2015年12月21日月曜日

盛田茂『シンガポールの光と影』インターブックス

 

盛田茂『シンガポールの光と影』インターブックス

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・シンガポールは東南アジア有数の経済成長国である。マレーシア半島の南端にあり、面積は東京都23区とほぼ同じで、人口は540万人。アジア太平洋地域で一番の超過密都市国家である。きれいに整備され,衛生的な街は「ガーデン・シティ」と呼ばれて,海外から多くの観光客を集めている。運ぶのはサービスに定評のあるシンガポール航空だ。

・そのシンガポールは今年、独立50周年を迎え、建国の父と呼ばれたリー・クワン・ユーが逝去した。未曾有の経済成長を達成したリーダーだが、また「人民行動党(PAP)」が議席をほぼ独占し、政権を担ってきた独裁国家でもあった。海外からの企業の誘致には積極的で、国際金融センターとしての成長に力を入れ、理系や医学の分野での頭脳流入にも熱心だ。しかし、民主主義という点では大きな疑問符が付けられ、「世界報道自由度ランキングでは,今年151位にランクされている。

・こんな国は,僕にとっては行く気にもならないところだったが、もう何年も前から,僕の大学院のゼミに自発的に出席して、時折,シンガポールの映画について報告をする人がいた。シンガポールで映画が作られていること自体を知らなかったし、その作品で描かれるシンガポールが、それまで持っていたイメージとはまったくちがう世界であったことに驚かされもした。

・ここで紹介する『シンガポールの光と影』は、その報告を一冊にまとめたものである。著者の盛田茂さんは不動産会社を早期退職して、大学院に入学をした。テーマはシンガポールの映画で、本書は、ほぼ10年をかけて書き上げた博士論文をもとに書き直されている。その過程を脇で見て、また時には相談に乗ってきただけに、その努力が形になったのは,僕にとっても大きな喜びだった。

・本書によれば、シンガポールの映画は香港を本拠地にする「ショウ・ブラザース」と「キャセイ・クリス」の2大スタジオが配給する作品の独占状態にあって、シンガポール出身の監督による作品が盛んに作られるようになったのは1990年代以降のようだ。そこには「文化的で活気のある社会を目指す」という国の政策が影響しているが、映画制作を心がける若い監督やスタッフには、表向きのイメージとは違う、シンガポールの実態を描き出したいという欲求があった。

・映画制作には多額の費用が必要で、国家や企業の援助を仰ぎたいが、厳しい検閲やレイティング・システムによる制限を受けてしまう。本書で紹介されているいくつもの作品には、課される制約と,それを乗り越えて何とか完成させて上映にこぎつけようとする過程があって、それがインタビューとして、作品の紹介以上に詳細に語られている。実態を描きながら、それをどうやって国に認めさせるか。たとえば、コメディタッチにするとか、国の要求の影に忍ばせるとか,その工夫を語る部分はなかなかおもしろい。

・で、シンガポールの影、つまり実情だが、まず大きな格差があって、そこには民族や言語の問題がある。シンガポールの人口構成は華人系が74%、マレー系13%、インド系9%、その他が3%となっている。さらに華人系には華語(標準中国語)のほかに,広東、福建、潮州語といった方言があり、公用語として使われている英語には「シングリッシュ」という独特の方言もある。当然だが,富裕層は標準の英語や華語を話し、貧困層は多様な方言を使っている。ここにはもちろん、教育における格差と激烈な学歴競争という現実もある。

・その他にも、映画が描き、問題にするのは、宗教の違い、徴兵制と愛国心、変貌によって消滅するものとノスタルジー、あるいはLGBTとたくさんある。「ガーデン・シティ」にするために壊されていく従来の街への愛着や、国が政策としてなくそうとする「シングリッシュ」に、国民としてのアイデンティティを見いだそうとすること、あるいは「同性愛」がイギリスによる植民地支配の結果であることなど、きわめて多様である。

・国家の規制にもかかわらず、このような問題を訴える映画はまた、多くの観客を動員し、人びとの共感を集めてもいる。また、海外の映画祭で受賞する作品も多いようだ。残念ながら日本の映画館で上映されることはまれだし、DVDで発売される作品も多くはないようだ。僕は研究室のゼミで,盛田さんの所有するDVDをいくつか見せてもらっている。そのシンガポールの影の部分には、表の人工的な光とは違う、人びとの発する生の光を感じることが多かった。

