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2024年4月8日月曜日

大谷騒動とメディア

 

メジャーリーグが始まったが、今年は今一つ、楽しめていない。理由は言うまでもなく、水原一平通訳が起こした出来事だ。振りかえれば、大谷選手の移籍の動向以来、ネットもテレビも大騒ぎだった。確実な情報がほとんど出ないから、憶測記事が氾濫して、それがドジャースに決まるまで続いた。ロスからトロントに向かう飛行機に大谷が乗っているのではといった記事が出て、それが間違いだったと訂正されて、大谷獲得を狙う球団やファンを大慌てさせたりした。

このあたりのニュースはネットの方がはるかににぎやかだったが、入団会見から山本投手のドジャース移籍、そしてキャンプ開始になると、テレビのワイドショーはもちろん、ニュース番組までが、大きく取り上げたから、もういい加減にしろよと言いたくなった。で、結婚していることの突然の発表である。その日は国会で政倫審の中継があったが、NHKは放送中に大谷選手結婚のニュースをテロップで流したのである。実際、国会もすっ飛ぶ話題で、その日の報道番組は、その話で持ちきりだった。

ohtani5.jpg 結婚相手は「普通の日本人の女性」という以外明かされなかったが、ネットではすぐに、バスケットの選手ではないかといった記事が載るようになった。それがほぼ確実だとわかっても、テレビはそのことを明示しなかった。大谷選手の機嫌を損ねてはいけないという配慮だったのだろう。開幕戦は韓国のソウルでパドレスとおこなう。それに向けて飛行機に乗る画像を大谷選手がインスタグラムに載せ、そこに結婚相手も写されていた。で、田中真美子さんという名前であることが明らかになった。

ここまでは、大谷選手のメディア操作は見事だったが、初戦のダルビッシュや松井との対決で盛り上がった後、一夜明けて、大変なニュースが飛び込んできた。水原通訳がドジャースを解雇されたという目を疑うような見出しだった。ギャンブルにのめり込んでいて、大谷の口座から450万ドルあまりを盗んで返済に充てていたというのである。そこから後の騒ぎは、もう大谷の手に負えるものではなく、野球の試合そっちのけで、さまざまな憶測記事が氾濫することになった。

アメリカに戻って、大谷選手が事の経緯を自ら発表すると、日本ではそれを信じて納得するという論調が多かった。しかしアメリカでは邪推も含めて、批判的な記事が多く出た。水原元通訳についても、経歴にあった大学に在籍した記録がないといった記事が出て、実は通訳としても有能ではなかったなどとも言われるようになった。ギャンブルにのめり込んだのは大谷で、水原はスケープゴーツにさせられたのではといった憶測も出て、アメリカではもう手に負えない感じだが、日本ではメディアもネットも、大谷を批判する発言は目立っていない。

アメリカに戻ってからも、彼はすべての試合に出て、ベンチでも明るく振る舞っている。しかし、信頼していた相棒が裏切りという形でいなくなって、その一端は彼にも責任があるのだから、心中は穏やかではないだろう。ホームランが出なくたって無理もない。そう思って見ていたら、9試合目でやっと出た。するとシカゴに遠征した試合でもう一本。日本人選手4人が出るシリーズで、しかも4人とも大活躍だった。もっともっとやってほしいが、あまりに派手になると、ジャパン・バッシングが起こるかも知れないといった心配もしてしまう。大谷選手にまつわる報道には、嫉みや人種差別を感じるものが少なくないからである。


2024年2月26日月曜日

TVにもの申す市民ネットワークを

 

テレビがひどいことについては、このコラムでも何年も前からくり返してきた。しかしますますひどくなるばかりで、もう取りあげる気にもならないのが現状だ。しかも、ジャニーズや吉本関連など、TV自体がスキャンダルに深く関わっているのに、そのことについて、まともに発言すらしないのである。ぼくはそんなテレビに絶望しているが、何とか生き返らせようとして立ち上がった人たちがいる。

「テレビ輝け!市民ネットワーク」は田中優子、前川喜平などが中心になって始めた運動である。その趣旨は、1)報道機関としてのテレビに本来の役割を果たさせることで、具体的には、2)株主提案権の行使という取り組みにあって、テレビ朝日の株を3万株(約6000万円)購入して、株主総会で株主提案を行うのである。テレビ朝日をターゲットにしたのは「報道ステーション」におけるコメンテーターやスタッフの降板を、テレビ報道の危機の典型としているからである。

テレビに対する権力の圧力は安倍政権から強くなった。批判的なキャスターやコメンテーターが降ろされ、提灯持ち的な人が大きな顔をするようになって久しい。それはもちろん、テレビ朝日に限らないし、民放よりは NHKの方がもっとひどいと言えるだろう。だから今度の動きは、テレビ朝日をとっかかりにして、他の民放、そしてNHKに広げていくという流れを狙う、その第一歩なのである。

その共同記者会見で前川氏は「経営側は番組の制作や報道の自由に余計なことをするな、外部の権力に忖度や迎合をするなと。権力には政治権力もあるが、民間もある。ジャニーズ事務所や吉本興業は民間の権力。そういうのに忖度するのもいかん。放送事業者の独立性を担保する」と発言した。この会は前川喜平を社外取締役として推薦することも予定しているが、テレビ朝日がこの動きにどう対応するかは見ものだろう。その株主総会は6月に開催される。

もちろん、これだけでは動きは単発に終わってしまう。おそらくテレビ各局は、これをニュースとして報道することをいやがるだろう。テレビ局と新聞社は「クロスオーナーシップ」(相互依存)で繋がっているから、当たり障りのない取り上げ方しかしないに違いない。だから、つづけて他の民放でも同じような動きをしていく必要がある。果たして賛同者が増えて、大きな運動になるのだろうか。

1年ほど前に会長の任期満了を控えたNHKに前川喜平を会長にという動きがあった。 NHKの会長は公選ではなく経営委員会が任命するから、現実的には不可能なことだったが、ある程度の話題にはなった。今回の市民ネットワークの動きはこれにつづくものだったのだろう。その意味では一時的なものではなく、これからも持続する動きを狙っているはずである。テレビが輝きを取り戻すことなど期待しないが、せめて膿を出すぐらいの力にはなって欲しいと思う。

2024年1月15日月曜日

お正月に見た映画

 

いつものことだけれど、暮から正月にかけては見たいテレビがほとんどない。というより、 NHKのBSが一つになってから、それまではつけていた食事中も、テレビを消したままにすることが多くなった。テレビはこのまま無用のデカ物になりかねない。そんなふうに思うことが多くなった。それでも2日と3日は箱根駅伝を長時間見た。青山学院の独走で、今一つ面白くなかったが、正月が来たと思うことはできた。

もっとも1日に起きた能登の地震の後は正月番組を潰して地震情報ばかりになった。「津波が襲う危険があるので早く逃げてください」とくり返し放送していたが、全国放送で長々やる必要があるのか疑問に思った。それに被災地だって、テレビが映るのかどうかわからない。そうしたら、突然の羽田空港の航空機衝突事故である。正月から大変なことが起こって、明けましておめでとうどころではなくなってしまった。

potter1.jpg"・薪割り仕事は終わったし、代車では遠出をする気もないからと、久しぶりにアマゾンのプライム・ビデオを見ると、『ハリー・ポッター』がすべてフリーで公開されている。で、毎日2本ほど見ることになった。1作目の『ハリー・ポッターと賢者の石』は1997年に出版されている。作者のジョアン・ローリングが極貧生活の中で書き上げた作品は、児童文学の枠を超えて世界中で読まれ、その後2007年までに7冊が出版された。総発行部数は6億部を超えたそうで、日本でも3000万部近く売れているようだ。

