・ボブ・ディランが『セルフ・ポートレイト』を出したのは1970年で、僕は大学生だった。アルバムのジャケットも自画像で、あまり似ていないと思ったが、レコードをかけてまず感じたのは、ディランらしくないという印象だった。しわがれた以前の声とは違って澄んだ甘い声とプレスリーを思わせるような歌い方に強い違和感を持ったことを今でもよく覚えている。もっともそのような変化は、前年に発売された『ナッシュビル・スカイライン』からで、メッセージ性よりは音楽そのものを楽しむ方向がより強調されて作られたものだった。自分で作ったものではない曲を歌っているのもデビュー盤以来で、それについても、ずいぶんびっくりし、がっかりもした。
・『アナザーセルフ・ポートレイト』はアルバムから漏れた曲、アウトテイクやデモ・テープを集めたもので、2枚組で35曲収録されている。『セルフ・ポートレイト』だけでなく、その前の『ナッシュビル・スカイライン』と次作だった『ニュー・モーニング』録音時のものも入っていて、60年代の終わりから70年代初めにかけてのディランの変化がよくわかる内容になっている。このアルバムもジャケットはディラン自身が描いた自画像で、割と最近の作のようだが、やっぱり全然似ていない。
・ディランの歌は公式盤の他に、その何倍もの量の海賊版が出されてきた。中には伝説となっているライブを録音したものもあって、音の悪さに関係なく貴重品扱いされたりもした。そんな市場に応えて「ブートレク(海賊版・シリーズ」が公式に出されるようになったのだが、『アナザー・セルフ・ポートレイト』はその10作目に当たるものである。CD2枚組と4枚組の2種類があって、4枚組にはイギリスのワイト島で1969年に行ったフェスティバルのライブ録音と『セルフ・ポートレイト』のリマスター盤が収められている。どちらを買おうか少し迷ったが、4枚組は値段が15000円もするので、2000円の2枚組にすることにした。
・このようなアルバムは、ディランに特別の関心や愛着がなければ意味のないものかもしれない。しかもこの時期は、プロテストソングの旗手として注目され、ロックギターに持ち替えてフォークロックというジャンルを築いたディランが、交通事故以降沈潜していて、表だって注目されることもあまりなかった頃である。ディランがザ・バンドをバックに精力的なコンサート・ツアーを行い、それが『偉大なる復活』という名のライブ盤として発表されたのは1974年のことだった。
・けれどもだからこそ、この時期のディランはおもしろいとも言える。音楽的にも生き方においても、新しいものを探してあれこれ模索をする様子がうかがえるからだ。カントリー音楽を取り入れたり、プレスリーの真似をしたり、ザ・バンドとのセッションを重ねたりして、揺れ動きが大きい分だけ、ディランの多様な面を垣間見ることもできる。歌詞の面でも同じことが言える。直接的なプロテストや批判ではなく、自分にも問いかけるような視点を持った曲が多くなった。
・そんなディランの模索がまた、若いミュージシャンの指針になったことは、この時期にデビューしたミュージシャンに共通の特徴を見たらよくわかるだろう。ニール・ヤング、ジャクソン・ブラウン、ジェームズ・テイラー、ジョン・プライン、ライ・クーダー、エミルー・ハリス、スティーブ・グッドマン等々……。今はもう死んでしまっていたり、あるいは大御所になっていたりして、たくさんのアルバムを出している人ばかりだ。そう思ったら、ここに上げた人たちをまた聴きたくなった。iPodではなく、久しぶりにCDで、というよりはレコードで聴いてみようか。