2015年12月14日月曜日

アマゾンで映画のただ見

・アマゾンからビデオをただで見放題というメールがあったのは数ヶ月前だった。もちろん誰でもというわけではなく,プライム会員限定のサービスである。田舎に住んでいるから、僕の家では本だけでなく、家電製品から食料品、衣料品などあらゆるものを購入している。かなりの上得意だから、このぐらいのサービスはしてもらっても過剰ではないかもしれない。何しろ、僕の家の近くには映画館がひとつもない。これはなかなかいいと思ったのだが、残念ながら見たい映画はそれほど多くなかった。

・テレビがますますつまらなくなった。食事やその後の食休み時しか見なかったのだが,その時間にも見たいものが何もないことが多い。その意味では、ますますテレビ離れがすすむばかりだが、と言ってパソコンでじっくり映画を見るのは,何となく馴染めない。ただでさえパソコンに向かっている時間が多いから、これ以上増えるのは、もう不可能に近いのが現状だ。そんなわけで、まだ数本しか見ていない。

・ジム・ジャームッシュの映画はほとんど見ているが、大学の卒業制作だという『パーマネント・バケーション』があって、これを見た。ニューヨークに暮らす青年の退屈な生活が描かれているが、集中しないで見たから、今ひとつという気がした。彼の映画はほかに『ダウン・バイ・ロウ』と『ストレンジャー・ザン・パラダイス』がリストされている。そのうち見直そうかと思ったのだが、両方ともビデオカセットでもっている。もっとも、すでにビデオ再生機はない。

・僕の研究室には、映画やドキュメントなどのビデオカセットが数百本ある。かつては,それを講義やゼミで一部を見せたりしていたのだが、ネットを利用することで,ほとんど使わなくなった。もう一度見るといったこともほとんどしなくなって、もう見ることができなくなった。DVDにコピーも考えたのだが,面倒で数枚で辞めた。だから、退職する時にはすべて廃棄処分ということになる。

・もっともDVDで買ったり、録画したものも,くり返し見るといったことはほとんどない。だから、アマゾンでいつでも好きな時に見られるのなら,所有する必要はないのだということに気がついた。大学を辞めれば,資料や教材として持っておくこともない。本やCDも含めて,これからはどう処分するかが最大の課題になるのである。

・で、アマゾンのただ見だが、パソコンの画面で見るのはどうも落ち着かない。ついついほかのこともしたくなるし,メールが入ってきたりするからだ。もうあまり使わなくなった古いMacbookをテレビの台に置いて、アマゾン映画専用機にしようか。そうだとすると、あらかじめ見たいものをリストアップしておく必要がある。パートナーはすでに結構見ているようなので、調整も必要だ。もっとも、実際にそうするのは,退職してからということになるだろう。

・1年も経てば、見られる映画もずっと増えているはずだ。しかし、アマゾンのことだから、そのうち課金を取るように変更するだろうとも思う。ただより高いものはない。美味しそうな話には,無警戒に乗らないのが賢明だろう。

2015年12月7日月曜日

世論操作の露骨さ

 

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・今年の「流行語大賞」が「トリプルスリー」と「爆買い」だって。説明を読むまで,前者は知りませんでした。トップ10にはほかに「アベ政治を許さない」「SEALDs」「ドローン」「エンブレム」「五郎丸」、そして「一億総活躍社会」までが紛れ込んでいます。なんかおかしな組み合わせと首をかしげたくなりますが,「公正中立」などという言論弾圧のことばが飛び交っていますから,選考委員の苦肉の策だと思えば,妙に納得のいく選考だったような気もします。

・今年の流行語は「爆買い」はいいとして、もう一つは「アベ政治を許さない」か「SEALDs」でしょう。しかし、それを選べば強烈な批判が出る。選ばなくても、政治関連がこの二つだけだと、やっぱり批判が出る。だから「一億総活躍社会」も選んでおきましょう,ということだったのだと思います。「公正中立・不偏不党」に従った結果とは言え、「一億総活躍社会」はいけません。歓迎する声が聞こえないのはもちろんですが,批判する声も小さなもので、これほど言論を抑圧することばは、近年では珍しいからです。

・もう一つ、「五郎丸」はポーズで選ばれたようですが、それなら流行アクションであって、流行語ではないはずです。もっとも彼の人気はマスコミの盛り上げもあって驚くほどですが、さっそく自民党が利用して、「60年大会」に呼んでアベと一緒に万歳をさせました。ワールド・カップでの日本の活躍には、大勢の人が賛意を表しましたが、反アベの人たちには興ざめの出来事だったと思います。スポーツの政治利用は日本では日常茶飯のことですが、日本批判をして辞めたジョーンズHCが言いたかったことの一つもまた、これだったはずで、彼が苦労して貫徹した意識改革が、一瞬にして元の木阿弥になった出来事でした。

