2004年11月9日火曜日

何でブッシュなの?

 

・米国の大統領選挙でブッシュが勝ってしまった。この4年間に彼がやってきたこと、招いてしまったことを考えると、これからの4年間にいったいどんなことがおこるのか、空恐ろしい気がしてしまう。何としてもケリーに勝ってほしかった、というよりはブッシュに負けて欲しかった。そんな思いで選挙の結果を注視していたのだが、結果には、腹が立つというより、暗澹たる思いである。
・米国の大統領は米国だけのものではない。世界中に大きな影響を与え、世界を動かす存在であることを如実に示したのは他ならぬブッシュだ。だから、米国以外の国の人たちは利害関係を持つ企業家や投資家や政治家をのぞけば、ほとんどブッシュの再選に反対だった。にもかかわらず、アメリカ人の過半数が彼を支持したのだから、本当に信じられない気がする。
・9.11の恐怖から逃れられないという気持ちはわからないでもない。けれども、その恐怖心が何倍にも増幅して、アフガニスタンやイラクを滅茶苦茶にしてしまったことに、アメリカ人はどれだけの自覚をしているのだろうか。イラクでの状況がベトナム戦争の再現であり、泥沼化してどうしようもない状況を招くだけであるのは、開戦前からわかっていたことである。少なくとも、米国の外にいれば、簡単に予測がつくことだった。それがわからないアメリカ人の多さに愕然としたが、それが現実化した現在でも、なお、力で抑えつけようとするブッシュを支持してしまう。
・これはもう、米国を好きとか嫌いとかいうレベルの話ではない。状況を判断することができずに感情的に暴走する怪物を、いったい誰が、どんなふうにして抑えることができるのか。大統領選挙の結果には、そんな絶望的な気持がつきまとう。
・もちろん、ブッシュに反対し、ケリーを支持した人の数も多い。その意味では、米国ははっきりとした意見の違いで大きく二分されたと言える。各州の勝ち負けの状況を記した地図を見ると、東海岸と西海岸、それにシカゴ周辺がケリー支持で、南部と中西部はブッシュ。リベラルと保守がきれいに色分けされた様子と、その対立の大きさは、60年代を思い出させるほどである。
・そういえば、僕はブッシュの顔を見るたびに、『イージーライダー』の最後のシーンで、理由もなく二人の主人公を撃ち殺すトラックを運転する農夫を思い出す。奇妙な外見が気に入らないという理由だけでにやにやしながら発砲する。その表情がそっくりなのだ。もっとも、南部や西部の人たちにとっては、東部の気取った連中にはやっぱり嫌悪感をもつようで、前回のゴアの敗戦は、何よりそれが一番の原因だったとも言われている。けれども、それが投票行動を左右した一番の理由だとすれば、やっぱり内向きで世界の現状を見ていないといわざるを得ない。
・敵と味方、善と悪をはっきりさせ、多様性を認めず、自分の信念を強調する。ブッシュの単細胞さ、身勝手さは独裁者の性格そのものだが、しかし、ブッシュにはヒトラーがもっていたようなカリスマ性はない。演説も話にならないくらいへたくそだ。アホづらをし、とんちんかんな発言をして、相手を失笑させる。大統領になるまでにほとんど外国に行ったことがなかったというから、世界に対する関心もほとんどなかったのだろうと思う。しかし、そこが愛嬌になって親近感を持つ人がいたりする。米国大統領の権限の大きさ、強さと、それを選ぶ判断基準の些末さ、いい加減さ。
・そんなブッシュがまた大統領になって、これから4年間、世界を動かしていく。日本はというと、小泉がその提灯持ちをして、素直にしたがうのだ。取り返しのつかないことにならなければいいが………。今はただ、それだけを願うのみだ。

