2026年2月23日月曜日

パティ・スミス『ジャスト・キッズ』河出書房新社

paty8.jpg この本は2012年に発売されている。もう12年も経っているが、ずっと本棚で眠っていた。次に書評する本がなくて何となく手にして読みはじめたら、面白くて夢中になった。で、読み終わったところでパティ・スミスのデビュー・アルバムが50周年記念で再発売されたことを知った。奇遇だが、そんなわけで、2週続けてのパティ・スミスである。

『ジャスト・キッズ』は子ども時代からデビュー時までの彼女自身の回想録である。ニューヨーク・パンクの女王などと言われたが、ここに登場するのは、どちらかと言えばシャイで目立ちたがりやではなく、それほど突っ張っているわけでもない素顔の彼女である。モダンジャズ好きの父親に敬意を払い、優しい母親に甘える一面もある。子どもの時には妹や弟と遊んだが、その関係は大きくなっても続いている。本を読むのが好きで良く詩も書いていた。そんな彼女が家を出てニューヨークに住むきっかけになったのは、思いがけない妊娠と出産だった。

産まれた子どもは養子として託し、カレッジを中退して、アルバイトの仕事をし、大したあてもないのにニューヨークに行くことを決心した。知り合いのところに居候をしたり、時に野宿もして、ウェイトレスの仕事を見つけてもすぐに首になったりした。ロバート・メイプルソープと出会ったのは、本屋の仕事を見つけてしばらく経った頃だった。

ロバートとパティは一緒にドローイングを描き、住んでいる部屋に貼りつけたり、安い小物や拾ったものを使った作品を作った。彼はやがてカメラに興味を持ってアバンギャルドな写真家をめざすが、パティもまた詩を書いて朗読会で発表したりするようになる。チェルシー・ホテルに住むようになると、多くの作家や詩人、あるいはミュージシャンとも親しくなって、二人の存在も認められるようになった。

二人の仲に変化が現れたのはロバートがホモセクシャルな関係に目覚めたことが原因だった。しかし、恋人関係ではなくなっても、一緒に制作をしたり、互いの作品を認めあったりする関係は続いた。ロバートの才能を誰よりも信じて評価をしていたパティは、彼が脚光を浴びることを願ったが、注目を集めるようになったのは彼女自身の方が先だった。詩の朗読にギターやピアノのバックをつけたところから、やがて歌うようになり、ドラムを加えてロックバンドになる。29歳のデビューだから、ニューヨークに来てから8年ほどの時間が経っていた。

デビュー・アルバムのジャケットはまるで少年のような風貌のパティだが、それを撮ったのはロバートである。その後のアルバムにも彼の撮った写真が使われているが、彼はエイズで長期間苦しみ1989年に亡くなった。パティもまた結婚を機に活動を休止していたが、夫のフレッドと共作した 『ドリーム・オブ・ライフ』で88年に復活した。その間彼女はデトロイトに住み、時折ニューヨークのロバートを訪ねて彼を励ましている。そんな意味で、この本は彼女自身ではなくロバートとの二人の物語として読めるものだった。

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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。