珈琲をもう一杯
森の暇人のブログ
2001年5月7日月曜日
最悪のゴールデンウイーク
今年のゴールデンウィークは9連休。どんなふうに過ごそうかと思っていたら、初日から熱が出てダウン。咳が出て体がだるい。で2日ほど寝たり起きたりの生活をしていたら、腰痛も再発した。こうなると、寝ててもしんどいし、もちろん起きていてもしんどい。クスリはなるべく飲みたくないから、コーヒーにオレンジ・ジュース、お茶と絶えず水分補給をする。しかし、3日経っても4日経ってもすっきりしない。口の中がまずくて、何を食べてもおいしくないし、空腹感がない。アー、シンド、アー、退屈………
熱など出したのは何年ぶりか、思い出せないほど久しぶりで、近年は風邪もひいたことがなかったから、何もしないでボーとしていることに慣れなかった。しかし、ナイフやノミを持つ気はしないし、パソコンをつけても目眩がしてしまう。もちろん外に出るなどもってのほかで、ベッドでうとうとするほかはなかった。眠くなくてもベッドに寝ている時には本でも読むしかない。で、枕元に並べたのはP.オースター。実は、この夏休みにものにしたいと思っている好きな作家で、すでに書評にも何度か取り上げたことがある。
→『リヴァイアサン』
→『偶然の音楽』『ルル・オン・ザ・ブリッジ』
→『スモーク』『ブルー・イン・ザ・フェイス』
熱があるときは、やっぱり読書もしんどい。しかし、オースターの小説は、こんな時でも妙に引き込まれる。『シティ・オブ・グラス』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』。これはニューヨーク三部作と呼ばれるが、前の2冊は探偵の主人公が人を見張る話。そして見張るうちに怪しくなるのが何より自分自身の存在ということになる。探偵とは自分を透明にして目的の相手に近づこうとする職業である。その透明な存在は、目の前で出来事が次々起こってはじめて、生きてくるのに、何も起こらなかったら、本当に自分自身の存在自体が危うくなってきてしまう。それで依頼者が何も言わないとしたら、いったい自分は何をやってるんだと自問自答せざるを得なくなる。依頼の趣旨がはっきりしない。これといった仕事が何もない。そこではっきりしているのは、自分が姿を隠しているという事実だけである。
『鍵のかかった部屋』は失踪した友人の残した原稿を出版する作家が主人公で、彼は友人の奥さんに恋をし、彼の伝記を書こうと懸命になる。これは自分を友人の立場に限りなく近づける行為で、いわば「分身」のドラマだが、自分の存在があやふやになることでは「透明」と共通している。友達に成り代わろうとする自分と、自分であろうとする自分の葛藤。あるいは逆に友達に乗り移られてしまいそうになる不安。
「分身」と「透明」と言えば、それは清水学さんの
『思想としての孤独』
のキーワードだった。自分はいったい誰であるのか、と問いかけはじめた瞬間から、誰もが、自分の存在の不確かさやあやふやさに悩むようになる。自分がこの世界でかけがえのない、たった一つのユニークな存在であること、そうなるように努力すべきであること。それは欧米の近代社会が作りだしたフィクションだが、そこにとらわれた人間は必ず、また自己の「透明」さや「分身」と戯れ、悩まされることになった。まさに根源的な「ジレンマ」あるいは「パラドクス」
オースターの小説の主人公は、自分を分身にしてしまう、あるいは分身に乗っ取られたままにさせておくといった状態を受け入れながら、何の意味もない、何の役にも立たない行為に自身をを没入させ続ける。それこそ寝食を忘れ、他人や社会の存在を無視してのめり込む世界。主人公はやがてそこに奇妙な達成感さえ持つようになる。読みながら不思議な共感を覚えるが、それはまた、最近話題の「引きこもり」とはどこかが違う気もする。
僕は結局、休みのほとんどを家に閉じこもって過ごす羽目になった。その間、同居人はクラフト・フェアやグループ展で出かけることが多かったから、僕はほとんど一人だった。誰にも会わず、何もしない10日間。体調はどうやら戻りつつあるが、外の社会へ出かけていくのがまた億劫になった。このまま「引きこもり」を続けたら、どうなるかな?なんて、オースターの小説を実践してみたい気が芽生えてしまった。それにしても、千客万来で忙しかった去年とはまるで違う、今年のゴールデン・ウィークだった。
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