・富士山はしょっちゅう見ているのだが、なかなか登る機会がなかった。で、山登りなど少しも興味を示さない息子に声をかけると、どういう風の吹き回しか、行こうという返事があった。ボクシングをやる体力自慢の友人のT君が一緒だという。何とも心強い。ぼくは大学生の時に一ヶ月、山小屋でアルバイトをしたから、登れば35年ぶりということになる。もっとも、そのときも、山小屋と五合目の往復はなんどもやったけれども、頂上までは行ってない。だから、今回が初登頂ということになる。
・ここのところ、家のデスクやソファーやハンモックで読書とパソコンの毎日で、ほとんど運動らしきものはしていない。だから、その前に何度か予行演習で、付近の山登りもした。そうしたら、急坂を登ると10Mも登らないうちに息切れがしてしまう。貧血気味になってあたりが真っ暗なんて状態になったからどうなることかと思ったが、休み休みで何とか歩き通した。平地を歩くことには今でも自信があるが、山登りはそうはいかない。五合目から頂上までは1400mあるから、これは簡単ではないと多少不安があった。
・もう一つの心配は天気で、今年は雨が多いし、雷もよく鳴る。天気が悪ければキャンセルだし、途中でもやめるということにしておいたが、当日の天気予報は何とも悩ましかった。家の周辺は薄曇りで山頂は快晴。ところが息子から、東京は土砂降りだという電話が入った。予報を確認すると夕方から富士山周辺は雨で、明日も天気はよくない。しかし、一応でかけることにした。天気は河口湖周辺でもめまぐるしく変わり、日が差したり、雨が降ったりで、五合目までのスバルラインに入ると大粒の激しい雨になった。
・雨は五合目手前で嘘のように上がりからっと晴れる。これはいいと思って、2時すぎに山登りを開始したが、六合目をすぎたあたりからまた雨になる。ずぶ濡れで手が冷たくかじかんでくる。雷も鳴るが、先を急ぐ元気はない。行けるところまで登ってしまおうと山小屋の予約はしていなかったが、結局予想していたなかの一番下の小屋に泊まることにした。もう6時過ぎで、一休みして食事をするころには真っ暗になっていた。8時就寝。蚕棚のベッドで体も冷えていたから眠れなかったと思ったが、息子にはイビキがうるさかったと言われてしまった。
・翌日は1時前に目が覚めた。便所に行くと満天の星で、下界の夜景も見える。東京から帰ると河口湖でも星がきれいと思うが、その数も大きさもちがう。数分の間に流れ星が一つ、また一つ。ベッドに戻って息子たちに話すと、起き上がって確認にいった。頭が少し痛くて、食欲がない。夜中には少し吐き気もあった。軽い高山病だが、歩き始めたら頭痛は消えた。
・金曜日だったが、すでに山道は登山者でにぎわっている。時々渋滞したおかげでゆっくりしたペースで進んだが、それでも、すぐに息が上がってしまう。心配したT君にリュックを預けて身軽になると、かなり元気になった。山頂には5時過ぎに到着。気温は5度で風もあってかなり寒い。しかし、星が消えると真っ青な空になった。下界は見渡すかぎりの雲海で、東の一点が明るくなり始めている。元気なT君は食欲もものすごくて、昨晩はカレーライスを二杯とカップラーメンを食べたが、山頂でも早速800円の豚汁を注文した。
■ 最高峰"3776M"
・無事御来光を見て、おはち巡りをした。360度のパノラマだが、どこまでも雲海で東京も相模湾も駿河湾も見えない。せめてアルプスと思ったがそれもだめ。富士山だけが雲の上に頭を出しているわけで、ここだけが快晴ということになる。火口を見おろし、剣が峰の最高地点まで行き、雲にうつる影富士を見た。火口は砂で埋まっているが、富士山そのものはかなり崩れている。火口のなかに登山客が石でつくったモニュメントがあった。ピースマークがなかなかいい。息子とT君もさっそくつくりはじめる。
・つくったのは"IYF"。もう少し大きくして、丸く囲った方がいい。そう言ったのにT君はさっさとやめて山小屋に急いで行ってしまった。もよおして我慢できなくなったようだ。つられて息子も、そしてぼくも山頂での脱糞。強制ではないが使用料は200円。洋式で後は水鉄砲で流すきれいなトイレだった。
・8時に下山を開始したが、下りの道は何とも単調だった。ブルドーザーが通るジグザグ道で、何にもおもしろみがない。昔は砂走りを一気に駆け下りて楽しかったのだが、落石事故があってまったくちがうルートに変更したようだ。
重たいビールを頂上までかついで、"乾杯"
・富士山は登る山としても魅力に欠けるのに、何とも味気ないルートをつくったものだと思う。同じ調子で3時間も降りれば、足を悪くする人もでるはずだ。ぼくも最後には足が震えて階段を下りることがつらくなってしまった。とはいえ、一日目が4 時間で二日目が8時間の行程を、無事歩き通すことができた。70歳を過ぎた人たちのグループなども見かけたし、幼稚園の子どももいたから自慢はできないが、我ながらよく歩けたと感心した。しかし、日頃からもっと歩かねば、体力はますます衰えるということを身をもって実感もした。二人の若者に感謝!
・実は、落ちているゴミを拾って下まで持ち帰ることにしていたが、ゴミはほとんどなかった。富士山をきれいにというキャンペーンが徹底したせいだろう。湖畔のバーベキューやり放しでゴミ散乱といった光景とは対照的で、拍子抜けしてしまった。