ミュージアム」をはるかに超えているし、「ミュージアム」と名のつく娯楽施設の乱立をどう捉えたらいいのだろうか。本物とそのコピーの主客転倒は、映画やアニメといったフィクションと、その舞台を聖地化して訪れる巡礼に典型だし、そもそも「ミュージアム」に展示されているものの多くは、それらがもとあった場所から移動させて集めたものである。それはすでに何かが死んでしまった遺物〔シミュラークル)だと言ったのはボードリヤールで、「ホンモノ」というなら、もとあったところに戻すべだと言いたくなってしまう。

・とは言え、本物の展示物に出会い、それをつぶさに経験することには、やっぱり大きな価値があるとも思う。その経験の場や空間としてミュージアムはどうあるべきか。本書はそのことを真摯に、詳細に分析した好著だから、誰より日本の「美術館」や「博物館」あるいは「ミュージアム」で働く学芸員に読んで欲しいと思った。

2017年8月28日月曜日

NHKの抵抗?

 

・NHKのニュースは相変わらずABEチャンネルだが、個々の番組には、面白いものや教えられるものが少なくない。特に敗戦記念日前後のものには、歴史を丹念に掘り起こし、証言を集めた番組が続いた。しかも、NHKのサイトには「戦争証言アーカイブス」が設けられていて、無料で公開されている。会長が変わって、作りたい番組が作れるようになったのだろうか。あるいは、NHKの姿勢に抵抗する制作者たちががんばっているのだろうか。

・アーカイブに公開されているのは、まずNHKスペシャルの「ドキュメント太平洋戦争」の1から6で、それぞれ「太平洋・シーレーン作戦」「ガダルカナル」「マリアナ・サイパン」「ビルマ・インパール」「レイテ・フィリピン」「一億玉砕への道」をテーマにしている。また「わたしの戦争体験」では、瀬戸内寂聴、小林桂樹、淡島千景、宝田明に話を聞き、証言記録としてはそのほかにも、「日本人の戦争1、2」「シベリア抑留」「満蒙開拓青少年義勇軍」「台湾先住民"高砂族"の20世紀」。そして巨大戦艦大和、乗組員が見つめた生と死」といった番組が列挙されている。。

・このアーカイブは他にも、1940年代から始まって映画館で上映された「日本ニュース」や戦後の「朝日ニュース」、そしてテレビが始まった1953年から現在に至るまでの膨大なニュース映像が掲載されている。あるいはSP盤レコードに保存された戦時録音資料として、「開戦時のラジオニュース」,さまざまな「演説」、戦況を伝える「勝利の記録」や「報告」そして玉音放送などもある。

・きわめて貴重な資料が大量に集められて公開されているのだが、検索についても丁寧に作られていて、「所属組織から」「地図から」「年表から」調べて見つけることができる。また、NHKがこれまでに製作した太平洋戦争をテーマにした「特集」も見ることができるようになっている。

・一気に見ることなどできない膨大な資料映像で、一体これをいつまで公開してくれるのだろうか。政府や自民党からクレームが来て削除されることはないのだろうか、と心配になる。もっともこのサイトは今年ではなく、2015年から続いていて、徐々に充実させているもののようだ。政策担当者へのインタビューによれば、学校など教育現場で利用してもらえることを心がけていて、学校向けの冊子なども作っているようだ。

・NHKにはうんざりという印象を持ってから、もうずいぶんになる。だからこそ、組織のなかで頑張っている人たちがいることには、少しだけ救われる気にもなる。けれどもまた、毎日のニュースで取りあげる出来事や、その報道の仕方の偏向とのあいだに、同じ放送局とは思えないほどの乖離を感じてしまう。NHKは前文科省次官の前川喜平にインタビューをしながら放送しなかったし、加計学園の獣医学部の建設図面が公開されても、一切放送していないようだ。そのくせ、北朝鮮のミサイルについてはくり返し流している。

・とは言え、この乖離は、もっと顕著なものになって欲しいと思う。政治的なスタンスを別にすれば、見て面白い番組を作っているのは圧倒的にNHKなのは明らかだろう。間違っても、政治力によってつぶされることがないように。民法には、みたいと思う番組自体が、ほとんどなくなっているのだから。