で、映画だが、一言で言えば、これは「ハリー・ポッター」の成長物語である。孤児のハリーが12歳の時に、魔法使いの家系に生まれていることを告げられ、寄宿制の魔法学校に入ることになる。さまざまな魔法を覚え、いくつもの事件に出くわして、何とか解決して大人になっていく。最初は12歳だったハリーも、だんだん成長して。最後は子どもを持つ父親になっていた。映画は2001年が初作で最後は2011年だから、12歳だった少年も映画と一緒に成長していったのである。こういう物語はいつまで経っても歳をとらないことが多いから、原作を読んだら、だいぶ違うのかもと思った。

beast1.jpg"・アマゾン・プライムにはローリングが脚本を書いた『ビースト』の三部作もあった。このうち2本は以前に見たが、今回また見直した。大人である僕には、こちらの方がはるかに面白かった。暗いお城のような魔法学校が主な舞台だった『ハリー・ポッター』と違って、『ビースト』はロンドンやニューヨーク、あるいはパリが舞台になっているし、魔法を使う動物がいろいろ出てくる。時代も半世紀前の20世紀前半で、今とはだいぶ違う。映像技術にも驚くやら感心するやら。いずれにしても、連日複数の映画を見て、さすがにかなりくたびれてしまった。

『ホビット』や『ロード・オブ・ザ・リング』を見た時にも思ったが、ファンタジー映画の映像技術には本当に驚かされる。残るは『スター・ウォーズ』だが、これもアマゾンでやってくれないかなと期待している。

2023年12月18日月曜日

大谷選手のドジャース移籍に思ったこと

 

エンジェルスの大谷選手がドジャースに移籍しました。契約は10年で破格の7億ドル。もう引退するまでドジャースでやると決めたのだと思います。ただし、決まるまでの数日は、代理人から箝口令が敷かれたこともあって、憶測記事が氾濫してかえって大騒ぎになりました。日本のメディアも「すごい、すごい」と言うばかりですが、僕はこの経緯について、大きな疑問を持ちました。

ウィンター・ミーティングが始まって、大谷選手がジャイアンツのオラクル・パークに行ったというニュースが入り、その後にブルージェイズのキャンプ地を訪れたと報道されました。ここからトロントが注目されるようになって、カナダドルで10億ドル払うという記事が出て、一気にブルージェイズ有利という様相になりました。しかし、その数日後にドジャースに決まって7億ドルという契約額になったのです。ブルージェイズが出した額とほぼ同じだったわけで、代理人はブルージェイズを出汁に使ってドジャースに契約金の釣り上げを迫ったのかもしれません。

もちろん大谷選手のドジャースに対する気持ちは、今に始まったことではないのです。高校卒業時にメジャーに行くと宣言した時に念頭にあったのはドジャースで、栗山監督に説得されて翻意したのでした。メジャー・リーグに行く時もドジャースとは面談しましたが、ナショナル・リーグにDHがなかったことで、アメリカン・リーグのエンジェルスに決めたのでした。大谷ルールでナショナル・リーグもDH制になりましたから、ドジャースに行くことには、何の障壁もなくなったのです。

だとしたら、もっと早くにドジャースに行くと発表しても良かったと思います。それがなぜ、ここまで時間がかかったのでしょうか。考えられるのは、競合球団を募って契約額をあげようとした代理人の戦略でしょう。契約額は最初は5億ドルだろうと言われていました。右肘靭帯の手術で来年はDHでの出場しかできませんが、それは関係なかったようです。いくつもの球団が名乗り出て5億ではなく6億だと言われるようになり、最終的には7億ドルになりました。

選手の価値をお金で計るのはアメリカでは当たり前のことですから、代理人の手腕は褒められるだろうと思います。しかし、大谷選手はどうだったのでしょうか。もしこの先ケガをして、欠場が多くなったり、成績が落ち込んだりしたら、猛烈なバッシングを浴びることになるのは明らかです。エンジェルスにはレンドーン選手がいて、そのつらさを目の当たりにしていたはずです。決断の裏には、大谷選手の相当の決意があったことでしょう。もっとも大谷選手のことですから、ダメだと思ったら自ら契約を破棄してしまうかも知れません。

大谷選手にとって気がかりだったのは、自分が年7000万ドルももらってしまうことが、ドジャースの選手補強の妨げになるということでした。そこで彼が提案したのは、大半を契約が終了した後に先延ばしするというものでした。何しろメジャーの球団の中で年俸総額が7000万ドルに達しない球団が8つもあるのですから、その額が破格なのがよくわかります。払いを先送りすることで、ドジャースには、もっと選手を取る余裕が生まれましたから、7億ドル払ってもいいだろうということになったのです。ちなみに来年から10年間の年俸はわずか200万ドルということで、これは副収入が5000万ドルもあることから税金対策を考えてのことでしょう。

こんな顛末でしたから、僕はちょっとがっかりしました。すでに強いチームではなく、自分が入ることでプレイオフまで行けるチームを第一に考えるはずですから、僕はオールスター前からジャイアンツが最適だと思ってきました。ジャイアンツも最後まで残っていましたから、サンフランシスコもまたトロント同様にがっかりしていることでしょう。ちょっと興ざめですが、来年からも、彼の出る試合につき合うことにかわりはありません。くれぐれもケガをしないように。そう願うばかりです。

2023年12月11日月曜日

加藤裕康編著『メディアと若者文化』(新泉社)

 

journal1-246.jpg 「メディアと若者文化」というタイトルは何とも懐かしい感じがする。そう言えばずっと昔に、こんなテーマで論文を書いたことがあったなと、改めて思った。1970年代から80年代にかけての頃だが、自分が若者とは言えない歳になった頃には「若者文化」には興味がなくなっていた。

この本の編著者である加藤裕康さんは、僕が勤めていた大学院で博士号を取得している。ゲームセンターに置かれたノートブックをもとに、そこに集まる人たちについて分析した『ゲームセンター文化論』は橋下峰雄賞(現代風俗研究会)をとって、高い評価を受けた。そんな彼から、この本が贈られてきたのである。

僕にとって「若者文化」は何より社会に対して批判的なもので、メディアとは関係なしに生まれるものだった。それがメディアに取り上げられ、社会的に注目をされると、徐々にその精気を失っていく。典型的にはロック音楽があげられる。そんな意識が根底にあるから、日本における70年代の「しらけ世代」とか80年代の「新人類」、そして90年代以降の「オタク」などには批判的で、次第に関心を薄れさせていった。当然、現在の若者文化などについてはまったく無関心で、そんなものがいまだに存在しているとも思わなかった。

「若者」は第二次大戦後に注目された世代で、政治的、社会的、そしてもちろん文化的に世界をリードする存在として見られてきた。それが徐々に力を失っていく。この本ではそんな「若者論」の系譜が、加藤さんによって、明治時代にさかのぼって、「青年」といったことばとの関係を含めて語られている。そう言えば大学院の授業で取り上げたことがあるな、といった文献やキーワードが並んでいて、何とも懐かしい気になった。

若者文化がメディアとの距離を縮め、やがてメディアから発信されるものになったのは80年代から90年代にかけての頃からだった。「新人類」とブランド・ファッション、「オタク」とアニメがその典型だろう。しかし、2000年代に入ると、メディアは携帯、そしてスマホに移っていき、若者文化もそこから生まれるようになる。あーなるほどそうだな、と思いながら、彼の分析を読んだ。

で、現在の若者文化だが、この本で取り上げられているのは、「自撮りと女性をめぐるメディア研究」や「『マンガを語る若者』の消長」そして「パブリック・ビューイング」に参加する若者の語りに<にわか>を見る、といったテーマである。知らないことばかりだったから面白く読んだが、現在の若者文化とは、そんなものでしかないのかという感じもした。そう言えば、この本には「語られる『若者』は存在するのか」という章もある。そこで指摘されているのは。「若者」に対して語られる、たとえば保守化といった特徴や、それに向けた批判が、この世代に特化したものではなく、全世代や社会全体に現れたものだということである。

そう言った意味で、この本を読んで感じたのは、それで「若者」はいなくなったし、「文化」も生まれなくなったということだった。あるいは、かつては「文化」を作り出す上で強力だったマス・メディアが、スマホやネットの前に白旗を掲げたということでもあった。

2023年10月2日月曜日

早すぎた大谷ロス

 
MLBのシーズンが終わった。エンジェルスは今年も負け越しで,プレイオフには進めなかった。大谷選手はホームラン王を取り、MVPも確実視されている。WBCの優勝とMVPから始まったシーズンだったが、ハードに働きすぎたせいか、8月後半で力尽きた。毎日のようにゲームを見ていたから、9月中旬の負傷者リスト入り後は、しばらく大谷ロスに襲われた。あまりに華々しい活躍だっただけに,突然の幕引きに,気持ちがついていかなかった。