2004年11月2日火曜日

井上俊『武道の誕生』吉川弘文館

 

budo.jpg・アテネ・オリンピックで、日本はメダル・ラッシュに盛りあがった。一番の稼ぎ頭は柔道で、青い柔道着に違和感をもったとはいえ、選手の活躍があらためてお家芸であることを認識させもした。今回はその柔道についてである。
・柔道は日本の国技だが、その歴史は古くはない。というよりは明治から大正にかけて確立された、きわめて近代的なスポーツである。『武道の誕生』を読むと、その成立の過程がよくわかる。
・「柔道」は武術や武芸の一つとしてあった「柔術」をもとにしている。「術」を「道」に変えたのは嘉納治五郎で、彼は、各地に散財する諸流派を統合し、技の分類や段級制、あるいは試合のルールや審判制度を規定して理論的に体系化させた。しかも嘉納はそれを国内で確立させるだけでなく、同時に国際化させることも考えた。彼は日本人最初の国際オリンピック委員でもあった。
・この本ではそんな柔道の発展を、「伝統の発明」と「和魂洋才」という二つのキーワードを使って解きあかしている。
・伝統とは昔からあって現在に伝えらたもののことである。けれども、伝統といわれるものごとをよく見ると、そこには現在に合うように工夫された部分があるし、忘れ去られたものの再生であったり、場合によっては、新しく作られたものであることも少なくない。
・江戸から明治にかわって武芸や武術はその必要性を奪われた。食うに困った武士が見せ物として演じたりしたから、文明開化にあわない野蛮なものとしてあつかわれた。嘉納治五郎は、そこに「近代スポーツ」という性格を付与し、同時に伝統的なものを「道」として特徴づけようとした。それは日本人にとって受けいれられやすいものであったが、また欧米の人たちにとっても、ジャポニズムという魅力のひとつになった。スタイルを洋風にして、そこに和風の精神を注入する。「和魂洋才」によって「伝統」という名の新しいスポーツが「発明」されたのである。
・「柔道」は「剣道」もふくめて教育にとりいれられ、やがて軍国主義化の波のなかでスポーツよりは精神を鍛える手段に変質する。それは「没我献身」や「滅私奉公」といった自己放棄と国家への忠誠をたたき込むイデオロギーという性格を色濃いものにした。
・柔道は戦後になると再び、スポーツとしての側面を強くする。身体と同時に精神を鍛えるものであることが強調されたが、それは柔道にかぎることではなかった。メジャーリーグが身近になって、「精神野球」の特異さがあからさまになったことはその好例だろう。
・もっとも、オリンピックはますます商業主義化して、メダル候補選手のほとんどに強力なスポンサーがつくようになった。ドーピングで身体を改造させても強くなりたいという傾向も問題化している。こんなスポーツの現状にあって、「精神」とはいったい何だろうか。「精神」と「身体」と「金」。それは柔道だけの問題ではないようである。

(この書評は『賃金実務』10月号に掲載したものです)

2004年10月26日火曜日

台風の残したもの

 

forest37-1.jpegforest37-2.jpeg・何度めの台風か忘れるほどだが、とんでもないほど雨が降った。大学は6時間目から休校になったが、会議は予定通り。学部、大学院、全学と予定はぎっちりで、決めなければいけない重要議題がたくさんあった。僕も人事の提案者だったから、早退するわけにはいかなかった。風は大したことないが雨はかなり降っている。
・高速が通行止めになったら帰れなくなる。気が気ではなかったから、お役目がすんだところで早退することにした。ワイパーを最速にしてやっと前が見えるような雨。高速道路には水たまりができて、しょっちゅうハンドルを取られる。帰ってホッとしたら、神経を使いすぎたのか、目が痛くなった。

forest37-3.jpegforest37-5.jpeg・帰ってしばらくすると風も強くなった。森の大木が大きく揺れ、背の低い木は真横になるくらいにしなっている。屋根には枝が落ちてくる。これはすごいことになると心配した。テレビのニュースを見ると、台風は山梨県に向かっている。しかし、気にはなったがとにかくくたびれて眠い。木々の騒ぐ音を聞きながらいつのまにか寝てしまった。
・朝起きると、そとはまだ雨。しかし風はやんでいる。テレビをつけるとかなりの被害が出たようだ。しかし、高速道路は動いている。で、また大学に出校。途中から陽がさしはじめた。

