・ニュージーランドの入国審査は厳しいというのが、ネットで多かった情報だった。登山靴を持ちこむと、靴底の泥をチェックされて、汚れていれば洗ってこいと言われるとか、食べ物は生ものはもちろん、ガムやキャンディの類でも申告書に書かなければ、罰金を取られるといったものだった。
・外から入ってくるものに厳しいのはニュージーランドの自然環境を考えてのことで、意識の高い国であることの証明だが、そうなったことにはそれなりの原因がある。ニュージーランドは800年ほど前にマオリ族が住みはじめ、200年ほど前にイギリス人がやってきた。それで、動物や植物の生態が一変してしまったという歴史がある。
・トレッキング(トランピング)の度にガイドから聞いたのは、持ちこまれたポッサム、ウサギ、イタチ、鹿などのために在来種の飛ばない鳥たちが激減して絶滅しかかっていること、かつては島の4分の3を占めていた南極ブナなどの在来植物による原生林が、今では4分の1に減ってしまっていることなどだった。ニュージーランドには四つ足の哺乳動物も蛇もいなかったから、鳥は飛ぶことをやめたのだし、広葉樹も常緑だったから、秋の紅葉もなかったのである。
・だから、外からの外来種の持ち込みはもちろん、国立公園内では小石一つ、葉っぱ一枚持ち帰ってはいけないという厳しい規則が設けられ、外来の動物の多くは害獣として捕まえて処分することになっている。驚いたのは、そのような外来の動物は車で轢くことが奨励されているという話を聞いたことだった。あるいはその動物たちが食べる外来のルピナスなどの植物を枯らすために、ヘリコプターで枯れ葉剤を散布するのに毎年10億ドルも使っているということだった。
・そもそも、いろいろな動植物を持ちこんだのは、人間の目先の損得や必要性だったが、それが害になると、今度はその駆逐や改善に懸命になる。ごく当たり前のようにも思えるが、身勝手さという点では似たようなものだという感想を持った。環境保全に世界でもっとも敏感な国ということだが、それはちょっと違うのではと感じた。
・今回の旅では、ミルフォード・トラックとルートバーン・トラックを1日ずつ、そしてMt.クック周辺を2日歩いた。ミルフォードとルートバーンは雨が多いために、樹木にはびっしり苔や地衣類が生えている。地面も一面のシダだったりして、日本ではあまり見かけない森の様子だった。原生林をできるだけそのままに残す意味や意義は十分にわかる光景だった。2000m程の山なのに氷河がある。そんな様子もまた珍しく感じた。国立公園として厳しく保全されているところは、たしかに、歩いて楽しく、気持ちのいいところだった。
・ただし、どこに行くにも山脈を迂回した道路を使うから、宿泊地から現地まで車で数時間移動しなければならない。山越えの道やトンネルを作ればすぐに行ける距離なのに、その不便さを我慢するのもまた環境保全という目的のためである。南島は本州のような長細い島で、東西の距離は長くないのに、中央に山脈がそびえているから、横断するルートは極めてかぎられている。
・実は、これからMt.クックの西側にあるフランツ・ジョセフ氷河近くの知人宅にお邪魔するのだが、山越えはできないから、いったん東海岸のクライスト・チャーチまでバスで行って、そこから飛行機で西海岸のホキチカに飛んで、車で迎えに来てもらうことになっている。ヘリをチャーターすれば10分ほどだと言うが、お金のことを考えたら、そんな贅沢はできない。100年前に4000Mの山の頂上までトンネルを掘ってケーブルカーでユングフラウの頂上まで行けるようにしたり、山脈を貫通する道路や鉄路をいくつも作ったスイスとは、ずいぶん違う国だと思った。
果たしてどちらの方がいいのだろうか。それは簡単には評価しにくい難しい問題である。