ポール・オースター
『写字室の旅』
『闇の中の男』
『オラクルナイト』
・オースターをずっと読み続けている。といっても寝る前にベッドの中でだから、数分の時もある。面白くなってやめられなくなっても、1時間を過ぎたら寝ることにしている。前回も書いたが、すべて一度読んでいるはずなのに、ほとんどストーリーを覚えていない。健忘症もここまでくれば呆れるより感心してしまう。もっとも、初めて読むような気持ちになれるから、これはこれでいいのかもしれないとも思っている。いや、思うことにしている。老いを正当化して自己納得しているのである。 ・『写字室の旅』の主人公は奇妙な部屋に閉じこめられている。ミスター・ブランクという名の老人で、過去の記憶をほとんどなくしてしまっている。だからなぜ幽閉されているのかは、本人にもわからない。身の回りの世話をする女が毎日来るが、彼にはそれが同じ人であるかも不確かである。そんな彼の部屋に訪れるのは、彼がかつて、さまざまな理由でさまざまな場所に送り届けた人たちで、その任務で経験した苦難を吐き出して攻め立ててくる。そして、その人たちは、オースターが書いたこれまでの小説に出てきた人物だったりする。つまり、この本の主人公は、年老いたオースター本人であり、作品に登場させた人物から復讐されているのである。 ・小説は作家が作り出した世界であり、作家は登場人物の特徴はもちろん、その運命をどうにでもできる神のような存在である。生かそうが殺そうが作家次第で、その判断はあくまで、作品を面白く出来るかどうかにかかっている。しかし、登場人物の側に立てば、好き勝手にされてはたまらないという気持ちにもなるのもうなづける。 ・たまたまだが、次に読んだ『闇の中の男』も同じような話だった。眠れない夜を過ごす老人が、ある物語を夢想する。オーウェン・ブリックという名の人物を設定し、彼を穴の中に入れる。さて話をどう展開させるか。舞台は同じアメリカだが、そこでは内戦が戦われている。突然そんな世界に置かれた主人公は、当然うろたえる。兵隊に見つけられて、穴から抜け出すが、彼には任務が与えられる。この内戦を終結させるために一人の男を殺せという命令だった。オーウェンがついさっきまでいた世界と、今いる世界は同じアメリカだが、二つの世界はまるで違う。そんなダブル・ワールドができてしまっているのは、一人の不眠症の老人の仕業で、内戦状態を終わらせるためには、その老人を殺す必要があったのである。 ・老人の夢想は、やはり眠れずにいる孫娘に聞かせる話として展開する。そして、二人がいる現実の世界にも「9.11」の惨事が起こることになる。彼女のボーイ・フレンドは志願してイラクに出兵して、捉えられて殺されるのである。 ・物語の中にもう一つの物語を作るのは、オースターの常套手段だといえる。そして次に読んだ『オラクルナイト』もそうだった。主人公は死を宣告されるほどの病から回復した作家である。今は最愛の妻の稼ぎに依存していて、新しい作品を書き始めようかと思っている。そんな彼が想像力を刺激されたのは、散歩の途中で見つけた、開店したばかりの文房具屋で買った、ポルトガル製の青いノートブックだった。 ・突然不慮の事故に襲われて、一命をとりとめたとしたら、その主人公はどう思い、それ以降の人生をどう生きるか。そんなモチーフから描き出されたのは、出版社に勤務する男が、歩いていて上から落ちてきたガーゴイルに当たるところから始まる。運良く助かった彼は、不意に、これまでの人生を捨てて、新しく生きることを決断する。飛行場に行き、乗れる飛行機に乗る。青いノートブックのせいか、物語は順調に展開するが、主人公がある部屋に閉じこめられたところで、ストップしてしまう。そこからどう脱出させるか、思いつかなかったからだ。この後、物語内物語は中断したままで、この作家と彼の妻との間で展開される物語が進行する。 ・題名の「オラクルナイト」は物語内物語で主人公の男に持ち込まれた小説の題名である。つまり、物語内物語内物語だ。なぜそれがこの本の題名になったのか定かではない。しかし、「オラクル」は神のお告げ、神託といった意味だから、小説を書くという行為が、神のお告げのようなものだという意味が込められているのかもしれない。作家は神として、一つの世界を創造する。オースターは、そこに罪の意識を感じて自分を罰している。そんなふうに読んだら、確かに作家は罪深い人なのだと思えてきた。 |
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。