forest37-7.jpegforest37-8.jpeg・台風が何度も来て、周囲にもいろいろ被害が出ているようだ。底で繋がっている西湖と精進湖、そして本栖湖は水かさがかなり増したという。出かけてみると、本当に水が多い。いつもより湖面が近くに感じられる。西湖では、サクラの木がぽきりと折れ、湖岸には水没した車が放置されていた。いつもカヤックをやるために車をとめた砂地も、完全に水没していて、ボートはロープでくくられていた。
・本栖湖でも同様で、草の生えた湖岸や太い木が水に浸かり、遊覧船の乗り場も水没していた。

forest37-9.jpegforest37-10.jpeg・精進湖の近くにある「赤池」に水がたまったという新聞記事があったから、そこにも出かけてみることにした。富士六湖というほどの大きさはとてもない、ちょっとした小池だ。やはり地下では西湖や精進湖とつながっていて増水すると出没するという。湖面が下がれば消えてしまう束の間の小さな湖………。近くまでいくと、鳥が飛び立ち、足元を見ると鹿かウサギの糞がたくさんあった。ほとんど人が近づかない薮に被われた一角。もっとも真上には国道の橋が架かっている。


forest37-6.jpegforest37-4.jpeg・例年より半月も遅い富士山の初冠雪。昼に近かったがたしかに頂上付近はうっすら白い。青空に映える富士。山も色づき始めている。もうすぐ 11月だからとっくにそうなっていいはずなのに、やっと秋らしい季節になったようだ。とはいえ、あちこち歩き回っているうちに、汗をかいてしまった。長い冬はそれなりに厳しいが、季節はずれというのは、また、なんとも間が抜けた感じがする。

2004年10月19日火曜日

REM, Tom Waits and Mark Knopfler

 

・気になるミュージシャンのニュー・アルバムを続けて買った。どれもいいけれど、しばらくぶりなREMから。"Around the Sun"は前作の"Reveal"からは3年ぶりになる。もっともREM、というよりはマイケル・スタイプスについてはつい最近、「ドニー・ダーコ」でもふれたばかりだ。しばらくぶりに懐かしい声を映画で聴いて飛びついたのだが、別のミュージシャンだったという話だ。言いかえれば、ぼくのなかではそれだけ待ち遠しかったアルバムということになる。で、聴いた感じはというと、なんとも印象が薄い。印象の薄さを自覚するかのように、アルバム・ジャケットにはピンぼけ写真が使われている。そこにマイケル・スタイプスのどんな意図が込められているのか。何度も聴いて、歌詞を読んでみた。何とも頼りない心もちばかりが伝わってくる。
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ためらいが背中をつかんでいるから
君が僕を見ていなければ強くなれるんだけど
支えのない子羊のように混乱してしまう
"The Ascent of Man"
長い長い、長い道
で、どっちへ行ったらいいのかわからない
君がもし、もう一度手をさしのべてくれても、僕はたちさらなければならない
Make It All Okay"

・トム・ウェイツの"Real Gone"は前作同様、歌詞はやはり奥さんのキャスリン・ブレナンのようだ。"Alice"と"Blood Money"以来2年ぶりで、相変わらず仲良く歌作りをしている感じが伝わってくる。どの歌もストーリーをもっている。ブレナンが生み出すことばをウェイツが語る。聴いているだけでストーリーが理解できればいいのに、とつくづく思う。歌詞カードを見ながらでは、何ともじれったい。
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彼の有り金は3ドルで車はぼろぼろ
ましな暮らしを理由に別れた妻
彼女はボンネットにたまったほこりにグッドバイと書いた
で、どうなったって誰もが知りたがる話だ
"End"

・マイケル・スタイプスのつくる歌の主語はほとんど"I"で相手は"You"だ。それとは対照的にウェイツが歌うのはほとんどが"She"と"He"。じぶんへのこだわりの仕方、あるいはじぶんや他者をみつめるまなざしの違い。年齢の差かなと思う。ぼくはやっぱり、ウェイツの歌のまなざしに親近感をもつ。マイケル・スタイプはいつまでも若い、というより大人になりきれないといったらいいのか。

