・甲斐駒ヶ岳登山は春から計画を立てていた。以前から憧れていた山で、京都に住むSさんに話すと、即座に行きましょう、ということになった。彼女は大学時代からあちこち登り続けていて、南アルプスにも詳しいが、甲斐駒ヶ岳だけはまだだという。「じゃー、夏休みに」ということになった。
・甲斐駒ヶ岳は南アルプスの北端にある。八ヶ岳あたりに行くといつも、そのそびえ立つ姿に見とれて、いつか登ってみたいと思っていた。で、夏休み前に日程を決め、8月にはいると、少しずつ距離を伸ばして、歩き慣れておくことにした。しかし、である。
・数日、付近の山を歩いて自信もつきかけた頃に、癖になっているぎっくり腰をやってしまった。予定の日までは10日ほどあるが、非常にやばい。Sさんにお詫びして中止にしようかと思ったが、4,5日でなおることもあるからと、様子を見ることにした。
・状態はなかなか改善しなかったが、散歩をすると、むしろ調子はよくなる。これなら、頂上までは無理でも、ちょっとなら歩けるかも、と思うようになった。で、決行!
・出発は夜中の3時。暗闇のなかを河口湖、西湖、本栖湖と抜けて、本栖道を下部へ下る。富士川を渡り、早川沿いに南アルプス街道を奈良田まで。1時間半の行程で、着いたときには夜が明け始めていた。ここからマイクロバスで広河原まで行き、バスを乗り換えて北沢峠まで、1時間半揺られたのだが、切り立った断崖の連続で、狭い道が所々陥没している。7月の豪雨のときには崖崩れもあったようだ。マイカー規制は当然で、とてもじぶんでは運転する気にならない道だった。途中幾つもの発電所がある。たぶんその工事のためにつくった道なのだろう。
・バスが何台も増発され、北沢峠付近には幾つものテントが張られている。すでに明け方前から、登山ははじまっている。腰の不安をかかえながら、とりあえずは、少しずつ登る仙水峠まで。7時半。松や白樺、あるいはブナがはえる森を川沿いに登る。最初は寒かったが、すぐに汗が出はじめる。仙水小屋をすぎると一面の岩の瓦礫に遭遇する。氷河期にできたもののようだが、地震があったら間にも崩れてきそうだ。1時間ほどで仙水峠に着く。そうすると、目の前に甲斐駒ヶ岳と摩利支天。その姿に思わず「うわー、すげぇ」と言ったまましばし絶句!
・最初はここまでと思っていたが、目の前の山を見ると、もっと先に行きたくなる。実は、膝の調子が悪くて行かないと言っていたパートナーも、花崗岩がむき出しの甲斐駒に興味をそそられて、一緒に来てしまったのだが、彼女ももう少し行ってみると言い出した。
・次のポイントは駒津峰だが、500Mをほぼ直線的に登るかなりきつい行程で、頂上をめざすSさんとは別にゆっくり登ることにした。しかし、きつい。たびたび休み、次々に抜かれるが、そのほとんどは中年で、なかにはぼくよりも高齢の人もいる。その健脚ブリに感心するばかりだが、こちらは腰や膝と相談して、無理はできない。
・ほんとうに長い登りで、頂上に着くまで2時間はたっぷりかかった。めげる気持を取りなおさせたのは、登るごとに見えてくる周囲の山々だった。鳳凰三山の一つ、地蔵ガ岳はまるで乳首のたった乳房のように見える。その右に富士山が顔を出したときにはまた感激の歓声。そして北岳。日本一と第2位の山が目の前にある。駒津峰に着くと南アルプスがはるか彼方まで見える。Sさんがいれば塩見岳や赤石岳もわかっただろうが、彼女はすでに甲斐駒に向けて歩いている。西には中央アルプス、木曽駒ヶ岳とその向こうに御嶽山。その北には北アルプス。文字どおり、何の障害もなく見渡せる360度のパノラマの世界だ。
鳳凰三山・地蔵ガ岳 | 富士山 |
北岳・間の岳・農鳥岳 | 木曽駒ヶ岳・御嶽山 |
・登山は登りがきついけど、下りもきつい。特につま先が痛くなってくると、やっかいだ。今回は腰痛もあって、そっと足をおろすといった感じで降りたから、下りもかなり時間がかかった。北沢峠に着いたのが2時過ぎで、しばらくすると甲斐駒まで行ってきたSさんも戻ってきた。いやいやすごい。
・とはいえ、甲斐駒まで行けなくて残念とは全然思わなかった。山を征服するという気はさらさらないから、景色や植物、あるいは石や地層などが楽しめれば、途中までで十分。そう思うと、今度は北岳に行きたくなった。Sさんは赤石岳もいいという。日頃の鍛錬をしなければ………。