2018年5月14日月曜日

CDではなくYouTubeで

 

・これまで何十年もCDは、大学からもらう研究費で買ってきた。書籍ではなくCDがなぜ、研究費として認められるのか。そんな疑問に対して、音楽を研究対象にしていて論文も書いていることを説明したのは、もう30年程前のことだ。おかげで書斎には2000枚程のCDが貯まっている。そのCDも、ずいぶん前から、買ってすぐにパソコンにコピーしたら、ほとんど聴くこともなくなってしまった。iTunesに入れた音樂はiPodやiPhoneやiPad、そしてSDカードなどにコピーして、車を運転しながら、自転車に乗りながら聴いている。家でも聴くのも、大概ステレオに接続したiPodや使わなくなったスマホばかりである。だからもうCDで買う必要はなくなっているのである。

・とは言え、ダウンロードで買った事はほとんどない。CDにはジャケットもライナーノーツも歌詞もついていて、それも含めて一つのアルバム(作品)だと思うからである。もっとも、本当に欲しいと思うもの以外は買わないようになった。大学を辞めて研究費をもらえなくなったこともあるが、欲しいと思うものがめったにないこともある。音樂を材料に論文を書く気もなくなったから、そんなものなのかな、とも思うし、新しい音楽やミュージシャンの中に、気に入ったものを見つけることが出来なくなったとも感じている。若者のロック離れとギターが売れなくなったことが話題になっている。ギターの老舗ブランドのギブソンが倒産したのは、音楽の好みが変わったことが原因だとも言われている。

youtube1.jpg・そうなると、すでに所有している音楽だけをくり返して聴いていると思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。最近の発見は、YouTubeなどにCDとしてはほとんど持っているミュージシャンのライブを中心にしたビデオクリップがたくさんあることだった。たとえばボブ・ディランには"Sad Eyed Lady Of The Lowlands"という名のチャンネルがあって、古いものから最近のものまで、ライブを中心にした動画や音源がリストアップされている。画像も音質もさまざまだが、毎日のように新しいものがアップされるから、追いかけるだけでも忙しい。

・しかもそんなチャンネルは無数にある。たとえばピンク・フロイドはその初期の作品を作ったロジャー・ウォーターが脱退して、著作権を巡る争いもあったのだが、それぞれが別々に行ったライブや、一緒に行ったものなどが大量にある。ピンクフロイドのコンサートは、音だけでなくステージに映し出される映像も魅力だったから、ただ聴くだけでなく同時に見入ってしまうことも少なくない。

・YouTubeのチャンネルには、ミュージシャンがオフィシャルとして出しているものもあるし、そうでないものもある。ヴァン・モリソン、U2 、ジャクソン・ブラウン、ニール・ヤング、ライ・クーダー、パティ・スミスなどなど、探しているとおもしろいものが次々見つかって飽きることがない。これではもう買う必要もないかも、と思ってしまうほどである。

youtube2.jpg・ 怪我をして去年の日本公演をキャンセルしたエド・シーランの4月のライブが、さっそくアップされた。大阪でのもので、2時間弱、たった一人でギター一本でやるパフォーマンスは、まるで会場に行っているような迫力があった。オフィシャルではないから、映像は最前列の右に固定されていたが、音も映像もすごくよかった。このチャンネルには外のミュージシャンの日本公演を撮ったものが数多くある。

2018年5月7日月曜日

千客万来のゴールデンウィーク

 

