2017年4月10日月曜日

村上春樹とポール・オースター

 上春樹『騎士団長殺し』第一部、二部(新潮社)
ポール・オースター『冬の日誌』『内部からの報告書』(新潮社)

haruki2017-1.jpg・村上春樹の『騎士団長殺し』はおもしろかった。そんなふうに感じたのは『1Q84』以来だ。その間にもたくさんの本を出版していて、『職業としての小説家』では、小説家としてのプロ意識に感心もしたが、『騎士団長殺し』を読みながら、あらためてうまいなと思った。2冊で1000頁を越える大作だが、読み始めたら止められない。僕の読書量は最近ではめっきり減ったが、ベッドで読んで、眠れなくなったのは、本当に久しぶりのことだった。

・しかし、読みながら、そして読んだ後に思ったのは「空っぽ」といった感想だった。つまり、何かを考えさせるといったメッセージが何もないのである。そんな読後感は『1Q84』でも思ったが、今度はさらに徹底していて、作者の強い狙いがあったのではと考えさせられた。何かを読む時には、そこに作者のメッセージを読みとることが主たる狙いになる。そんな読み方を否定されたような感じがした。

haruki2017-2.jpg・この物語は未完である。作者はそうは言っていないがプロローグで初めに出てくる「顔のない男」が第二部に少しだけ登場しただけで、顔のない男から言われた肖像画がまだ描けていないのである。あるいは、少女の失踪について、主人公がその行方を捜して奔走し、迷走するのがこの物語の核心だが、さんざ苦労をしてわかったのは、少女が実の父親であるかもしれない免色の家に入り込んで、出られないでいたというのも、中途半端な感じがした。

・『1Q84』は1年後に第三部が出版されている。おそらく来年には『騎士団長殺し』でも第三部が出るだろう。そして物語は、あっと驚くような展開になる。そんな予測を感じさせるヒントがあちこちにちりばめられている。「顔のない男」「免色渉」「スバル・フォレスターに乗る男」の3人はいったいどういう人間なのか.ひょっとしたら同一人物?こんな疑問に対する答えが欲しい。そんなふうに思わせる書き方にも、円熟した小説家であることを実感した。


auster2017-1.jpg ・ポール・オースターの『冬の日誌』は題名通り、彼の過去についての日記である。ただし、書き手からみた他者として「君」という主語で書かれている。そこにあるのは、幼い頃から現在に近いところまでにわたる赤裸々とも思えるほどのプライベートな話である。父親の話は『孤独の発明』で書かれていたが、母親や最初の結婚相手のリンダ・デイヴィスや2度目のシリ・ハストヴェットについては初めて読んだ。

・もっとも回想は2歳や3歳の頃にまでさかのぼるから、おそらく日記には残されていない記憶を呼び起こしてというものも少なくないはずだ。それはたとえば顔やその他の身体に刻まれた傷跡から蘇ってくる。「顔の皮膚に彫り込まれたもろもろのギザギザは、君という物語を語る秘密のアルファベットだ。なぜなら傷跡一つひとつが治った怪我の名残であって、怪我一つひとつは世界との思いがけない衝突によって生じたのだから。」確かに、そんな傷跡は僕にもたくさんあって、そこから記憶が蘇ることはある。しかし、『冬の日誌』に書かれた話の多くは、きわめて詳細だから、そこに虚構が含まれないはずはないと思ってしまう。

auster2017-2.jpg ・『内面からの報告書』も過去の自分の物語だ。訳者である柴田元幸が書いたあとがきには「2012年から13年にかけて刊行されたこの2冊は、1947年生まれの、人生の冬が見えてきた人間が、遠い昔に自分の身体(『冬の身体』)と精神(『内面からの報告書』)に何が起きていたかを再発見しようとする、過去の自分を発掘する試みである。」とある。

・そうやって掘り起こされたオースターの人生は、僕のよりはずっと波乱に満ちている。ユダヤ人であることで幼い頃から経験した差別や、さまざまな人種が混在する中で感じた黒人たちの貧しさなどが、子供の目線から語られている。あるいは母の死に遭遇した時の戸惑いは、『孤独の発明』での父に対する距離感とは対照的で、その動転した様子は、僕にとっては信じられないほどだった。

・村上春樹とポール・オースターは、「喪失」をテーマにする共通点の多い作家だった。しかし、オースターがテーマにする喪失感は年齢ともに変わってきて、最近の作品では年老いたゆえに感じるものになっている。その意味では『冬の日誌』と『内面からの報告書』は、けっして幼い頃からつけてきた日記をもとにしたものではなく、老人となった現在から、改めて記憶を呼び起こし、そこにフィクションを重ねたものではないか。読みながらそんな感想を持った。

・『騎士団長殺し』のような世界は、僕には想像(創造)しようもないが、『冬の日誌』なら書けるかもしれない。ちょっと始めてみようか。そんな気持ちにさせられるような内容だった。

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