1999年7月7日水曜日

中川五郎『渋谷公園通り』(KSS)『ロメオ塾』(リトル・モア)

 

・中川五郎は「関西フォーク運動」の頃から知っている。「受験生ブルース」の歌詞を書き、雑誌『フォーク・リポート』に載せた青春小説で猥褻罪に問われた。もう30年も前の話だ。彼はその後、音楽評論家になった。ぼくは音楽雑誌は買わないから、彼の文章を読んだことはほとんどなかった。「中川五郎がいいと言ったらまちがいない」といった話を学生から聞いたことがあって、「へえ、そうなの」と返事をしたのを覚えている。

・2年半ほど前にボブ・ディランの訳者の中山容さんが死んだが、ぼくは入院先の病院でたまたま彼と会った。高田渡ともう一人、滋賀県の病院長をしている人と一緒に容さんを近くの喫茶店に連れだして話をした。みんな関西フォーク運動を経験した仲間達で、年長の容さんには世話になった。その時、渡ちゃんか五郎ちゃんかどちらかが、「なまじ音楽の才能がない方が出世したみたいだね」と言った。確かにこのメンバーでは、才能がなくて早々音楽の道をあきらめた者が医者や大学の教員になっている。「あー、そういうことになるのか」と思ったが、それはあくまで30年も経った後の話でしかない。

・「中山容さんを偲ぶ会」以来、ぼくは中川五郎には会っていなかったが、最近続けて本を出して、そのどちらもが私小説風の作品だった。一つは『渋谷公演通り』、もう一つは『ロメオ塾』。前者は彼の20代、後者は30代を主人公にしている。

・『渋谷公園通り』を読んで、ぼくはまるで自分の20代の頃を思い出すようして読んだ。仕事と自分の夢、恋愛、失恋、性、妊娠、堕胎………。その状況がというより、時代の雰囲気と共通する感性、たとえば背後に聞こえてくる音楽や着ていたもの、それにもちろん考え方、行動の仕方といったものである。ちなみに、舞台になるのは渋谷で、今のような若者の街になる直前の風景が良く描かれている。中川五郎は大阪から東京に来て、そんな変貌する渋谷の街を経験している。ぼくは彼とは入れ違いに東京から京都に行ったから、渋谷の街の変わり様はいまだにほとんど知らない。

・『ロメオ塾』では主人公は雑誌のフリー・ライターとして働いている。大きな出版社から80年代の新しい男のファッションやら音楽、それに遊びをリードする雑誌として出たというから、たぶん『ブルータス』だろう。東京志向とバブリーなスノッブたち。ぼくはこの雑誌の雰囲気は好きではなかった。京都にいて、すでに結婚して子どももいた。虚飾さとは無縁な世界にそれほど不満も感じなかったが、なかなか定職に就けない不安定さはあった。

・主人公の中澤三郎は時に繁華街の取材に大阪や松山に出かけ、ミュージシャンの取材にロンドンに飛ぶ。ロック・ミュージシャン崩れで独り身のやさ男だから、かわいい女の子にやたらともてる。格好つけの男達のための雑誌だから、遊びの指南のためには湯水のように取材費が使える。『渋谷公園通り』とはちがって、この話にはぼくと共通するものは何もないなと思いながら読んだ。というよりは、うらやましすぎてしゃくにさわってしまった。

・ぼくは40歳でやっと大学の定職に就いた。で、50歳になった今年、職場を東京に変えた。東京に戻るというよりは田舎暮らしがしたくて、最近河口湖に家を買った。子どももぼちぼち一人立ちして、本格的に陶芸の仕事を始めたパートナーと、これまでとは違ったライフスタイルで暮らしてみようと思っている。

・中川五郎は、どうやら小説家になろうとしているようだ。20代、30代ときたから、次の作品は彼の40代が描かれるのだろうか。あるいは、チャールズ・ブコウスキーの『くそったれ少年時代』(河出書房新社)を翻訳しているから、全然別の作品になるのかもしれない。いずれにしても、同世代人としてこれからも注目していきたい人の一人であることはまちがいない。

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