"Macorina"
"Las 20 Grandes de Chavera Vargas"
・『ジュリエッタ』はアリス・マンローの短編をヒントにしたペドロ・アルモドバルの作品だ。結婚して女の子が生まれたが、夫の浮気や、それを叱責したことが原因になった、海での夫の遭難死などがあり、その事が理由でまた娘が家出をしてしまう。それらをひきずりながら人生を送り、娘との再会を願う女の物語だった。ちょっと深刻でわかりにくかったけれど、スペイン人の監督らしく、色合いが鮮やかで、シーンが美しかった。この監督の作品をほかには何も見ていなかったし、特に興味があったわけでもなかったが、主人公が旅行に出かけるカバンの中に坂本龍一の本かCDが入っているのを見つけたりして見始めて、結局、最後まで見た。で、最後に聞こえてきた歌に聞き覚えがあった。年老いた女性の声で、すぐに『サン・パトリシオ』に入っていたことに気がついた。
・『サン・パトリシオ』はこのコラムで以前に少しだけ紹介したことがある。ライ・クーダーとチーフタンズの共作で、メキシコとアメリカにまたがる地域で集めた歌でできている。サン・パトリシオは1836年にメキシコとテキサスとの間で戦闘が行われた地でもある。アイルランドやスペインのガルシアとバスク、そしてポルトガルなどから移り住んできた人たちが持ちこんで、歌い継いできた音楽だから、メキシコだけでなく、フラメンコやケルト、カントリー、そしてファドなどを感じさせる不思議な作品だった。その中でひときわ際立っていたのがチャベーラ・ヴァルガスの歌う「月の光」で、しわがれた声で、時々息が継げずに途絶えたりするのが印象的だった。
・チャベーラ・バルガスは1919年にコスタリカにで生まれたメキシコ人で2012年に亡くなっている。メキシコを代表する歌い手でアメリカやヨーロッパでもよく知られているようだ。脊髄性小児麻痺を患いながらストリートで歌い始め、30歳を過ぎてからプロ歌手になった。50年代から70年代にかけては数多くのアルバムを作り、海外にも積極的に公演をして廻ったが、70年代の後半にアルコール中毒を理由に活動を休止した。しかし、酒を断って90年代に復活している。その時すでに70歳を越えていたが、亡くなる直前までステージに立っていて、『サンパトリシオ』で歌ったのは死ぬ2年前だった。手に入れた『マコリーナ』は復活後の94年から96年にかけて作られたものである。
・もう一枚の『Las 20 Grandes de Chavera
Vargas』を含めて、彼女の歌を聴いて感じるのは、にぎやかで明るいイメージのあるメキシコ音楽ではなく、ポルトガルのファドのような愛惜に満ちた世界である。だから当然、日本の演歌にも通じている。日本人の心の歌といわれる演歌は、古賀政男以降のもので、その源流は、彼が弾いたマンドリンとファドにあるのだから。残念ながら、彼女が歌っている歌の歌詞はスペイン語だからわからない。
・チャベーラは80歳を過ぎてから、レスビアンであることをカムアウトしている。その相手であった画家のフリーダ・カーロを主人公にした『フリーダ』では、自ら登場して「La
Llorona(The Weeping
Woman)」を歌っている。50年代には男装で歌う異端の歌手として、先ず注目されたようだ。たんなるおばあちゃん歌手ではなかったんだ、と改めて聴き直している。