2017年8月21日月曜日

空梅雨明けから雨ばかり

 


forest143-1.jpg    
小雨で河口湖の鵜ノ島がもうすぐ陸続きになりそう


forest143-2.jpgforest143-3.jpg

forest143-5.jpg・梅雨とは言えほとんど雨がふらない日が続いた。河口湖の湖面もずいぶん下がって、鵜ノ島がもうすぐ陸続きになりそうにまでなった。豊富な地下水で町の水道は全国一安いと言われているが、水量が落ちているので節水に協力をという放送があった。地下水が直近の雨に左右されるとは思わなかった。で、暑いから風呂ではなくシャワーにするようになった。
・家の周辺のヤマユリが今年もよく咲いた。毎年のように増えている。で、ヤマユリが消えたら姥ユリが咲き始めた。植物は時期がくれば必ず顔を出す。しかしその季節がここ何年も不安定だ。空梅雨だったのに明けたと宣言されたとたんにぐずつく天気ばかりになった。降れば土砂降りで、付近でも土砂崩れがあった。

forest143-4.jpg・空梅雨だったから、自転車にはよく乗った。西湖まで行くと80mの上り坂がある。きついが登り切ったところでいつも応援してくれる人たちがいる。大人が二人、子どもが三人だ。西湖を一周したところでまた、この人たちが迎えてくれる。いつもは横目で通り過ぎるのだが、立ち止まって御礼代わりに写真を撮った。
・8月に入ると毎日曇り空で、時折雨が降る天気が続いた。さて、自転車はどうするか。雨が降る前の午前中にしたり、雨上がりの午後にしたり。ここのところすっかり、一日のメーンイベントになっている。日に照らされても、雨にずぶ濡れになっても、5人の案山子が待っている。だから今日も頑張って行くか。そんな気にさせる人たちだ。

forest143-6.jpg・ところで、庭のミョウガもやっと収穫できるようになった。空梅雨で遅れていたが、連日の雨で息を吹き返したようだ。まずは薬味に、それから天ぷら、あとは梅酢につけて少しずつ楽しむことにしようか。
・そう言えば、西湖に向かう急坂に生えている栗の木も、緑の毬(いが)をつけ始めている。うまく収穫できれば、正月の栗きんとんになる。ただし、年によって数も大きさも味もまちまちだから、今年はどうか。出来具合を確かめるためにも、せっせと西湖通いをしなければ。

2017年8月14日月曜日

愚かすぎる東京オリンピック

 

・陸上競技の世界選手権がロンドンで開かれた。イタリアは40度を超える猛暑のようだが、ロンドンはマラソンにも適したほどの涼しさ〔寒さ?)だったようだ。他方で3年後に予定されている東京では、37度を越えた日もあったし、突発的な豪雨に見舞われたりもした。すでに亜熱帯化している東京でなぜ、真夏にオリンピックをやるのだろうか。マラソンはもちろんだが、屋外で行われるどんな競技にとっても、過酷な条件とならざるを得ないだろう。選手はもちろん観客だって、暑さに倒れ、死者だって出るかもしれない。こんな愚行が他にあるのだろうか、と思う。

・ところがマスコミからは、こんな疑問は全く聞こえてこない。テレビにとってはオリンピック中継は一大イベントだし、新聞社も協賛しているからだ。それは出版にとっても変わらない。週刊誌でオリンピック批判の記事を見かけることは滅多にないし、書籍についても、大手の出版社からは批判的な内容の本はほとんど出ていない。以前にこの書評で取りあげたオリンピック批判の本も小さな出版社だった。〔→〕

・20年の東京オリンピックは7月24日から8月9日の日程で開催される。梅雨明け前後で、一年で一番蒸し暑い時期だし、台風だって今年のようにやってくるかもしれない。そんな風に思っていたら久米宏が7月22日放送の「ラジオなんですけど」(TBS)で、「今からでも東京オリンピック・パラリンピックは返上すべきだ」と発言した。この番組では6月にも、リスナーに「今からでも返上すべき?」というテーマで投票を呼びかけていて、2000票を超えるうちの83%が返上に賛成をした。〔→)このラジオの聴取者は高齢者が多い。60歳以上が800票を超え、その9割が返上すべきと答えている。他方で20歳代は50票ほどだが、返上は57%にとどまっている。