・国連が12月に予定していた日本の「表現の自由」に関する調査が、日本の要望でキャンセルされました。理由はスケジュール調整ができていないと言うことで、政府は来年の秋以降を希望したそうです。今調査されれば、「表現の自由」が危機的状況にあることがあからさまになって、参院選に影響が出る。これは抑圧しているという自覚があればこその見え透いた判断ですが、これについても,メディアはほとんど批判をしていません。

・「国境なき記者団」が毎年発表している「世界報道自由度ランキング」では、今年の日本は61位で、民主主義の育っていない国の中に紛れています。ただしこれはアベ政権に変わって急落した結果であって、菅政権の時には11位でした。ちなみに第一次アベ政権時にもやはり51位と落ち込みましたから、アベがいかにメディアを弾圧しているかがよくわかる数字です。もっとも多くの日本人には,こんな仕打ちが実感として理解されていないようです。

・「世界価値調査」がおこなった「世界各国における新聞・雑誌への信頼度」調査によれば、日本はダントツで45.6%です。つまり国民の半数に近い人が,新聞や雑誌の記事を信頼して読んでいるというわけです。ちなみに信頼度が高い国はほかに、フィリピン、中国、韓国,シンガポールで、「信頼しない」が多い国にはオーストラリア、アメリカなどがあって、大半の国は「信頼する」よりは「信頼しない」が勝っています。もっとも信頼度が上がったのは2000年以降ですから、おかしな数字だと言うほかはありません。

・メディアが伝えるニュースにはまず、疑いの目を向けて接する。そんな態度はきわめて当たり前のことで、それがあるからこそメディアも、いい加減な報道や安易な世論操作はできないことを自覚できるのです。自粛や萎縮をして,政府の反応を伺いながら記事を書く。その記事を疑いもせず読む。今の日本のメディア状況にはこんな光景がイメージされますが、そもそも読みもしないで,空気にあわせる人が多いのではと考えると、空恐ろしい気がしてきます。

2015年11月30日月曜日

冬の仕事

 

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woodcut1.jpg・もう年中行事だが、今年も薪割りをはじめた。2mの原木を5等分にする。今年はチェーンソーの調子が悪くてこれに手間取った。掃除をし、点火プラグを交換し、混合ガソリンも新しいものにした。これまで一度も触ったことがなかった,回転数を調整するLとHのネジも動かしてみた。おかげでアイドリング状態でエンジンが止まることがなくなった。何とか回復したのだが、それでも、力は弱くなっている。しかしこれ以上は手に負えないので、業者にみてもらわなければと思っている。

・今年は暖かい。だから例年なら10月の後半からストーブを焚き始めて,今頃は火を絶やすことなく一日中燃やしているはずなのだが、今年は暖かくて昼間は消すことが多いし、夜でもファンヒーターで済ますことがあった。それでも、床下にウレタンの断熱材を吹き付けたせいか、部屋の温度が24度にもなって、Tシャツで過ごしたりもした。さて、最低気温が零下になったらどうなるか。

・暖かければ薪の消費量は減る。それはいいことなのだが、雨が降ってばかりで、外に積んである薪や玉切りした原木にカビが生えてしまった。何より薪の乾きが今ひとつだから、燃えにくい心配もある。寒ければ寒いなりに,暖かければ暖かいなりに,不安は尽きない。薪の乾き具合を判断するのは簡単ではない。そこで、薪の水分を測る含水計を購入した。針を刺して測るものだが,当然太い薪の芯の含水量はわからない。割って中を測って,表面の数値を足して2で割るのだと教わった。すべての薪を割るのは面倒なので、積んだ場所のサンプルだけ、やってみることにした。

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・まず割ったばかりの薪から。測ると36%あった。当然だが,水分を大量に含んでいる。次に1年以上乾かした木。これは13〜20%あたりまで幅があった。その13%を割ると中は23%で、足して2で割ると18%。20%内に収まっているから合格だ。試しに木工用に保存してある白樺の木を測ってみた。もう10年近く経っているから3%でカラカラに乾いている。いずれにしても表面が20%i以上なら、まだ早いという目安はできた。

