・桜井哲夫の『世界戦争の世紀』は850頁にもなる大著である。彼は僕と職場の同僚で、僕が退職した1年後に、僕と同様に定年より2年早く辞めている。僕は辞職と同時に研究活動もやらないことにしたが、彼は、これまでの研究を仕上げる仕事に専念した。その成果が本書である。6400円もする高額な本をいただいたから、せめて紹介をするのが礼儀だろう。と思ったが、大著を読むことさえしんどくなっていて、ずいぶん時間がかかってしまった。 ・このテーマについては、すでに『戦争の世紀』『戦間期の思想家たち』『占領期パリの思想家たち』(いずれも平凡社新書)がある。この本はそれをまとめた形だが、内容的にも量的にも、全く新しい本だと言っていい。戦争の世紀は20世紀をさしているが、本書で扱われているのは、主に第二次世界大戦までである。また、日本やアメリカと違って、ヨーロッパでは第二次よりは第一次世界大戦の方が、その被害や意味が大きいとして、メインのテーマにしている。さらに、この二つの大戦を主としてフランスの思想家たちの考えや動向を通して描き出しているのも、この本の特徴だと言える。 ・ 人類の歴史は戦争のそれだと言っていい。しかし、この500年に限って言えば、戦死者の数の3分の2が、20世紀に集中している。その大半が二つの大戦であることは言うまでもない。1914年に始まった第一次大戦は4年3カ月続いて、855万5000人を超える死者と775万人超の行方不明者を出した。そして第二次大戦では戦死者と行方不明者の数は6千万人にも達している。もっともヨーロッパに限って言えば、戦死者や行方不明者の数は第一次大戦の方が多かったりする。そして、それまでの戦争とはやり方はもちろん、その規模の大きさが違ったことで、人々に大きな精神的な変動をもたらした。とりわけ、文学者や哲学者、そして社会科学や自然科学に携わる人たちには、その衝撃ははかりしれないほどのものだった。 ・第一次大戦は19世紀後半から20世紀初めにかけての科学技術の進歩やが反映された戦いだった。鉄道網の拡大、電話の普及、ラジオや映画、飛行機、そしてもちろん、毒ガス、機関銃、戦車、手榴弾、そして潜水艦などといった新しい兵器の開発である。それによって戦争の仕方がまるで変わり、戦死者を激増させたのである。諸国家がそれぞれナショナリズムを謳い、戦意高揚を宣伝する。そして実際の戦いには、これまでなかったような悲惨な状況と人々の残忍さが露呈した。 ・このたびの戦争において、われわれの幻滅は次の二つの意味で強く感じられた。一つは、内側に向けては道徳規範の監視人として振舞っている諸国家が、外向きに見せる道徳性の低下についての幻滅。もう一つは、個々の人々の振舞いの残忍さである。それはもっとも高度に人間的な文明に寄与する者に、そういうものがあろうとは信じられなかったような残忍さであった。(フロイト)」 ・この戦争を経験した者としなかった者、その後に育った者の間には大きな断絶が生まれた。そこで発言し、論争する人たちの登場が、この本の中核をなしている、ポール・ニザン、アンドレ・マルロー、ヴァルター・ベンヤミン、ジャン・ポール・サルトル、ジョルジュ・バタイユ、マルセル・モース、ハンナ・アーレント、サン=デグジュペリ等々で、その人たちが戦間期から第二次大戦に至るまでの間に、どう発言し、行動し、どんな作品を作り、どのような状況に追い込まれたかが詳細に綴られている。ヒトラーの登場とヨーロッパ支配、ユダヤ人狩りとユダヤ系知識人の運命。あるいはドゴールやチャーチルはもちろん、レーニンやトロツキー、そしてホーチミンなども登場する。当然、反戦運動の動向を語るのも忘れていない。 ・僕はこの本をまだ読み終えていない。読み始めてしばらくしてから中断し、その後は時々拾い読みするような読み方をしている。フロイト、ベンヤミン、アーレント、サルトルといった人たちについてのところで、知らなかったことがずいぶんたくさんあった。フランスを中心としたヨーロッパの哲学者に精通した人ならではの歴史書だと思った。もちろん、これからも時折手にして読むことになるだろう。 |
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。