『ボーン・トゥ・ラン: ブルース・スプリングスティーン自伝』(早川書房)
・スプリングスティーンは去年『ウェスタン・スターズ』を五年ぶりに出したばかりなのに、わずか一年後に『レター・ツー・ユー』を発表した。前作はオーケストラをバックにして静かに語るように歌う曲が多かったが、今度は、Eストリート・バンドをバックに、ロックしている。最近作った歌を二つにわけてアルバムにしたのかもしれないと思ったが、ネットを探すと、十日間で曲作りをして、五日間で録音したとあった。ほとんど一発で、オーバーダビングなどもしていないと言う。熟練ゆえと言うべきか、10代の頃の熱気を取り戻したと言うべきか。いずれにしても、彼らしくて素晴らしい仕上がりになっている。
辛かった時やよかった時に見つけたものをインクと血で書いた
魂の奥深くまで入って名前を書いた
で、それを手紙にして君たちに送った
その中に、俺の恐れや疑い、しんどいことや真実を書いた
'Letter to You'
・この「ユー」は誰を差しているのか。もちろん僕は、自分への歌として受け止めたが、彼の気持ちは、単に自分の音楽を好む人だけでなく、アメリカはもちろん、世界中の人に向いているのかもしれないと思った。折しもアメリカでは大統領選挙の時で、保守とリベラル、白人と黒人、金持ちと貧しい人などの分断がひどくなっていた。このアルバムには、そんな分断に対するメッセージと読める歌もある。
白の黒と黒の白、夜の昼と、昼の夜
時に人は何か悪いものに惹かれて信じたくなる 'Rainmaker'
・前回取り上げたディランの"Rough and rowdy ways" でも感じたが、 "Letter to You"もスプリングスティーンにとってはデビューから現在までを振り返るような気持ちで作ったのかもしれないと思った。そう言えば、ちょっと前に彼は『ボーン・トゥ・ラン: ブルース・スプリングスティーン自伝』(早川書房)という二冊に分けた長い自伝を出している。僕は読みはじめて止めてしまっていたが、また読んでみた。
・この伝記はごく幼い頃から始まっている。祖父や祖母との暮らし、ニュージャージーという街、そしてもちろんおやじとおふくろのことなどが、事細かく語られる。その詳細さに閉口して読むのを止めてしまったのだが、今回はそんなところを飛ばし読みして読んだ。彼は口数が少ないほうだと書いているが、どうしてどうして、話しはじめたら止まらないという感じで、デビュー前のことも、最初の売れなかったレコードから爆発的に売れた『明日なき暴走(Born to Run)』のこと、そしてスーパー・スターに成り上がったことで感じた喜びや苦悩について書いている。
・ニュージャージーの貧しい家庭に生まれ育ち、街の中で出会った人たちの中で成長した。有名になり、大金持ちになったが、自分のアイデンティティはあくまでニュージャージーの労働者街にある。今でもそこで生きる貧しい白人たちの多くは共和党に支持を変え、トランプに希望を託した。そのことに理解を示しながら、なお、彼は白人中心主義ではない多様で、貧富の少ない社会を希求する。ディランとブラウンとスプリングスティーン。三者三様だが、彼らの歌と音楽を通してアメリカを見る気持ちは、ますます強くなっている。
0 件のコメント:
コメントを投稿
unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。