2019年1月14日月曜日

平成とは

 

・もうすぐ平成が終わる。平成とはどんな時代だったのか。メディアにもそんな特集を組むものが出始めている。戦後の経済成長によって豊かな国になったのに、昭和から平成への変わり目を頂点にして下降線をたどり続けた30年だった。それが一般的な見方のようで、ぼくもそう思う。落ち込みは経済が一番だが、政治の劣化は目を覆いたくなるほどで、少子化や格差の拡大による社会の疲弊も無残というほかはない。

・4万円に届こうかという勢いだった株価が1万円を割り、アベノミックスで2万円に回復したとは言え、実態は日銀や年金機構が買い支えるというインチキなものである。日本の企業を支える大株主が日銀や年金機構だというのは、いびつで危険な状態である。国の予算の4割を借金でまかなうのも、今では常態化してしまっている。そのために、国と地方の借金は平成元年には250兆円だったのが、30年には1100兆円を超えた。なぜ財政破綻をしないのか不思議なほどの額になっているのである。

・テレビでは相変わらず「日本のここがすごい」といった特集をやっている。しかし、経済成長をリードした家電業界は、すでに見る影もなく衰退しているし、好調だと言われる自動車にも陰りが見え始めている。平成の30年はまたパソコン、インターネット、そして携帯からスマホへといった大きな変化があった時代だが、「ガラパゴス」という閉じた発想によって、日本は完全に取り残されてしまった。

・「グローバリズム」や「少子高齢化」といった現象に、政治はまったく対応できなかった。選挙制度を大きく変え、民主党が政権を取ったりしたが、その事がかえって、政治の混迷や横暴を招く結果をもたらした。優秀だと言われた日本の官僚組織の劣化は、特にここ数年ひどいものになっている。借金財政なのに防衛予算だけが大幅に増大し、福祉や年金が削られている。団塊の世代が退職をして高齢化していく時期を迎えても、ほとんど何も対策が採られていないのである。

・少子高齢化がやってくるのは何十年も前から分かっていたことだから、今になって騒いでも後の祭りというものである。労働者の不足を補うために外国人をもっといれようとしても、その対応策はほとんどとられていない。そもそも、移民としては認めないという身勝手なものになっている。格差社会をさらにひどくするものだから、人権無視や犯罪の増加といった社会不安も増すばかりだろう。

・平成のはじまりには、ソビエト連邦がロシアになり、ベルリンの壁が崩壊して、冷戦構造も終結した。中国の改革開放が本格化し、自由と民主主義を求める波が天安門事件で粛正されたのも、平成元年のことだった。EEC(欧州経済共同体)がEU(欧州連合)になったのが1991年。世界が大きく変わることを実感させる出来事が続いた。この30年で世界の人口は1.5倍に増え、世界の名目GDPも3倍以上になった。この増加をリードしたのは、中国やインドなどのアジアとアフリカ諸国だ。

・ユーゴスラビア紛争が起こり、連邦が解体する内戦になり、中東の混迷のきっかけになった湾岸戦争が始まったのも平成のはじまりだった。ニューヨークの貿易センターに旅客機を衝突させた9.11事件があって、アメリカがイラクのフセイン政権を倒し、リビアやシリアなど多くの国に波及して内戦状態になった。多くの難民が出て、豊かなヨーロッパに押し寄せた。それを嫌うナショナリズムの高まりが、極右の政治家や政党を生み出してもいる。改めて振り返ると、昭和から平成への変わり目が、世界的に見ても大きな変化をし始めた時期だったことが分かる。

・最後に個人的なことに目を向けてみよう。平成の30年はぼくが大学の専任教員として働いた年月でもあった。途中で大学を大阪から東京に代えたが、この30年はまた学生の気質や大学という場に大きな変化があった時期でもある。大学が勉強する場であることは、ぼくが学生の頃から薄れ始めていたが、レジャーランドと揶揄され、また就職予備校へと変貌していく過程は、ぼくにとっては居心地の悪さが募っていく変化でもあった。

・今は退職し、70歳になって、これから老後と言われる生活をするようになった。今の生活がいつまで続けられるか。それはぼく自身の心身の変化に関わる問題だが、同時に、日本や世界の政治や経済、そして社会や文化がもたらす変化とも関わってくる。それにしても、両面に渡って、何とも先が見えにくい。そんなことを改めて感じてしまった。

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