2004年5月11日火曜日

月尾嘉男がカヤックでホーン岬に行った


月尾嘉男はテレビにも良く出るコンピュータ研究家だが、NHKのハイビジョンで、カヤックを使ってホーン岬に挑戦した記録を見た。ホーン岬は南米の最南端にあって、海の難所として知られている。陸路でいけるところまで行って、あとはカヤックというわけだが、その距離は尋常ではない。島から島、海峡から海峡へというルートだから潮の流れも早いし、天候が急変する。


彼は東大を定年前にやめて、独自の活動をしている。その一つにカヌーやカヤックを使って、日本の河川や海岸の環境破壊や汚染の状況を観察するという試みがある。今回の冒険はいわばその延長にあるわけだが、とても一人で冒険できるようなコースではない。番組ではプロのカヌーイストが3人つき、ドキュメントを制作するスタッフが乗る船が伴走した。一ヶ月以上の時間、何人ものスタッフ、それ相当の資材や食糧。カヤックでホーン岬にたどりつく行程はもちろんおもしろかったが、見ていて感じたのは、一人の冒険とそれを記録することに費やされる時間や労力や費用の大きさの方だった。


これはたぶん、意地悪な見方だと思う。60歳を過ぎた人が冒険に挑戦する。それがコンピュータや環境問題を研究する学者であれば、興味深い試みであることは間違いない。何しろ彼は、日頃から日本の海岸や河川をカヤックを使って観察しているのだから。コンピュータ化と自然破壊、人口の増加と食糧危機、豊かさや便利さの追求と地球の破滅。月尾嘉男は今、そのことについて最も精力的に活動し発言する人でもある。


しかし、僕が意地悪な見方をしてしまった理由もたぶん、そこにあったのだと思う。彼が『縮小文明の展望』(東京大学出版会)で提唱するのは「生活水準の向上→経済活動の拡大→資源消費の増大→環境問題の拡大」という現在の図式を「生活水準の向上→経済活動の拡大→資源消費の減少→環境問題の緩和」という図式に変えることである。ここには具体的には、コンピュータなどの最新技術はどのようにしたら、資源の浪費ではなく、節約に使えるのか、食べずに捨てられる食糧を減らすためにすべきことは何か、また、エネルギーの効率の悪い使われ方はどのようにしたら是正できるか、といった無数の課題がある。


さまざまなデータを駆使して彼が描きだす現代文明の異常さには説得力がある。地球の誕生から現在までを1年間(地球時計)に換算すると、最初の人類が登場するのは大晦日の12月31日で、現在の人間の直系の祖先が現れるのは23時58分頃になるそうである。その1年間の最後の2分間に起きたこと自体が地球にとっては異常なことだが、産業革命以後に人類がしてきたことはさらに異常で、地球時計ではわずか数秒の

時間だという。人口の爆発、資源の枯渇、環境の破壊、多くの動植物種の死滅………。
もちろん、その数秒間で、人間はかつてないほどの豊かさや便利さを手にし、知識や芸術や娯楽を享受してきた。しかし、その破綻が目の前にやってきていることは明らかで、大きな転換をはからなければ、地球に未来はない。このような指摘なのだが、いったいどうしたら、そのような危機は回避できるのか。それは数値的に見れば、途方もないものである。たとえば温暖化を食い止めるために炭酸ガスの総排出量を減らすためには、一人当たりの量を1900年頃の水準に戻す必要があるという。


生活水準を変えず、しかも経済活動を拡大させながら、エネルギーの消費や環境の破壊を100年前の数値に低下させる。こんなことは絶対不可能なことだと思う。月尾嘉男が鳴らす警鐘はきわめて深刻なものだが、それに対する対応策はまた、何とも些細な例の連続で、また抽象的でありすぎたり、技術の進歩に頼りすぎていたりもする。


大がかりな冒険をテレビ番組の制作として行う。それがオールで漕ぐ一人乗りのカヤックでというのは、何ともエネルギーの無駄づかいではないのか。マゼラン海峡の雄大さや厳しさを映し出し、波や潮の流れと格闘するさまを見ていて、僕はそんなことばかりを考えてしまったのだが、それはまた『縮小文明の展望』を読みながら感じたちぐはぐさと同じものでもある。

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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。