・ところで我が家のログハウスは直径が60cm以上もある大木だから、梅雨時から夏には水分を吸い込み、秋から冬にかけては吐き出している。だから梅雨の初めや冬には,「バキーン」とすさまじい音を立てて割れる。知らなければ「ポルターガイスト」かとびっくりしてしまうだろう。だからといって真っ二つに割れるということはない。最初から割れを予測して、切れ目を入れてあって,それは中心のところで収まるからだ。

・先週は扁桃腺の痛みから始まって、鼻づまり、咳、そして熱が出て,腰痛に頻尿と散々だった。薪割りもできなかったし、自転車にも乗れなかった。少し良くなったから仕事には行けるだろうと思う。何しろ卒論の締め切り間際で,卒論集を作り始めなければならないのだ。

2015年11月23日月曜日

戦争とテロ

・パリでの多重テロ事件以降、テロを強く非難する声が世界中で発せられている。コンサート会場やレストランでの無差別殺戮だから、残忍とか非情といったどんなことばを使っても言い表せないほどひどい行動だとは思う。僕も去年の夏にはパリに行って、現場近くを歩いたり、レストランで食事もした。巻きこまれたらと考えるとぞっとして、しばらくはヨーロッパには行けないな、と強く感じた。

・このテロに対しては,さっそく報復の空爆が行われているし、EUに押し寄せている難民を追い返したり,国境を封鎖したりといった行為が始まっている。「やられたらやり返す」というのは9.11でも強い世論の支持を得た「常套手段」だが、それが解決ではなく,さらなる混迷をもたらす道であることもまた、すでにわかりきったことである。テロが世界中に広がって,日本とて狙われる危険がある。そんな危機感を理由に安倍首相は勇ましい発言をしているし,自民党は第二次大戦前を思い起こさせる「共謀罪」を法案として提出させようとし始めている。こんな空気の時に言っても無駄だという気もするが,こんな時だからこそ,思うところを書いておかねばとも考えた。

・戦争とテロとの違いはもちろん、残酷さとか非道さで区別できるものではない。それは単に国同士で戦うのが戦争で、そうでない組織や一派であるのがテロだというにすぎない。国同士なら,互いの立場にたってその正当性や正義を表明できるが、相手が国でなければ,極悪集団と見なす。だから戦争は勝った方が正義になるが、テロに対しては,それに屈せず撲滅することが正義になる。そもそも戦争自体を悪とする考えは,比較的新しいものでもある。つまり、それは勝敗に関係なく,とんでもない被害をもたらすことになった、20世紀の二つの大戦の教訓だったのである。

・核をはじめ大量殺戮兵器を互いにもつようになった現在では、国家間の戦争はできないようになっている。そもそも政治的に対立しても,経済的には互いに依存してもいるのである。だから外交交渉で,戦争にはならないように調整するのだが、国家内の紛争では,すぐに武力衝突となる。民族、宗教、あるいは経済的格差を理由にした衝突で、その原因を探ると、そこにはまた大国の存在が見え隠れする。地域紛争に名を借りた国家間の対立といったケースも少なくないのである。

・そもそもパリのテロを首謀したイスラム国ができたのは、9.11の報復としてブッシュ元大統領がやったアフガニスタンとイラク侵攻が原因である。もちろんそこには、9.11を起こす理由として,それ以前にアメリカが中東で行ってきた、さまざまな行動があった。アメリカが倒したフセイン政権はアメリカ自身が後ろ盾になって成立させた政権だったし、イランの宗教革命だって、アメリカの傀儡政権を倒すために行われたものだったのである。

・ブッシュはイラク侵攻を正当化するために,生物化学兵器の存在やアルカイダとのつながりを強調したが、それがでっち上げだったことはすでに明らかになっている。そして、現在の状況をもたらした原因を作った張本人には、ほとんど非難の目が向けられないし、もちろん反省の弁もない。テロを起こす奴は害虫だから殲滅しなければならないし,そのためには何をやってもいい。そんな発想では、解決の道は見えてはこないのだが、世界の空気は,それ一色に染まりつつあるようだ。

・ヨーロッパを旅していて,それぞれの国境がないも同然になっていること、貨幣がユーロに統一されていることなどで、あたかも一つの国であるかのように感じてきた。国同士が長い間繰り返してきた戦争と、20世紀の二つの大戦がもたらした悲劇を反省してできた枠組みだが、それが今、テロと押し寄せる難民によって消滅の危機にさらされている。同様の危機はもちろん日本も直面している。交戦権を放棄した平和憲法が壊されて、戦争に荷担する国になりつつあるからだ。

