3月7日に中山容さんが死んだ。65歳、やり残したことがたくさんあって悔しそうだった。最近はタイがすっかり気に入って、休みのほとんどをチェンマイやバンコクで過ごしていた。去年の夏休みもタイで過ごすつもりでいたようだが、直前に肺と脳にガンが発見されて、そのまま闘病生活に入った。「検査なんか受けずにタイに行って、そのまま死にたかった。」僕は病室でこのことばを何度か聞いた。
それでも秋になると、元気を取り戻し、病室でお気に入りの女性詩人の翻訳をして自費出版をしようとしていた。脳の腫瘍が消えたとうれしそうに話した。「退院したら、タイで暮らす。」そんなことを口にするようにもなった。僕は「それがいいね」とうなずき、「でも、やりかけの仕事を片づけてからにしようよ。」と応えた。「今訳している本、版下づくりは僕がやるよ。」というと、彼は印刷所をどこにするか、お金はいくらぐらいかかるか、本屋に置く手配は」とすっかりその気になった。けれども、次第に病状は悪化して、ワープロの画面を見つめ、キーをたたく体力と根気がなくなっていった。
5日に見舞いに行くと、ひどくせき込んで苦しそうだった。酸素を入れる管が鼻に差し込まれ、ぜいぜいという呼吸の音だけが病室に響いた。それでも、容さんは「生きてるよ」とひとこと言った。これが僕が聞いた最後のことばになった。帰り際に「また来るから」と言うと、手をあげて応えた。そのことばと動作が、帰り道に何度も僕の中で反芻された。「生きてるよ」はよかったな。でも、もう会えないかも.......。病室に訪ねていった半年間のことが次々と浮かんでは消えた。
彼はボブ・ディランの訳詞や、S.ターケルの翻訳で知られている。これまでに彼が翻訳した本は次のようなものである。『ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ詩集』(国文社)
『ローレンス・ファリンゲティ詩集』(思潮社)
『1960年代のアメリカ女性詩人たち』(ポエトリー・センター)
『日系アメリカ・カナダ詩集』(土曜美術社)
R.キング
『エロスの社会学』(新泉社)
R.マンゴー
『就職しないで生きるには』(晶文社)
B.ディラン
『ボブ・ディラン全詩集』(晶文社)
『ボブ・ディラン全詩302篇』(晶文社)
J.オカダ
『ノー、ノー、ボーイ』(晶文社)
S.ターケル
『仕事』(晶文社)
『インタビューという仕事』(晶文社)
『よい戦争』(晶文社)
『アメリカの分裂』(晶文社)
『人種問題』(晶文社)
『アメリカン・ドリーム』(白水社)
L.ヤップ
『ドラゴン複葉機よ、飛べ』(晶文社)
N.オルグレン
『シカゴ、シカゴ』(晶文社)
J.コットンウッド
『西海岸物語』(晶文社)
J.グリーンシュタイン
『先生も人間です』(晶文社)
F.フェイエッド
『ホーボー、アメリカの放浪者たち』(晶文社)
A.ハクスリー<
『ルーダンの悪魔』(人文書院)
『天才と女神』(野草社)
W.ライヒ
『キリストの殺害/W.ライヒ著作集4』(太平出版社)
W.E.ホロン
『アメリカ・暴力の歴史』(人文書院)
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。