2022年5月9日月曜日

ウクライナについての本

 黒川祐次『物語 ウクライナの歴史』(中公新書)
オリガ・ホメンコ『ウクライナから愛をこめて』(群像社)



ukraine1.jpg ウクライナには多くの民族や国が争ってきた長い歴史がある。その地を求めたのは温暖で肥沃な黒土にあったし、近代以降では鉄鉱石や石炭が産出されたからだ。紀元前からキンメリアやスキタイといった遊牧民が住み、古代ギリシャが植民都市を作った。2世紀の東ゴート族,4世紀のフン族の支配などがあってスラブ民族が住みはじめたのは6世紀以降だと言われている。ウクライナやロシアの起源となったキエフ大公国が生まれたのは8世紀のことだった。欧州最大の国家となるほど隆盛したが、モンゴル帝国の侵攻によって13世紀の初めに滅ぼされている。

黒川祐次の『物語 ウクライナの歴史』にはこれ以降の中世から近代、そして20世紀の終わりまでの歴史が書かれている。これを読むと,ウクライナは絶えず、周囲の国が争って占領をくりかえしてきた土地であったことがよくわかる。東にはキエフ大公国から派生したモスクワ大公国(後にロアシ帝国)があり,南にオスマントルコ、西にはポーランドとハンガリー,そして北にはリトアニアがあって,クリミア半島にはモンゴルの末裔であるタタール人のつくるクリミア汗国もあった。

ウクライナが国家として最初に成立したのは第一次大戦後だが、第二次大戦後にはソ連に併合され,現在のウクライナになるのはソ連崩壊後の1991年である。だから新しい国だと言えるが、ウクライナに住んで農耕の民として生きてきた人の中には、どこの国に占領されようと独自な民族だという意識が続いていた。その象徴がコサックと呼ばれた軍事的な共同体で、17世紀には一時期,国家として成立しかかったこともあった。

この本を読むと、ウクライナがロシアの一部であるかのように主張して侵攻するプーチンの言動とはまったく異なる,ウクライナの民であることと、独自な国家であることを求めて戦ってきた長い歴史があることがよくわかる。

ukraine2.jpg オリガ・ホメンコの『ウクライナから愛をこめて』は20世紀のウクライナの歴史を、身近な人たちの経験として語っている。ロシア革命によって53ヘクタールもあった土地を取り上げられたひい爺さんのこと、チェルノブイリ原発事故が原因で白血病で若死にした再従兄弟(はとこ)のこと、ユダヤ人ゆえににシベリアに避難して、ドイツ軍を助けたことを理由に赤軍に炭坑へ連れて行かれて、あるいはロシア革命からパリに逃れたために結婚できなかった、いくつもの男女の話などである。

ソ連によるウクライナ支配は70年続いたが,その間にことばや宗教が否定された。そのことばを取り戻すために子守歌を集める人がいる。あるいはキリスト教の聖像(イコン)を探して町で巡回展する人もいる。都市に住む人が田舎に別荘を持って、そこで野菜や花作りを楽しむ人が増えている。白パンに憧れて教師になった母のこと、出版の仕事をしていたが,本当はパイロットになりたかった父のこと。どんな話の中にも、ドイツやソ連に占領されたことで負った傷が見え隠れする。

著者のオリガ・ホメンコはキエフ大学で日本文化を専攻し,東京大学に留学して,現在ではキエフの大学で日本史を教えている。だからこの本も日本語で書かれている。中にはキエフの町を散歩しながら,名所旧跡を案内するところもあって、今はどうなっているのか気になった。行ってみたいと思わせる案内だが、今はとても無理。

彼女は2月に『国境を越えたウクライナ人』(群像社)を出している。その直後にロシアの侵攻が始まったのだが、彼女のTwitterにはキエフ周辺やウクライナ全体のこと、そしてもちろん、占領されたリ避難したりしている、友達や教え子のことなどが日本語で書かれている。

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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。