・甲府駅前の小さな映画館でやっているというので、『海は燃えている』を見に出かけた。甲府駅に近い繁華街にあったのだが、人通りがほとんどない。シャッターが閉まった店もあって、寂れた様子だった。映画館も上映の15分前にならないと鍵がかかったままで、観客は僕とパートナーの他に2人だけだった。割と新しいビルに二つのスクリーンがある映画館で、マイナーな作品も頑張って上映しているようだ。それだけに、いつまで持つのかと心配になった。
・『海は燃えている』はアフリカ大陸から船でイタリアに渡ろうとした難民たちをドキュメントした映画である。場所はイタリアといっても、むしろチュニジアに近いランベドゥーザという離島である。映画は松の枝を切ってパチンコを作る少年のシーンから始まる。それで鳥を狙うのだが、もちろん、それは難民とは何の関係もない。父親は漁師で、獲ってきたイカで母親(祖母?)がパスタを作る。それを3人で食べながら、いろいろ話をする。少年はまるでそばを食べるように、パスタをすすって食べている。
・そんな離島に住む家族の日常が映されながら、時折、小さな船に乗った大勢の難民たちのシーンが挿入される。救助艇が向かい、脱水症状などで気を失っている者や死んだ人の数を確認し、救助艇で難民たちを島まで移送する。この島にとって難民たちが船でやってくるのは、すでに日常化しているが、島民たちはそのことをほとんど知らないかのようだ。
・少年は左目が弱視だという。だから回復させるために、右目をふさいで左目だけを使うよう勧められる。そのような診断をした地元の医者は、難民の診療をしたり、検死ををしたりもする。難民が押し寄せていることを知る数少ない地元民だ。難民たちは収容施設にいて、島を出歩くことはない。その次にどこに行くのか.イタリア本島なのか、あるいはチュニジアに送り返されるのか。難民たちはアフリカや中東のさまざまな国から来ていて、今更送還されても、戻る場所はない。そのことは映画では何も語られない。
・この映画には役者は登場していない。少年をはじめとして島民と難民、そして救助隊員も実在の人たちだ。だからドキュメントなのだが、少年の家族の様子には日常を再現するようなフィクションが入り込む。難民と島民、その二つの世界を淡々と描き出すこの映画には、今まで見たことのない、リアルさを感じた。
・監督はジャンフランコ・ロージで、この映画は2016年度のベルリン国際映画祭で金熊賞〈最グランプリ高賞〉を獲得している。彼は前作の『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』でも2013年度ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞している。日本ではほとんど話題にならない映画だけに、これを甲府で見られたのは驚きだった。それだけに、観客が4人だけというのは、日本人にとって難民の問題が遠い世界であることを改めて実感した。