・もう2カ月以上、この欄を更新していない。最近、CDをろくに買っていない。通勤途中によれる店がないことや、休みになって出かけなくなってしまったせいもあるが、一番の原因は、『アイデンティティの音楽』を出して、気が抜けたことにある。とはいっても、もちろん、音楽を聴かなくなったのではない。わが家には1000枚を超えるCDがあるから、聴きたいものに不自由はしない。しかし、それらはあらためてレビューで取り上げるものでもない。そろそろ何か取り上げねば、と気にはなっていたのだが、そのまま時間が経ってしまった。
・で、CDの棚を見回したら、取り上げようと思ってそのままになっているのが何枚もあるのに気がついた。一つはR.E.M.の
"Reveal"。タイトルは「明らかにする」、あるいは名詞なら「暴露」。前作の"UP"が今ひとつの気がしたのだが、今回のは聴いたかぎりでは悪くない。しかし、すぐにレビューを書くというほどのものではなかった。まず第一に、アルバム・ジャケットが何ともつまらない。よく見ると、鴨が水辺にむかってぞろぞろ歩いていて、撮している人、たぶんマイケル・スタイプの影が写っている。彼の写真好きは有名で、日常のスナップがこれまでのアルバムにも使われているが、僕はそんなにいと思わない。R.E.M.が元気がよかった頃は、まずアルバムのジャケットに斬新さを覚えたのだが、そういう工夫をわざと削ってしまっているようにも感じてしまう。歌詞を見渡しても、過去を反省する内容が多い。基本的にには前作と同じトーンのように思った。
僕は高いところにいた 高いところまで登った
しかし人生は時に、 僕を押し流す
僕は間違っていた?
わからないし 答えなんてない
ただ信じることだけが必要だ "I've been high"
・
P.オースターについて文章を書く準備をしながら考えているのは、「アイデンティティ」の獲得と喪失について。この社会では人はだれでも、何者かになるために自分を探さなければならないし、何者かであるために自分をつくりあげなければならない。そうしなければ、だれも自分のことを認めてはくれない。けれども、そのような自分の「アイデンティティ」はたわいもないことで揺らいでしまったりするし、また逆に、自分から捨て去ってしまいたくもなる。オースターの小説には、そんな自分のアイデンティティを自ら消去しようとする人物がくりかえし登場する。捨てていった果てに、いったい、残るのは何?そして、他人との関係はどうな
・R.E.M.に限らないが、一度頂点に上り詰めたスターは、今度はその固定化されたイメージに悩まされる。一方では音楽は絶えず新しい世界を切り開かねばならないから、獲得した名声がその足を引っ張るようになる。マンネリ、スランプ、才能の枯渇、そして堕落………。で、つづくのが、できあがったイメージ、つまりアイデンティティを剥がしたり、捨てたりする行為。ボブ・ディランやビートルズから始まって、エリック・クラプトンやブルース・スプリングスティーン、それにスティングなど、こんな過程の中で右往左往したミュージシャンは少なくない。R.E.M.はその現在の典型のように思えるし、Radioheadも似たような状況にいるような気がする。
・オースターと絡ませてルー・リードについて調べている。彼はオースターの映画『ブルー・イン・ザ・フェイス』の冒頭部分に登場してニューヨークやブルックリンについて語るのだが、彼の歩いてきた道もまた、アイデンティティやイメージの獲得や喪失をめぐるものだった。彼が率いたヴェルヴェット・アンダーグラウンドはアンディ・ウォホルとの関係なしには存在しえないバンドだった。実存と虚構、本物と偽物のあいだの垣根を取っ払ってすべてを同列にならべてしまうこと。リードやウォホルがしたのはまさにそんなことだったが、それだけに、一人になったルー・リードが自分の世界をどんなふうなものとして作りあげるのかは難しいテーマだった。
・で、結局彼はニューヨークの風景とそこに生きるさまざまな人の生活をスケッチして歌う吟遊詩人になった。サウンドもことばもかぎりなくシンプルで、それがかえって聴くもののイメージを喚起する。マイケル・スタイプも一人になって、自分を誇示することなくスケッチ、というよりは彼の場合には写真を撮るように、情景や人びとを歌にする才能があると思うが、まだまだそんな境地には至っていないようだ。
・P.オースターの小説を読むと、彼の淡々としたストーリー・テラーの役割に魅了されてしまう。それは彼が、民話や神話あるいは童話にある語られる物語の手法を意識しているせいだが、これは歌にだってつかえる手法で、ルー・リードやヴァン・モリソンがそれをすでに自分のものにしているように思っている。イメージ豊かに作品を作りあげるのではなく、できるだけシンプルにして、読む者、聴く者が自らイメージを呼び起こせるようにすること、だからこそ、読者や聴き手はその世界に誘い込まれていく。そんなことができるミュージシャンは、やはり、人生のなんたるかをある程度経験したあとでなければ生まれてこないのだが、ほとんどの人はその途中で消えていってしまう。
0 件のコメント:
コメントを投稿
unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。