・河口湖のサクラは東京よりは一ヶ月遅れで満開になった。ソメイヨシノに富士桜。それに山ツツジ、山吹に雪ヤナギ。河口湖町は空き地に花壇を造ることを奨励し、無料で提供しているから、湖畔は本当にいろとりどりの花でいっぱいになった。ゴールデンウィーク期間中は釣り客ばかりでなく、カメラマンが大勢押しかけて、富士山と河口湖と桜の三点セットが撮せる場所が早朝から鈴なりだった。絵はがきのような写真を撮ってもしょうがないのに、と思ったが、それは僕の勝手な感想にすぎないのかもしれない。平日には年輩のカメラマンが目立った。退職後に見つけた趣味としては悪くない。たぶん僕もそのうちにカメラを片手に歩き回るようになるのかもしれない。あるいは五十の手習いでスケッチでも始めてみようか。河口湖にいると、素直にそんな気持ちが首をもたげてくるから不思議だ。
・引っ越しをしてから週末にはほとんど来客がいて、誰もが、都会の風景や日常生活とは違う世界に驚いたようだ。ゴールデンウィークのお客は追手門学院大学で同僚だった矢谷さんほか5人連れ。彼は雲國斉というくさい屋号を持ってお茶の道具をいつでも持ち歩く粋人だが、大学の近くで稲を作ったり、野草を食べる会を催したりもしている。その彼が薪割りの助っ人をするといって、オーストラリアで買ったという大きな斧を持ってきた。薪割りは力仕事で大変だが、もっと面倒なのは倒木を見つけて家まで運んでくることだ。庭の周囲の空き地の木をほとんど取り尽くしてしまったから、車で出かけていって運んでこなければならない。僕は矢谷さんのために湖畔に切り捨てられていた白樺の木を車に積めるだけもってかえって準備をした。
・しかし、白樺をストーブで燃やしてしまうのはもったいない。大汗かいて運んできた僕の苦労など関係なく、パートナーからストップがかかってしまった。客たちも例外なく、鋸で薄切りにして持ち帰りたがるから、斧で割るのは芯の腐ったやつだけにした。だから近くで切り倒したばかりのアカマツとあわせても、薪割りは一日目の数時間ですんでしまった。それでも矢谷さんは満足したようだから、ひとまずは安心。もっとやりたければ、倒木探しから始めましょうと言ったが、やりたいことはほかにもあったから、斧の出番はそれ以後はなかった。
・後は野草の天ぷら。蕗のとうはもう時期遅れだが、たらの芽やウド、みつ葉やこごみが庭先で採取できる。アザミやあけびの新芽も食べられる。矢谷さんの指示で天ぷらの材料を集めたが、7人で食べても食べきれないほどの材料だった。この家の前の持ち主が植えたものもあって感謝、感謝だが、気をつけていないと山菜取りに来た人たちが庭に入り込んでくる。特にたらの芽には注意が必要で、ぼんやりしているときれいさっぱりつみ取られてしまう。前の持ち主の話では、カタクリの花が庭に群生していたのに、いつの間にか根こそぎ持っていかれたそうだ。今年はたった二つだけ花が咲いたが、群生していたらどんなにきれいだったか。腹が立ったが、人のことはいえない。僕だって誰の土地ともわからないところに生えているものを、お構いなしにとってくる。倒木などを見つければ、もう車に積まないではすまされない。
・三日目の午前中に全員で裏山に登った。百メートルほどだが道が一直線についていてかなりきつい。上につくと富士山と河口湖が見える。その景色を見せたいと思ったのだが、尾根伝いに歩くと山椒や黒文字(和菓子などについている太い楊枝の材料になる木)がたくさんある。さっそく矢谷さんの指示に従って何本か根こそぎして、家の庭に植えた。ちょっと頼りなかったが、どうにか根付いたようだ。もし持ち主がいたらごめんなさいという気持ちだが、大きくなれば、庭先で山椒摘みができるようになるし、楊枝も自前で作ることができる。
・客が帰った後、暖かくなったので庭で夕食をとった。するとばさっという音がしてムササビが木から木へ飛び移って、高いところに駆け上がった。一瞬びっくりしたが、やっと出会えたと感激もした。野鳥以外の生き物に出会わないなと思っていたが、冬眠からさめたばかりのでかくて真っ黒なガマガエルも見たし、モグラの死骸も見つけた。うれしいやら怖いやらの複雑な気持ちになったせいか、我が家の同居人は自分で踏みつけた枯れ枝の動きに驚いて悲鳴を上げた。蛇がまとわりついてきたと思ったようだ。その声は山にこだまするほどに大きくて、僕はその声にどきっとしてしまった。
・「森の生活」はH.D.ソローの作品だが、僕は今、毎日の生活を楽しみながら、ソローを読み直して、現代版の「森の生活」を考え、記録してみたいと思い始めている。早ければ夏休み前から、このHPで連載をスタートできるかもしれない。乞うご期待。
2000年5月15日月曜日
森の生活
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。