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forest149-2.jpg・花が咲き、若葉が出て、いい季節になった。真っ青な空のもと、歩いたり、自転車に乗ったり、カヤックをしたりと悠々自適な生活をしている。ゴールデン・ウィークには孫が始めてやってきて、一緒に遊んだ。三ヶ月ぶりなのに、急にことばが達者になって、「おじいちゃん」と呼ばれたり、文になったことばで話しかけられたりして驚いてしまった。彼の大好きなシュークリームを作って、おいしそうに食べるのを、爺馬鹿だなと思いながら眺めたりした。最近、パンプキン・プディングなどケーキ作りに興味を持っていて、孫がチョコレートを食べるようになったら、ガトー・ショコラを作ろうと思っている。

forest149-3.jpg ・観光客でごった返している河口湖は避けて、孫を西湖に連れていった。小石を湖に投げて、飽きもせずくり返すから、じいちゃんもやめるにやめられない。ことばも同じで、反復こそが習熟への道なのだと、あらためて納得もした。電車に夢中の孫はトーマスランドにも出掛けたが、これはパス。彼は新幹線の種類も見分けることが出来るのだが、そもそも、なぜ電車に興味を持ったきっかけははっきりしないようだ。男の子だから電車や自動車が好きというのは、チンパンジーの子どもでもあるようだから、必ずしも、動機づけとは関連しないのかもしれない。

forest149-4.jpg・後半の連休には関西から友人が三人でやってきた。彼女たちも西湖に連れていったが、湖畔にはテントがいっぱいだし、釣り客も見たことがないほど多かった。カヤックを組み立てて、オールの使い方を教えて乗り出したのだが、風が強くてカヤックは言うことを聞かず、釣り客の中に突っ込んだり、岸に辿り着けなかったりで、「右に漕げ!、もっと深く漕げ!」と叫んだり、釣り客に謝って廻ったりと、大変だった。僕は家から自転車で西湖まで行き、カヤックを組み立て、又分解して、レストランで昼食を取り、家まで自転車で帰った。くたびれて午後は昼寝。

forest149-5.jpg ・連休の間の雨を挟んで、この一週間は良く晴れた。そのせいもあって、河口湖周辺は大混雑で、幹線道路は大渋滞だった。ふだんは誰もいないような秘密のポイントにも他府県ナンバーの車が並んでいたりした。ネットの情報によるのだろうが、ゴールデンウィークが終われば、また静かになる。ところが河口湖畔はもういつでも混雑していて、あちこちで渋滞に出会ってしまう。ここ数年のことだから、これからますますひどくなるのかもしれない。ちょっと、いやかなり、うんざりしている。

2018年4月30日月曜日

母の日記

 

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・僕の母の自慢は小学校の時から一日も休まず日記をつけてきたことでした。それは今でも口癖のように話すことですが、去年軽度の脳溢血を再発してからつけなくなりました。ですから、老人ホームに出掛けた時には、僕が来たことをなかば強制的に書かせたりしています。ホームの部屋で一日中過ごす生活ですから、今日が何日なのか、天気はどうなのかといったことも不確かになります。そんなことだけでも書く気になってくれればと思いますが、自分から何かをしようという気にはならないようです。

・ホームに引っ越した後、家の後片付けをしている時に、母が小学校や女学校の時につけていた日記を見つけました。懐かしがって最初は自分で読んだりもしていましたが、最近では自分からは読まなくなりました。けれども、一緒に読んだりすれば、その時のことを思い出して、いろいろ話が出てきます。ちょっと前のことが記憶に残らずに、何度もくり返して同じ話をするのですが、昔のことは、びっくりするほど鮮明に思い出したりもするのです。

・そんな姿を見ていて、もっと大きな字で印刷して冊子にすれば、自分で読むかもしれないと思いました。日記の字は小さくて、えんぴつが薄れたり、紙が茶色になったりして読みにくくなっています。表紙が外れ、ページがばらばらにもなりそうです。で、半月前程から母の日記をパソコンに入力し始めました。小学校四年生からの日記ですから、ひらがなばかりで旧仮名遣いで、よくわからない方言や地名が出てきます。それに毎日書いていても、その内容は、ほとんどおなじことのくり返しが多いです。学校へ行った、朝ねぼうをした、友達と遊んだ、兄弟とけんかをした等々です。しかし、自分で読むことが出来れば、いろいろ思い出すことも多いでしょう。

