・中川五郎は僕と歳が同じだ。フォークソングを歌い始めて50年になるが、今でも精力的に全国各地を歌い歩いている。その彼が67歳の誕生日に下北沢のラ・カーニャでライブを行った。『どうぞ裸になってください』はその時の模様を記録したもので、CD2枚組で14曲が収められている。
・中川五郎が歌い始めたのは高校生の時だった。ボブ・ディラン、ウッディ・ガスリー、ピート・シーガーなどの歌を訳して歌い、あるいはメロディを借りて替え歌を作ったりした。その中の「受験生ブルース」が高石友也の歌でヒットして、一躍話題になった。僕も同じ頃にフォークソングに夢中になったが、歌うのは数年でやめてしまった。しかし彼は、その後もずっと続けて、50年を超えるまでになった。
・もっとも彼も、歌よりは音楽評論や翻訳、あるいは小説の執筆などを中心にした時期があった。その『渋谷公園通り』と『ロメオ塾』については以前にこの欄で紹介したことがある。その時には中川五郎は作家を目指しているのでは、と書いたが、以後はチャールズ・ブコウスキーを中心にした翻訳と、ライブ活動にその時間とエネルギーの多くを費やしてきたようだ。彼の訳したブコウスキーは何冊も読んでいるし、何より彼の音楽評論で教えてもらったミュージシャンはたくさんいる。僕にとっては、大事な情報源になっている。
・『どうぞ裸になってください』は全曲がメッセージに溢れている。「運命運命運命」は玄侑宗久『お坊さんだって悩んでる』から、「言葉」は寮美千子『奈良少年刑務所詩集』から、そしてアルバム・タイトルの「どうぞ裸になってください」は、村山槐多の詩をもとにしている。そのほかにも「真新しい名刺」は金素雲、「消印のない手紙」は長峰利造、あるいは「1923年福田村の虐殺」は森達也『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』からヒントを得ている。彼が、これらを歌にして伝えようとしているのは、社会から排除されたり、差別を受けた人たちの生の声であったり、関東大震災におけるデマと虐殺といった事実の伝承である。
・もちろん、自作の歌もあって、それもまた社会のおかしさに対する批判に満ちあふれている。「Sports for tomorrow」は東京オリンピックとアンダーコントロールがテーマだし、「二倍遠く離れたら」は東日本大震災と福島の原発事故の被害者の視点に立っている。あるいは「一台のリヤカーが立ち向かう」には横須賀基地や上関の原発に反対する運動と、公民権運動のきっかけになったバス事件やガザで石を戦車に投げる子ども、あるいはギターを持って抗議したガスリーやビクトル・ハラを歌っている。
・中川五郎の出発点は歌を訳して歌うことだったが、このアルバムにはジョン・レノンの「イマジン」とボブ・ディランの「風に吹かれて」が収められている。他にも金子光晴の「「愛情60」や高野文子の絵本「しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん」などもあって、彼が歌に込めた主張や思いの集大成といった感がある。「音楽に政治を持ち込むな」などというガラパゴス的発想のミュージシャンやファンが多い日本の現状の中で、そもそもフォークやロックをはじめ、ポピュラー音楽の原点になっているあらゆる音楽が、メッセージから出発していることを、改めて教えてくれる希有なアルバムだと思う。