・もう一枚はマーク・ノップラーの"Shangri-La"。2000年に出た"sailing to philadelphia"以来だと思ったら、2002年に"The Ragpicker's Dream"というアルバムが出ていた。amazonのレビューを読むと、これもなかなか良さそうだ。
・シャングリラはカリフォルニアのマリブにあるスタジオの名前のようだ。サウンドは例によってアイリッシュとブルースの混じり合った独特のもので、ギターもなかなかいい。テーマは音楽と歴史。プレスリーやロニー・ドネガン、あるいはソニー・リストン(ボクサー)のことを歌っている。
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君が若くて美しかったとき
君の夢はすべてが理想だった
のちに、まったく同じでないにしても
すべてが現実になった
1600マイルを走って真実に後戻りすれば
はじめてレコードを作って母に捧げた君がいる
"back to tupelo"

・ じぶん自身をみつめる、こういうふりかえり方もあるんだと思った。もう一人のストーリー・テラー。よかったから"The Ragpicker's Dream"もAmazonに注文しよう。(2004.10.19)

2004年10月12日火曜日

テレビ取材体験記

 

・最近、取材をさせてくれないかという話が時々来る。専門分野のことについてはだいたい電話で、これは大学の研究室にかかってくる。家に来るのは、生活や暮らしの仕方についてのものだ。パートナーの陶芸についてなら大歓迎だが、僕のことならすべてお断り、ということにしているが、今回は話を聞いてみようかという気になった。理由はNHKの山梨ローカルで夕方の番組だったこと。もう一つは取材の理由がカヤックだったことだ。
・電話の相手は若い女性のディレクターで、河口湖周辺に住んでいて、なにかおもしろい生活をしている人をさがしているという話。カヤックを買った「カントリーレイク」の紹介だという。レポーターがカヤックを河口湖で見つけて乗せてもらい、その後工房で陶芸を体験するというシナリオ。だいたい5分ぐらいのレポートになるということだった。落ち合う場所と時間をうち合わせた。

・当日の天気は今にも雨が降り出しそう。シナリオではまず僕が河口湖でカヤックをしていなければならない。組み立てには30分ほどかかるから、撮影を始める1時間前には湖畔に出かけた。しばらく漕いでいると女性が二人、手を振っている。岸に近づけて、打ち合わせもなしに本番。レポーターの女性と話をして、オールの持ち方、漕ぎ方を教え、ライフジャケットをつけた後、さっそく、彼女を乗せて湖に出る。ところがしばらくすると雨。10分もたたずに岸に着けて慌てて片づけをはじめる。雨が激しくなって、撮影どころではないが、一応、パートナーが陶芸をやっていて体験ができるというやりとりをしなければならない。それをしないとわが家に移動という筋道がつけられない。びしょ濡れになって、片づけながらのやりとり。
・わが家に着くと工房に案内して、パートナーを紹介する。ビデオは回っているが、ほとんど気にせずふるまう。うまく撮れているのかどうか、編集できるのかどうか。スタッフは若い女性二人だけで、ディレクターは今回が初仕事だという。レポーターもまだ新米だ。工房の撮影をする前に、二人でこれまでの反省とこれからの段取りを話しあっている。

・聞けばディレクターはまだ23歳。短大を出てプロダクションに就職して、今年、NHK山梨放送局の下請け仕事に配属されたという。レポーターは26歳だが、再就職して今年から仕事をはじめたばかり。二人のやりとりを聞いているうちに、学生の実習活動を見守る教師になってしまった。
・わずか5分のレポートのシナリオをどうするか。やりとりのなかでレポーターが聞くべき質問は何か。僕らが京都から引っ越してきたこと。僕が東京まで車で通勤していること。パートナーが陶芸をはじめた理由などを喋りながら、同時に彼女たちの話も聞く。ディレクターはその間、撮影をしたり、ビデオを止めて話に加わったり。陶芸体験もまねごとで簡単にすます予定だったのだが、体験教室の費用を払って、しっかり作ることになった。
・昼過ぎにはじまった撮影は、結局6時間もかかった。終わったときには外は真っ暗。ずいぶん長い時間ビデオを撮ったようだが、それをどうやって5分にまとめるのだろうか。途中で独り言のように手順をつぶやいていた姿がおもしろかったが、また初々しくもみえた。レポーターも土遊びに夢中になると、喋ることを忘れる。それを指摘されて、やりなおし。端で見ていて何度も笑ってしまった。