・残っている日記は小学生だった昭和十三年と十四年、それに女学校時代の十七年から十八年にかけてのものですから、戦争に突き進んでいく当時の社会状況が、子供の日常生活の中にも現れています。特に小学生の時と女学校の時の違いは、学校での教えはもちろん、毎日の生活の中でもはっきりしています。小学生の時には、親戚の人が兵隊に行ったとか、町で兵隊の行進があったといったといった記述もありますが、同時にのんびりとした学校生活や、お正月、ひな祭り、そして誕生日などの行事が楽しく語られています。

・それが数年後の女学校の日記では、授業が作業になることが多くなり、開戦後の戦況が綴られるようになります。十代の中頃にこのような社会状況の大きな変化を体験しているわけですが、その正直な思いは、残念ながら日記には書かれていません。日記の裏表紙には、もともと印刷されたものではない次のような校訓が紙で貼られたりもしています。


・ 私どもは皇國の女性たることを感謝して光栄ある天職を全うし優しき中にも正しく強く滅私奉公を以て報國の誠を效したいと思ひます。

・日記は学校から与えられた日記帳ですから、自発的に書いたものではありません。逐次提出して、先生が目を通して感想や、間違いの修正などをしています。ですから、先生の意に沿わないことは書けなかったでしょう。早寝早起きに努めること、毎日家で勉強すること、親の言いつけを守ること、目上の人への言葉づかいに気をつけることが大事なことであって、それが出来なかった時の反省がくり返し書かれています。

・しかしまた、そんな状況下であっても母親らしい性格を彷彿とさせる記述もたくさん見られます。おおらかで、心配性であってもくよくよしない、眠ることと食べることが何より得意科目であるのは、認知症が進んだ今でも変わりません。パソコンの入力をして印刷したのは未だ最初の一冊だけで、全部を冊子にするにはあと数ヶ月かかると思います。しかし、先日出来上がったばかりの一冊を持って老人ホームに行き、母に渡しました。自分で自発的に読むように、行く度に一緒に読んでやろうと思っています。

2018年4月23日月曜日

薄汚い政権の末路

 

・一ヶ月前のこの欄で「政権が倒れない不思議」を書いた。倒れるのも時間の問題と思っていたのだが、未だに安倍政権が続いている。森友問題で、ないといっていた公文書が朝日新聞によって明らかにされたのが三月の初めで、その追求が収まらないうちに加計問題でも、ないはずの公文書が愛媛県から出た。岡山理大が獣医学部を今治市に新設するのに、愛媛県と今治市の職員が官邸に呼ばれて、事前のアドバイスを受けたという件である。しかし、農水省や文科省でも証拠が見つかったというのに、官邸は未だに、その事実を認めていない。

・森友問題は国有地をほとんど無償で売却したのではという疑念である。ありもしないゴミをあるように見せかけて、その分を減額したのだが、そんな事をやった理由は、籠池夫妻が首相と夫人に強い繋がりがあったからである。首相がしらを切って、事実なら首相も議員も辞めると言ったから、官僚たちは、そのつじつまを合わせるために奔走し、嘘で塗り固めざるをえなくなったのである。その過程で自殺者が出たというのに、首相は知らぬ存ぜぬを貫いている。

・一方の加計問題も、本質は一緒だ。首相と加計氏が親しい関係にあって、首相の権限を使って大学の新設を認可しようとした。ここでも国費はもちろん、県や市のお金がつぎ込まれている。そして官僚たちが、そのインチキを隠蔽しようと右往左往したのである。もちろん、二つの事例について、首相の指図や意向がどの程度あったのかについて、確たる証拠はない。しかし、なぜという動機を考えた時に、その中心に首相がいた事は、火を見るよりも明らかである。

・国会中継を見ていて腹が立ち、また信じられない気がしたのは、自分が関与しているという確たる証拠がないをくりかえして、時に麻生財務大臣と薄笑いを浮かべて雑談する安倍首相の態度である。これほどの不祥事があって、すでに一年以上も国会が紛糾しているのに、首相や大臣としての責任を取ることをしない。その無責任さは、救いがたいほどである。政治家としての矜持がないどころか、平然と嘘をついて、周囲が慌てふためいているのに平気な顔というのには、その人間性を疑ってしまう。