しかし,そうなるのではという心配はオールスター開け頃から感じていた。彼は6月、7月の月間MVPを獲得したが、チームはけが人続出で、彼にかかる負担は増すばかりだった。打って投げてのハードワークなのに,ゲームをほとんど休まない。試合に出たいという気持ちが強いことはわかっているが,それ以上に,勝つためには休んではいられないという気持ちが強かったのだと思う。しかも,そんな頑張りにも関わらず、8月に入ると,チームはさっぱり勝てなくなった。

大谷選手は7月28日のタイガース戦に,第一試合で完封勝ちした後、続く試合にも出て2本のホームランを打った。しかし,その試合で腰が痙攣して,途中で退場した。完封した投手が次の試合でDHで出るというのは常軌を逸してると思ったが、メディアは大谷の活躍を絶賛した。本人も監督も、水分の取り方が足りなかったといった程度にしか思わなかったのか,翌日からのゲームにも出場した。で、痙攣は次に足に来て、指に来た。それでも彼は欠場せず、8月23日のゲーム後に右腕靭帯損傷となった。

彼の成績は、そのタイガース戦時点で投手として9勝し、38本のホームランを打っていた。脇腹の故障で故障者リスト入りした9月17日までの1ヶ月半で挙げた成績は,投手で1勝、ホームランは5本である。無理がたたっての不振と故障であったことは明らかで、手術したために来年は投げられなくなったのだから,その代償はあまりに大きかったと言えるだろう。選手の健康管理を厳しくしていれば、もっと休みを多くすることができたはずで、エンジェルスの罪は大きいと思う。今年のエンジェルスは故障者続出で野戦病院化してしまったのである。

こんなチームにはもうおさらばして欲しいと思うが,果たしてどうだろうか。来年はどこのチームに行くか。そんな話題が毎日繰り返されているが,相変わらずお金の話ばかりが目立っている。僕は肘の靭帯の手術を2度もした後の彼の選手生命が心配である。太く短くよりも少しでも長く続けて欲しい。大谷選手には,何より自分の身体のことを考えた選択をして欲しいと思わざるを得ない。

2023年7月10日月曜日

大谷報道は疑問だらけ

 大谷選手の活躍が華々しい。ホームラン王どころか三冠王も射程圏内にあるし、投手としても、後半戦の成績次第ではサイ・ヤング賞も可能性がある。まさに無双状態といってもいいほどである。そんな状態だから当然かも知れないが、テレビのワイドショーなどは朝昼夕と「今日の大谷」をやっている。新聞のテレビ番組欄を見る限りだが、他に取り上げるニュースはあるだろうに、何なんだ?と言いたくなった。

そんな喧騒はどうでもいいが、大谷選手についてのニュースで気になるのは、フリーになった時の契約金や年数がどのくらいになるかばかりだ。これはもちろん、アメリカでの発言が多いのだが、5億ドルで10年以上の契約が当たり前といった意見がほとんどなのである。僕はこのような論調に、大きな疑問を感じてしまう。

大谷選手は二刀流をいつまで続けられるのだろうか。それは本人にも分からないことだろう。もし10年以上の長期契約をして、途中で投げられなくなったり、打つ方もさっぱりだったり、大けがをしてシーズンを不意にしたり、ケガで休みがちになったりしたら、すぐに不良債権だと批判されてしまうのである。その見本になる選手はエンジェルスにもいるし、多くの球団に溢れている。

わーわーと大げさに騒ぎ立てて人々の注目を集める。それがメディアやそこで飯を食っている人たちの常套手段であることはアメリカも日本も変わらない。もっとも、人間の価値はお金が決めるというのがアメリカの基準だから、本気にそう思って発言している人も少なくないだろう。しかし、大谷選手は賢いし、お金のためにやっているわけではないと公言しているから、こんな契約はまず結ばないと思う。そもそもエンジェルスと契約する時だって、もう数年経てば高額な契約金と年俸を手にするのに、と言われたのである。

で、彼はエンジェルスとは再契約をしないと僕は思っている。選手同士では仲良く、楽しくやっているが、GMやオーナーをどこまで信用しているか怪しいからである。21年の年俸は、GMの大谷に対する評価が低くて、キャンプまでこじれた。だからMVPをとって手の平返しをしたってもう遅い。大谷選手はそんなふうに思っているのではないだろうか。もちろんプレイオフに勝ち残って、リーグ優勝戦やワールドシリーズに進んだとしたら、話はまた違ったものになるだろう。ただし、残念ながらそこまでの力はエンジェルスにはない。

大谷選手はとにかく、ワールドシリーズまで行って、そこで優勝したいのである。だからここと思ったチームを選択して、3年ほどの契約をするのだと思う。もちろん年俸額は最高だから、払える球団はかぎられてくる。今年の成績を見る限り、ワールドシリーズに行く可能性の高いチームは、ア・リーグならタンパベイ・レイズ、テキサス・レンジャーズ、ナ・リーグならアトランタ・ブレーブスだろう。しかし、これらのチームは戦力が整っているから、おそらく別のチームになるはずだ。自分が加わればもっと強くなり、高額年俸を複数年払える財政基盤があって、自分がチームを代表するスター選手になれる球団を探せばいいのである。

そうなると行けそうな球団はどこか。ジャッジやコールのいるヤンキースやカーショーやベッツのいるドジャース、ゲレーロJr. のいるトロント・ブルージェイズは外れるし、シャーザーやバーランダーがいても勝てない金満メッツは問題外だ。ソトやマチャド、タティスJr.、それにダルビッシュがいても弱いパドレスもダメ。そうなると残る球団はいくつもない。財政基盤がしっかりしていて、スター選手はいないがそこそこ強い。

僕はサンフランシスコかボストンと予測している。もちろんここには希望的観測という側面もある。しかし、もしそうなったら、アメリカのスポーツ・メディアは仰天して大騒ぎすることだろう。とは言え、6月末からエンジェルスは負け続けていて、プレイオフ進出の可能性が消えかけている。何しろトラウト始め故障者続出なのである。トレード話が再燃しているが、これは大谷選手には決められない話だから、どこに行くかは分からない。

2023年2月20日月曜日

4K、4Kってうるさいぞ!

 


4k1.jpg"去年の暮れ頃から、急にテレビが4k、4kとうるさく連呼しはじめた。4kの番組を見るためには、それに対応した受像機が必要だが、我が家のテレビはまだ元気だから買い替えるつもりなどない。あまりに繰り返されるから腹が立ってチャンネルを変えることもしばしばだ。

4kテレビとは現行のハイビジョン画像が2kだから、その2倍の解像度ということになる。現物を見たことがないが、興味がないから電気屋に見に行こうとも思わない。第一、今のテレビだって画像は十分にきれいで、それが2倍になったからといって見違えるほどになるとは思えないからだ。もちろん、より大きな画面でもきれいに見えることはあるだろうが、今以上に大きな画面にしたいとも思わない。

4kの番組は今のところ衛星放送だけで、地上波はまだのようだ。NHKのBS放送は現在の2チャンネルのうち、ひとつが来年の4月から4k対応になるようだ。テレビはあまり見ないが、それでも BSの3チャンネルはよく見るから、これがなくなったら、見るものがますます少なくなってしまうだろうと思う。それで不便さを感じても、買い替えるほどのことではないだろうと思っている。

そもそも我が家は難視聴地域にあって、地デジの民放が2局しかない山梨県なのに、見えるはずの4局だってまともに見ることができないのである。以前にそれについて苦情を言ったら1年だけBSで地デジの全局を見ることができた。ただし1年だけで、あとはケーブルテレビに加入しろと言われてしまったが、今さらばからしいからと、ケーブルテレビに加入などしていない。