・テレビのワイドショーやバラエティ番組、あるいはニュースには短いビデオ・レポートが頻繁に登場する。それを作っているのは、彼女たちのような下請けのプロダクションに働く若い人たちだ。おもしろい仕事だとは思う。しかし、テレビに映るほど華やかではないし安直でもない。手間がかかるし、力もいる。ディレクターは細いからだでビデオカメラをまわしつづけ、三脚を持ち歩いた。レポーターもその場その場で臨機応変のやりとりを心がけなければならない。うまくいかなければやり直し。
・結果的に長い時間つきあわされたが、取材されているとか映されているとかいう意識をほとんどもたずに、おもしろい体験をした。これは、何となくテレビに憧れる学生に話して聞かさなければ、と思う。もっとも、わが家ではNHKのUHFは見ることができない。

2004年10月5日火曜日

中沢新一『カイエ・ソバージュ』講談社選書メチエ

 

nakazawa1.jpeg・中沢新一は八〇年代に「ニューアカデミズム」の代表としてデビューした宗教学者だ。それ以降も意欲的な仕事を重ねてきているが、大学での「比較宗教学」の講義内容が最近、五冊の本にまとめられた。半年分が一冊のボリュームで、語り口調だから、深遠な内容が分かりやすくまとめられている。
・題名の「カイエ・ソバージュ」は「野生のノート」といった意味で、それぞれはまた、『人類最古の哲学』『熊から王へ』『愛と経済のロゴス』『神の発明』『対称性人類学』と名づけられてもいる。

 

nakazawa2.jpeg・これらの本の中で問われているのは、きわめて基本的な疑問だ。たとえば、人間が他の生き物や自然とちがう存在であることを自覚したきっかけは何か。その自然の中に多様な神を感じていた人びとが、たったひとりの神を信仰するようになったのはなぜか。国という世界のとらえ方、王様という存在はいつ、なぜ登場したのか。そしてお金でモノやサービスを交換する経済の仕組みは、どのように発展したのか。単純な疑問だけに、説明はまたどれも、きわめてむずかしい。しかし、考える基本は、それぞれについて、その原初的な形態をおさえることだという。

 

nakazawa3.jpeg・人間はその大半の歴史を、自然のなかで他の生き物とのちがいよりはつながりを自覚して生きてきた。その万物にはそれぞれ神(精霊)がやどり、力のある者も自然の前では無力な存在であることを自覚していた。食べ物は自然からの授かりものであり、それは多くの人たちで分けあうものであった。著者はそれを「自然」と「人」を共存させる「対称性のシステム」だったという。そのシステムが、最近の数千年間の人間の歴史のかなで徐々に崩されてきた。近代という社会、国民国家、そして資本主義経済は、その対称性を崩した「非対称のシステム」だというのが筆者の分析である。

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・こうまとめるとむずかしそうに思えるかもしれないが、『人類最古の哲学』で一番多く話題にされているのは「シンデレラ」の物語である。それはヨーロッパに語り伝えられた寓話だが、同じ形式は米国大陸にもアフリカにも、オーストラリアにも、そして、もちろん、アジアや日本にも見つけられる。それは、アフリカに誕生したホモサピエンスが世界中に広がった結果であり、現世人類として同じ意識や思考の構造をもっていることの証拠でもある。

 

その人間が、近代化のなかで大きく発想を変えた。その結果が現代の社会であるのはいうまでもない。非常に豊かだが、またそれ以上に問題を抱えてしまった世界。著者が示す方向性は、当然、「対称性のシステム」の再発見、再認識、再構築ということになる。環境の破壊を憂いたり、自分のなかに失われた自然を取りもどそうとする。それは私たちのなかに自覚される「対称性」への思いだが、世界中に散在する神話や民話から「非対称」の現代の社会を問い直そうという試みは、きわめて刺激的である。

(この書評は『賃金実務』9月号に掲載したものです)

2004年9月28日火曜日

息子の結婚式

 