・こんな政権に対して、与党からは辞任を求める声が出てこない。官僚からも公然と反旗を翻す人は出ていない。しかし、ないはずの文書が次々と出てくるのは、各省で政権に不満を持ち、状況を変えようとする人たちが出始めているからだろう。そのことは、何より防衛省で明らかである。日本の官僚組織が根底から揺らぎ始めている。そんな危機意識を持っている人は少なくないはずだし、そうでなければ、国家の組織自体が破綻しかねない事態なのである。

・ところが、財務省の次官がテレビ局の女性記者に食事の席で「手を縛っていい、胸触っていい」といって口説いたことが週刊誌で暴露されて辞任した。しかもその対応がひどくて、かえって問題を大きくさせてしまっている。セクハラについて、大きな問題として取りあげないことや、その被害者への対応がまた新たなハラスメントになりかねないことなどが、伊藤詩織さんのケースで明らかになった。"#me too!"が世界中で、男たちの横暴さを告発しているが、日本では、そのことにあまりに鈍感すぎる。そんな風潮の好例だった。そもそも、財務省が危機的状況にあるのに、そのトップが、取材する記者相手にこんな戯れ言をやっていることに、強い不信感をもってしまう。

・そんな状況にあるのに、安倍首相はトランプ米大統領と会うために夫人連れでアメリカに行った。トランプとはゴルフをやりながらの会談だったようだが、彼にとって支持率を挽回する材料は、何も手にすることが出来なかったようである。トランプもまた不祥事やスキャンダルまみれで、批判に曝されているが、彼の支持率は30%からなかなか下がらない。岩盤のように固い支持者がいるからだと言われている。

・安部はどうか。いっこうに下がらなかった支持率が30%を切り始めた。こんな薄汚い政権を未だに支持する人が3割もいることに驚くが、さすがに岩盤の支持層に割れ目が生まれてきた。この政権は一体何時まで続くのか。自民党総裁の任期までとか、国会が終わった時とか言われている。冗談じゃない。即刻止めさせるべきだ。しかし、そんな怒りが国中に湧き起こらないのが、また何とも不思議だし,心許ない。

2018年4月16日月曜日

大谷の活躍にびっくり!

 

・大谷の活躍で日本はもちろん、アメリカのメディアも大騒ぎのようだ。何しろ、打ってはホームラン、投げては三振の山という、衝撃的なデビューをしたのである。しかも、キャンプ中は打てないし、投げては打たれる、コントロールが悪いと、さんざんな結果だったから、その変身ぶりがまた、驚きを倍加させたようだ。最初はマイナーでと言ったメディアも、手のひら返しの大絶賛になっている。僕もほとんどの試合を見ているが、まるで野球アニメを見ているような活躍で、「本当か!?」と言ってしまうことがあった。

・MLBを見始めたのは野茂の時だから、もう20年以上になる。フォーク・ボールでバッタバッタと三振を取る勇姿に魅了された。それで日本からメジャーへの道が開けて、活躍した選手がずいぶん出た。イチローも松井も松坂も最初から華々しい活躍で、日本で一流の成績が残せれば、次はメジャーという道が定着したと言える。もっともメジャーで活躍できるのは投手ばかりで、野手ではイチローと松井以外は、レギュラーを取るのも難しいといった状況だった。昨年まで在籍した青木選手は,それなりの成績だったが,メジャーは今,長距離打者優先の傾向で、今年は日本に戻っている。

・今シーズン、メジャーにいる日本人選手は、イチロー以外はすべて投手である。ローテーションを守るダルビッシュ、田中、前田の他、リリーフで田沢、牧田、平野、そして故障からリハビリ中の岩熊と、数は多い。しかし、日本のメディアは大谷一色で、他の選手の成績はほとんど話題にしていない。NHKの中継も、大谷最優先で、彼が出ない試合でもエンジェルスを中継したりしている。安倍政権の醜聞にうんざりしているなかでは、一つだけ明るいニュースだから仕方がないが、他の選手も取りあげろよと言いたくなる。