地上波のテレビがつまらないものばかりなのは、番組表を見ればすぐわかる。よくもまあ、こんなバカ番組ばかり、毎日やるものだと思うことが少なくない。政府に偏ったニュース番組を見ても腹が立つだけだ。駅伝やマラソンなどのスポーツ番組もCMで中断されてばかりで、あきれて途中でやめてしまうことが多い。だから地上波が4kになったからといって、テレビを買い替える気にもならないだろうと思う。

振りかえれば、テレビも何台も買い替えてきた。最初に買った14インチの白黒テレビの宣伝文句が「一生のお買い物です」というほど高価だったことは今でも良く覚えている。しかし数年後には画面の大きいものになり、また数年後にはカラーになった。家を出てアパート住まいの部屋に買ったテレビ、結婚して買い替えたテレビ、そしてハイビジョン対応に合わせて買ったテレビ。それが壊れて買った液晶のテレビが今見ているものである。

今ではもちろん、テレビは家の主役ではない。はるかに長い時間をパソコンを眺めて過ごしているし、他にタブレットもスマホもある。実際僕がテレビを見るのは昼と夜の食事前後の数時間だけで、それも何かやりながらとか、居眠り半分にというのが現状だ。テレビには将来性がない。だからこその4kかと思うと、妙に納得した気分になった。

2022年7月25日月曜日

ニュースはネットで

 
安倍元首相が銃弾に倒れてから、テレビはもちろん、新聞の論調に強い違和感を持つようになった。一番大きかったのは旧統一教会の名称である「世界平和統一家庭連合」を伏せていたことだった。ネットではとっくに明らかにされているのになぜ匿名のままで報じているのか。安倍や自民党に忖度しているとしか思えない情けない姿勢にうんざりした。

ネットではその間に、山上容疑者がフリーのジャーナリストに送った手紙や、彼自身のTwitterの書き込みなどが紹介され、その分析を詳しくする人も現れた。たとえばYouTubeでよく視聴している「一月万冊」というサイトでは、管理者の清水有高と元朝日新聞記者の佐藤章が、Twitterに書き込まれた山上の長大な文章を読んで分析していた。

彼が育つ中で経験した父や母、そして祖父との関係、そして母親が入信した旧統一教会のこと。そこから「世界平和統一家庭連合」教祖の暗殺を決意し、その狙いが安倍に代わったことなどが詳細に紹介されていて、この出来事が一時の思いや狂気の仕業などではなかったことが、よくわかった。ちなみに山上は自分がネトウヨで自民党支持であることを明言している。

山上の手紙は共同通信から配信されたが、すぐに削除されたし、Twitterヘの書き込みも凍結されてしまったようだが、マスメディアはほとんど言及していない。山上容疑者の精神鑑定をやるという警察発表がそのままコメントなしに新聞記事になっていたが、彼が正気で、極めて冷静に熟慮した上で犯行に及んだことは、Twitterの書き込みを読めば明らかである。

ネットでは旧統一教会から続く自民党を中心にした国会議員との関係が指摘されている。安倍、麻生、菅といった歴代首相はもちろん、高市、下村、稲田、高村等々の要職経験者が数多く挙げられていて、自民党はまるでカルト党かと疑いたくなるほどである。もちろん一部のメディア、たとえば週刊誌やタブロイド紙も追求しはじめているが、新聞やテレビは未だにここへの追求にはしり込みしたままである。

他方で、安倍の国葬についてもネットでは批判や反対運動の報道が目立っている。世論調査が得意な新聞社はなぜ安倍の国葬について是非を問う調査をしないのだろうか。安倍と統一教会との関係が祖父の岸から続くものであること、その思想の中に統一教会や日本会議と共通する部分があまりに多いことなどについて、大新聞は書く気がないようである。そして国葬自体を問題化するキャンペーンなども見受けられない。

このように、最近では、マスメディアよりはネット・ジャーナリズムの方が、はるかに信頼できるようになっている。ここで取り上げた「一月万冊」の他に、「デモクラシー・タイムズ」や鮫島浩の「Samejima Times」など、毎日のようにチェックしているものが少なくない。これらのサイトに共通しているのは、新聞社を辞めてフリーで仕事をしている人が多いことだ。その辞めた理由を聞くと、新聞社がいかにダメになっているかがよくわかる。

2022年6月13日月曜日

エンゼルスと大谷の浮き沈み

 
今年のエンジェルスは出だしから快調だった。昨年ほどというわけには行かないが、大谷もそれなりに投げ、また打った。それが5月の後半からおかしくなり14連敗ということになった。それまで機能していた勝ちパターンが崩れ、勝っていても逆転される、点を取ればそれ以上に取られる、投手が好投している時は点が取れないというゲームが続いた。何しろ連敗中に1点差で負けた試合が半分もあったのである。

見ていてがっかりしたり、腹を立てたりの連続で、だんだん見る気もなくなったが、選手たちの焦りやいらだちは大変なものだっただろうと思う。もちろん、その理由には主力の故障やスランプがあった。去年もほとんど休んだレンドーンや、絶好調だったウォードが故障し、トラウトは30打席もヒットが出ないほど落ち込んだ。大谷も打ち込まれて防御率を1点以上落とし、ホームランもさっぱりという状態だった。でマドン監督の解任である。

実績のある名監督も手の施しようがないといった様子だったが、僕は連敗の責任のひとつに監督の采配、とりわけ投手交代があったと思った。勝ちパターンが崩れても、打たれた投手をくり返し勝ちゲームで使って失敗した。好投している若手の先発投手をピンチになったからといってすぐ交代させた。その度に、「何で?」と呟いた。もっともこのような投手起用は去年も感じていて、ダグアウトから出て行く時に、「誰か後ろからおさえろよ!」と言いたくなったことが何度もあった。

大谷選手が去年ほどホームランを撃っていないことについて、不振だとかスランプだと言う意見が多い。しかし、僕は去年の前半ができ過ぎであって、最近の調子は去年の後半と同程度だし、このまま行けば30本以上のホームランを撃つことになるのだから、それで十分じゃないかと思っている。投手としては、とんでもなくすごい投球で相手をねじ伏せたかと思うと、四球やホームランで早々点を取られる試合もある。差し引きすれば去年並のできだから、不満を口にするのは期待のかけすぎというものだ。

大谷選手はプレイオフに進出して、ワールドシリーズにも出たいと考えている。エンゼルスの今年の出だしは、その期待に応えたものだったが、これからはどうなるのだろうか。連敗阻止のために力投し、ホームランも撃って久しぶりにチームに勝利をもたらした。まだ3分の1を過ぎたところだから14連敗したら、14連勝したらいい。試合後のインタビューで彼は、そんなふうに応えていた。そうまで言わなくても、5割を回復させれば、後は終盤まで、食らいついていければと思う。

こんなわけで、最近の僕の一日は大谷選手の試合を見ることを基本にしている。昼前からの開始で晴れていれば、試合が始まる前に自転車に乗るし、試合が早朝なら、自転車は午後ということになる。梅雨になって、自転車も山歩きもできない日が増えたから、試合を見る以外することもない日もある。負けてばかりでは、そんなテレビも見る気がしなくなってくる。

2022年1月31日月曜日

メディアの劣化が止まらない

 メディア、とりわけテレビの劣化が止まらない。大阪の毎日放送が正月番組に大阪維新の会の吉村知事、松井市長、そして橋下徹を出演させた番組を放映したようだ。これを視聴した人はもちろん、毎日放送内からも「中立性を欠くのではないか」といった声があがったようだ。もちろん、番組自体はバラエティのジャンルに入るものだから、政治的中立を守る必要はないといった意見もあった。しかし、吉本の芸人が司会する番組に維新の主要人物が顔をそろえて出演するといった番組は、やっぱり異常としか言いようがないように思えた。

ちょっと前に「維新とタイガース」というコラムを書いて、その類似性を指摘したが、ここにはもう一つ、「維新と吉本」の繋がりや共通性も指摘するべきだったと感じた。大阪のテレビ局は毎日放送にかぎらず、どこも維新の三人の出演を大歓迎していて、吉本の芸人たちとの放談を人気番組にしているようだ。おそらく視聴率も上がって、視聴者からの反応も悪くないのだろうと思う。しかし、これが維新の躍進の原動力になっているとしたら、テレビ局の姿勢は罪深いことである。