・僕は結婚式は好きではない。だからなるべく理由をつけてお断りしてきた。ゼミの学生から仲人とか出席してスピーチとか頼まれることがあったが、これももちろんお断り。というよりまずこちらから、そういうものには出ないと宣言してきた。もっとも、学生たちも日頃の僕をみていれば、儀式が嫌いな先生だということはわかったようで、それほど頻繁に頼まれることもなかった。なにしろ僕は学生の前で一度もネクタイを締めたことがないのだから。それに口の悪い教師だから、晴れの場で何をいわれるかわからない。学生たちには、そんなふうに思われていたのかもしれない。
・僕の息子はすでに2年前から同棲をはじめている。だから今さら式を挙げなくてもと思ったのだが、けじめをつけたいようで、とくに反対はしなかった。仲人も頼まず、親戚も呼ばず、ゼミの先生や職場の上司も呼ばない。家族と友人、それに職場の同僚だけのうちとけた会にしたいという。堅苦しくなくて結構だと思った。しかし、服装は普段着というわけにはいかない。といって黒の礼服でもないだろう。滅多に着ることもないがスーツを新調することにした。ついでに黒の靴と白いシャツ。
・結婚式は神戸の異人館でおこなわれた。正直なんで異人館?と思ったがパートナーの希望だというから、あまりうるさいことは言わないことにした。女性にとっては、結婚式はやっぱり大事な出来事で、とやかく言ったら最初からしこりができてしまう。実は彼女のことを、息子にはすぎた相手だと思っている。仲良く暮らしてくれれば、それだけで十分なのだ。
・関西には1年数カ月ぶり。彼岸が近いというのにやっぱり暑くてむしむしする。新神戸駅から異人館まではそれほどの距離ではないが、衣装などの重たい荷物を持って急坂を登ると汗が噴き出してきた。控え室のクーラーの前で冷気にあたるが、ちっとも汗が引かない。久しぶりに息子に会うと頬がこけて顔色も悪い。「どうしたん?」と聞くと、すかさずパートナーが「三日前からプレッシャーで大変!」という。彼女の方はというと、いつもながらの平常心で元気いっぱい。「あー、やっぱり」と思った。息子は僕に似て、きわめて神経が細いのである。いい組み合わせだ。あらためてそう確認した。
・式は庭でおこなわれて、異人館を見物する観光客が塀越しに覗いていた。神も仏もいない「人前結婚式」。鳩の形をした風船を飛ばして、新郎新婦にシャボン玉を飛ばした。セレモニーのやり方にもいろいろある。そんな人ごとのような感覚で参加していたが、儀式張らない傾向は悪くはないと思った。風船が青い空に飛んでいくのを見送るのはおもしろかった。
・披露宴ではパートナーの弟君が「姉さんをどこの馬の骨かわからない男に取られる気分」といって会場をわかせた。おもしろい弟だし、兄弟仲がいいんだ、と感心した。それにひきかえ、わが家の兄弟は幼い頃から仲が悪かった。実はこの日は弟の誕生日で、祝ってもらう日になぜ祝わなければならないのか、ぶつぶつと文句を言っていた。そうすると、退席した新郎と新婦がウェディング・ケーキとは別にもう一つケーキをもってきて、「今日は弟の誕生日です」といって弟に差し出した。弟は突然のことにまごついたが、鞄もプレゼントされて、すっかりごきげんになった。「ほらみろ、いい兄貴じないか」そう言うと、「アー」といってうなずいた。
・二人はそれぞれの両親にもプレゼントをした。僕らがもらったのはハワイ旅行。ハワイは行ったことがないが、あまり行きたいところだと思ったこともない。しかし、せっかくもらったのだから、やっぱり喜んで行かなければ。いろいろ気を使いはじめたじぶんを自覚したが、気を使う度合いは息子たちの方がはるかに大きい。気のきかない、要領の悪い息子だと思っていたが、ちゃんと成長してくれた。そんなことを感じさせてくれる機会だった。
・結婚式は親にとっても晴の舞台だが、それは新婦の父親にこそいえる。彼はヴァージン・ロードを娘と歩き、式から披露宴のあいだに何度も涙をながした。僕には娘がいないから、そんな目にあうことはない。よかったと思う反面、ものたりなさもちょっぴり。娘をもった父親の気持ち。これは僕にとっては永遠の謎だ。