・中沢新一は八〇年代に「ニューアカデミズム」の代表としてデビューした宗教学者だ。それ以降も意欲的な仕事を重ねてきているが、大学での「比較宗教学」の講義内容が最近、五冊の本にまとめられた。半年分が一冊のボリュームで、語り口調だから、深遠な内容が分かりやすくまとめられている。
・題名の「カイエ・ソバージュ」は「野生のノート」といった意味で、それぞれはまた、『人類最古の哲学』『熊から王へ』『愛と経済のロゴス』『神の発明』『対称性人類学』と名づけられてもいる。
・これらの本の中で問われているのは、きわめて基本的な疑問だ。たとえば、人間が他の生き物や自然とちがう存在であることを自覚したきっかけは何か。その自然の中に多様な神を感じていた人びとが、たったひとりの神を信仰するようになったのはなぜか。国という世界のとらえ方、王様という存在はいつ、なぜ登場したのか。そしてお金でモノやサービスを交換する経済の仕組みは、どのように発展したのか。単純な疑問だけに、説明はまたどれも、きわめてむずかしい。しかし、考える基本は、それぞれについて、その原初的な形態をおさえることだという。
・人間はその大半の歴史を、自然のなかで他の生き物とのちがいよりはつながりを自覚して生きてきた。その万物にはそれぞれ神(精霊)がやどり、力のある者も自然の前では無力な存在であることを自覚していた。食べ物は自然からの授かりものであり、それは多くの人たちで分けあうものであった。著者はそれを「自然」と「人」を共存させる「対称性のシステム」だったという。そのシステムが、最近の数千年間の人間の歴史のかなで徐々に崩されてきた。近代という社会、国民国家、そして資本主義経済は、その対称性を崩した「非対称のシステム」だというのが筆者の分析である。
・こうまとめるとむずかしそうに思えるかもしれないが、『人類最古の哲学』で一番多く話題にされているのは「シンデレラ」の物語である。それはヨーロッパに語り伝えられた寓話だが、同じ形式は米国大陸にもアフリカにも、オーストラリアにも、そして、もちろん、アジアや日本にも見つけられる。それは、アフリカに誕生したホモサピエンスが世界中に広がった結果であり、現世人類として同じ意識や思考の構造をもっていることの証拠でもある。
・その人間が、近代化のなかで大きく発想を変えた。その結果が現代の社会であるのはいうまでもない。非常に豊かだが、またそれ以上に問題を抱えてしまった世界。著者が示す方向性は、当然、「対称性のシステム」の再発見、再認識、再構築ということになる。環境の破壊を憂いたり、自分のなかに失われた自然を取りもどそうとする。それは私たちのなかに自覚される「対称性」への思いだが、世界中に散在する神話や民話から「非対称」の現代の社会を問い直そうという試みは、きわめて刺激的である。
(この書評は『賃金実務』9月号に掲載したものです)
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。