・マイケル・ムーアの『華氏119』はトランプ批判をメッセージにしたドキュメンタリーである。題名は『華氏911』に似ているが、続編というわけではない。しかし、前作がJ.W.ブッシュの大統領再選を阻止することを狙いに作られたものだから、トランプを糾弾し、上下両院選挙にぶつけた今回の内容は、続編といってもいいものになっている。いつもながら彼の作る映画は攻撃的で、音のすさまじさもあって、見ていて圧倒されるほどだった。
・アメリカ国民はなぜ、トランプのような人間を大統領に選んでしまったのか。大統領選ではそんな疑問を感じたし、就任後に彼が実行した政策や、常軌を逸した言動には、驚きや怒り、そして不安を抱かされ続けてきた。この映画には、そんな疑問に応えるヒントがあり、怒りや不安を増幅させるような恐ろしさがあり、また、それを食い止める可能性が盛り込まれていた。
・そもそもトランプはなぜ、大統領選に立候補したのか。それはなかば冗談の遊びだったかもしれないのに、予想以上に反響があり、集まった支持者の数に驚き、いい気持ちになって本気になってしまった。しかも言いたい放題に既存の価値観を批判すれば、支持者はますます増えてくる。他の多くの候補者は、きれい事を並べても、裏では利権と結びついているから、トランプの攻撃には耐えられない。そんな感じで共和党の候補にのし上がった。意外というのは大統領選でも例外ではなく、開票序盤でも、クリントン陣営は楽勝ムードだった。
・きれい事を並べても、実態は利権や既得権と繋がっている。それは民主党の候補になったクリントンも一緒だし、オバマ大統領も例外ではなかった。かつては自動車産業の町として栄えたフリントが、水道水に含まれた鉛の害に見舞われた。経費削減のために水源を汚染のひどいフリント川に変えたためだった。住民は大統領に訴えたが、オバマはその水を飲むふりをして安全宣言をした。フリント出身のムーアがオバマに向ける批判は強烈だ。
・表と裏が違うのは政治家に限らない。クリントンは選挙期間中にメールや政治資金を問題にして批判されたが、その批判の先頭に立った著名なジャーナリストの多くが、「ミーツー」以降に性差別やセクハラで訴えられている。これではタテマエとしての「正しさ」はホンネにかなわないというものだ。もっとも、権力や金とは縁遠かったサンダースが格差の拡大や差別の蔓延を批判して、クリントンに拮抗する支持を集めもした。ひょっとすると大統領選はトランプとサンダースという両極端の候補者で争われたかもしれなかったが、民主党大会では票数では劣るクリントンを支持する州が続出するといった不正が行われた。
・こんなひどい話を次々と見せられると憂鬱になるばかりだが、アメリカには何とか状況を変えようと立ち上がる人たちが数多くいる。既存の政治家に代わって上下両院や地方議会の選挙に立候補して、その人達を支援する動きも強まっている。ムーアが何より注目して期待を寄せるのは、学校内での銃乱射による無差別殺人事件に遭い、銃社会のおぞましさを糾弾した高校生達の存在だ。彼や彼女たちが主宰したワシントンでの銃規制要求デモには数十万人が集まって、その多くは未成年の高校生達だった。
・この映画ではトランプはヒトラーに重ねられている。彼が強調するのは、独裁者を生むのは人びとが諦めた時だという点だ。だからこそ政治の素人や女性が多く民主党から立候補した今回の選挙に期待をする。あるいは銃規制を要求する高校生に未来を託している。それは確かに希望の持てる光明だが、残念ながら日本にはそんな兆しも見られない。
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。