N.ラティンジャー、G.ディカム『コーヒー学のすすめ』世界思想社
・ポール・ラファルグの『怠ける権利』が平凡社ライブラリーで復刊された。最初に日本語訳が出たのが1972年で、僕はそれを読んだ記憶はあるのだが、肝心の本を紛失してしまって、ずっと、読み直したいと思っていた。復刊された理由は、やっぱり、最近のフリーターやニートの問題にあるようだ。で、たまたまバウマンの新刊本『新しい貧民』と続けて読んでみた。『怠ける権利』は 1880年に刊行されていて、『新しい貧民』は初版が1998年に出版されている。翻訳は2005年に出た第二版だが、このふたつの本には、その百年以上の時間を感じさせないほどの共通性が感じられた。
若くてたくましく、敏捷で健康で、くったくのない陽気な若者を「資本」はつかまえ、製造工場や織物工場、鉱山に何千人となく監禁する。そこで彼らを、大窯でふんだんに燃やす炭のように消費し、彼らの血肉を、石炭や織糸、器械の鋼に混ぜあわす彼らの生命力を木石に注ぎこむのだ。彼らが自由の身にされた時は、擦り切れこわされて、歳でもないのに老けてしまっている。(p.86)
・ラファルグが糾弾するのは、「労働倫理」という名の下に、非人間的で過酷で低賃金の労働を強制した18世紀から19世紀にかけての資本主義体制だ。ここでは「消費」はもっぱら新興の中産階級に任されていて、労働者階級は排除されている。消費が下層に浸透しはじめるのは20世紀に入ってからで、本格化するのはふたつの世界大戦を経た後に経済的な発展を遂げた国々だった。平等を大前提にする社会主義の国が生まれ、資本主義の国でもさまざまな社会保障制度が整備され、貧富の格差は是正されかけたが、共産圏諸国の崩壊や国の負担を軽くして市場に任せる「ネオリベラリズム」の登場で、格差がふたたび助長されるようになった。バウマンが『新しい貧民』で指摘するのは、そういった過程でもたらされた現状の分析だ。
・「労働倫理」は仕事を、まっとうな人間なら当然、就くべきものにした。仕事は「わたしはだれ」というアイデンティティの中心におかれ、それは自分が歩く人生の道そのものになった。もちろん、仕事自体に歓びや満足を見つけだすことも意味のあることとされた。けれども、がんばって働けば、楽しみや満足は「消費」という形で得られるようにもなった。しかし、そこにはまた、得られる金銭的な報酬や余暇としてすごせる時間の差も生まれた。で、低賃金で過酷な労働に就く者には、そうなったのは自分の責任だという判断が下された。
いかなる美的な満足感ももたらさない仕事を受け入れる。かつて労働倫理の下に隠されていたむき出しの強制力が、今や、露骨であからさまなものとなっている。他のケースでは間違いなく有効で動機づけになる消費社会の伝達手段である欲望の誘惑や興奮も、このケースでは、非常に不適切で有効性に欠ける。すでに消費主義に転向した人々を、審美的なテストに受からなかった仕事に就かせるには、選択肢のない状況や、最低レベルの生活の強制、そのための戦いを人工的に生み出さなければならない。ただし、今回は道徳的向上という救いの恩寵なしに。(p.69)
・バウマンは、その貧富の格差が先進国内で顕著になっただけでなく、グローバルな形でも大きく進行したのが、最近の現象の特徴だという。それを身近で実感できるのは、僕にとっては何より、コーヒーだ。これもたまたま一緒にぃ読んだラティンジャーとディカムの『コーヒー学のすすめ』には、コーヒーを飲むという習慣や飲む場(カフェ)の登場がヨーロッパの近代化に大きな役割を果たしたと同時に、その生産が多くの奴隷の労働を必要としたことが書かれている。民主主義の発展が奴隷制度を土台にして達成されたというわけだが、その構図はいまでも変わらないようだ。過酷で低収入の生産労働者とそれを商品化して売る巨大企業、そして、ほんものの違いを味わう知的でおしゃれな人びとである。この本を読むと、スタバでコーヒーを飲むのが心地よいものではなくなるはずだ。
・働かざる者食うべからずという倫理観は、おそらく世界中に行き渡って、それが大きな秩序や規律の源泉になっている。けれども、それでは食う(生きる)ために、いったいどれだけ働いたらいいのだろうかと問い直すと、必要以上に働かされている状態が浮かび上がってくるはずだ。ラファルグは1日 3時間で十分だという。あるいはトマス・モアは『ユートピア』で、1日6時間、19世紀の末に書かれたベラミの『かえりみれば』では義務教育を終えた後の 20年間としている。そんな時代からはるかに豊かになった現代で、なぜ過重に働かされることから解放されないのか。富の偏りと、そのことを正当化して見えにくくするイデオロギーの存在は、ちょっと視点や発想を変えれば、きわめて見えやすいやすいものになる。そのことを気づかせてくれる3冊である、
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。