・3年後の開催に合わせた発言は、これ以外には聞かなかったが、日刊ゲンダイが31日に「久米宏氏 日本人は“1億総オリンピック病”に蝕まれている」と題した直撃インタビュー記事を掲載した。彼が東京オリンピックに反対する理由は暑さだけではない。これ以上東京一極集中進めるべきではないこと、招致を巡る黒い金スキャンダル、エスカレートする国家間競争などがあって、至極もっともな主張だと思った。

・そもそも築地市場の移転だって東京オリンピックが絡んでいたし、「テロ等防止法」〔共謀罪)の成立理由もオリンピックのためだった。オリンピックを夢のイベントのようにイメージ操作をして、そのためと称して、やりたいことをやる。そんな薄汚い政治にオリンピックが使われている。そしてオリンピック自体も、スポーツを餌にしたグローバルな経済行為に変質してしまっている。大会の招致に手を上げる都市が少なくなって、東京の次ばかりでなくその次までも、今手を上げているパリとロサンジェルスに決めてしまうようだ。

・オリンピックを返上すると1千億円のペナルティが科されるようだ。しかし、オリンピックが終わった後に大不況がやってくると警鐘を鳴らす人は多いし、日本の財政状況は借金まみれで破綻寸前にあると指摘する人もいる。国立競技場の建設についても自殺者が出るほどひどい状況のようだ。冷静に見たら、返上についての論議がわき起こって当然だと思うが、久米宏の発言に応える動きはほとんど見られない。今、新聞社がオリンピック開催について賛否を問う世論調査をすれば、反対票がかなりの数に上ることは明らかなのに、なぜそれをやらないか。東京オリンピック開催に積極的なのは政権や東京都はもちろん、テレビや新聞社や大手出版社、それに何より電通という悪名高い広告代理店だからである。これこそ本当のイメージ〔印象〕操作に他ならない。


2017年8月7日月曜日

鳥海山、月山、そして蔵王

 

photo78-1.jpg

・4泊5日の予定で、鳥海山、月山、そして蔵王に出かけた。と言っても、山登りをしたわけではなく、車で行けるところまで行って、後はプチ・トレッキング程度だった。家を6時に出て、中央道、圏央道、関越自動車道、日本海東北道を通って、鳥海山の麓の山荘に着いたのが3時過ぎ。久しぶりの長距離ドライブだった。さっそく鳥海高原ラインで1170mまで行ったが、快晴で頂上がくっきり見え、雪渓がいくつもあった。歩くのは明日にして、持っていった折りたたみ自転車で山荘までダウンヒル。700mほどの高低差を30分ほどで走った。気持ちがよかったが、ブレーキを握りっぱなしだった。


photo78-2.jpgphoto78-3.jpg
photo78-4.jpgphoto78-5.jpg


・翌日はもう一回車で上り、雪渓のある滝ノ小屋まで歩き、月山まで移動した。スキー場近くまで行き、また宿まで自転車に乗り、1150mから550mほどの高低差を20分で下った。次の日の月山歩きは弥陀ヶ原で、宿のある南面から北面に車で移動した。2kmほどの木道の周回コースを一回り。今日も快晴で鳥海山も月山もよく見えた。月山は出羽三山のひとつで、その三つをまとめて祀る神社のある羽黒山の麓まで出かけた。

photo78-6.jpgphoto78-7.jpg
photo78-8.jpgphoto78-9.jpg


・4日目は月山から山形市を経て蔵王に移動。エコーラインを刈田まで行って、リフトでお釜まで上がった。そこからお釜巡りをして避難小屋まで行き、コマクサを探してまたリフトまで戻った。4kmほどだったがお釜の景色は壮観だった。宿の温泉は硫黄のにおいが強い強酸性泉で、日焼けした腕がちくちくとしみた。最終日は米沢を経由して福島から一気に帰宅。長距離ドライブで、さすがにぐったり疲れてしまった。ご飯がおいしくて、連日おかわりをしたから、おなか周りがちょっときつくなってしまった。また自転車に励まねば………。

photo78-10.jpgphoto78-11.jpg
photo78-12.jpgphoto78-13.jpg