そうは言っても、民放は視聴率が命だから、人気のある人はたとえ政治家だって、タレントとして使うのは当たり前だとする意見もあるだろう。しかし視聴率やそれにともなう収益を最優先するのならば、メディアとしての公共性は放棄していると言わざるを得ない。実際そうとしか思えないような民放テレビ局が大阪にかぎらず、東京だって大半なのである。

そんなふうに思っていたら、NHKが東京オリンピックの記録映画を監督している河瀬直美を取材した番組で、問題が持ち上がった。僕は見ていないが、指摘されたのは、オリンピックに反対する運動に参加をして、その報酬として金をもらったという人をインタビューした場面だった。インタビューをしているのは助監督でNHKはその様子を後ろから映している。インタビューされている人の顔は隠され、声も聞こえないが、字幕には「お金をもらって動員されている」と出たのである。しかし、このシーンをめぐって視聴者から批判や疑問が起こると、そういうふうに話したかどうかをめぐって河瀬サイドとNHKとの間でズレが生じ、結局 NHKが全面的に謝罪をするという結果になった。

東京オリンピックは中止や延期の声が圧倒的に多かったにもかかわらず、強行開催され、そのためにコロナの感染を爆発的に増加させた。そんなオリンピックの記録映画をどうまとめるのか。それは極めて難しい課題だが、反対運動が金で集められたものだといった主張を、記録映画に入れようとしていたとしたら、この映画が政府の宣伝のためでしかないことは明らかだろう。実際デモの様子なども記録していたようだが、主催者にインタビューすることもなく、遠巻きに映しただけだったらしい。

NHKはすでにニュースの姿勢などから安倍チャンネルなどとレッテル貼りされて批判を受けてきた。しかしドキュメントなどではまだ良心的な番組作りをしていると思われてきた。ところがそれもなくなってしまっているとしたら、もうNHKは完全に権力の宣伝機関となってしまったといわざるを得ない。強制的に受信料を払わせる根拠は、NHKにはすでにないといっていいだろう。

2021年11月8日月曜日

衆議院選挙の結果について

 衆議院選挙の結果は、ちょっと意外というものだった。減るのが当然といわれた自民党は微減で、増えると思われていた立憲民主党が大幅減、逆に維新が4倍増というのは、どういうことなのだろうか。あれこれ言われているが、メディアのせいだというのが一番だろうと思った。メディアはコロナが猛威を振るった時期はオリンピック一色になり、その後は自民党総裁選を追いかけ回した。ところが肝心の衆議院選挙になると、特番どころかニュースでもあまり扱わなかった。そして選挙結果についてはまた大騒ぎである。

この露骨なやり方が自民党に有利に働いたことは明らかだろう。それは維新にも言えて、大阪のコロナ対策がひどかったにもかかわらず、吉村知事が毎日のようにテレビに出て、その奮闘ぶりを伝えてきた。それを吉本の芸人が後押ししたのだから、頼りになると思わせた効果はずいぶんあっただろうと思う。対照的に立憲民主党の枝野代表は、ほとんどいないも同然の扱いだった。

メディアの扱いがポイントになったのは、甘利や石原、それに平井といった脛に傷持つ候補者が落選したことでも明らかだろう。自民党の幹事長でも大臣経験者でも、疑惑が強く追及されれば批判票は集まる。石原については山本太郎の立候補宣言と辞退といった動きが、有権者に好意的に受け取られたと言われている。そしてもちろん、これらについてもメディアの取り上げ方が影響した。

出来たばかりの岸田政権には当然、何の実績もない。しかも総裁選であげた公約のほとんどが、新政権の政策には盛り込まれなかった。ハト派の首相とは思えない右寄りの政策があげられたが、それをめぐって論争が起こることもなく、短期間での選挙戦になった。争点を隠してイメージだけの選挙になったのは、メディア、とりわけテレビが協力した結果だったといわざるを得ないだろう。

そのイメージ作りという点では枝野はへたくそだった。対抗しようと思えば、総裁選の時から出来ることはあったはずなのに、彼はほとんど何もしなかった。と言うよりは、共産党との連携や連合との関係で右往左往して煮え切らない印象を与え続けた。統一候補について何とか選挙に間に合ったが、今度は自民党が「立憲共産党」などといって体制が変わる怖さを喧伝したこともマイナスのイメージになった。

僕は今回共産党の候補者に投票した。主張が一番納得できると思ったからだ。しかし立憲民主党同様に共産党も議席を減らした。政策としては優れているのになぜ受け入れられないのか。それは何より党名にあると思う。いくら関係ないと言っても、この党名を名乗る限りは中国や北朝鮮との関係をイメージされてしまうからだ。現状の方針から言えば「コミュニズム」ではなく「コモンズ」で、共有党とか共生党がいいのではないだろうか。

国会で嘘を連発しても、公文書の隠蔽や改竄をしても、汚職やスキャンダルにまみれた議員が続出しても、それでも自民党が安定した政権の座につき続ける。安倍や麻生の院政のもとで、これからどんなことになるのか。日本の将来がますますひどいことになるのは明らかだろう。

2021年11月1日月曜日

大谷選手のMLBだった

 
MLBが終わった。プレイオフには出られなかったが、今年は大谷のシーズンだった。ホームラン46本、100打点、103得点、打率0.257、OPS(出塁率+長打率).965、9勝2敗、奪三振数156、防御率3.18、投球回数130.1という成績で、MVPも間違いないと言われている。すでに野球雑誌が選ぶMVPを複数受賞しているし、「MLBヒストリック・アチーブメント(歴史的偉業)賞」 というコミッショナー特別表彰や選手間投票によるMVPも獲得した。

こんな成績はめったに出来るものではないが、彼はこの数字を最低の基準にして、来年以降がんばりたいと言った。ものすごい自信だが、今年はまだ肘や膝の手術からの回復途中であって、来年はもっとよくなるはずといった感覚があるのだろうと思う。

それにしても、この4月からはエンジェルスの試合を見るのが一日の中心だった。早朝の試合は5時起きしたし、出かけるのも試合が終わってからとか、試合のない日にということになった。何しろ彼は、投手として出場する試合の前後も休まなかったから、DHのないナショナル・リーグとの試合以外はほとんど出場したのである。特に開幕から7月末までは、また撃った、また走ったという勢いで、投げるほうも6月以降はほとんど負けなしという状態だったから、最初から最後まで見逃すわけにはいかなかったのである。

7月後半から8月にかけてのオリパラ期間中はNHKは中継をしなかったが、AbemaTVやYouTubeでも見ることが出来たから、スマホをテレビと接続して見ることになった。その時期は敬遠されることが多くなり、悪球に手を出して調子を落としたが、投手としては、四球が減って、まるでベテランのような力の配分を考えた投球をして、見ていて感心することが多かった。もっともエンジェルスは故障者続出で、大谷がホームランを撃っても、好投しても結局は負けという試合が多かったから、後味の悪さを感じることも少なくなかった。

これほどMLBの試合に夢中になったのは野茂以来だから20年ぶりということになるが、野茂と違って大谷は毎試合出たから、初めてのことだったと言える。しかも今は中継以外にもネットでさまざまに取り上げられている。試合が終わればすぐダイジェストが載るし、追っかけをやる人も大勢いて、内外野のあちこちから撃ったり投げたりする様子を映していたし、試合前の練習風景や、試合中のダッグアウトでの様子も見ることが出来た。そんなチャンネルには10万人を越える登録者がいて100万回を越える再生数になったりもしていて、遠征にもほとんどついていっているから YouTuberとして仕事にしてるのかもしれないと思った。

大谷選手は最後の試合後の取材で、もっとヒリヒリするような試合をして勝ちたいと発言して、契約終了後には優勝争いが出来るチームに移籍するのでは、といったことが話題になった。確かに、プレイオフに出てワールドシリーズまで出続ける姿を是非みたいものだと思う。そのためにはフリーエージェントになった有力選手を獲得せよといった意見が多く飛び交っている。しかし、大谷選手の契約が数百億円になるといった予測も含めて、お金の話は敬遠したくなってしまう。一方で一年で数十億円も稼ぐ一部のエリート選手がいて、他方ではハンバーガしか食えない大勢のマイナーリーグの選手がいる。それはとんでもなく歪んだ格差社会だから、彼がそこで最高の年俸をもらったりするのは歓迎したくないと思ったりしている。

