珈琲をもう一杯
森の暇人のブログ
1998年2月6日金曜日
Bob Dylan "Time Out of Mind" グラミー賞「最優秀アルバム賞」
このアルバムの1曲目の"Love Sick"は「俺は歩いてる」で始まる。歩いていてくれて本当によかったと思う。病気で入院というニュースを聞いた時に、続いてディランもか、と考えてしまったからだ。実際去年は、たくさんの人が死んだ。いくら息子がデビューして人気者になったとはいえ、まだまだ歌を聞きたい。そんな気持ちで1年を過ごした。そして去年の暮れにタワー・レコードでこのアルバムを見つけた。7年ぶりの新曲と書いてある。ぼくはうれしくなって、一刻も早く聞いてみたいと思った。
で、音はシンプルだがなかなかいい。深く沈み込むような声、静かだが、けっして弱々しくはない。ディランの存在感は健在だ。いくつかの歌詞に「歩いている」ということばがくり返し出てくる。このアルバムのキー・ワードかもしれない。
夏の夜を歩いている
ジュークボックスが低く鳴る
昨日は、すべてがあまりに速く過ぎて
今日は、すべてがあまりに遅く動いている
Standing In The Dooway
先日ディランのページを作っている西村さんという方からリンクしたいというメールが届いた。簡単に了解したが、後でそのページ
「How To Follow Bob Dylan」
を見てびっくりした。現在のディランの動向が手に取るようにわかるし、彼に関する最近の情報やレビューなどのリンク先も豊富だ。さっそく、ここから歌詞を載せているページを探して"Time Out of Mind"の歌詞を手に入れた。
ディランのコンサートは、今年は1月13日に始まっていて2カ月間で23回が予定されている。ものすごく精力的だ。途中、ニュー・ヨークのマジソン・スクエア・ガーデンでは5日間、そしてボストンで2日間、ヴァン・モリソンとのジョイントが行われたようだ。いい組み合わせだな、と思うと、行けないことがたまらなく悔しくなってきた。それに続く26日のコンサートが風邪でキャンセルになったようだ。ディランはやろうとしたがドクター・ストップがかかったようだ。
ディランはなぜこんなにコンサートにこだわるのだろう。そんな気がしないわけではない。死に急ぐことはないじゃないか、と言いたくもなってしまう。しかし、たとえばポール・ウィリアムズが『ボブ・ディラン1-2』(菅野ヘッケル訳,音楽の友社,1992年)に描き出したように、彼はコンサートをアルバムの再現とは考えないし、また一つ一つのコンサートを、それぞれ別の存在として考えている。だから曲目の違いはもちろん、歌い方やアレンジまでもが変えられてしまう。その一回限りのパフォーマンスと聞き手との出会いにかけている。その姿勢は、もうすぐ歌いはじめて40年になる彼のなかで一番はっきりしたものだ。
それなら、ディランは今の聞き手に何を期待しているのだろうか。ポール・ウィリアムズは「批判的な気持を持たない大聴衆を前にして、すでに征服をすませた英雄である自分が、自身にはすでに過去のものになったアウトサイダー精神をどのように歌って表現するかという挑戦。この挑戦は一貫してツアーの底流にあり、最後までなくなることがなかった。」と書いている。
もぬけの殻になったナツメロではなく、その精神を歌いつづけること。それが伝わる可能性はと考えたら、ほとんど絶望的になってしまうような試みだが、ディランにはそんな計算は無意味なことのようだ。「俺は歩いている。昨日も、今日も、そして明日も.......歩き続けている」
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