・世界が壊れはじめているという不安と、その壊れ方は20世紀の二つの大戦の比ではないだろう、という恐怖を漠然と感じてしまう。そんなのは危惧だと言われるかもしれない。危惧ならもちろん結構だが、そうならないようにしようという冷静な対応がもっと大きな声にならなければと思う。

2015年11月16日月曜日

紅葉と蕎麦

 

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・今年はいつまでも暖かかったが、紅葉はいつも通りに始まった。家の中から紅葉の進み具合が見えるのは贅沢だ。車についた落ち葉の始末に難儀するとは言え、屋根やバルコニー、そしてもちろん庭が一面落ち葉に覆われるのは、悪くない。河口湖にも大勢の人が紅葉見物に押しかけている。車に乗っても、自転車に乗っても邪魔くさいだけだが、町の活性化だと思って文句は言わないことにしている。もっとも歓迎できる客もあった。渡り鳥のジョービタキである。こんな鳥が部屋から観察できるのも、森の中に暮らす者の特権だろう。

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・我が家や付近の紅葉を眺めていたら、よそのはどうかが気になって、毎週あちこちに出かけた。ついでに新そばを食べようといことになって、出かける前にネットで調べることもした。北杜市の伊奈湖、八ヶ岳の蕎麦屋、秩父の三峯神社、そして上日川峠と渓谷の蕎麦屋などである。平日だからどこも人は少なく、パートナーは歩行の練習2kmをノルマにした。蕎麦はどこも量が少なくて、どこに入ったかという感じだった。本格的な蕎麦屋には天ぷらのメニューがない。それは残念だったが、そば湯を飲むとそれなりに腹がふくれることを改めて実感した。

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2015年11月9日月曜日

ディランとザ・バーズ

 

Bob Dylanl "Bob Dylan 1965-1966"
The Byrds "Untitled"

dylan65-66.jpg・ディランのブートレグ・シリーズも12作目になる。今回は1965年から66年にかけて発表されたアルバム『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』、『追憶のハイウェイ61』、『ブロンド・オン・ブロンド』のデモテープから抜粋されている。アコースティック・ギターからエレキに持ち替え、(ザ)バンドを従えて大変身したというだけでなく、フォークとロックの融合という、ポピュラー音楽に大きな変化をもたらした時期である。この直後にバイクで事故を起こし、ディランは沈潜した。前作の'The Basement Tapes" は、その休養期に自宅の地下室で録音したテープだった。

・僕が初めて聞いたディランは「ミスター・タンブリンマン」や「ライク・ア・ローリング・ストーン」で、まさに1965年のことだった。高校生で、夜中に聞いていたFEN(米駐留軍放送)から流れてきた時の妙な高鳴りを、今でも思い出すことができる。歌や音楽に対して初めてもった感動だったからだ。すぐにレコードを買って何度も聴き返した。しばらくしてフォーク・ギターを買い、ディランの歌を訳して歌うようにもなった。

・"Bob Dylan 1965-1966"はデモテープだから、正規版とは違ってギターだけで歌っているものもある。バックつきでも、歌い方も演奏も、少し違っているものもある。それに合わせて口ずさむと、ほとんど歌詞を覚えている。いかによく聴き、自分で歌っていたか、今更ながらに懐かしくなった。もう半世紀も経っているのにである。

thebyrds1.jpg ・アマゾンでこの予約をしたときに、The Byrdsの見慣れないアルバムに気がついた。タイトルも"Untitled"で、何かいわくがありそうだった。The Byrdsはディランの「ミスター・タンブリンマン」で脚光を浴びた。というより、ディランをポピュラーにする役割を果たしたバンドだったと言えるだろう。実際この2枚組のアルバムにもディランの曲がたくさん入っていて、そのほとんどは"Bob Dylan 1965-1966"に収められたものである。

・"Untitled"は1970年に行われたライブとスタジオ録音で構成されている。メンバーも替わり、カントリー・ウエスタンに変わった時期だが、ヒットした曲のほとんどが収められている。70年に2枚組で発売されたものだが、CD版は2000年に発売されていて、LP版を1枚に入れ、2枚目には未発表音源ばかりの曲を入れている。新しいものではないが、ディランのブートレグと併せて聴くと、当時の音楽状況と、僕が夢中で聴いていた音楽が彷彿されて、聴き入ってしまった。

・結成期のメンバーだったデヴィッド・クロスビーはその後Crosby, Stills, Nash & Youngなどとして活動し、現在でも「ウォール街を占拠せよ」といった運動に参加して、元気のいいところを示している。息子との共作アルバム"Croz"が去年出ているようだ。ディランと同様、70歳を超えても現役でがんばっている。