2000年3月29日水曜日

鈴木裕之『ストリートの歌』世界思想社

  • 何年か前にテレビ朝日の番組「車窓」で南アフリカの鉄道をやっていてギターを弾く黒人の少年をうつしていた。聞き覚えのある音だなと思っていると、"the answer, my friend is blowin' in a wind"というフレーズが聞こえてきた。ボブ・ディランの『風に吹かれて』である。僕は思わず、「へえー」と声を出してしまった。アパルトヘイトの国にもディランがいた。意外な、と同時にやっぱりという不思議な感覚だった。
  • アフリカの音楽というと太鼓の響きを連想する。僕の認識には一面ではそんなイメージがまだまだある。もちろん他方で、ボブ・マーリーがコンサートをやったとか、反アパルトヘイトのロック・イベントがあったことも知っているのだが、それらがつながっていなかった。僕にとってはそれだけ、遠い世界だったのかもしれない。しかし、ロック音楽に関心があるといいながら、いわばその源流の地に対して、まったく無関心のままでいるのは鈍感という他はない。
  • そんな認識をあらためさせてくれたきっかけになったのは、マビヌオリ・カヨデ・イドウの『フェラ・クティ』(晶文社)である。アフリカにもジャズやロックに夢中になり、自らの状況を歌い、音楽的なオリジナリティを模索する人たちがいる。もちろんそこには国や資本家の弾圧があり、音楽はいわば抵抗の象徴として作り出される。最近の現象ではなく、70年代以降からつづいているナイジェリアの話だった。
  • その本の訳者がもう一つのアフリカの音楽シーンを教えてくれている。鈴木裕之の『ストリートの音楽』(世界思想社)。今度は西アフリカにあるコートジボアール共和国。そのアビジャンという都市には200万人の人が住んでいて、若者たちがストリート音楽を作りだしている。この本はそのフィールドワークである。僕はさっそく、地図で場所を確認してから読みはじめた。
  • コートジボアールは19世紀の半ばにフランス人によって植民地化された。珈琲、カカオ、アブラ椰子、ゴムの木の栽培と、もちろん、コートジボアールという名前が表すように象牙。それらの産物を運び出す港として作られたのがアビジャンである。街は当然、それまで住んでいた人たちを追い払って作られたが、さまざまな労働力として多くの人間を集めもした。白人が住む地区の周辺に、それとは対照的にスラムのような新しい街が生まれていく。アビジャンはそんなふうにして膨らんでいった大都会である。
  • アビジャンにはストリートで暮らす若者たちがたくさんいる。彼らは白人目当てに靴磨きをしたり新聞を売ったり、あるいは車の駐車スペースを確保してお金をかせいでいる。もちろん中には、スリや泥棒を仕事にする者もいる。そして、そんなところから歌が生まれる。
    俺は苦しみ、疲れてしまった、ここ、アビジャンで
    俺は殴られ、苦しんできた、ここ、アビジャンで
    アビジャンのゲットー、トレッシヴィルで
  • これはアビジャンのレゲー・シンガーであるイスマエル・イザックの『トレイシー・ゲットー』という歌だ。コートジボアールが独立した後もなお、貧しい生活を強いられる人たちの気持ちを代弁するミュージシャンとして人気をもっているそうだ。この本にはそのほかにも、同じように自分たちの日常を歌うラップ音楽なども紹介されている。たとえばロッシュ・ビーの『自動車見張り番のボス』 
  • 俺はアスファルトのボス
    アビジャン、プラトー地区、大蔵省の前で
    ナマ(自動車)を見張ってるんだ
    俺の縄張りに入った自動車に手をだすな
    俺の見張る自動車をだれも傷つけたりはしなかったぜ
  • ストリートには独特のことばがある。民衆化したムサ・フランス語や商業活動で使用されるジュラ語、それにストリートの公用語になっているスラングのヌゥシ。ヌゥシの話を読んでいると、その発生の仕方やつかわれ方がカリブ海のクレオール語と同じであることに気づく。多様な人間が集まって関係をもちあうために必要となることば。
  • ストリートから聞こえてくる音楽はレゲエとラップ。レゲエは植民地から生まれたロックだし、ラップはアメリカのゲットーからあがった声だった。その二つがアフリカの若者の心に共鳴する。この本を読むとそれがきわめて自然な反応だったことがわかる。
  • 読んでいるうちにどうしても聴きたくなって、探したがなかなか見つからない。仕方なしに2枚のCDを買ってきたが、確かにそれはレゲエが主流で、しかもなかなかいい。ひとつは"Rhythms of Africa"で、もうひとつは"So Why"。前者はアフリカの有名なミュージシャンを集めたもので、後者は「アフリカ人による、アフリカ各地の紛争に対するメッセージ・アルバム」である。
  • 今年のグラミーを独占したサンタナも一緒に買ったが、これは比較にならないほどおもしろくない。こんなものしか出てこない最近の音楽状況だと、僕はますます、アジアやアフリカや中南米に引き寄せられていく気がしている。
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    unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。