・もっともその大谷には、今更ながらに驚いている。その活躍はもちろんだが、彼は日本人離れの長身で、足が長く小顔で、まだ少年の面影が残る端正なマスクをしている。足も速いから、野球選手として、すべての能力が備わっていると言えるだろう。精神的にも冷静で謙虚、茶目っ気もあって,ダグアウトでも通訳なしで選手と雑談などしている様子も映されるから、語学の勉強もしっかりしてきたように思う。まさにデキスギ君で、欠点が見つからない。

・エンジェルスは大谷の活躍もあって、アメリカン・リーグの西地区で首位を走っている。彼がホームで投げた試合では、久しぶりに満員札止めになったようだ。ユニフォームなどのグッズの売れ行きも爆発的だといわれているから、球団としては笑いが止まらないのだと思う。しかも大谷の今季の収入はメジャー最低年俸の6000万円で、数年はこの金額で済むようだ。ダルビッシュや田中が契約した額とは比較にならないほど安いのである。

・理由は25歳に満たない外国人選手に課せられるルールにあるようだ。2年待てば数百億円にもなる額で契約できるのに、なぜ急ぐのかといった意見もあるが、お金じゃないという大谷の姿勢がまた、アメリカでは好感を持たれているようだ。何しろ野球選手のもらうお金のインフレはすさまじくて、トップは年に40億円も稼いでいて、複数年で400億円近くにもなる選手が出始めているのである。

・大谷の年俸は現在の契約では3年間は変わらないようだ。しかし、今年の成績次第では,エンジェルスは長期間保有するために,史上最高額で契約をし直すと言われている。まだ23歳だから10年以上で400億円超といった契約も大げさではないのかもしれない。すごいことだと思う。しかし、野球選手の貧富の格差はアメリカ社会を象徴するものだから、その頂点に立つのが大谷ということになるのは,あまりいい感じはしない。

2018年4月9日月曜日

空海を読む

 

司馬遼太郎『空海の風景』中公文庫
高村薫『空海』新潮社

kukai1.jpg・ほとんど何も知らずに四国遍路の旅に出た。88箇所の寺にはどこも、本堂の他に太子堂があって、必ずお参りをすることになっていた。白装束の人たちは、そこでお経を上げ、ろうそくや線香に火をともしていた。そんなお遍路さんには誰にも空海が同行すると言われているが、ただ、お賽銭を上げて手を合わせるだけの僕には、そんな気がしたことは一度もなかった。

・我が家は一応日蓮宗で、身延山にお墓がある。毎年数回墓参りに行くが、日蓮がどんな人なのかもほとんど知らない。信仰などとはおよそ縁がなく生きてきたから、仏教の宗派がそれぞれどんなものかについても、全く興味がなかった。しかし、お遍路さんのまねごとをしたのだから、空海についてちょっと知っておきたいと思った。

・司馬遼太郎の『空海の風景』は空海の教えそのものを論じたものではない。むしろ空海の人生を幼年期から追ったものである。もちろん仏教用語はたくさん出てくるし、引用文はほとんどが漢文だったりするが、仏ではなく一人の人間としての空海がうまく描き出されていると思った。もちろんそれは著者の創造力によるところが大きいが、司馬はまた、膨大な資料を集め、丹念に読み込むことを基本にしているから、彼が描く空海の人間像には、強い説得力があった。

kukai2.jpg・空海は讃岐の豪族の家に生まれている。一族には都に出て宮廷に仕えた者もいた。幼少期から聡明であったから、空海も都に行き大学に進んだ。しかし、そこを中途でやめ、仏教を学び、四国の山中を放浪した。88箇所には、その時に訪れた場所を起源にするところもあるが、空海は四国中を歩いたわけではない。

