1999年2月10日水曜日

『夫・山際淳司から妻へ』 (BS2)

 

  • 山際淳司は僕と同年齢だが、4年前に胃ガンで死んだ。46歳。直前までNHKのスポーツ・キャスターをしていて、その異常なやせ方に驚いた記憶はいまでもよく覚えている。ちょっときざだが小気味よいトークで、僕は彼の出る番組をよく見ていた。BS2で放送した『夫・山際淳司から妻へ』 は、彼の奥さんである澪子さんの話を中心に山際淳司と彼の死後に彼女や息子さんが経験したことの意味を考えたドキュメントだ。
  • 山際淳司は本を出すと必ず、その裏表紙に感謝の気持ちを書いて奥さんや息子さんに贈呈していた。「おかげでこんなにしゃれた本ができました。ありがとう。」息子をスタジアムや取材現場に連れていき、一緒にスポーツもよくやった。だから、星司君は父親に理想の男像を見つけだし、奥さんも、夫の影になることに自分の生きがいを感じた。そんな心を共有し合う家族の中から、突然大黒柱の夫、そして父親である山際淳司が消えた。
  • かけがえのない夫を失った妻、理想の父親を失った息子。ドキュメントはその二人が新しい自分と生きる方向を見つけだすために過ごした4年間を追いかけている。僕は見ながら目頭を熱くさせて、もしこれが自分だったら、などと思ったとたんに溢れ出す涙をこらえきれなくなった。完全に同一化して見てしまったためだが、もちろん、僕には、彼のような理想的な夫や父親を演じてきた自覚は全然ない。
  • 彼女は山際淳司が死ぬ間際に「君はひとりで生きてちゃいけないよ」と言われる。しかし、そのことばの意味を模索しながらも、支えを失った現実を直視することができなかった。ぽっかりと空いた大きな穴をふさぐのはいつでも、思い出としてよみがえる夫の姿。しかし、同じように心に空洞をあけられた息子は、ひとり、中学からのイギリス留学を決断する。寄宿制のパブリック・スクール。今15歳になった彼は、年齢からすると驚くほどに大人の口調で、しっかりと父親のこと、母親のこと、そして自分の過去や現在や将来のことを語った。僕の息子どもと比べて何と違うことか。
  • 彼女はその息子にしっかりしろと叱責される。変わる努力をしている自分とは違って、夏休みに帰って見た母親の姿が昔のままだったからだ。彼女は出版者の依頼を受けて、山際淳司の思い出をまとめはじめる。で、最近『急ぎすぎた旅人・山際淳司』が出版された。
  • いろいろ考えさせられた僕は、彼の本を読み直そうかと思ったが、本棚を探しはじめて1冊もないことに気がついた。で、あわてて本屋に行って文庫を数冊買って読み始めたのだが、残念ながら全然おもしろくない。それであらためて、沢木耕太郎の作品は全部読んでいるのに山際淳司に関心が向かなかった理由を考えた。
  • 山際の作品はダンディズムを基調としている。ゲームを見ていたのではわからない世界を垣間見させてくれるが、それはあまりに美しくて、生身の人間が放つ匂いが感じられない。嘘やごまかし、嫉妬や怨念のないすがすがしい世界。スポーツの中に自分の思いを映し出そうとする山際と、スポーツを素材にして人間を描き出そうとする沢木。簡単に言えば、そんな違いなのかもしれない。言うまでもなく、僕は後者の世界に惹かれる。
  • そんな風に考えると、また、後に残された妻や息子の前に立ちはだかった壁や、それを乗り越える努力の程度もはっきりしてくる気がする。山際淳二は格好よく生きることにこだわって、しかも急ぎすぎた。澪子さんは、夫と共に生きるために執筆を続けるという。彼女はそれを「思い出の中に孤独を追いつめる」と表現した。僕は、残された二人が同じ轍を踏まないでほしいと願わずにはいられない。急ぎすぎず、理想を追い求めすぎず.......。
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    unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。