2021年9月13日月曜日

オリパラの後は自民総裁選ばかり

・オリンピックが始まると、NHKはもちろん、民放までが中継一色になった。そうなったらもう見るものがまるでない。当然、パソコンでネットを見る時間が多くなった。Amazonで映画を見ることが増えたし、大谷の出る試合もAbemaで楽しむようになった。どちらもスマホとテレビをつなげて大画面で見ることができたから、放送局の提供する番組など、ほとんど見る必要もなかった。ついでに言えば、この間の新聞もまるでスポーツ新聞のようで、ほとんど読むものがない日が続いた。

 ・ところが、やっとパラリンピックが終わると思ったら、菅首相が突然、総裁選に出ないと発言して、テレビは自民党の総裁選一辺倒になった。これは政権をとった民主党が次の衆議院選挙で負けた時の再現で、不人気の菅に代わる総裁を選ぶことで、自民党の支持率を大きく挽回させるだろうと思った。これが政権に対するテレビメディアの忖度だということはできるだろう。けれども、誰が総裁になり、選挙で勝って首相になるのかは、視聴率のとれる話題であることも間違いないのである。 

・僕はもちろん、そんなテレビ番組は見ていない。しかし、政治問題に特化したYouTubeのサイトでも、批判的とは言え、やはり総裁選で盛り上がっている。そして以前にも増して、視聴者数が増えている。いち早く立候補して、幹事長の任期を限定して注目された岸田。世論調査では一番支持されている河野、二番目の石破。そしてウルトラ右翼の高市等々、候補者の顔ぶれにはバラエティがあるし、裏で安倍や麻生が暗躍しているようだから、政策などそっちのけで、まるで競馬の予想をするようににぎわっている。 

・それに比べて、野党はほとんど無視されたままだ。菅再選が順当とされていた時には、衆議院選挙で与党が大敗し、政権交代もありうるのではと言われていたのに、あっという間の政局の反転である。とは言え、野党も選挙に向けて体制を整えてきたようだ。立憲、共産、社民、そしてれいわが共闘して、政策協定も結んだ。コロナ対策、消費税、原発など、自公政権とは違う施策を盛り込んで、対決姿勢を鮮明にしたと言えるだろう。ただしメディアの扱いを見ていると、政策の違いを検討して投票に行くという人がどれだけいるのか、といった疑問は残る。

 ・自民党総裁選挙は変人の河野とウルトラ右翼の高市が注目されて、テレビはもちろん、週刊誌やネットで盛り上がっている。不人気の高市のイメージ作りをして、人気のある河野にスキャンダル攻勢をかけているのは電通だと言われている。仕掛けの張本人は河野を総裁にしたくない安倍のようだ。権力闘争をむき出しにした醜悪なドラマだが、物語として興味をそそられるのは間違いないだろう。コロナそっちのけでこんなことをやっていることに、テレビはほとんど批判の目を向けない。 

・衆議院選挙が行われるのは11月になるようだ。コロナの感染者が減少傾向にあるが、冬には第六波がやって来ると警告されている。おそらく、それに備えて対処しようとする動きを政府はほとんどやらないだろう。それどころか、また「Go to」や「ワクチンパスポート」をなどと言い始めている。だから第五波以上のひどい状況になるのは容易に推測できるが、その時にはまた、何とか選挙で過半数をとった自公政権に任せるほかはないのかもしれない。オリパラ、総裁選、そして衆議院選挙と、ただ囃し立てるだけのテレビの責任は重いのである。

2021年6月14日月曜日

自転車と「こころ旅」

 


kokorotabi.jpg・火野正平の「にっぽん縦断こころ旅」が1000回を超えた。震災直後の2011年4月からスタートして、今年で10年目になった。62歳から初めて今は72歳で、ここ数年は体力的にきつそうだと感じられる場面が目立ってきた。だからだろうか、最近のスタート場所は高台であることが多い。そこから下り坂を漕がずに進み、ほどなく昼食をとる。そして目的地までの距離が10km以下だったりする。「もう少しまじめに走りなよ!」と言いたくもなるが、同い歳の僕には、そのしんどさもよくわかる。

・この番組は視聴者の手紙を読んで、心に残る場所に出かけることを目的にしている。しかし面白いのは何といっても、その途中で出会う人とのやりとりや、山や川や海で生き物と戯れる火野正平自身の挙動にある。とりわけ、若い女の子や別嬪さんには、まるで磁石で吸い寄せられるように近づいて、触れんばかりの距離で楽しそうにおしゃべりをするのである。「このスケベエジジイ!」などとつぶやいたりするが、嫌みがないのが彼の持ち味なのである。反対に積極的なおばさんには腰が引けたり、無視したりといった光景もまた、何とも面白い。

・ところがコロナ禍で、握手することはもちろん、近づくことも避けるようになった。町中を走ることも少なくなって、食事もレストランや食堂ではなく、弁当が多くなった。もうぼちぼちやめ時だろうな、と思うが、訪ねるところで出会う中高年のほとんどが番組を見ているから、NHKとしてはまだまだ続けたいのだろう。今は長崎からスタートして北海道に向かっていて、秋には長野から沖縄をめざすようだ。僕にとっても数少ない見たい番組の一つで、朝と夜の二回放送を楽しみにしている。

・別に意識してそうしたわけではないが、僕が自転車に乗リ始めたのも同じ頃だった。60歳を過ぎて、運動不足や肥満を気にしてのことだったと思う。20kmほどの距離を週に2~3回走るのが習慣になって、今でも続けている。「こころ旅」とは違って、途中で食事などはしないし、誰ともおしゃべりもしたこともない。と言うより、信号以外は止まらずに、駆け抜けている。毎回タイムを計り、心拍数や呼吸数をチェックしているが、この10年間で特に衰えたということはない。ただ、バランス感覚に対する不安は増した気がする。

・さて、あとどのくらい自転車に乗ることができるだろうか。そんなことを考える歳になってきた。少なくとも、「こころ旅」が続く限りは、僕も走り続けようと思っている。走り終わった後に感じる爽快感や身体の軽さは、他では味わえないことなのだから。

2021年3月29日月曜日

斜陽の衛星放送

 東北新社のCS認可をめぐる問題で、首相と総務省とメディアのいかがわしい関係が問題になっている。ひどい話だが、政権支持率が上がったりしているから、批判する気にもならない。そもそも、放送が国の許認可によって成り立っていて、放送局と新聞社が同系列(クロスオーナーシップ)であること自体が問題なのだが、そんな疑問は話題になったこともない。

それはともかく、この事件を機に、衛星放送がインターネットに押されて斜陽化していることに、改めて気がついた。言われてみれば確かにそうだ、僕もテレビを見る時間はどんどん減って、その分、ネットを使っていることが多くなった。BSとCSは確かに多くのチャンネルがあるが、ほとんど見たいものはない。NHKの二つのチャンネル以外はもうやる気がないのではと思えるほどお粗末な番組編成になっているし、CSにも興味を持って見たいと思っているチャンネルはほとんどない。

衛星放送について、このコラムではホームページを初めてまもない頃から取り上げている。もう25年も前のことだが、ハイビジョンテレビを買ってWow wowと契約して、映画をよく見るようになったと書いてある。あるいは、MLBの中継やサッカーのワールドカップなど、一日のうちのかなりの時間をテレビを見て過ごしていたことがわかる。当時はまだ、インターネットは始まったばかりで動画などを見る段階ではなかった。

テレビ放送はアナログからデジタルに変わり、テレビ自体もブラウン管から液晶の大画面になった。今は4Kや8Kといったスーパーハイビジョンに移行中のようだ。NHKではすでにチャンネルもできているが、視聴するためにはテレビを買い直す必要がある。コロナ禍で自宅でテレビを見る機会が増えたかもしれないが、その割には、まだそれほど普及していないようだ。そもそもNHK以外には、それほど力を入れていないのである。見たことがないからわからないが、もっと高画質を見たいと思う人がどれだけいるのか疑問である。

