丸山健二『田舎暮らしに殺されない法』朝日新聞社
色川大吉『猫の手くらぶ物語』山梨日々新聞社
・田舎暮らしを初めて10年近くになる。あっという間の気がするし、ずいぶん経ったと思うこともある。このコラムに書いてきたように、おもしろいこともあったし面倒なことや辛いこともあった。で、これからもずっと、ここに住みつづけようと考えている。
・テレビで紹介される田舎暮らし(カントリー・ライフ)には、いいことばかりが描きだされる。特に、定年後の新しい生活といった時には、取れたての野菜でバーベキューとかバルコニーで珈琲やワインといったシーンがかならずはいる。それはたしかに誰もが最初にやりたがることで、それなりに満たされた気になることだが、あくまでたまにの話しで、しょっちゅうだったらすぐに飽きてしまう。そこは、定住するのと別荘としてつかう違いだといってもいい。
・そんな日常と非日常の違いをよく見定めないで、田舎でのセカンドライフを夢一杯ではじめると、途中で挫折することが多いだろう。丸山健二の『田舎暮らしに殺されない法』には、田舎暮らしの怖さ、危うさ、イメージと現実、夢と実体のずれが事細かに、しかも身も蓋もないほど辛辣に書かれている。
・もちろん、書かれていることには、自分でも思いあたることが多いし、周囲の話しとして聞くこともたくさんある。だから決して誇張ではなく、実際にあったこと、ありそうなことばかりで、読んでいて、思わずげらげら笑ってしまったり、ふんふんとうなずいたりして、一気に読んでしまった。当然、なかには自分のことを言われているようなところもあって、耳が痛いと感じたり、ちょっとむかっとするところもあった。都市から田舎への移住を考えている人には必読の書で、これを読んで夢やイメージが壊れてがっかりするようなら、計画は見直した方がいいのかもしれないと思った。
・田舎暮らしはとにかく不便だ。近くにコンビニはないし、ケータイは繋がりにくいし、テレビの難視聴地域だったりする。自然以外にはなにもないところでは、やりたいことは自分で見つける必要があるし、それを持続させるのには、よほどのやりがいと我慢する気持が不可欠になる。地元の人は決してやさしくないし、突きあおうとすれば、理解に苦しむ風習や都会とは違った人間関係の仕方を受けいれなければならない。人家が密集していないということは、それだけ不用心だということで、町中以上に戸締まりや見知らぬ人の訪問には警戒する必要も出てくる。『田舎暮らしに殺されない法』には、たとえば、次のようなアドバイスがある。えー、と思うが、もし狙われたらと心配なら、このくらいの用心は必要なのかもしれない。もっとも、それは町中で暮らしていても一緒だろう。
大きくてこわそうな犬を飼う
家の造りを強固に(特に寝室の窓に鉄格子、ドアに内側からの錠前)
合法的な武器を用意(手製の槍)
・もう一冊は、都会から田舎に移り住んだ老人たちがつくる、ほのぼのとした助け合いクラブの話だ。著者は僕が勤める大学の看板教授だった人で、退職後に癌を告知されて、八ヶ岳でのひとり暮らしを決心したという。ここでの暮らしが功を奏して、癌は進行せずに元気に暮らしているようだ。
・「猫の手くらぶ」に参加する人たちは全員が都会からの移住者で、インテリで、自立心が強く、それなりに裕福な人たちだ。だからひとり暮らしの身ではあっても、むやみに人に頼ろうとはしない。困った時に気兼ねなく助けをお願いするが、そのために必要なのは、何より、お互いに重荷と感じないような距離感だという。もちろん、そのためには、楽しいことも適度におこなわれるが、山歩き、スキーなどと、およそ老人たちらしくない。
・読んでいて、あまりにうまくいきすぎて一種のユートピア物語のように感じたが、たぶん、嘘や虚構はないのだと思う。選りすぐりのメンバーがつくる特上のコミュニティ。80歳をすぎてもこんなふうにしてひとり暮らしができる場所をつくるのは田舎はもちろん、都会でだってむずかしい。
・2冊の本の内容は両極端だが、読みとった教訓は一緒だ。都会から田舎への移住は、自立心と持続力、それに、適度な距離で助け合える人びとのネットワークが欠かせないということだ。これからもずっと住みつづけるために、肝に銘じたい教えだと思った。