2000年3月22日水曜日

The Thin Red Line

  • 引っ越しがあって映画どころではなかった。山間部だからテレビの映りも悪い。BSアンテナを屋根の上に設置してもらってやっと衛星放送だけはきれいに見えるようになったが、昼間は片づけやストーブの薪づくりに時間を使ってしまうから、もう夜になると眠くなってしまう。しかし夜仕事をしなければ、頼まれている原稿も出来ないから、テレビもそこそこにパソコンに向かう。というわけで、本当に半月ぶりぐらいで落ち着いてWowowで映画を見た。
  • 『シン・レッド・ライン』は太平洋戦争を題材にしたジェームズ・ジョーンズの『地上より永遠に』を原作にしている。ガダルカナル島の高地に拠点を構える日本軍を殲滅する作戦。というと戦闘シーンを売り物にした映画のようだが、実際にはまるで違う。主題は、戦場で生死の淵をさまよう人間達の心模様である。監督はテレンス・マリック。映画関係者にカルト的な人気があるというが、僕はあまりよく知らなかった。
  • 映画は天国の島のようなガダルカナル島の風景と島民達の暮らしから始まる。そこに駐屯するアメリカ兵は、その平和な世界に心を洗われるように感じる。その光景と、いざ戦闘が始まってからの世界とのコントラスト。まさに天国と地獄。テレンス・マリックは映像表現に特徴があるようだが、そのようなことは見ていてすぐわかる。
  • たとえば、壮絶な戦闘シーンの中に、ワニやトカゲやオウムを映したシーンが挟み込まれる。人間達がくりひろげる狂気とは無関係にすぎる生き物の世界。鳥の雛が卵からかえって動き始める。撃ち合いがあってばたばたと兵隊が倒れた後に生まれる一瞬の静寂。すると雲に覆われていた戦場に日が射し込んで枯れ草が黄金に輝く。戦闘シーン自体に派手さは全くないが、このコントラストが戦争の無意味さを際だたせる。背景に流れる音楽は全編鎮魂歌のように静かで暗い。
  • 兵隊達はふつうの精神状態ではない。不安感や恐怖感に震えが止まらない者、胃を痙攣させる者、手柄のチャンスに行け行けとがむしゃらになる大隊長と、無益に部下を死なせたくない中隊長。妻との別れのシーンを時折夢想する兵士。彼には、別の男と恋に落ちたから離婚してほしいという妻の手紙が届く。ひとりの寂しさに耐えかねたから。それではジャングルで闘っている男はどこに救いを求めたらいいのか。
  • やっとの事で日本軍のトーチカを撃破すると、大隊長は前線基地までつづけて攻撃せよという。水はないし、兵隊の疲労は限界にきている。抵抗する中隊長と勲章を申請するからと説得する大隊長。瀕死の重傷を負った日本兵に「おまえはもうすぐ死ぬ」と語りかけるアメリカ兵。すると日本兵は「貴様もいつかは死ぬんだ」とくりかえす。アメリカ兵の頭に、そのことばがとりついて離れなくなる。
  • 戦争映画は、当然ながら、描かれているサイドにたって見る。しかし、相手が日本軍となると妙な気持ちになる。僕はそんな奇妙な感覚をノーマン・メイラーの『裸者と死者』を読んだときにはじめて体験した。この映画でも当然、同じような気持ちを感じたが、登場してくる日本兵がアメリカ兵と同じような心理状態であることで、敵味方の区別をして見る度合いが少なかった。互いに心をもつもの同士が殺し合う。そう描くことで一層、戦争のばからしさが際だってくる。
  • 『シン・レッド・ライン』はアカデミー賞の有力候補にあげられたが、結果はひとつもとれなかった。これだけアメリカ映画らしくなければ、それはそうだろうと思った。シーンが感じさせるのは何より、殺し合いの場に登場する人の正直な心と姿。これはアメリカ映画に一番欠けている特徴なのである。
  • テレンス・マリックは映画を3本しか作っていない。しかも前作は20年以上も前である。『天国の日々』。リチャード・ギアが初々しい。貧しい男女が金持ちの青年に近づく。青年は女に恋し、結婚を申し込む。一緒の男は兄だと偽って同居する。しかし、青年は疑いを持ち続ける。嫉妬に駆られた青年は、イナゴの大群から小麦畑を守る最中に逆上して、畑に火をつける。青年は銃をもって男を殺そうとするが、逆にピックで胸を刺されてしまう。ひととき豊かで楽しい生活を送った男女の逃避行。で、追っ手に見つかり男は射殺される。この映画も映像がきれいで、これはアカデミーの撮影賞を取っている。
  • それにしてもテレンス・マリックは20年間もなぜ映画を作らなかったのだろうか。2本続けてみても、20年という空白はまったく感じない。彼は次に映画をいったいいつ撮るのか。僕はこの監督に強い興味を覚えた。
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    unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。