・忌野清志郎は日本人でいいと思う数少ないミュージシャンの一人だ。癌で入院というニュースを耳にしたから、またか、と思ってしまった。高田渡が死んで、がっかりしてから1年ちょっとしかたっていない。病気の様子が気になったが、年末に近くなって、元気になったというニュースを見かけるようになった。癌は再発が怖いけれど、まあ一安心。
・彼のミュージシャンとしてのキャリアは長い。もう30年以上になるはずだ。しかも、精力的に新しいアルバムを出しつづけている。ぼくが彼の歌を好きな理由は第一に、同世代で、他の名前だけのミュージシャンのように懐メロシンガーになっていないことである。フォーク・シンガーなら自分や世界の今を歌わなければ死んだも同然なのに、なにを勘違いしているのか、巨匠気取りでいる人が結構いるし、それをまた支える、ノスタルジーだけで満足するファンが多すぎる。清志郎はそんな人たちと無関係なところにいる。
・だから、彼の歌にはどれにも、明確なテーマがあり、はっきりしたメッセージがある。しかも、聴いていて、はっきりことばが聞き取れる。そんなことあたりまえすぎることだが、なにを歌っているのか聞き取れないシンガーがものすごく多い。だいたいボーカルに比べてバックの音が大きすぎる。聞き取って受け止めるほどのメッセージをもっていないのだから、わからなくてもいい、と思っているのだろうか。
・実際、歌詞を読んでも、曖昧で意味不明な歌が多すぎるのだが、学生たちはそれを聴いて、癒されるとか励まされるとかいっているから、メッセージの伝え方や受け止め方がちがうのかと思ってしまう。「〜とか」「〜みたいな」「〜かも」なんていい方を乱発するのがはやりだから、はっきりしたくないという風潮があるのかもしれない。そのくせ、”寂しい”、”つらい”、”苦しい”、"悲しい”といった直接的なことばはやたら多い。これでは歌詞とはいえないんじゃないのといいたくなってしまう。で、ぼくはそんなことばづかいにうんざりしてしまう。
・清志郎の作る歌には、しゃれた歌詞の見本がいくつもある。たとえば、「HB・2B・2H」。ちょっとHなニュアンスもあるし、どんな目にあってもへこたれないという意思表示もある。小さな子どもにもわかるし、いろいろ考えさせる深みも広がりもある。
HB あいつはHB 鉛筆野郎さ HB
HなBだぜ HB
消しゴムがやってきて ぼくらを消そうとするけれど
ぼくらには芯がある 折れたって芯がある
消されたって消えない
・ストレートな反戦歌を歌う人は、今では彼一人だといってもいい。それがわざとらしくなく歌えるところが、彼の持ち味だろう。たとえば「God」。
ゲームを楽しんでるのか 好き放題思いのままに
あいつの気まぐれだけで 人びとの未来が消えていく
あいつの名前はGOD 人間どもをつくりあげた
戦争と平和のいたちごっこ ちんけなゲームをつづけている
・もちろん、ラブソングもひと味ちがう。それはけっして若いやつらの専売特許ではない。いろいろなことを経験して、はじめてわかることもたくさんある。しかも、わけしり顔にならず、新鮮な気持ちも持ちつづける。むずかしいけど必要なこと。たとえば「毎日がブランドニューディ」
君と真夜中に話した いろんな事
75%は忘れてしまった
君と長い間過ごしたこの人生
80%以上は 覚えていないかも
Hey Hey Hey でもいいのさ
Hey Hey Hey 問題ない
君がいつもそばにいるから
毎日が楽しい
・最近の3枚のアルバムには、このほかにも納得したり、感心したり、考えさせられたりする歌詞がいくつもある。どぎつい化粧やコスチュームが売り物だけれど、伝えたいことがしっかりあって、それを同世代から若い人にまで懸命に表現している。乗ってるだけに、体の回復には慎重にと思う。喉頭癌だから、喉の酷使は禁物だろう。絞り出すように歌う発声の仕方だから、なおさら気になってしまう。
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。