・安部首相が突然の辞任表明をして、即入院をした。病名は「機能性胃腸障害」。聞きなれない病名だと思ったが、要は、胃腸の調子がちょっと悪い程度の症状だという。胃酸が少なければ薬で補い、多ければ、やっぱり薬で抑えてやる。それなら入院などしなくても、薬で対処できるのではないか。そんな疑念を感じたら、実はもっと深刻で「潰瘍性大腸炎」らしいという記事も目に入った。あるいは、体よりは心が参っていて、側近の人たちは「自殺」をしないかおそれている、という噂もあったようだ。
・そんなふうに聞くと、突然の辞任も仕方がないか、と判断したくなる。しかし、一方で、辞任はどうにも弁護できないスキャンダルのせいだという記事もある。週刊現代が報じた、胃酸ではなく遺産の相続をめぐる疑惑である。立花隆の記事によれば、国会を混乱させるに十分な疑惑であるようだ。だとすれば、辞任とその理由にされた病気は、単に、疑惑を闇に葬り去るための道具だったということになる。
・そういえば、よく似た事例がもうひとつあった。横綱朝青龍の問題である。夏場所で優勝した横綱は、病気を理由に夏の巡業を休むことにした。病名は「脊柱圧迫骨折」というおそろしそうなものだった。脊椎が折れていて良く相撲が取れたものだが、気力でがんばったということなら、夏の巡業は大いばりでお休み、ということだったのだろうと思う。ところが、帰国したモンゴルで中田英寿と親善サッカーを楽しんだというニュースが飛び込んで大騒ぎになった。
・帰国した朝青龍は、何の弁解も謝罪もせず家に閉じこもって、親方にさえまともに話をしなかったから、マスコミの格好の餌食になった。相撲協会がした処罰は二場所出場停止と自宅謹慎。横綱はまったくコメントを出さず、ひきこもりを続け、何人かの医者がかわるがわる訪れて、いろいろな病名をつけた。「神経衰弱」「急性ストレス障害」「乖離性障害」………。
・不祥事を起こして世間の非難を浴びているのだから、落ちこむのは当然だろう。しかし、それにすぐにもっともらしい病名をつけるというのはどうしたものか。土俵上では気力をむき出しにして、精神力の強さを誇示した横綱だったから、彼のとった行動と周囲のうろたえぶりが余計に奇妙に、滑稽にさえ見えた。で、治療にはモンゴル帰国が不可欠という判断が出た。この間朝青龍からは、一言の発言もなかった。
・最近生じたこのふたつの出来事からは、どんなことでも病気を理由にすれば、不問にふしてもらえる、という考えが見えてくる。実際、何か都合が悪くなると「入院」して、もっともらしい「病名の」ついた病人になるといったケースは少なくない。あるいは事件をおこした容疑者に精神鑑定の要ありといったケースもよく耳にする。病気はすべてを不問にする。こんな発想は、今に始まったものではないのかもしれない。しかし、医者がもっともらしい病名をつければ病気とみなされる。そんな傾向がやけに目についたりもする。
・もっとも、逆のことも感じてしまう。つまり、第一線で働くためには「健康」であることが必須条件だという点だ。だから、仕事の環境は、時間の長さやストレスの強さなど、健康を害する要因で一杯なのに、誰もが、体の不調をおして無理して仕事をしてしまう。そうやってがんばることが、積極的な評価の基準になったりするから、病気を隠して働きつづけることもしなければならなくなる。
・心身の状態、あるいはその変調をどう自覚し、どう公表し、どう対処するか。それは、何よりじぶんの問題だが、社会的にはまた別の意味がある。だから時に必要以上に医者にたよったり、また病院を避けたりもする。安部も朝青龍も、病気としてはそれほど深刻なものではないのだろう。しかし、どちらにしても、仕事上の生命が失われたことは間違いない。