5/28 渋谷オーチャードホール
・コンサートに出かけたのは4年ぶり。しかも前回はチーフタンズを松本で聴いたのだから、東京でのコンサートは2003年の武道館でのニール・ヤング以来で、8年ぶりということになる。コンサートからずいぶん足が遠のいたものだと、今さらながらに思った。もちろん、行こうかどうしようか迷ったミュージシャンはたくさんいたが、いつでも、コンサートが終わった後に、高速道路を走って帰宅するしんどさが邪魔をした。しかし、今回はめずらしく、パートナーも一緒に行くと言ったから、夜中に帰らずに、ホテルに泊まることにした。
・キース・ジャレットをよく聴くようになったのは去年からで、ライブで聴きたいと思ったのはYouTubeで演奏の様子を見てからだった。タイミングよく東京でコンサートをやることを知って、すぐにチケットを買ったが、直後に大地震があって、実際におこなわれるのかどうか心配だった。3ヶ月も先なのだから大丈夫だろうと思ったが、原発事故の終息は目処が立たず、ニュースは日本よりは海外の方が詳細に伝えていたから、キーズがやめると言っても仕方がないという気もしていたからだ。
・コンサート会場は渋谷のオーチャードホールで、僕にとっては初めての場所だが、実は渋谷の街に出かけるのも、もういつだったか忘れてしまっているほど久しぶりだった。だから駅に降りて見回す景色も、懐かしいと言うよりはまったく新しいと感じるものだった。雨が降っているのにハチ公前には大勢の人が人待ちをしていて、会場まで歩く道筋にも、やっぱり大勢の人が列をなすようにして歩いていた。だから思わず、つぶやいた。人が多い!多すぎる!!
・ホールに入ると、いろいろ注意書きがあって、今日のコンサートは録音をするので、物音を立てないようにというアナウンスがくりかえされた。ケータイの電源を切ること、傘は床に寝かしておくこと等々、事細かな注意を聞かされ、薄暗い席やピアノが一台置かれただけの殺風景な舞台を見ているうちに、だんだん音楽を聴きに来たことを忘れるような、変に緊張した気持ちになった。で、ジャレットの登場である。
・ピアノの前に立って、客席に向かって深々とお辞儀をして、ピアノに向かい、鍵盤の上に手をかざすようにして、曲を弾き出す。どれも即興のはずだから、もちろんはじめて聴くものばかりだが、中に一曲、途中でやめて「バイバイ」と言って、別の曲を弾き始めたことがあった。即興であればそういうこともあるのか、とそこで改めて彼の演奏の姿勢に触れた気がした。
・ピアノの音の心地よさに目を閉じて聴いているうちに、緊張がほぐれたのか、眠りかけてしまったらしい。隣の席のパートナーが肘で突いてきた。「寝てないよ」と言ったが、寝息が聞こえてきたようだ。疲れがたまっていたせいもあるが、キースのピアノが子守歌になったのかもしれない。休憩をはさんで後半の部が始まると、腰を浮かして弾く様子や、時折彼が発する声が聞こえてきたり、リズム感のある曲には足踏みをしてみたりといった様子が見えて、聴衆もリラックスをして聴くようになった。
・アンコールが5曲ほどあったが、その度にキースは舞台から引っ込み、また出てきては深々とお辞儀をした。即興ばかりだった本編とは違って、アンコールには既存の曲が弾かれた。「オーバー・ザ・レインボー」しか名前はわからなかったが、聴いたことがあるメロディで、即興を弾くのとはずいぶん違う、リラックスした演奏で、その雰囲気は聴衆にもすぐに伝わった。彼のピアノ演奏は、手を鍵盤にかざしたときにはじめて、空から降り注いでくるようにしてやってくる。だから、聴衆には、絶対に邪魔をしてはいけないという緊張感が襲ってくる。だからこそのアンコール5曲のサービスだったのかもしれない。彼にとって今日の聴衆は満足のいくものだったのだろう。
・この夜彼の指に降り注いだ音楽は、僕には心地よく聞こえたが、どんなものだったかと言われると、よく思い出せないものでしかない。CDが出たら是非買って、何度も聞き返したいものだと、今から楽しみにしている。