・「マネーの狂わせた世界で 金融工学者の苦悩と挑戦」は、進行する格差の中で急増したホームレスの人たちを救済するために,慈善ではなく投資として活動する人たちに注目したものである。「金融工学」は聞き慣れない分野だが、マネーを株や為替に投資して私腹を肥やすのではなく、本当に必要な貧困層に向けるための方策を考え,実行することを目的にするようだ。登場した人たちからはしきりに「ソーシャル・インパクト」(社会的投資)ということばが話されて,これも初耳の考えだった。
・ホームレスは失業し家を失った人たちだ。だから彼や彼女たちの職を作れば、家も借りられるし、衰退し荒れた街も活性化する。それ自体は新しい試みではないが、政府や自治体ではなく、投資家を募って資金を集めて行うことが新しい。投資はもちろん,慈善ではなく利益を目的にするというのである。いかにもアメリカ的な発想だが、登場したのは韓国系アメリカ人だった。彼は同様の投資をギリシャでもやり始めているようだった。
・番組が終わった後のニュースでは、大津地裁が高浜原発の運転差し止めを決定したことが報じられた。NHKには珍しく、野球賭博より先だった。で、続いた番組は、「ジャック・アタリが語る 混迷ヨーロッパはどうなるのか?」で、僕は彼のファンだから、これも興味をもって見た。彼はフランスのミッテラン政権時のブレーンで、EU統合に尽力した人だが、哲学者で,おもしろい本を何冊も書いている。
・NHKの記者が「EUへの難民の急増とその対応への苦慮」について質問すると、アタリは100万人でもEU全体の0.2%、150万人でも0.3%にすぎないと言った。この程度の難民をEUは引き受けることができるはずだというのである。言われてみれば確かにその通りだと思った。若い層の人たちの流入は短期的には混乱を生じさせても,長期的には高齢化を抑える助けになる。
・アタリは日本が抱える最大の問題として,高齢化と少子化をあげていた。若い層を増やすにはどうしたらいいか。彼が言ったわけではないが、EUを少しでも見習って、難民や移民を引き受ければいい。0.2%なら20万人、0.3%なら30万人になる。実際内閣府が毎年20万人の移民を引き受ければ、日本の人口減少は解消されるという試算を出している。
・しかし、現在の日本の人口に占める在留外国人の数は200万人に過ぎない。すでに他民族化しているEUにとっての0.2%とは,まったく意味あいが異なってくる。日本人が日本は多民族国家になってもいいと思うには、超えなければいけない社会的、心理的な高い壁がいくつもあるからである。
・アタリは2006年に『21世紀の歴史』という予言的な本を書いている。日本では2008年に出版されていて、ぼくはこの欄で次のように書いた。
・21世紀の前半はますます悲惨なものになる。市場の力が国家を超え、国単位では制御できなくなる。近視眼的な見方しかできない市場では、資源や食料、あるいは水や空気を巡る統制のきかない奪い合いが起こり、紛争や破綻の火種が世界中に発生する。で、そのままでは当然、世界は破滅ということになるのだが、そこまで行ってやっと、何とかしようという大きな動きが起こるという筋書きになっている。
・アタリが希望を託すのは、社会的な公正や環境の改善を目的としたビジネスである。この「ソーシャル・ビジネス」はすでに開発途上国では多くの実績が上げられている。先に取り上げた「金融工学」や「ソーシャル・インパクト」といった発想が21世紀の歴史を好転させることができるかどうか。僕はもう生きてはいないが、将来に向けた一縷の希望であることは間違いないと思った。