衛星放送の魅力は映画とスポーツ番組にあったはずである。しかしその多くが、インターネットに食われてしまっている。時間に規制される衛星放送と違って、ネットでは、契約すれば、見たい時に見たい映画を見ることができる。野球にしてもサッカーにしても、見たいチームの試合を選択することができるのだから、衛星放送に勝ち目はないのである。衛星放送は衛星の寿命が尽きれば、新しく打ち上げる必要がある。インターネットにかなわないことが明白になってもまだ、新しい衛星を打ち上げてBSやCSを存続させるのだろうか。

テレビ放送は今でも地上波が主流だが、デジタル化に際して巨額の費用を費やした。一方でケーブルテレビも普及していて、ケーブルテレビ局に加入すれば、地デジも衛星放送もすべて見られるようになっている。物理的には衛星放送で地デジのチャンネルを流すことも可能だから、同じものを放送する手段が複数存在していることになる。同様のことはもちろんインターネットにも言えて、テレビと同じ番組をインターネットで同時に流すこともできるのである。

近いうちに、衛星放送はもちろん地デジだって、インターネットに押されて斜陽化する。そんな危機感は既存の放送局には強くあるはずである。NHKは実際、インターネットでの放送を計画しているし、民放も追随するだろう。そんな変容に対して、国はどんな政策を出そうとしているのか。総務省の現状を見ていると、利権や既得権に目を塞がれて、何も見ていないのではと思いたくなる。



2021年3月22日月曜日

言葉遣いがおかしいですね

 巣ごもり状態でめったに人と話をしませんから、これはあくまでテレビを見てのことです。言葉遣いがおかしいですね。もちろん最近ではなく、ずいぶん前からですが、いっそうおかしくなっているようです。丁寧に話すのがいいし、尊敬語や謙譲語をできるだけ多く使わなければいけません。そんな態度が当たり前になってきたかのようです。たとえば、誰かのおかげでもないのに「~させていただきました」などと言います。ただ「~します」とか「~しました」と言えばいいのになぜ、へりくだる必要を感じてしまうのでしょうか、と首をかしげてしまうことが多いです。

もっとも政治家が使うと、何ともいやらしく感じてしまいます。「国民の皆さまに、~していただきたいと思います」などと言われると、傲慢なくせに何を言うかと言いたくなりますし、これこそ慇懃無礼そのものだと思ってしまいます。そう、むやみにへりくだるのは、かえって相手をバカにすることにもなるのです。辞書には「言葉や態度などが丁寧すぎて、かえって無礼であるさま。あまりに丁寧すぎると、かえって嫌味で誠意が感じられなくなるさま。また、表面の態度はきわめて礼儀正しく丁寧だが、実は尊大で相手を見下げているさま。」とあります。

「上級国民」なんていうことばがよく使われるようになって、特別な待遇や扱いをされる人が目立つようになりましたし、富める者と貧しい者の差も大きくなりました。実態がそうですから、せめてことばや態度だけは上から目線を避けて、上下関係があからさまにならないようにしよう。あるいは反対や批判があろうと、自分の思うことを実行したいから、ここは頭を下げて、お願いするふりをしよう。テレビではそんな言葉遣いが毎日頻発しています。

一般人がインタビューなどで丁寧な言葉遣いをするのは、それがテレビという改まった機会だからなのかもしれません。あるいは、レポーターの丁寧な言葉遣いにあわせているだけなのでしょうか。しかし、上から目線にならないようにとか、横柄な態度に思われないようにといった気持ちが感じられることも少なくないようです。なぜこんなに言葉遣いに慎重になっているのでしょうか。

そう言えば、断定的に言うべきところで「かな」をつけることも目立っています。「かな」は自らの判断を保留して相手に問いかける時に使うものですから、相手が知らないことを伝える時には使うべきではないのですが、発言の最後に「かな」とやるのです。自信のなさは相手に不信感や疑念を与える危険性がありますが、断定して上から目線と見られるよりはまし。そんな判断が働いているのでしょう。

もう一つ気になっているのは、やっぱり最後に、「~みたいな」とつけることです。「みたいな」と言った途端に、それは仮定や比喩の話になってしまいますが、本人は、あくまで事実として話しているように受け取れるのです。ここにもやはり、発言の強さを和らげたいという意識が働いているように思えます。

人間関係やコミュニケーションについて、これほど慎重に用心深くしなければと思う時代が、かつてあっただろうかと思います。ちょっとしたことでバッシングをされたり、あからさまな誹謗中傷をされかねない。そんな不安がつきまとっているのでしょう。波風立てずに穏便に過ごせば、そんな不安も解消されるのかもしれません。しかし、人間関係はますます表層的で希薄なものになってしまいます。コロナ禍が、そんな傾向を増加させているとしたら、放っておけない傾向のように思えます。

2020年10月5日月曜日

テレビは政権の広報機関になった

 

・菅内閣の支持率が異常に高い。3割しかなかった安倍政権の支持率も、辞めると倍増して6割を超えた。この現象をどう説明するか、多くの識者や評論家の頭を悩ましている。病気で辞めるという同情票だけでは説明がつかないことだからだ。しかし、安倍辞任から菅首相誕生までのメディア、とりわけテレビの放送姿勢を見ていれば、露骨なまでの情報操作があったことがよくわかる。

・菅首相は秋田の農家出身で、東京に出て苦学して政治家になった。2代目3代目が多い政治家の中で、たたき上げでのし上がってきた。それがテレビで繰り返し流されたようだ。そして一気に支持率が上がった。反面で、7年続いた安倍政権を検証することはなく、そこで官房長官を務めた菅の役割や功罪についても、ほとんど話題にしてこなかった。菅を首相にといったテレビ各局の意図はありありで、NHKはもちろん、全テレビ局が政権の広報機関と化してしまったのである。

・安倍政権がやってきた悪は数多い。その中でメディアに対する圧力は露骨ですらあった。民主党政権下で11位だった報道自由度ランキンが、今年は66位まで降下したことをみれば、そのことは明らかだろう。しかし、菅はこんな評価は無視して、さらにメディアに対する圧力を強めようとしている。それはテレビにかぎらず、新聞に対しても同様で、最近では、政権や政治家のスキャンダルについての暴露記事が出るのは、週刊誌のみになっているのである。

・民放局はCMを経済的な基盤にしている。その局とスポンサーの間に入って代理業務をしているのは電通である。当然、番組内容について意見をする立場にある。それはもちろん、スポンサーの声を伝えるためだが、電通は安倍政権と強くて深いつながりを持った会社でもある。国が主催するオリンピックや万博といった巨大イベントはもちろん、最近批判された給付金配布など、国の業務も代行しているし、政権の広報活動や情報操作にも強く関わっていると言われている。

・そんな状態だから、民放局が萎縮し、政権や電通に忖度するのは当たり前だが、民放の弱みはそれだけではない。今、テレビ番組で一番活躍し、重宝がられているのはお笑いタレントだろう。その人たちがバラエティ番組はもちろん、情報・ワイドショーにも登場し、もちろん、CMにも使われている。彼や彼女たちの多くは政権支持の意見を発しているのだが、その所属先は吉本興業が多く、吉本もまた、安倍政権以来、その関係の強さが目立っているのである。

・吉本興業のタレントの多くは、安倍や菅、あるいは大阪維新の応援団である。そして彼や彼女たちがどんな発言をしても、それを理由に番組を降ろされたりはしない。逆に政権に批判的な発言をすれば、番組を降ろされたり、政治に関わるななどと批判を受けてしまう。今は、政治的とは、政権に批判的な姿勢や発言だけに向けられるのである。

・テレビはまた、来年の東京オリンピックが当然開かれるという前提でニュースを流し、話題作りをしている。しかし開催の可能性について、コロナ禍の動向を世界に目を向けて判断したり、ワクチンの開発状況を検討して考えるといった話題は皆無である。何が何でもやるといった大会関係者の発言に忖度してるとしか思えない姿勢である。ここにはもちろん、放送局とつながりのある有力な新聞社がこぞって、オリンピックのスポンサーになっているという理由もある。これまではなかったことだが、これでは、批判などはできるはずもないのである。

