2001年11月12日月曜日

T.ギトリン『アメリカの文化戦争』(彩流社)

  • トッド・ギトリンはぼくと同世代で、60年代にはアメリカの学生運動組織であるSDSのリーダーだった。その後、ニュー・レフトを代表する社会学者として精力的に仕事をしてきている。『アメリカの文化戦争』(原題は"The Twilight of Common Dreams")はヴェトナム戦争以後のアメリカの文化や政治の状況をふりかえって見つめ直すといった内容で、前作の"Years of Hope, Years of Rage"(邦訳は『60年代アメリカ』<彩流社>)の続編といった内容である。
  • 『60年代アメリカ』は、自らの学生運動の経験や少年から青年に至る成長のプロセスをドキュメントのように、あるいは物語のようにつづっていて、ぼくは日米のちがいを越えて、共有する経験の多さに喜んだり、そのラディカルな言動に驚いたり、あるいは、時代や社会状況をふりかえって見つめる目の確かさに感心しながら読んだ。アメリカでは10年刻みで時代をひとくくりにしてまとめるのが一般的で、それぞれいくつもの本が出ているが、『60年代アメリカ』はD.ハルバースタムの『ザ・フィフティーズ』(新潮社)と並んで、その種の本の最良のものだと思う。
  • 『アメリカの文化戦争』は『60年代アメリカ』のように、読みながら興奮を覚えるといったものではない。それはしかし、ギトリンのせいではなく、アメリカの変容が原因である。アメリカが世界でもっとも豊かな世界になったのは50年代だが、60年代には、はやくもその栄光が揺らぎはじめる。ギトリンによれば70年代以降のアメリカは、特に白人にとっては、かつての栄光とそれにつづく衰退のプロセス、あるいは理想や正義の形骸化と、それでもそこにしがみつこうとする意識のズレに悩まされた時代だった。なぜアメリカは、それが独りよがりであることが明白であるにもかかわらず、なお理想や夢、あるいは善なるもの、正義や正直さに執着するのか。これはなにより、貿易センタービル破壊に対する国を挙げての報復行為とその意味づけについて、アメリカ人以外の人たちが持つ違和感だと思う。
    国家を「夢」といった実体のないものと同一視することは全く例外的なことである。夢は何ものかを喚起し、照らし出し、美しく、恐ろしくもある。しかし夢は既成事実では決してありえない。証明すべき実体をもたない。ただ修正だけがきく。もともと曖昧なものであるがゆえに、いろいろに解釈されるようにできている。夢とはあらゆる経験の中で、もっとも個人的で不可視なものである。
  • ギトリンは、それをアメリカが「自由な人間が平等に生きるという理念」をもって生まれ、世界中にそのような期待をいだかせ、またそれを実現しして見せることを運命づけられた国だからだという。それは「国家というよりは一つの世界」「一つの生き方」といったものである。アメリカは誰もが夢を持てる国、もたなければならない国。アメリカの魅力は何よりそこにあるが、しかしまた、アメリカ人が抱える不幸やアメリカの怖さもおなじところから生まれる。夢は基本的には個人的なものだから、他人とは違う夢、異なる価値として持たなければならないが、それは他者を尊重しないという方向にも働く。
  • アメリカはその栄光が揺らぎはじめた70年代から、人種的なマイノリティや女たちが自らの声を出し始めた。夢を持つのが白人の男の特権ではないことが主張されるようになった。そのような傾向は80年代、90年代、そして21世紀へとますます強くなっている。ギトリンは音楽やスポーツに顕著なほどには、マイノリティの持つ夢は実現していないという。しかし、アメリカ人であれば誰でも、何らかの夢を持って生きること、その権利が当然視される時代になったことはまちがいない。
  • けれども、それは同時に、たがいがそれぞれ勝手に生きるバラバラな社会が到来したことを意味する。アメリカ人とは一体何者なのか?アメリカのアイデンティティはどこにあるのか?それがこれほど不確かになった時代は未だかつてなかったとギトリンはいう。
  • この本を読みながら、ぼくは今現在のアメリカの精神状態に気がついた。アメリカを襲う大きな危機、それがもたらす不安と憎悪。それによってバラバラな人たちが、アメリカという国、アメリカ人としてのアイデンティティを自覚する。テロの被害者、それに立ち向かう正義の戦士。それは一方でアメリカ人の心を一つにする働きをする。けれども、その心は同時に、アメリカ以外の国や人びとの思いに対する想像力を遮断し、彼らの生きる権利やその主張を無視する結果ももたらす。
  • その心の偏狭さに気づくのが、アフガニスタンで数万、数十万、あるいは数百万の犠牲者が出た後になるのだとしたら、それは恐ろしい悪夢だとしかいいようがない。
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    unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。