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・ハヴェルが大統領に就任した直後の1990年4月に,ルー・リードはプラハを訪れている。この番組にはなかったが,彼の伝記によれば、最初は躊躇していたのに、「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」の曲を忠実に再現するバンドの演奏を聴いた後に,リード自らステージに上がって歌ったとある。番組では、ホワイトハウスに招待されたハヴェルがルー・リードの出席と演奏を求め,クリントン大統領の前で歌った様子が映されていた。ホワイトハウスはおよそ,ルー・リードには似合わないが、ハヴェルにとってはどうしても一緒にいてほしい人だったようである。 ・「私が大統領になったのはルー・リードがいたからだ」。このようなことばを公言する人がチェコスロバキアの大統領になった。ハヴェルは政治家ではなく劇作家だったから、共産党政権下からの変容がどれほどのものだったかと、今さらながらに思った。そのハヴェルはチェコスロバキアがチェコとスロバキアに分離した後も、チェコの大統領を2003年まで務めている。2011年に亡くなっているが,ルー・リードもまた2013年に亡くなった。ベルリンの壁前でコンサートをしたデビッド・ボウイ、東ドイツで弾圧に屈せず,抗議の歌を歌ったニナ・ハーゲンとは対照的なハヴェルとリードの関係に、僕は音楽の持つ力を強く感じた。 |
2023年5月22日月曜日
ルー・リードとビロード革命
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。