・旅行者にとってシエスタという習慣はありがたくない。午後の3時頃になると店という店が閉まってしまう。にぎやかだったとおりが閑散とするから、無警戒でぶらぶら歩くこともできない。旅行ガイドの『地球の歩き方』には、スペインの治安の悪さがしつこく書かれていたが、その時間帯は夜以上に午後から夕方にかけてだった。マドリードやバルセローナではシエスタを取らない店も多いと書いてあったが、どうしてどうして、通りが軒並み休み、なんてところも結構あった。
・じゃあ、スペイン人は一体いつ働くのか?なんて文句も言いたくなったが、暗くなる頃には、また店が開き始めて、深夜遅くまで開いている。スペインでは昼食は2時過ぎ、夕食は8時過ぎからが普通で、サッカーも、その夕食をすませた10時過ぎから開始なんてことになる。しかし、夜更かししても、昼寝をしているから、朝寝坊ということもないようだ。ホテルの前の大通りは夜が明けるまえからラッシュ状態で、人びとの往来も始まる。朝の8時から2時まで働けば6時間。一休みしてまた数時間というのだから、けっして怠け者ではない。それで、食事にも睡眠にも十分な時間がとれるのだから、生活の仕方としては理にかなっている。冬はともかく、スペインの夏は暑い。マドリードは50度にもなるという。とても働けるような環境ではないのである。
・そんなことにちょっとしたカルチャー・ショックを感じたのだが、ふと自分の普段の生活を振り返って、ほとんど同じであることに気がついた。ぼくは食事をすると、横になって眠りたくなる。だから、外食はあまり好きではない。家にいるときには、昼食の後にごろり、夕食の後にごろりとして、数分から場合によっては数時間も寝てしまうことがある。もちろん、その分、夜の睡眠時間は短くなる。アー、同じリズムだ、と思ったら、妙に親しみを感じるようになった。そういえば、ぼくは立ち食いの蕎麦とか、お湯を差したりレンジでチンするだけの食べ物は好きではない。おいしいと思わないし、食べることをないがしろにしているように感じてしまう。
・オーウェルの『カタロニア賛歌』(岩波文庫)には、負傷して担ぎ込まれた病院での話があって、いかにもスペインではありそうだと納得してしまった。
・朝6時頃の朝食はスープ、オムレツ、シチュー、パン、白ワイン、コーヒーからなり、昼食はこれよりもさらに量が多く、民間人の大半がひどく食料に困っているときにこうなのだ。スペイン人は軽い食事などというものを認めていないようだ。病人にも健康な人と同じ食事を与える…………いつでも同じ濃厚な、脂っこい料理で、なんでもオリーブ・オイルにひたしてあった。(201p.)
・確かにそうだ。何でも量が多いし、何にでもオリーブ・オイルがかかっている。けれども、イギリス人だってかなりの大食いだし、何にでもバターが入っているように感じた。バターの代わりにオリーブ・オイルをパンに塗るのは、むしろあっさりしていて、身体にも良さそうだ。トマトをペースト状にしたジャムなんてのもあって、なかなかおもしろい。それに、肉ばかりじゃなくて、魚料理も豊富にある。簡素な朝食を「コンチネンタル」と称して、「イングリッシュ・ブレックファスト」を自慢にしたりするが、食べることについては、明らかに、イギリスよりはスペインの方が豊かだ。
・スペインのホテルではどこでも、朝食バイキングのメニューは豊富で、ぼくは朝から腹一杯食べた。で、昼食はミルクたっぷりの「カフェ・コン・レチェ」だけ。別に昼食をけちったわけではない。それだけ、朝のメニューが食欲をそそったのだ。生ハム、スモーク・サーモン、トマト、果物、それに何種類ものデザート………………。オーウェルが言うように、スペインでは当たり前の朝食メニューなのかもしれない。けれども、スペインでは昼が一番の食事なのだという。そんな大食いの割にアメリカで見かけるような巨漢を見ることが少なかった。栄養のバランスがいいのか、時間の使い方が健康的なのか。
・食後のデザートも、その量は半端ではない。「クレマ・デ・カタルーニャ」はバルセロナの代表的なデザートで、皿一杯のカスタード・クリームの上に、砂糖を焼いてつくったキャラメルの板が乗っている。おいしいけど甘いし、量が多い。これでは、身体に悪いのではと心配するけれども、メインの料理にはほとんど甘みがないから、全体として糖分過剰ということはないそうだ。そう言えば、日本で外食をしたり、出来合いの料理を食べて思うのは、何でも甘い、甘すぎることだ。だから、最初の頃は食べるものがみなしょっぱく感じた。塩分の取りすぎではないか、と思ったが、ヨーロッパでは長寿の国に入るというから、実際にはそれほどではないのかもしれない。
・シエスタについて書くつもりが食事の話ばかりになってしまった。しかし、おいしく、楽しく食べ、消化する時間をたっぷりとり、そのエネルギーをまた楽しいことに費やす。仕事はあくまで、そのためにやらなければならないこと。こういう人生観をもって生きるというのは、何と豊かなことか。そういう意味で言えば、現在の日本人の生活は何ともみすぼらしい。
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。