・クリス・アンダーソンは『WIRED』の編集長で、「ロングテール」や「クラウドソーシング」といった、インターネットの発展に伴って現れたビジネスの新しい傾向を指摘し続けている人だ。その新刊が『MAKERS』(NHK出版)というタイトルだったから、ちょっと違和感を持った。彼がこれまでに提唱してきたのは、経済の力点がモノそのものの生産(アトム経済)からネットを使った流通(ビット経済)に移っている点で、「メーカーズ」ではそれに逆行するのではという印象を受けたからだ。
・読んでみて、そういった違和感は解消されたが、これまでの本で経験した、それこそ読んで目から鱗といった読後感は持たなかった。この本の主役は3Dのプリンターで、話の多くは、まだ現実には顕著に現れていない、将来の可能性のように思ったからだ。
・『ロングテール』(ハヤカワ新書)はアマゾンや楽天などのネット販売が、特定の品物を大量に売るだけでなく、多種多様なモノを少量売る役割を果たしている点に注目したものだ。実際、Amazonを知ってから、本屋を探してもなかなか見つからない書籍や、取り寄せに長い時間がかかる洋書などを簡単に見つけて、すぐに手に入れることができるようになった。大型のホームセンターに行っても見つからない品物や部品がアマゾンではすぐに見つけることができるから、僕は必要なものの多くをアマゾンで購入するようになった。
・このことは売る側にも言えることで、アマゾンや楽天に出店すれば、日本全国から注文が飛び込んでくる。そしてアマゾンに出店するのもきわめて簡単だ。あるいはYahooなどのオークションを使えば、不要になったモノを売ることもできる。ネットは個人間の取引に大きな市場を提供することができたのである。
・ネットはまた、「フリー」(自由で無料)なものを多く提供するようになった。「フリー」は60年代の対抗文化から生まれ、パソコンやネットを生んだ流れに引き継がれた原理でもある。作りだしたもの、考え出したものを商品化せず、シェア(共有)や交換、そして贈与といったやり方で流通させるといったやり方で、この原理は、実際にパソコンで使うソフトの多くが、誰もが無料で手に入れることができることのなかに生きている。
・インターネットは世界中を一つにしたから、必要な人材やアイデア、あるいは労力を世界中から募ることができる。「クラウドソーシング」は「群衆(crowd)」と「業務委託(sourcing)」を一緒にした造語だが、ネットが可能にした全く新しい仕事や雇用の形態にもなっている。ここにももちろん、自発的な参加や協力と報酬や対価を求めないという原理が生きている。
・アンダーソンが『MAKERS』で指摘しているのは、資本や大がかりな機会や専門的な知識や技術がなくてもモノ作りができて、それをビジネスにすることもできるという指摘だ。それを可能にするのがネットであるのはもちろんだが、パソコンでデザインしたものを形あるものにしてくれる3Dのプリンターや3Dのスキャナー、レーザー・カッター、そして木や金属の塊から思い通りのものを切り出すコンピュータ制御の工作機械(CNC)などである。
・パソコンでする木工や陶芸、彫刻をイメージしたらいいのかもしれない、アイデアと創造力があれば技術は必要ないし、良くできたものには商品価値が生まれるから、モノ作りの分野でのロングテールやクラウドソーシングの伸張につながることは容易に想像がつく。けれども、それらをビジネスとして成り立たせる世界は一人勝ちだから、グーグルやアマゾンがますます巨大になるだけだという一面は指摘しておかなければならない。それに、土や木や金属から何かを作り出すのは、それ自体が戯れとして楽しい行為なのだから、そこをパスして何がおもしろいの、と思う気持ちも残ってしまう。