・空海はその後、唐に行き真言密教をわずか2年で習得して帰国する。通訳がいらないほど語学ができたし、長安でも、名文家や書道の達人として評判になったようだ。そして、新しい仏教を持ち込んだだけではなく、最新の科学技術や多様な文化が開花していた唐から、あらゆるものを学んで持ち込んだ。司馬はそこに、狭い島国の人間とはかけ離れた空海のコスモポリタン的な気質を見ている。空海は帰国後、徐々に権力の中枢に近づき、高野山に理想の宗教都市を築くことになる。

・司馬遼太郎が描く空海は、古今未曾有の天才である。また恵まれた環境と多くの幸運のなかで、自分の理想を実現した人である。しかも空海が唱えた真言密教は、そこでほぼ完成されていて、その後に新説を唱える僧を排出していない。彼と同時代に生き、天台宗を始めた最澄が、その不完全さ故に、法然、親鸞、道元、一遍、そして日蓮といった僧を排出しているのとは対照的である。あるいは清貧さを唱え実践した最澄とは違い、空海は欲望を肯定し、あの世ではなくこの世における幸福の追求を是としたようだ。

kukai3.jpg・空海の人となりはおおよそわかったが、それが四国遍路と今ひとつ繋がらない。そんな感想を持って高村薫の『空海』を読んだ。高野山は空海の死後に幾度かの盛衰があって現在の姿になっている。現在の形にする上で大きな役割をはたしたのが、全国を行脚して空海と密教を広めた高野聖の役割が大きかったようだ。そして同じことが四国の遍路にも言えるという。四国遍路にはさらに、罪を犯した者や病に苦しむ者が、懺悔や快方を願って歩いて今日に至る歴史もある。そしてそのような行為は必ずしも、空海が唱えた真言密教と結びつくわけではない。

・四国遍路は全行程が1400kmもある。そこを車で走り、居心地の良い宿で寝泊まりした。空海のことをほとんど知らず、特に悔い改めることや願掛けしたいこともなかったから、スタンプ・ラリーをしているような気分だった。しかしあらかじめ空海や真言密教やお遍路の歴史を知っていたら、自分が出かける気にはならなかったかもしれない。そんな感想を持った。

2018年4月2日月曜日

やっと春

 

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forest148-2.jpg・我が家の春は片栗の花から始まる。3月の中旬になって暖かい日が続いて、東京などでは桜の開花が話題になり始めた。我が家でも片栗の葉が出始めて、寒い日が続いたが、今年の春ははやいかもと感じた。ところが春分の日に季節外れの大雪になった。河口湖では30cmも降って、我が家の庭も一面の雪景色になった。春の雪は重たいから、雪が止む前に一度雪かきをした。一夜明けて、止んだところでもう一回雪かきをしたが、シャーベット状になった雪はとんでもなく重かった。で、その雪も、数日で嘘のように消えた。片栗は大丈夫か心配だったが、雪が消えると花が開き始めた。さて、今年はいくつの花が咲いてくれるのだろうか。

・今年の冬は寒かったから、薪ストーブの消費量は例年になく多かった。このままでは春までもたないかもしれない。そんな不安もよぎったが、2月に2週間、四国に出かけたから、薪は例年と同じぐらい残っている。とは言え、この後も寒い日はあるから、どのくらい残るかは、今後の天気次第だろう。その来年用の薪だが、薪割りはほとんど済んで、後は極端に太いものや割りにくいものだけが残っている。さてこれをどうするか、ゆっくり考えて決めようと思っている。

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forest148-5.jpg・冬の間休んでいた自転車も、3月の中旬から開始した。がんばって4日ほど続けたが、雪などがあって1週間休んで、また月末から再開した。休んでいれば当然、筋肉が落ちる。長旅でついた贅肉もある。最初は、強く漕いだわけでもないのに途中でへばってしまった。一日ごとに力は回復したが、まだまだ筋力は戻っていないし、体重も落ちていない。頑張りすぎると体を痛めるし、ほどほどにと思うと、どうしても億劫になる。山歩きも再開しようと思っているが、これもパートナーの様子次第だろう。毎日が日曜日。これをどう過ごすかというのは贅沢な悩みだな、と改めて感じている。