・テレビがこれほど政権の意のままになってしまっているのに、その影響力は依然として強いままである。それを自省する姿勢はテレビにはもちろんないし、わずかにある批判の声にも、政権は目をとがらせている。中国や北朝鮮とどこが違うかと言いたくなるような状況である。テレビを使えば、世論などは簡単に、意のままに操れる。そんな驕った態度に腹が立つが、国民は、本当に騙されているのだろうか。あるいは、騙されたふりをしているのだろうか。どちらにしても、放ってはおけないことだと思う。

2020年8月17日月曜日

テレビとコロナ対応

 

・2週間北海道に行ったせいでテレビをほとんど見なかった。テレビがなければないで、何の不満もない。しかし、帰って1週間、またいつも見ているものを見るようになった。とは言え、相変わらず再放送が多い。よく見ている旅番組は取材ができないのだから仕方がないが、見方はいい加減になるし、途中でやめることも少なくない。だからテレビではなく、ネットで映画やYouTubeということになる。

・もっとも、ネットでしか見られないテレビ番組もある。たとえばTVerではわが家では見られないテレビ東京やテレビ朝日の番組を見ることができる。「ぽつんと一軒家」「カンブリア宮殿」「ガイアの夜明け」などだし、「情熱大陸」などの夜の遅い番組もいくつかある。何しろ山梨県では民放が二つ(NTV系とTBS系)しか見られないのである。だから、テレビを見る時間は減り、そのぶん、パソコンを見つめることが多くなった。

・コロナ禍で中断していた火野正平の「心旅」が再開された。しかし、そのコロナ対応の仕方には首をかしげることが多かった。女好きの彼が、美人やかわいい娘を見つけると、磁石に吸い寄せられるように近づいていく。反対に中年過ぎのおばさんには後ずさりする。そんな対応がこの番組の魅力の一つだったのだが、社会的距離をとるために制限された。

・それは仕方がないのだが、自転車を走らせる時にマスクをつける姿には「なぜ?」と言わざるを得なかった。あるいは、昼食が弁当ばかりというのも、やり過ぎではないかと感じた。「安全」ではなく「安心」。それも視聴者からの疑問や批判を避けるための過剰防衛なのだろうか。だから当然、面白くない。三重から始まり静岡で中断され、神奈川から再開されて茨城で終わり。さて、秋に北海道から始められるのだろうか。

・「ぽつんと一軒家」は新しいところではなく、以前に訪ねたところをリモートで再訪という形式をとっている。それなりに面白いが、再放送の部分が多いから中だるみしてしまう。それでも視聴率は相変わらず高いようだが、いつまで続けられるか。この番組にかぎらないが、コロナ対応がテレビ離れを加速させるとしたら、それに合わせた新しい形式の番組が必要で、製作者たちの頭を悩ましているのだろうと思う。

・MLBが7月の末に始まった。わずか60試合で、ポスト・シーズンを拡大させた変則のシーズンだ。無観客で席には顔写真が並び、人工的な歓声などの工夫がされている。相変わらず感染者が多いから、客を入れることは難しいようだ。カージナルスなど感染者の多いチームは試合をできないようだから、この後どうなるんか見通しが立たないだろうと思う。DAZNを再開しようと思ったが、MLBの中継をやらないので解約をした。NHKは大谷一辺倒だから、ほかの選手の試合を観ることができない。その大谷は右腕の筋肉を痛めて今期は打者専任で行くことになった。

・それにしても暑い。コロナ禍がなければ今頃はオリンピックが終わったはずである。酷暑で大変だったから、延期になって良かったと思う。もちろん、来年だってできるわけはないし、やってはいけないだろう。ところがテレビは来年のオリンピックを話題にした番組を作り、ニュースを流している。コロナに猛暑の二重苦で、できるのだろうか、やっていいのだろうか、などといった発言が皆無なのが恐ろしい。そう言えば、モーリシャス沖のタンカー座礁事故は重油を大量に流出させて大きな出来事になっているのに、日本のメディアはほとんど報道していない。いやなことを隠す体質が、あちこちで露骨になっている。

2020年6月22日月曜日

テレビ中継とスポーツ

 

・プロ野球がやっと始まった。とは言え、しばらくは無観客で、試合はテレビで観戦するしかない。台湾は既に客を入れて試合が行われているし、韓国でも1ヶ月以上前に始まっている。日本よりも感染者数も死者数も多いヨーロッパでも、既にサッカーのドイツのブンデス・リーグやスペインのラ・リーガ、そしてイタリアのセリアAも行われていて。イングランドのプレミア・リーグも始まったが、それらももちろん無観客だ。

・無観客でも試合ができるのは、テレビで大勢の視聴者が観戦して、リーグやチームには放映権料が入るからだ。ヨーロッパのサッカー・リーグは世界を市場にしているから、収入の多くがテレビの放映権になっている。日本のプロ野球は、最近では、地上波ではめったに中継されていなかった。BSやCSで多くの試合を中継していたが、その放映権料は決して高くはないだろうと思う。試合数も少なくなったから、当然、収益減になるのだが、選手への報酬をどうするかという話は進んでいないようだ。とりあえず試合を始めて、お金については、後から決めようというわけだが、選手はいったい、どこまで納得しているのだろうと疑問に感じている。

・他方で、アメリカのMLBは選手会との交渉が難航して、開幕出来るかどうか危ぶまれている。当初は7月4日の独立記念日からシーズンを開始するといわれていたが、それ以前のキャンプや練習試合の期間を考えると、既に不可能になっている。一体、シーズンを何試合にするのか。選手の報酬をどうするのか。感染を恐れて出場を辞退する選手をどう扱うのか。そういったことがなかなか決まらないのである。MLB、各チームのオーナー、そして選手にとって、何より大事なのは、どれほどの収入が確保できるかだから、銭闘などと皮肉られてもいる。もちろん、経済的な事情はチームによってさまざまだし、選手がもらう報酬も、格差はあまりに大きなものである。

・MLBの各チームはそれぞれ、全米各地の小都市に4つか5つのマイナーチームを持っていて、若手の育成や、地域のファン獲得に努めている。経済的な負担から、その球団を縮小しようという動きがあったのだが、コロナ禍で、マイナーの選手を解雇した球団が続出した。あるいは解雇はしないまでも、報酬を払わないところもいくつかあった。マイナーの選手の年俸は100万円にも満たなかったりするようだが、それさえ払わないというのは、あまりに現金だというほかはない。

・他方で、一流選手の年俸は高騰が続いている。たとえば大谷選手が所属しているエンジェルスのトラウト選手は昨年、12年で479億円の契約をした。毎年40億円というのは。試合数で割れば2500万円になる。同じ野球なのに、シーズン通して100万円しかもらえない選手との格差には驚いてしまうが、野球にかぎらず、一部のエリート選手にお金が集中する傾向は、どんなスポーツでも変わらないようだ。もちろん、多くのスター選手がマイナーの選手やスタッフ、あるいはコロナ関連で多額の寄付をしている。しかし、格差そのものを疑問視する声は少ない。

・プロ・スポーツが無観客でもシーズンを開始できたのは、テレビの放映権料が入るあてがあったからである。実際それは、入場料収入よりもはるかに大きな額になっている。ただし、MLBのマイナー・リーグでは、入場料以外の収入は得られないから、今シーズンはなしということになった。そこは1部、2部を入れ替え制にしている世界中のサッカーリーグとは違うところである。小都市にある小さな球場で、将来、メジャーに上がるかもしれない選手を応援する。我が町の我がチームを支えているからこそのメジャーなのだが、それが壊れてしまいかねない状況なのである。

・コロナ禍でプロスポーツとテレビの関係が改めて浮き彫りにされたが、スポーツがテレビに左右されるのは、オリンピックの真夏開催でも明らかになっていて、そこにも巨額な放映権料という問題が立ちはだかっている。テレビでいろいろなスポーツを楽しむことができるのはいいことだが、テレビによってスポーツがむしばまれていることを目の当たりにすると、何とも矛盾した思いに捕らわれてしまう。スポーツを金のなる木に変えたのはテレビだが、そのスポーツをダメにしてしまうのもテレビなのである。