・ブルース・スプリングスティーンが新しいアルバムを出した。Eストリート・バンドとは18年ぶりのスタジオ録音だそうである。だからといって、待望のという感じがしないのは、この間にコンサート盤やらベスト盤といくつも出したせいだろう。しかし、ギターの弾き語りだけだった"the
ghost of tom joad"に感心して以来、ろくなものは出していないと思っていたから、ひさしぶりに聴いてみたいという気になった。
# もっとも、彼の歌を聴いて、やっぱりいいなー、と思ったことが、去年あった。ニューヨークの惨劇のあとにテレビで中継された「A Tribute
to Heroes」で歌った曲。'My city of
ruin"は、あの事件についてではないが、あのときの街の様子、人々の心に通じる感じがして、いいい歌だと思った。
冷たい黒い地面に 赤い血だまり
そして雨が降る
教会の扉が風にあいて オルガンが聞こえてくる
だが、集会は終わった
廃墟の街、 ぼくの街 "My city of ruin"
・ニュージャージー出身のスプリングスティーンは、地元での救援活動をやりながら、このアルバム"The Rising"をつくったようだ。だから、それとわかる直接的な描写をした歌もある。
空が落ちてきた 血の筋をつけて
君がぼくを呼ぶ声が聞こえたが
それっきり君は煙の中に消えてしまった
階段を上り、火の中へ "In to the fire"どんなふうに感じたか覚えていない
街の新聞に載った自分の記事を読むとは思わなかった
赤茶けた煙の中で、勇敢な若者の人生がどう変えられたかだって
ダーリン、キスをして
ぼくは何者でもないのに "Nothing man"
・素直な描写がドキュメント・フィルムのように状況をリアルに描きだすようだ。これは彼の持ち味だし、アメリカのフォーク・ソングの伝統でもある。何か心を揺さぶるような社会的出来事に出会って、そのことを歌にする。このアルバムは、その典型のように思う。人を激励し、鼓舞することが得意なスプリングスティーンの人柄は、間違えると報復に突き進んだアメリカ人の発想と共鳴してしまう怖さをもつ。このアルバムも、そのように聴かれる危険を感じるが、そうではない一面も、たしかにある。彼が見つめているのは、ニューヨークであの出来事にさまざまな形で遭遇した人たちのそれぞれの素顔なのである。
・肝心のEストリート・バンドとの18年ぶりの共演だが、なつかしさも新鮮さもあまり感じない。といって、けっして悪いというのではない。もう何の違和感もなく、すーっと入ってしまって18年ぶりなどという広告の文句が奇異に聞こえるほどなのだ。歌がどんどん生まれてきて、それをほとんど凝ることなくそのまま音にした。そんな感じに仕上がっている。アルバムは商品だから広告するのは当然だが、内容とは無関係に18年ぶりの共演を売り物にしようというのは、何とも貧弱な発想だ。売りたいと思ったら、まず自分でも中身をじっくり聴いて味わう。レコード会社の人間にはそんな気持は皆無なのだろうか。ともあれ、これが今年のベスト・アルバム。来年のグラミーもこれで決まりかな、と思った。
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。